腐った林檎たち 20
「…以上ご報告します…閣下…」
灰と泥で汚れた軍服のまま、ヒューズはブラッドレイの執務室に報告に来ていた。
ハボックとアルも一緒だ。ヒューズ一人で報告に行かせるのは危険、とハボックが提案した。
ブラッドレイは椅子に座り、静かにその報告を聞いていた。
「…全員逃げられた、と言うわけだな。」
「はい…数人は捕らえましたが僅かな隙に皆自害しました。」
何の証拠も、証言も得られぬまま…突入作戦は失敗したのだ。
今屋敷跡はヒューズの部下達が調べていて、誰も近づけないようにしている。
だが思った以上にロイの焔は高温だったらしい。殆どが墨と化していた。
それ以上に、ヒューズには胸に重い衝撃が残っていた。
ロイが…自分たちにむけて躊躇なく焔を放った事実…
エドがアルの制止を振り切ってやつらと行動を共にする道を選んだ事…
ヒューズはブラッドレイに話す事を躊躇ったが、いずれ判ってしまう事、何もかもつぶさに報告した。
「フム…マスタングは奴等の元に下ったのだな。」
「いえ!、あ、今はそうですが、それにはきっと訳があると思います、閣下!」
ヒューズは必死でロイを庇った。そうでないとロイは反逆罪で裁かれてしまう。
ロイが自らの意思であんな奴等と同調するはずが無い!きっと何か…
「大佐は自分の意思を殺がれているんだと思います。」
アルが冷静な口調で淡々と語る。
ブラッドレイもアルの言葉に耳を傾けた。
「あの時の大佐の眼は、いつもの大佐ではありませんでした。何かこうどんよりと曇っていて…」
そう、死んでいる様な眼…瞳の奥の焔を全く感じられなかった…
「何か…マインドコントロールでもされていると思います。通常の精神ではなかったと。」
「エドワード君の件は?彼も自らの意思を殺がれていると?」
ブラッドレイが鋭い質問をアルにぶつけてきた。
ヒューズの話を聞く限りではエドは自らの意思でトラックに乗り込んだとしか思えない。
実際そうだ…エドにはマインドコントロールも何も施されていない。
エド自身の意思でユノーの元に下ったのだ。
「兄さんは…自分の意思で行動していました。意思を殺がれているとは思えませんでした。」
アルは反論もせず、事実だけを淡々と話していく。
すべての事実を知った上で、判断するのは大総統の役目。
自分はその判断が誤らない様に事実のみを伝えなければならない…
「あ、それは大将が大佐の事惚れてるせいだと思います!」
慌ててフォローしようとするハボックをヒューズが制した。
色恋沙汰で判断を誤るようなら、エドもそれだけの男だって事だ。フォローにも何もならんぞ…
機嫌が悪いのかと思いきや、ブラッドレイはいきなり大声で笑い出した。
「はっはっは!気持ちは分かるよ。エドワード君ならそうするだろう。」
惚れた相手の為なら地獄にだって着いて行く…
「あの純粋さ…羨ましいね…私もああ素直になればマスタングも振り向いてくれるだろうかね?」
どうも私は愛しい者を嗜虐的に扱ってしまう癖があるらしい。だからマスタングは私の前では笑ってくれない。
こんなに愛しているのに…いつも恨めしい眼で私を睨むだけだ。
クスクス笑いながら愛しい者を思い出す。
わかってんのか?クーデターを画策している輩を捕らえそこなったんだぞ??
ロイもエドも向こうの言いなりになってるんだぞ?
あんたの首もあと1日かもしれないのに、この余裕は何だ?
流石…と言うべきなのか…むしろこの状況を愉しんでいる様にも見える…
「とにかく…証拠は何も得られませんでしたが、フェルゼ将軍を追及することは出来ます!」
「親戚の話によれば、半年前にあの屋敷を暫く借りるとフェルゼ将軍から連絡があったそうですから!」
まず明日の演習を中止し、フェルゼ将軍を捕らえてそこからユノー将軍に繋がる確証を得られれば…
「閣下!フェルゼ将軍を逮捕する許可を!」
ヒューズがブラッドレイにそう迫ったが、ブラッドレイはただ黙って眼を閉じ、何かを考えているだけだった…
「閣下!?」
「ヒューズ中佐…『腐った林檎』と言う言葉を知っているかね?」
「は…?いえ…存じませんが…」
ゆっくりと眼を開け、その鋭い眼をヒューズに向ける…
「綺麗に積み込まれた林檎の木箱、その中に腐った林檎が紛れ込む。」
その林檎は周りの正常な林檎を蝕み、徐々に木箱の中の林檎は腐っていく。
「だがその林檎は木箱の奥にある為、箱を開けただけでは中の状況はわからない。」
気がつかないまま、林檎はどんどん腐っていく…
そして最後には木箱の中の林檎すべてが腐ってしまう…
「周りの林檎を取り除いただけでは腐敗は収まらない。一番元の林檎を取り除かないとな。」
「その為にはどうしたらいいと思うかね?」
ヒューズとハボックとアルが顔を見合わせ考える…奥にある腐った林檎を取り除くには…?
「木箱をひっくり返さなければいけないのだよ…でなければ林檎は取り除けない。」
そう…クーデターを起こさせ、それを阻止してユノー自身を捕らえなければ意味が無い…
「フェルゼを捕らえてもユノーは奴を切って捨てる。それでは林檎の腐敗は止められない。」
「ではどうあっても演習は決行させると…」
「木箱をひっくり返すにはそれが一番だ。何…心配はいらん。私はやられはせんよ。」
あんたの心配なんかしてないさ…気にかかるのはロイの事だ…
俺に何の躊躇もなく焔を向けたんだ…あんたにはそれは簡単に指を鳴らすだろう…
それはそれで構わない。ロイもそれを目標に頑張っていたんだから。
心配なのはその後だ。大総統が倒れ、ユノー将軍が実権を握った後、ロイを生かしておくだろうか…
「とにかく、明日の演習は決行する。これは私の最終決断だ。よいな。」
「はっ…我々はどう動けば…」
「特に無い。そうだな…いつでも出撃できる様準備を怠るな…」
そういうと、ブラッドレイは一枚の紙をヒューズに手渡した。
「閣下…これは…」
「ユノーの潜伏しそうな場所だ。クーデター失敗の際、奴が逃げ込みそうな箇所をリストアップしておいた。」
「明日、事が起きたらすぐそこを押さえられる様準備をしておけ。」
以上だ、下がれ。
はっ!
ヒューズ達は敬礼をかざし、ブラッドレイの執務室を後にした。
「…出撃準備ったってなぁ…大佐が相手じゃどうしようもないぜ…」
「重装備で向っても焔でボッ、で終わりっすよ?」
「…?中佐?」
ヒューズはじっと黙って廊下を歩いている…
何時になく厳しい顔でハボック達に振り向いた。
「今回…まさに思い知らされたよ…ロイの恐ろしさを…」
「中佐…」
「あいつは…基本的に優しいから…だから敵に対してもその優しさが弱さにもなっていた…」
だがロイは何の躊躇もなく俺達に焔を放った…
ためらう事も無く、悩む事も無く、ただ命令に従って邪魔する者を排除する為だけに…
躊躇いのなくなったロイを一体誰が止められるだろうか…
「まだ…希望はあります…中佐…」
「アル?」
ピタッと立ち止まってアルの言葉に耳を向ける。
「あの時…兄さんは大佐の止めました。大佐の邪魔をしたんです…」
でも大佐は兄さんを焼かなかった…僅かな躊躇いがそれを押し留めてた…
「今考えると、兄さんが大佐と共に行ったのは良かったのかも知れませんね。」
クスッと笑ってまた歩き出す…
お前は偉いな…アル…
本当は心配で心配で堪らないだろうに…
そうだ…前向きに考えよう…ロイは自分の意思で将軍に付いている訳ではないんだ!
明日の軍事演習でユノー将軍を失脚させられればロイは助かるんだ。
その為に…親友の為に出来る事を今はやるだけだ…
To be continues.