腐った林檎たち 3
セントラルの中央駅。
ロイとハボックは列車から降り、中央司令部へと向う術を探していた。
「車捕まえましょうよ。経費で落とせるんでよ?」
「バカいうな。最近経費節減しろって中尉が煩いんだ。」
歩いていくぞ、と駅の出口へと向う。
え〜〜〜っと文句をいいながらハボックが後に続いた。
駅を出て、少し歩いた所で後ろからクラクションを鳴らされ、二人は振り返える。
「よう!ロイ!それに忠犬君!」
黒い車がロイ達の横にすっと止まり、中から知った顔が手を振っていた。
「ヒューズ!?こんな所で何してる?サボりか?」
「バカいうな、お前じゃあるまいし。仕事だよ。」
後ろのドアを許可無く開け、どかどかと乗り込む。
「おいおい、送るなんで一言も言ってないぞ?」
「私の横に止まった以上、乗せないなんて許さんぞ。」
さっさと中央司令部に連れて行け。
後ろの席で偉そうに腕組をし、顎をしゃくって車を出せと合図する。
隣に座るハボックが「すみませんね、中佐」とロイに代わって頭を下げた。
「仕事って、何か事件でもあったんですか??」
「いや、事件ってわけじゃないんだけどね…ちょっと気になる事があってな。」
ヒューズの所属する軍法会議所は、軍内部で起きた事件やテロ等の国家に関わる事件などを主に捜査する機関だ。
軍上層部での汚職や、横流しなどの摘発も行っている。
「中佐」と言う地位にあるヒューズは専らデスクワークが多い。外回りは若い部下に任せている。
そのヒューズ自ら出向いて調べている事とは…
「どうせ娘のおもちゃや奥さんのプレゼントなんかを探してたんだろ?」
「何言いやがる!お前じゃあるまいし。仕事中にデートの約束するようなお気楽な部署じゃねーぞ?俺の所は。」
たちまちロイがむっとする。
「断っておくが私が声をかけたのではなく、向こうから声をかけてきたのだからな。」
ふんと鼻で笑い、少し得意げにその事を話している。
ハイハイ、あんたが一番ですよ…
ハボックが呆れた口調でその話に腰を折った。止めさせたと言う方がいいだろう。
得意な自慢話を遮られ、「お前な!」と詰め寄ろうとした時、キキッと車が止まり
ロイもハボックも前につんのめってしまった。
「着いたぞ!降りろ。俺は忙しいんだ。」
「もう少し丁寧に運転しろ!」
バタンと乱暴にドアを閉め、走り去る車に悪態をつきながら、ロイとハボックは中央司令部入り口へと足を向ける。
中央司令部…軍のすべてがここに集中している。
地方でどんなに力をつけても、中央に配属されていなければ何にもならない。
東方司令部をほぼ手中に収めていても、そんなのは意味のない事…
狙うは唯一つ…この国の頂点、大総統の地位…
中央司令部の前に立つ度に、この野望を胸に新たに決意を固める。
そして、今日もまたその揺ぎ無い意思と共に、中央へと乗り込んでいく。
「で、どこに呼び出されたんっすか?」
ハボックが咥えタバコでロイの後ろから話しかけてきた。
「ここは全館禁煙だぞ?」
「別に。咎める人がいたら消しますよ。俺は出世には興味ないし。」
手紙にはどこからとは一切書かれていない。「召集せよ」と言われてもどこに行けばいいのか…
手紙から臭う陰謀を暴いて、野望へのステップに利用させて貰おうとしたのだが…
参ったな。早くも壁にぶつかったか?
「これは、マスタング大佐ではないか。」
前からやってきた品のいい、だが威厳に満ちた初老の男が、ロイに近づいてきた。
その姿を見るなり、ロイはさっと敬礼をかざす。
「お久しぶりです!ユノー将軍閣下。」
ハボックも慌ててタバコを消し、同じく敬礼をかざす。
「はっはっ、構わんよ。全館禁煙といっても守る者はあまりいないのでな。」
にこやかに笑いながらタバコを取り出し、ハボックへ一本差し出した。
「あ、ども…」と言いながらそれを受け取るハボックに、ロイが慌ててその手を掴んだ。
「馬鹿者!この方を誰だと…」
「え?上層部のお偉方の一人では…?」
肩の力ががくっと落ち、「これで出世が少し遠のいた…」と小さく呟く。
こんな部下を育てた、と追求されてもおかしくない。
「中々面白い部下をお持ちのようだね。初めまして。私はユノー中将、総司令部作戦本部副司令官だ。
宜しくお見知りおきを…」
右手を差し出し、ハボックに握手を求めてきた。何も考えずにその手を取り握手を交わす。
総司令部作戦本部副司令官…?
あれ??司令官って大総統閣下のことだよな…副司令官って…?
「え?え?!!」
「…愚か者が。大総統閣下の腹心と言われているユノー将軍をご存じないのか、お前はっ!」
ひぃぃ!!と青ざめながら直立不動で敬礼をかざし、咥えてたタバコもポロリと落とした。
ユノー将軍…
大総統、キング・ブラッドレイと共に数々の戦場を生き抜き、軍の主導権を握った男。
ブラッドレイの腹心として活躍し、その信頼も厚い。
たしか貴族の出とか…古くから続く由緒ある家柄出身だ。
何より、大総統閣下と違うのは、その温厚な性格だ。
戦いを嫌い、戦争を嫌い、イシュバールの国家錬金術師投入も唯一反対した人物だと聞いている。
この方が大総統になっていたら、この国も少しは変わっていたかも知れない…
「今日はどうしたのかね?軍議は暫くないが…」
「いえ…少し気になる手紙を受け取りまして。」
ロイは受け取った手紙をユノーに見せる事を一瞬躊躇した。
だが、手がかりも無く、調べようにもおいそれとは調べられないこの紋章…
ユノー将軍を味方につけ、助言を賜った方がいい。
ロイはそう判断し、そして実行に移す。
これをきっかけにこの方との繋がりを深くすれば、今後色々と利用できるかもしれない。
すっと差し出した手紙を見て、ユノーの眉が僅かに動く。
「これは…?」
「蝋に押されたこの紋章が気になりまして。将軍に助言いただけると助かるのですが。」
フム、と考え込みながらその手紙を見ている。
「この紋章はおいそれとは使えないかなり重要な印の一つだね。どこから送られてきたのか?」
「それが、分からないのです。今日、中央司令部に召集せよ。と書いてあっただけで…」
廊下で話していると、横で大勢の人たちが行きかっている。
ここで話すのはまずいかもしれないな…
将軍もそう考えていたのかもしれない。
「オフィスで詳しく話を聞こう」と言ってロイを誘い、ロイもそれを承諾した。
「ハボック、お前は先にホテルへ行って部屋を取っておけ。」
「あ、はい。いつもの所でいいですか?」
「任せる。何かあったらヒューズに連絡を入れておいてくれ。」
ハボックは立ち去っていく二人に敬礼をかざし、反対方向へと去って行った。
ユノーの執務室に通されたロイは、差し出された紅茶を一口飲み、その美味しさに舌鼓を打つ。
流石いいところの出の紅茶は違うな…
暫くしてユノーが現れ、ロイはソファからすっと立ち上がる。
「あぁ、そのまま。すまなかったね、急に大総統府から電話が入った。」
「いえ、こちらこそお忙しいのに急にこんな事につき合わせてしまいまして…」
「なぁに、もう私は閑職に追いやられているからね。仕事もなく暇なんだよ。」
ロイの向かい側に座り、同じく紅茶を一口飲む。
「早速だが、先程の手紙、何時受け取ったのかね?」
「昨日です。今日中央司令部に来いとありました。ただどこに来いとは書いてなくて…」
ユノーは何通かの手紙を差し出し、その封をしている紋章を見せた。
それはロイが持ってきた手紙と同じもの…
「これは!?」
「大総統閣下から直接頂いた手紙だよ。要するにそこまで上位のものでないと使えない封印だ。」
やはり…かなりの上層部が絡んでいると言う事か…でも何故…?
ユノーが紅茶をくぃっと飲み干し、そのカップを静かに置いた。
「その手紙には何とかかれているのかね?」
「国家機密に関わる重要な会議があるから参加せよと…」
「その内容は誰かに話したのか?」
「いえ、誰にも話しておりません。」
巻き込ませる恐れがあるし、一人の方が行動しやすい。
「分かった。印についてもそうだが、色々協力を約束しよう。」
「しかるべき筋に問い合わせよう。この印を使った持ち主を。」
「ご協力感謝いたします。閣下。」
ロイだけでは流石に上層部を調べる事は困難だ。将軍をこちらの味方にしてしまえば何かと都合がいい。
しかも相手は軍2と言われている人物。
今後の大総統との駆け引きにかなり有利になるのは必至。
こいつは幸先いいぞ、と手にしたカップをくっと飲み干した。
「に、しても何故私のところにこんな手紙が来たのでしょう…」
「今日来いと言いながら、接触もない…」
ユノーがにこやかに笑いながらロイを見つめている。
ブラッドレイとは正反対の、落ち着いた和やかな雰囲気が漂っていた。
ま、あの方とこうして紅茶を飲む事などありえないが…
「君の所に手紙が来たのは…」
ふっと話を再開し、ロイは飲み終えた紅茶のカップをテーブルに戻しながらユノーのほうに眼を向けた。
「君が有能な軍人だからだろう。」
「お褒め頂き恐縮です、閣下。」
媚を売るような笑顔を作り、その話の雰囲気に合わせていく。
「そして、何も接触が無いのは…」
目の前がくらくらする…?な…んだ…?
「君が一人で来なかったからだよ。」
「あの手紙には一人で来いと書いてあったはずだが?マスタング大佐…」
ブラッドレイに劣らぬほどの鋭い眼光が、ロイの身体を貫いていく。
「まさ…か…あなたが…」
「本来なら駅で君を連れて行くはずだったのだがね。何故部下を連れて来た?」
答える前にロイは意識を失い、そのまま深い眠りについてしまっていた。
その様子を先程と変わりなく穏やかな表情で見つめている。
「寝姿も艶っぽいのぉ…くくっ、気の強い黒豹か…」
部屋の奥から数人の兵士がやってきて、ロイを担ぎ上げそのまま隠し扉へと消えていった。
「計画はこれで最終段階だ…しっかりと躾けさせて貰うよ、マスタング大佐…」
我ら抜きでは生きていけないようにね…
呼び鈴のベルを鳴らし、紅茶のお代わりを秘書官に頼む。
まるで何事も無かったかのように…
ヒューズはセントラルの繁華街で色々聞き込みをしていた。
失踪した軍人の何人かは、「中央に行く」と周りに継げた後に行方不明になっていた。
「裏社会で何かに巻き込まれたか、あるいは…だとしたらこの繁華街なんだが…」
さっぱり手がかりがつかめない…
失踪者たちは、本当に忽然といなくなっているのだ。
中央に来てからの足取りも全くと言って言うほど無い。本当に神隠しのようだ…
ヒューズが街の中で色々聞き込みをしていた時…
一台の車がその脇を通り過ぎていった。
普段なら気にも留めないごく普通の車だったが、何かを感じたのだろうか…
振り向いてその運転席に眼を見張る。
頭の中で色々顔を思い浮かばせ…
一つの顔が思い浮かんだ時…
ヒューズは慌てて車に乗り込み、そのまま中央司令部へと飛ばしていった。
だが、その車の後部座席に自分の親友が眠らされて乗っていた事は知る由も無い…
To be continues.