腐った林檎たち 25
『大総統府の一室に私と大総統がいる。そこに来るのだ。』
『子供の俺がそこまですんなり行けるのか?咎められて追い出されるのがオチだぜ?』
『当日の警備はすべて私の部下だ。君は無視してよいと命令してある。』
あんたの言う通りだったよ。誰一人俺を咎めなかったし、呼び止めもしなかった。
『入ったらブラッドレイにマスタングがクーデターを起こそうとしている事を話しなさい。
そしてそこから逃げる様に薦めなさい。』
『そんな事したら大総統がそっから逃げちゃうじゃないか…』
『ブラッドレイは決して逃げないよ…むしろ愉しんでそこに居座り続けるだろう。あれはそういう男だ。』
「早く!ここから逃げて…」
「逃げる訳には行かないよ、鋼の…大勢の軍や政府関係者がもうすぐこの部屋に集まる。演習を視察する為にね。」
「そんな中私がクーデター如きで逃げ出していては私の権威に関わる。」
それにこんな面白い事を見逃すはずがない…
ブラッドレイはクスクス笑いながらエドの肩を掴み自分の膝に据わらせた。
あぁ…何てこった…全部ユノー将軍の読み通りじゃないか…
「それより…君はどうやってテロリスト共から逃げ出してきた。いや、何故裏切った?」
君の愛しい者が仲間ではなかったのか…?
『君が何故そこにいるかと聞かれたら、ブラッドレイを殺す事などやっぱり出来ないから裏切ったとでも答えておけ。』
『大総統はきっと何もかも見透かしているさ。下手な嘘をついても無駄だと思うよ。』
『それは百も承知だ。要は君がブラッドレイの傍にいる理由が出来ればいい。』
何なら私の目の前でSEXしてもいいのだよ…ククッ…
噂は聞いているよ…鋼の錬金術師君。
君と…ブラッドレイの親密な関係を…
「俺…あなたを殺すよう大佐に言われたけど…やっぱり出来ない…だから…」
「…そうか…もう何も言うな…大佐の事は私に任せなさい。それより少し落ち着いた方がいい。」
ブラッドレイは自分の胸にすがって俯くエドの髪を優しく撫で、気分を落ち着かせようとしていた。
「ユノー、すまないが何か飲み物を持って来てくれないか。エドワード君に飲ませたい。」
「判りました。少しお持ちを。」
エドがユノーの方をチラッと見ると、ユノーもエドを睨んでいた。
余計な事を言うな。さもなければマスタングは…
判ってる!!クーデターは絶対起こさせる!
眼と眼で会話を交わし、ユノーはそこから席を外す。ブラッドレイはすぐさまエドを抱き寄せ耳元で囁いた。
(エド…エドワード…何があった…ユノーが関わっているのは判っている。)
(大総統…俺…何も…さっき言った事が本当です。)
(マスタングがユノーの言いなりになっているのも知っている。今なら止められるかもしれない。)
(駄目!!このままここにいて…クーデターは起こさせて…でないと大佐が…)
(マスタングがどうかしたのか…エドワード…?)
お願い…あの人を助ける気持ちがあるなら、このまま俺をあなたの傍にいさせて…
軍服の胸の部分をぎゅっと掴み眼を合わせない様に胸に顔を埋め肩を震わせている…
ブラッドレイはその小さな肩を抱きしめ、「わかった…」と呟いた。
「お待たせした。コーヒーでいいかな。ミルクと砂糖は用意したよ。」
小さなお盆の上にカップとミルク、砂糖を用意してユノーが戻ってきた。
エドはスミマセンと言いながら少し甘くしたコーヒーを飲む。
「エドワード君、君はこのままここにいなさい。」
「でも、クーデターは…」
「仲間を裏切ったのならその報復があるかもしれない。ここにいる方が安心だ。いいね。」
小さく頷くエドを見て、ユノーは薄く微笑んだ。
最悪だ…すべてあんたの思い通りに事が運ぶ…
大佐は…今…あの通路で息を潜めている…
もうすぐ突入の時間。どうしよう…でもどうにもならない…
大総統に真実を話せないまま時間だけが過ぎていく。
その内作戦本部にいた政府関係者や軍上層部が続々とこの部屋に集まってきた。
エドの姿を見て少し驚くが、別段気にもせずバルコニーの所定の位置に腰を下ろす。
皆噂を聞いているのだろう…二人の親密な関係…
最年少の国家錬金術師をブラッドレイは事の外気に入り、可愛がっていた。
エドも自分のすべき事の為にその地位を利用し普段見れない重要書庫をも閲覧できていた。
勿論…そこには等価交換が存在する…
だがロイの時とは違い、無邪気に自分を慕うエドをブラッドレイは心から愛しく思っていた。
エドも父親のいないその空間をブラッドレイに重ねていたのかもしれない。
弟の為に自分がしっかりしなければ、と肩に力が入っていたのを、ブラッドレイが優しく解してくれたのだ。
等価交換の為情事を重ねたが、その行為は決して嫌な物ではなかった…
むしろ身体を委ねる事により、エドの心は次第に安らいでいった。
次第に心にゆとりが生まれ、笑顔を見せる様になり、そして人を愛する事も出来るようになった。
そして今、その愛する人の為に命をかけている…
ロイの為に…ブラッドレイを手にかけようとしているのだ。
あと…15分…広場の中央に続々と軍隊が集結していく。
『中央ラジオ局前、配置完了致しました。』
『政府議事堂、集結完了!』
『大総統府、包囲完了』
『中央司令部内、集結完了しました。ユノー将軍…』
各部隊の司令官から次々と集結完了の報告が入ってきた。そべての準備が揃ったのだ…
後は12時の時報と同時に突入するだけ…
あと5分…4分…3分…
「あと2分だ。俺達も各所に向うぞ。」
「俺は将軍の自宅っすね。」
「僕はここで待機ですね。兄さんにもしもの事があった時のために。」
「俺は郊外の別荘に向う。無駄足にならない事を祈ろう…」
ヒューズを長とした極秘部隊が、ユノー将軍に関わるすべての箇所に配置されていく。
万が一の事を考え、ユノーが逃げ込む箇所をブラッドレイがリストアップし、ヒューズ達がそこの場所を
事前に押さえておく。
もしクーデターが成功し、ユノー将軍が実権を握ったらそのまま逃走し、抵抗軍として各地に向え。
ユノーの足元に跪くならそのまま武器を放棄せよ。
ブラッドレイからの直々の命令…あの方も命をかけているって事か…
にしては愉しそうだったけどね…
ロイ…無茶な事はするなよ…
さっさと眼を覚ましてこんな馬鹿げた事なんて早くお仕舞いにしようぜ…
狐と狸の化かし合い…いっその事相打ちでもしてくれればいいのにな。
そうすればこちらとしては棚ぼたなのだが…
「中佐!早く乗ってください!出発しますよ!」
「あぁ、悪い!すぐに行く。」
颯爽と車に乗り込み部隊へ指示を出す。
ロイ!死ぬなよ!
お前の為にとっておきのワインを用意してあるんだからな…
それをお前の墓にかけるのだけはゴメンだぞ…
カチッ…ボーン、ボーン、ボーン…
「突入開始!」
12時の鐘が鳴ると同時に、号令が飛び交い各所の部隊が突入していく。
中央司令部のリーゼル将軍もバルコニーのブラッドレイに向って敬礼をかざし、部隊を四方に散らそうと
指示を出そうとした時…
ボウッ!!!!
「!!?何だ!?」
「どうした!いきなり炎が上がったぞ!?」
「何があったんだ!?!?」
リーゼルが乗っていた車に突然炎が上がり、と、同時にその背後にあった大砲を乗せた車両に数人の人影が乗り込んだ。
「どうした!?」
リーゼルが乗っている車目掛けて再び炎が立ち上がった。
ブラッドレイとエドが同時に身を乗り出してその様子を眼に写す。
マスタングか!?
大佐!?
黒煙の中からロイが飛び出し、リーゼルに銃を向けその車を奪う。
残りの兵士達が同じく司令官将校に銃口を向け、その部隊の指揮系統を奪い取る。
「何だ!?これも訓練の一つか!?」
「いや、そんな訓練は予定にない。一体何が…」
バルコニーにいた軍上層部の面々が突然の事で動揺し情報を得ようとバルコニー手すりに集まってくる。
だめだ!こんなに皆前に来たら錬金術で防げない!
「皆下がって!大佐がこっちに向けて大砲を撃とうとしている!」
エドのその言葉に上層部の者達は皆後ずさりをする。
ただ一人…バルコニーの手すりから離れない者がいた…
「マスタング…やはり私に刃を向けたか…」
大砲の準備をさせるロイを見て、ブラッドレイは愛しそうに笑っていた。
撃て…私はそれぐらいでは死にはせんぞ…
私の命を取るなら自らの手で奪うがいい…
「大総統!下がって!危ない!」
エドが傍に近づくと、ロイが大砲の銃口をバルコニーのブラッドレイに向けていた。
「撃て!!!」
ロイの声と同時に大砲に火がつけられる。
爆音と共に鉄の砲弾がブラッドレイ向って放たれた。
バキバキ!!
「エドワード!?」
「下がって!大総統!」
バルコニーの大理石を使ってエドがその砲弾を受け止める。
グワッ!!ドドドド…!!!
砲弾の威力と錬金術で作り出した壁の重みでバルコニーが崩れだした。
エドの身体が足元と共に揺らいでいる。
「エド!手を取れ!」
「大総統!」
一瞬の差でエドはブラッドレイの手を取り、その直後に足元の大理石は崩れていった。
エドをしっかりと抱きしめて崩れた窓から下を覗きこむ。
ロイがじっとこちらを見ていた。表情を変えず…微動だにせず…
ブラッドレイが健在なのを認めると、ロイは次なる命令を仲間たちに告げた。
「司令部を占拠する。作戦本部と通信室、それからあのバルコニーにいる軍上層部の人間を確保せよ。」
命を受けると同時に銃を持ち、バラバラと各所定の場所へと向っていく。
混乱に紛れてリーゼルの部下達もロイに合流していたが、誰もその事には気がついていなかった。
「大総統閣下!ここは危険です!すぐに別の場所に避難を…」
「何を言うか!私はここに残るぞ!」
こんな愉しい事!ロイが私目掛けてやってくるのだぞ!?
「お願い…大総統…俺と一緒に逃げて。」
エドがブラッドレイの袖を掴み訴える様に見つめている。
…それがユノーの指示か…私を連れてここから逃げろと…
エドの手をそっと掴み、ブラッドレイは優しく微笑んだ。
「お前がそういうならそうしよう。後は頼むぞ、ユノー。」
これで良いか…?エドワード…
大総統…ごめんなさい…ごめんなさい…
『上手く事が運びブラッドレイを無事守れたら、すぐにそこから離れて私の部屋の隠し通路へ向え。』
『大総統が嫌だって言ったらどうすんのさ。あの人頑固だから逃げないって言ったら頑として動かないよ?』
『お前がお願いすれば必ず言う通りにするさ。何もかも承知の上でお前の望む事をするだろう。』
それ程お前はブラッドレイのお気に入りだからな…
ホント…あんたの言う通り…
大総統は俺の願いを必ず聞いてくれる…
俺は大佐の為にあんたの命令に逆らえない…
俺はこのあと大総統を殺すのか…?
「エドワード…どこに連れて行く…?」
「こっちです。隠し通路から外に出られるから…」
ブラッドレイは黙ってエドの後ろから着いて来る。
エドには後ろからとてつもない威圧感に苛まれ、じわりと額から汗が流れ出した。
大総統府から直結の廊下で繋がっている司令部最上階…
ロイの仲間達は今司令部内を占拠している。見つかる前に隠し通路に行かなければ…
ユノーの部屋のドアを開け、誰もいない事を確認するとエドとブラッドレイはその中に入っていく。
執務室の横の本棚の本を引っ張り、隠し通路を出現させた。
「こんな通路があったのか。知らなかったぞ?」
「大佐とここから進入したんです。だからここからなら見つからず出られます。」
エドが通路に入ろうとした時…
ガッシ!!
ブラッドレイがエドの腕を掴み自分に引き寄せそのまま唇を強引に吸った。
「んっふぅんんん!!!」
無理やり口をこじ開け、逃げる舌を絡ませ貪り食う。
ようやく唇を離し、ぐったりしているエドの首をグッと掴み、壁に押しやった。
「くっはぁ!!大…総統!?何…を…」
「私がこのまま大人しく君の言う通りになると思ったのかね?」
そのまま首を掴んでいる手の力が込められ、エドの首が締め上げられる…
あっぁ…俺…このまま死ぬのか…?
エドの意識が遠のいていく。手も足も力が抜けていき、目尻に薄っすらと涙も浮かべていた。
だがブラッドレイがその手の力を抜く事はなかった…
To be continues.