腐った林檎たち 2
中央司令部の軍会議所勤務…ヒューズ中佐は頭を抱えていた。
「中佐…何考えているんですか?」
「ん…ずっと追いかけてる事件がね…」
机の上にあるかなりの数の資料に手を置き、ポンポンと叩く。
かれこれもう半年は追いかけている、ある不可解な事件…
「あぁ、例の失踪事件ですか…」
「そうなんだ…さっぱり繋がらないんだよね…」
つきに最低一人か二人…軍の人間がふっといなくなる。
悩んでいた様子も無く、また身代金が要求された事もない。
身の回りの物をきちんと整理されていた人もいれば、忽然と姿を消した人もいる。
失踪した人物達は何のつながりも無い。
唯一つ共通している事は、彼らが有能な軍人だったって事。
階級も、年も、所属もすべてばらばらだ。
「何なんだ…?一体…」
「これだけの数の軍関係者がいるんですから、一人や二人失踪してもおかしくは無いんじゃないんですか?」
「ただの失踪ならな…だが、何か不に落ちないんだ…」
俺の勘がそう告げている。この失踪事件には裏があると…
そう…何かが…
「大佐、お手紙です。」
中尉に捕まり、膨大な数の書類に中にまみれて、せっせと仕事をこなしている所に、
ハボックが手紙を持ってやって来た。
「私が預かります。大佐は今お仕事が忙しいので。」
ホーク愛中尉はきっぱりといい、その手紙を受け取った。
ロイは「これでサボれる!」と思った自分の浅はかさに嘆き、深いため息をつく。
「あ、でもそれ中央からですよ。何か急ぎかもしれないし…」
上手いぞ!ハボ!
心の中で有能な部下を褒め称え「そうか、なら先に読もう。」と中尉に向って手を差し出した。
ロイの魂胆が見え見えの中尉は呆れ顔でその手紙を手渡した。
「読んだら仕事の再開、いいですね。」
念を押し、その場を離れ、仕事の遅い上官の為にコーヒーを入れに席を外した。
白い封筒に大総統府の紋章の封印がされてある。
軍の業務関係の手紙なら、紋章入りの封筒で来るはずだ。
普通の封筒で紋章の封印となると、それはかなり上の人物からの特別な手紙を意味する。
大総統自身からか…またはその地位に近い将軍と呼ばれる者たちからか…
…どちらにしろ、きっといい内容じゃなさそうだな…
大総統を始め、上の連中は私を変な目で見ている節があるからな。
出世欲に駆られてるロイは、有閑将軍達にとって格好の獲物らしい。
中央に出向くたびに「一晩…」と声をかけてくる。勿論、出世に口ぞえをすると言って、だ。
バカバカしいっ!そうまでして出世せずとも、実力と駆け引きでこの地位まで上り詰めたんだ。
この私を愚弄するなよ。このロイ・マスタングはそう安くは無いのだ。
大総統でさえも、よほど美味しいものでもなければ身体を差し出したりはしない。
時折、その権力でロイをねじ伏せようとしたが、それでもその焔の誇りは失われない。
屈辱を受けたら、それ相応の見返りを求める。
それがこの国の独裁者でも例外は無い。
ブラッドレイほどの権力者なら有無を言わさず平伏せる事も出来るだろうが、あえてそうはしなかった。
まるでロイとの駆け引きを楽しむかの様に弄び、そして極上の飴を与える。
どうせまた「中央に来い」だ…
今度は何を要求しようか…
ピッと封を開け、中から手紙を取り出し眼を通す。
「なんて書かれてるんです?」
「中央に来いってさ。またお小言かな…」
この若さで大佐の称号、大総統の覚えもよく、しかも国家錬金術師ときた。
自分の地位を脅かされている恐怖心からか…ロイの事をよく思わない上層部も多い。
「大佐、セントラルにいくんですか?」
「ああ。来いと言われて嫌ですとは言えないのが軍人の辛いところだな。」
「じゃ、俺付き添いで行ってもいいですか?」
コーヒーを持ってきてくれたホークアイアイ中尉が驚いている。
いつもなら彼女がロイの補佐としてセントラルに行くのが常識だ。
ロイを一人で行かせると必ず寄り道をして、戻るのが3日ほど遅くなる。
ましてや同じサボり癖のあるハボックと一緒になんて行かせたら…
「駄目で…「いいよ。今回はハボックを連れて行こう。」
ホークアイ中尉が駄目だと言う前に、ロイはハボックの言い分を承諾してしまった。
「大佐っ!!」
「私の決定。いいね。君も少し私のお守りから離れて休むといい。」
ロイとハボックが顔を見合わせ、にやりと笑う。
上下関係をしっかり守る彼女は、ロイの理不尽な決定でも黙ってそれに従う。
深い深いため息と一緒に…
画してロイとハボックはセントラルの中央司令部へと向う列車に乗り込んでいった。
「いや〜よかったっす!!彼女にセントラルでしか売ってないペンダント買ってきてってせがまれてたんすよ。」
「出張ならセントラルまでの旅費は東方司令部で落とせますよね。あ〜俺ってラッキー!!」
「…お前はいいよな…気楽で…」
「何かあったんですか??」
「いや…何でもないよ。」
中央から来たこの手紙…
「国家機密に関わる件でマスタング大佐にも軍議に参加するよう要請する」
そう書かれていた。機密なので内容は一切口外してはならない…
○月○日に中央司令部に召集せよ。他言無用、一人で来るように…と…
何かある…
ロイの直感がそう告げていた。
国家機密に関わるような軍議があるなら、必ずあの方から連絡があるはずだ。
大総統、ブラッドレイから…
そういう契約だから。閣下の命なくして自分を勝手に中央へ呼びつけるなと…
以前は身体目当てに上層部にちょくちょく呼び出され、迷惑千万だった。
ブラッドレイと関係を持つようになってから、彼以外からの呼び出しは一切断っていた。
それで上層部の連中が怒っても気にする必要はない。
いざとなれば、最高権力者を利用すればいいのだから。
故に仕事以外の呼び出しは大総統のみとなった。
仕事も大体は軍会議が主だ。それにはブラッドレイも出席する事が多い。
呼び出しの手紙や電報を受け取ると、必ずと言っていい程ブラッドレイからも電話が入る。
「会議が終わったあと」の打ち合わせをするからだ。
閣下は私を拘束する時間を…
私は閣下に求める見返りを…
電話で交渉し、成立させる。
その駆け引きをあの方は楽しんでいるようで…電話口の声はいつも弾んでいる。
私は命がけだと言うのに…
いつか大総統の椅子を手に入れるために…
私はあの方を最大限に利用する…
閣下はそれを知った上で私を抱くのだろうか…
「大佐〜何考え込んでるんです??」
「いや別に。中央で起こる事を考えると憂鬱でね。」
ハボックが人当たりのいい笑顔で微笑む。ロイはそれだけで心が落ち着いていった。
「言いたい奴にはどんどん言わせてやれ!っすよ。吼える事しか出来ない狗なんてほっときましょうや。」
そういいながら、列車に乗る前に買ったサンドイッチを口に放り込んだ。
パクパク食べながら窓の外を眺めている。
白い封筒に大総統府の紋章の封印…
おいそれとは使えないその封印にロイは少しだけ脅威を感じていた。
かなりの上位の者が関わっているのか…
大総統でも手が出せないような…
どちらにせよ、何か陰謀が見え隠れするこの手紙。
今後の出世に大いに役立ってもらうとするか。
私にこの手紙を送ったのは、お前らの不覚だな。
私はロイ・マスタング大佐。焔の錬金術師…
私を甘く見ていると火傷する事を教えてやろう…
To be continues.