腐った林檎たち 24
バタバタと慌しい中央司令部の中…
怒号が飛び交う廊下で一人ゆっくりと歩いている少年がいた。
「何やってんだ!子供がうろうろするな!」
「邪魔だ!隅っこ歩けよ。チビ!」
普段だったら絶対言い返している侮蔑の言葉も今のエドには何も聞こえない…
大総統府…2階の執務応接室…
そこにあの人がいる…ユノー将軍と共に演習を視察している…
大佐がそこ目掛けて大砲を打ち込む。俺はそれを錬金術を使って防ぐ…
その後大総統をさっきの廊下を通って外に連れ出し、出たところで背中から刺す…
そんな簡単にいくかな…?
最初の攻撃を防ぐのも「安心させる為」って言ってたけど…
どうもまだ何か裏があるようで嫌な気分だ…
俺が大勢の眼の中で錬金術を使う事に何の意味がある…?
その後俺があの人を殺したら、どういう意味が生まれる…?
大佐の立場は…?
俺はこのまま命令通りにするのが大佐の為になるのか…?
大佐を守るには何をすれば一番いいんだ…?
「兄さん!!!!!」
いきなり声をかけられ慌てて振り向くとアルが走って駆け寄ってきた。
「アル!!しまった!」
逃げようと足を踏み出した時、アルの長い腕がエドのみつあみを掴み自分のほうへ引っ張り込んだ。
「いっって〜〜〜〜〜〜!!何すんだよ!アル!」
「何言ってるんだ!今までどこにいたのさ!」
エドは昨日のあの屋敷での一件をフッと思い出し、バツが悪そうに俯いた…
「ゴメン…アル…俺…」
「大体事情はわかってる。大佐は?兄さんは何故ここに?ユノー将軍は?クーデターは?」
一気に言いたい事をいいまくりながらエドを廊下に壁に押し付け逃げられない様に両手を付いた。
「ちょ…アル!落ち着けって。」
「ちゃんと説明してくれない限りここから出さないからね。」
表情の見えないアルの顔は、人形の様だったグローム中尉やロイよりもはるかに感情が感じられた…
あぁ…魂が入ってるってこういう事か…
「兄さん…?」
アルの顔を撫でながら穏やかに笑っているエドを見て、アルは不思議そうに声をかける。
「ゴメン、アル。俺、大佐の為にしなきゃいけない事がある。」
「兄さん!?まだユノー将軍の仲間になってるの!?一体何が起きるの?」
「お前の身体と俺の体同様、失った大切なものを取り戻す。だから…」
行かせてくれ…何も聞かずに…
何時になく真剣な顔で自分を見つめている…
「兄さんはマインドコントロールされているわけじゃないよね…」
「違う。これは俺自身の意思だ。」
俺の意思でユノー将軍の仲間になった。今もそうだ。大総統を狙うべく俺は行動している。
エドのその眼にアルは何も聞けなくなり、深い深い溜め息をつきながらその手を壁から離した。
「サンキュ!アル。」
「僕はまだ兄さんを全面的に信じたわけじゃないからね!」
「判ってるって、大丈夫だ!俺に任せろ!」
アルの腕を叩きながらエドは目的地へ足を向けた。
「兄さん!!一つだけ約束して…」
「??アル…?」
絶対…無茶しないで…必ず生きて帰ってきて…
あの日の約束を果たすんだから…僕達の身体を取り戻すって…
エドは優しく微笑むと二度と振り返らずに大総統府へと向って行った…
甘いなぁ…僕は…兄さんに…
本来なら引きずってでもヒューズ中佐の元へ連れて行くべきなんだろうけど…
兄さんの気持ちも分からないわけじゃない。
今は中佐の所に戻ってクーデター勃発後の準備を手伝わなくちゃ!
念の為この事は中佐に話しておいた方が良さそうだ。
そして…兄さんの無事を祈ろう…
何事もなかった様に戻ってきてくれる事を祈ろう…
大総統府の一室でブラッドレイとユノーはコーヒーを飲みながら昔の話で盛り上がっていた。
ブラッドレイが大総統になる前の数々の戦場。二人で潜り抜けて来た戦渦。
上を目指す為に協力を要請した水面下の誓い。
生死を共にした戦友が今、自分の命を狙っている…
「一度聞いておきたかったのだが…」
「何でしょう…?」
「何故…前大総統を失脚に追いやった時、君が大総統になる事を主張しなかったのかね?」
「家柄や人望を考えるとそれが妥当だったかもしれない。しかし君はそれを拒否し、私を大総統に押し上げた。」
「何故だ…?ユノー…」
ユノーはコーヒーを飲み干して、バルコニーの手すりまでゆっくりと歩いていった。
手すりから下を覗くとリーゼルの部隊が準備に追われている。
「あの頃の私では地盤が弱かった。私が大総統になればすぐに内乱が起こると判断したのです。」
ブラッドレイの戦場での冷徹な行動は全軍に知られており、失脚させる時も情けなどひとかけらもなかった。
あの時もし自分が大総統になっていれば必ずブラッドレイにその地位を奪われていただろう。
冷徹で…残忍な方法で自分とその取り巻きすべての息の根を止められる。
ブラッドレイを粛清をするには自分の軍力は弱すぎた。今はまだ彼に対抗する力はない…
ブラッドレイを頂点に押し上げ、自分はそのNo.2に甘んじ、機会を待つ…
20年の間…着々と力をつけ、穏健派として軍内外から人望を集め、そしてようやくその時期が来たと悟ったのだ。
「病んだこの国をまとめるには君の様なカリスマ的存在が必要だったのだよ。レイ。」
「だから私は辞退した。その判断は間違っていなかったと自負しているよ。」
事実、独裁体制を整えたブラッドレイの元、国は安定し栄えてきた。
と、同時にブラッドレイ独裁への批判も高まっている。
そう…本来私がなるべきだったその地位を奪う今が絶好の機会…
「あと1時間か…準備は整っているのかな…」
「すべて予定通りです。流石ですな。あなたの下で軍は一枚岩になり強靭な力となる。」
それがすべてあなたに牙を剥くのだよ…ブラッドレイ…
お互い顔を見合わせにやりと笑う…
策略を練る者とそれを阻止する者…互いがその手の内を探り出そうとしている…
何をやろうとしている?ユノー…
どこまで知っているのだ…ブラッドレイ…
辺りに緊張感が漂い、それが最高潮に達しようとしたその時…
コンコン…
ドアをノックする音…続いてドアの開く音…
ゆっくりと振り向き、隻眼に映ったその姿に僅かに驚いた。
エドワード…?
「大総統閣下にお伝えしなければいけなくて来ました…」
金色の綺麗な瞳が揺れている…
握られた両手が震えている…
だがその眼は真直ぐにブラッドレイを見つめている…
怯えているのか…?一体何に…?ユノー将軍にか…?それともクーデターに関わっているから…?
「どうかしたのかね?エドワード君…」
手を差し伸べると、ゆっくりとその手に近づいてくる…
ユノーには目もくれず…真直ぐに見つめている…
決して視線を反らそうとしない…
「ここは部外者は立ち入り禁止だ。どうやって入ってきた?」
ユノーが下手な演技をする。愚か者め。貴様が呼び寄せたのだろうが…
「構わん。さぁおいで…私に何を伝えたいのかね?」
すがる様な眼で見つめながらブラッドレイの胸に飛び込んできた。一体どうしたと言うのか…
マスタング大佐が…クーデターを起こそうとしています…
だから…早くここから逃げて下さい…
軍服を握り締め、肩を震わせながらそう囁いた。
エドのその言葉に流石のブラッドレイも驚き、その小さな肩を握り締める。
エドワード…?何を言っている…?
お前もその仲間ではなかったのか…?
なぜ事前に私に情報を漏らす…
ユノーは表情も変えず動こうとしない。これも作戦の一つなのか…?
突入時刻は刻一刻と近づいてくる…
To be continues.