腐った林檎たち 23
その日は朝から中央司令部内は大忙しだった。
各方面から将軍達が勢ぞろいし、大総統府へ集まってくる。
その対応だけでも一苦労だ。
演習に参加する兵士達が続々と司令部内敷地に集まり、最終準備を整えている。
ヒューズとハボックはその中を見回り、行方不明者やロイ達の姿を探していた。
「いないな…演習部隊に紛れ込んでいるかと思ったが…」
「昨日の今日ですからね。まずいと思って作戦変えたんじゃないっすか?」
「お前たち!ここで何をしている?」
背後からいきなり声をかけられ、慌てて振り向くとそこには今日の演習の総司令官リーゼル少将が立っていた。
「演習ご苦労様です!閣下。」
すかさず敬礼をかざし、心にもない挨拶を言い放つ。
ハボックもしぶしぶ敬礼し、やはり心のこもらない適当な挨拶をぶっきらぼうに言い放った。
「お前は私の部隊の者ではないな。ここで何をしておる。」
「いえ…ちょっと探し物をしておりました。」
「探し物…?ふん、で、見つかったのかね?」
にやりと笑いながらヒューズの前を通り過ぎ、後ろにいる部下達に準備の出来具合を確認する。
「必ず見つけてみせますよ…」
沿うポツリと呟きながらハボックに「行くぞ」と声をかけその場を後にした。
ロイは今必ずこの司令部のどこかに潜んでいる…
クーデターを起こすなら街中で軍を奪うより中央司令部で奪った方が効率がいい。
狙うは大総統閣下ただ一人…あの方を殺してしまえば軍は統率力を失うだろう。
後は軍の中枢部を押さえ、ユノー将軍が自ら大総統を名乗ればいい。
ブラッドレイはああ見えても冷徹非道な独裁者って事を皆知っているから…
恐らく皆自然に新しい指導者を受け入れるだろう…
ユノー将軍は外見上は穏健な平和主義者になっている。
きっと国民受けもいい筈だ。歓喜を持って迎え入れられるかもしれない。
俺達もこの国のあり方を変えるべく上を目指していたのだから、何も知らなければ将軍の行動に賛同していただろう。
だが怖いのはその後だ…
無理やり奪い取ったその地位は廃墟の様に脆く崩れやすい…
その地盤を固める為にする事はただ一つ…
意に添わぬ者を排除する大粛清が始まるだろう…
ユノー将軍の取り巻きだけが残され、後は紙屑の様に捨てられる。
そしてこの国はまた、貴族達特権階級が支配する暗黒の時代へと逆戻りするんだ。
「今が暗黒時代ではないとも一概に言えないがな…」
「中佐…?」
「何でもないよ。さ、俺達も準備をしようか。」
事が起きた時の為の準備を…
大総統府の一室で主要閣僚と軍の上層部が勢ぞろいしていた。
ブラッドレイを始めとし、政府首脳陣や高官達。軍の上層部。
楕円形の机のそれぞれの席に座り、雑談を交わしている。
全員揃った頃、ブラッドレイがその部屋に入り、後をユノー将軍が続く。
皆が起立し、二人に敬礼をかざす。
ブラッドレイは片手をあげ簡単に挨拶を交わすと中央の上座に座り、その横にユノー将軍が腰を下ろした。
「さて、本日は御忙しいところわざわざのお越し恐縮です。」
ユノーが立ち上がり冒頭演説をし始めた。
「今日の演習はテロリストがセントラルの中枢を占拠したと言う設定のもと行われます。」
「中央ラジオ局、政府議事堂、大総統府、中央司令部、この4箇所に軍を派遣し、
指定した時間に同時に突入をする予定です。」
「決められた時間内にいかに軍を動かし、迅速に配置をし、連携をして突入するか、と言う訓練となります。」
ユノーは背後にある黒板にセントラルの地図を張り出し、印の付いた所を指しながら
そこまでの行動の経緯を説明する。
ブラッドレイはただ黙ってユノーの説明を聞いていた。
「政府は国民に非常事態宣言を発令し、外出禁止令を発動して貰います。」
「勿論、『訓練』と言う事を事前に説明し、出来る限り協力する様呼びかけて下さい。」
「その辺は大丈夫だ。かなり前から今日の事はラジオや新聞を通じて報道させている。」
「街中に突然軍隊が現れても動揺しないよう呼びかけています。」
ラジオ局の局長がにこやかにそう答えた。『訓練』の内容を全く疑っていない…
「突入は12時ジャスト。今より時計を合わせます。皆さん準備をお願いします。」
中央司令部内から時計の秒針が刻む音が流れ出す。準備をしていた者は皆立ち止まり、
持ち合わせた時計を合わせる準備を始めた。
ピッ、ピッ、ピッ、ポーン…
『テロリスト達がセントラル中枢箇所を占拠。至急対処せよ。』
時計の音に続いて、訓練用の仮命令が流された。
司令部内の兵士達が皆所定の位置につく。
「訓練開始です。では皆さん、宜しくお願いします。」
ユノーの開始宣言を受け、政府首脳陣は議事堂へ、軍上層部は作戦司令室へ向っていった。
「ユノー、お前も作戦室へ向わんのか?」
終始無言でユノーの説明を聞いていたブラッドレイが、初めて言葉を発する…
その言葉尻はこの訓練をとても愉しんでいる様でもあった。
「作戦すべてはリーゼルに任せております。私は後方支援で十分ですから。
最後まであなたの傍におりますよ。」
穏やかな表情でにっこりと微笑む。
同じくユノーもこの訓練を心から愉しんでいた。
お前の最期を見届けなければならないからな…
貴様がどう動くか…私を心から愉しませて欲しいものだ…
お互いの腹の内を探りながら二人は並んでバルコニーへと移動する。
突入時間まで2時間。そこで何が行われるのか…
「時間は合わせたか…」
「はっ。皆揃えました。」
「では手筈通り。各自所定箇所へと移動せよ。」
漆黒の瞳が無表情でそう命令を下す。それを聞く側も感情を全く示さない。
ただ一人…その光景を悲しそうに見つめる金色の瞳があった…
ロイ達は今、ユノー将軍の執務室から司令部外に続く隠し通路の中で待機していた。
12時の突入合図と共にロイは司令部のリーゼル総司令官の部隊を襲撃する。
その他ラジオ局等4箇所に別れ突入と同時に司令官を抑えそのままその箇所を占拠する。
司令部と大総統府を押さえる者以外はそこから外へと移動して行った。
エドは大総統府でブラッドレイへの襲撃を阻止する為そのままロイと共にそこで待機していた。
だがエドはどうしようもない不安に駆られていた…
クーデターの作戦があまりにも単調すぎるからだ…
突入訓練した部隊の司令官を押さえただけで軍を掌握できるのだろうか…
司令官達は皆ユノー将軍の息のかかった部下…
何故彼らと合流ではなく奪う形を取るのだろう…
そして俺は何故…あの人を守るんだ…?
考えても仕方がない。俺は与えられた命令を実行するだけだ…
愛しい者と共にどこまでも行くと決意したんだから。
「大佐…」
無表情のロイの頬にそっと触れると、触れるか触れないかのキスをする。
返して貰った右手の機械鎧にそのしなやかな黒髪を絡ませた。
ロイの瞳が僅かに揺れる…
それでも目の前の愛しい者を抱きしめようとはしない。ただ真直ぐに見つめるだけ。
「愛してるよ…大佐…だからこれは別れのキスじゃない。」
「幸運を呼ぶキスだ。もう一度俺達が会える様に…」
そして俺を見て笑って…
俺の名前を呼んで抱きしめて…
そう話しかけても勿論言葉は帰ってこない。命令以外の事を話せないのだ…
エドは悲しそうに笑うともう一度唇に触れ、大総統府へ向う為その通路から出て行った。
To be continues.