腐った林檎たち 4
ホテルについてチェクインを済ませると、ハボックは部屋でタバコを吹かしながら、ロイからの連絡を待っていた。
「勿体ねーよなぁ、この待ってる間の時間…」
ベッドに寝転び、ふぅっと煙を吐き出し動けないこの無駄な時間をどう過ごそうか考えていた。
って、待てよ?今夜は俺と大佐が同室でここに泊まるって事か…?
普段だったらホークアイ中尉と一緒だから、当然部屋は別々に取る。
今回も本当なら別々に取る予定だったのだが、「一つにして部屋代を浮かせ、その分山分けだ。」
など、上官らしからぬ発言によりこういう状態になっている。
何か物凄くたなぼたかも知れない…
キスだけはさせてくれるようになったが、それから先にどうしても進めない。
勿論、恋人ってわけじゃないからそれは仕方ないとして…
キスだけで我慢できるほど子供でもなく…
「無理やりやったらあの人のことだ、それをネタに絶対俺を一生こき使うに決まってる…」
何とか見返り無しにヤル事をしたかったのだが…
出来る事なら、あの人と対等に愛し合いたい…
一生奴隷でもいいからやってしまおうかと言う衝動を何とか抑えてここまできた。
これは神様からの贈り物かもしれない…
ニヤニヤしながら今夜の事を考える。
と、そうだ、ヒューズ中佐に知らせなきゃ。
後でワインでも持っていってやるから部屋番号教えろって言ってきたんだよな。
絶好のチャンスだって言うのにに邪魔されそうだ。
かといって教えないと後で何を言われるやら…
欲望と上官への義務とがハボックの中で戦いながら、ベッドから身体を起こし時計を見る。
もうこんな時間だ。随分時間かかってるな、大佐…
何となく心配になり、ハボックはヒューズの家に電話をかけた。
妻のグレイシアが出て、まだ司令部から帰ってこないと告げる。
虫の知らせか…
ハボックはもう一度中央司令部へと戻っていった。
司令部内軍法会議所。
ヒューズが机の上にある膨大な資料を広げ、なにやらぶつぶつ言っている。
「やっぱり…どこかで見た顔だと思ったが…」
ある写真が貼り付けてある資料を手に、どかっと椅子に座り込んだ。
「中佐?どうしたんです?」
「さっき繁華街ですれ違った車の運転手が、こいつによく似ていたんだ。」
差し出された資料を受け取ると、一瞬驚きヒューズの顔を見返した。
「中佐…これって…」
「3ヶ月前に行方不明になった軍曹だ。ちらりとだったから本当にこいつかどうか確認は出来なかったが…」
八方塞がりだったこの事件の唯一の手がかり。
ヒューズは地図を広げ、車の走っていった方角を確認する。
「この先に何があるのか、どこに向って行ったのか、それが分かれば…」
「方角だけじゃ分かりませんよ。右か左かに曲がったかもしれないんですから。」
「少なくとも、ここから来たんじゃないかな…」
指を指し示した所は…中央司令部…
「何で?ここだって思うんです??」
「そいつが軍服着てたからさ。」
沈黙が続き、ヒューズが何か言おうとした時、
「中佐、お客様ですけど…」
下士官が傍により、そう告げる。ヒューズはあからさまに不機嫌な顔をして「後にしてくれ」と兵士に諭す。
「そりゃないっすよ、連れがいなくて不安な部下を助けてくださいよ〜」
情けない声が聞こえてヒューズが振り返ると、咥えタバコでドアに手をかけ、
すまなさそうにこちらを見ている長身の男が立っていた。
「ハボック少尉?どうした、ロイと一緒じゃないのか?」
「何か仕事って言うか何ていうか…とにかく上層部の人に捉まったっきり帰ってきません。」
何だ、またか…
ヒューズが深いため息をつく。
この親友だけはロイが時折中央に来る理由を知っていた。
イシュバール戦の後…二人で誓った夢…
その際、手段は選ばないと硬く決意したロイ…
自分はその後方で支えてやる事しか出来なかった。
「大丈夫だろ、ほっとけ。あいつにはあいつのやりたい事をさせろ。」
「そうすか?何か気になるんすよ…中佐からちょっと声かけて貰えませんか?」
情事の最中にのこのこ出かけて、「ロイはいますか?」なんて聞けっていうのか?
冗談じゃないぞ…?
「ユノー将軍のところにいるんすよ、俺じゃとても近寄れなくって…」
ユノー将軍??あの温厚な将軍閣下の所だって??
軍の中でも戦争嫌いで平和を愛する貴重な存在の方なのに…
そんな方までロイをどうにかしたいと思うのか…そんな方まであいつは利用するのか…
「…分かった…ちょっと待ってろ。」
手に取った資料を机に置き、部下に「触るなよ」と指示を出し部屋を後にした。
「さっきから何調べているんですか…?」
「いや…些細な事さ。」
ヒューズはそれ以上語らない。ハボックもあえて聞くのを止めた。
何か難しい事件でも抱えているんだろう…自分が口を出すことじゃないのかもしれない。
中央司令部の最上階。兵士が警備の為廊下をうろうろする司令部内でも異質な階だ。
その階に上がると、まず兵士が身分チェックをする。
「軍法会議所所属、ヒューズ中佐だ。ユノー将軍閣下にお目通りを願いたい。」
兵士は敬礼をかざし、「少しお待ちを」と告げ将軍の執務室へと消えていく。
程なくして、秘書官らしき人物が現れた。
「将軍閣下がお会いするそうです。こちらにどうぞ。」
秘書官の女性に先導され、ヒューズとハボックは部屋へと通された。
「やぁ、君は昼間廊下であった…」
「ハボック少尉であります!お忙しいところ、申し訳ありません。」
やや緊張しながら敬礼をし、さりげなく部屋を見渡した。
大佐がいる気配は無い。もうここにはいないのか…?
「ヒューズ中佐です。この者が将軍閣下にお尋ねしたい事があるそうで、自分は付き添い出来ました。」
中佐や大佐の地位にあるものならまだしも、少尉と言う階級では最上階に近づく事さえままならない。
故にヒューズに一緒に来てもらったのだ。
「ロイ…いえ、マスタング大佐がこちらに来ていたという事なんですが…」
「あぁ、来ていたよ。何やら調べたい事があるので協力して欲しいと。」
詳しく話を聞いた後協力を約束し、大佐はここを出て行ったが…?
にこやかな笑顔で話す将軍に、ヒューズもハボックも疑いを向ける事はない。
部屋の隅の隠し扉から連れ去られた事など知る由も無かった。
「そうですか…おかしいな…大佐どこいっちゃったんだろう…」
「何やら息巻いていたから、まだ色々調べているのではないかね?」
確かに、ロイならやりそうな事だ。
「ほら、もう行くぞ。ここにロイはいなかったんだから他を当たれ。」
「参ったなぁ…」
さっと敬礼をかざし、まだ何か聞きたそうなハボックの腕を引っ張って二人は執務室を後にした。
ヒューズのオフィスに戻る途中…ハボックはずっと文句を言っていた。
「中佐〜絶対おかしいって。大佐が俺を放ってどこか行くはず無いですよ。」
「随分自信あるんだな。お前とロイはそんな仲なのか?」
「…そうだったら嬉しいんですけどね…」
呆れた顔でハボックを見る。こっちは色々と忙しいんだぞ?
ロイだって子供じゃないんだからちょっといなくなったからって…
…?何だ?この違和感は…?
ヒューズの頭の中で、繁華街で見た男の顔と、失踪した軍人の顔がぐるぐる回る。
そこにロイの顔も加わり…ある共通点を思い出した。
『有能な軍人…』
ロイもそうだ。性格は別としてあいつはかなり有能な人物だ。それは俺も認めるし、周りも認めている。
東方司令部でもその力を発揮し、あそこはロイで持っているようなものになってる。
まさか…あいつも巻き込まれたのか…?
「中佐…?聞いてるんすか?」
「…少尉…とにかくホテルへ戻れ。そして明日の朝までロイからの連絡を待て。」
「朝まで待って何も連絡がなかった時は、俺の所にもう一度来い。いいな。」
真剣な顔でそう指示を出すヒューズに、ハボックは何も言えずただ頷くしかなかった。
あいつがいつもの件でここに来たのなら朝まで拘束されるのもよくある事だ…
もしそうでないのなら…
もう一度資料を見直してみよう。何か見落としているのかもしれない。
ヒューズは家に電話し、今日は帰れそうに無いと連絡を入れた。
そして資料を片手に先程の地図を広げて見ている。
その地図のずっと先…セントラルシティから少し離れた郊外の住宅地。
その一角に広大な敷地を持った一軒の家があった。
周りは木々で覆われ、高い塀が廻らされてあり、おいそれとは近づけそうに無い…
一台の黒い車がその門を越え、屋敷の中へと吸い込まれていく。
玄関前でキキっと停まり、運転席から一人の男が降りてきた。
玄関から数人の男が出迎える。
その姿を見るや否や、直立不動で敬礼をかざした。
「ご苦労、軍曹。黒猫は捕まえてきたのかね?」
「はっ!ユノー将軍閣下が機転を利かせて下さいました。」
「そうか、流石は中将閣下。で、その黒猫はどこに…」
後部座席のドアを開け、未だ眠っているロイを「将軍」達は厭らしい眼つきで舐め回した。
「よくやった。さ、この野生の猫を例の部屋へ連れて行け。たっぷりと躾をしてやろう。」
「将軍」達の後ろからまた数人の男達が現れ、ロイを担ぎ運んでいった。
玄関脇でずっと直立不動で立っていた軍曹に「将軍」の一人が視線をむけた。
それだけでビクッと身体が震えている…
「将軍」の一人は軍曹の紅い髪に指を絡ませ、そのまま頬を伝い、顎をくいっと持ち上げる。
「言う事をちゃんと聞いたね。ご褒美は何がいいかな…?」
言葉は優しく…だが乱暴にその髪を掴み唇を奪う。
ねっとりと口内を犯され、しつこい位に舌を弄ばれ、ようやく離された時…
軍曹の眼は恐怖で怯えきっていた。
「答えなさい、軍曹。何が欲しい…?」
「閣下…のモノ…で…自分を虐めてくださ…い…」
にやりと笑う「将軍」とは対照的に、体中が震え、上手く言葉すら発せられない軍曹。
徐に右足を差し出すと、軍曹はよろよろと蹲りその靴先にキスをした。
絶対的な主に対する服従の証…
その姿に満足そうに笑う「将軍」はそのまま身を翻し、部屋の中へと入っていった。
軍曹も慌てて後へと続く。
これから行われる行為を分かっていても、逃げられない。
そう躾けられたのだから…
To be continues.