腐った林檎たち 27
『ラジオ局占拠完了!』
『政府議事堂、占拠しました!』
各地に配置した軍をロイの仲間が次々と占拠したと言う報告がなされていく。
作戦本部を押さえたロイはそこを部下に任せ、そのまま大総統府へと向っていった。
狙うはバルコニーにいる軍上層部達。
既に部下が向っているので拘束されているはずだ。大総統はエドが連れて逃げている。
……エド…?
誰だ…?何故その名前が私の中を占めている…?
「大佐?どうかしましたか?」
「いや…何でもない…行くぞ…」
判らない…どうして私はこんな事をしている…?
だがしなくてはいけない…命令通りに事を進めなければいけない…
何故命令通りに動かなくてはいけない…?
クーデターが成功させる為にはまず軍上層部を押さえ、軍を完璧に手中に収めなければならない。
何を持って成功と言えるのだろうか…?
判らない…わからない…ワカラナイ…
大総統府の2階、先程のバルコニーの部屋に辿り着くと、軍上層部の面々がロイの仲間によって拘束されていた。
その中には勿論、ユノー将軍も含まれている。
ロイはユノーの顔を見るや否や、頭の中で渦巻いていた疑問や感情がすべて消え去り、人形の様に
確実に命令された事を実行していった。
「私はここに軍のすべてを掌握した事を宣言します。皆さんには暫くの間ここで大人しくして頂きます。」
与えられた台詞を淡々と述べる…
「マスタング大佐!こんな事をしてどうなるかわかっているのかね!」
「君が上を目指しているのは知っていたが…まさかこんなやり方で…」
「大総統閣下は逃げ延びている!君の天下も時間の問題だぞ!?」
口々にロイを攻め立てるが、ロイは気にもせず…いや、その意味が判ってないのかも知れない…
無表情で彼らを見つめ返すと、皆ぐっと黙り込んでしまった。
おかしい…?何かがおかしい。マスタングはこんな無表情な男だったか…?
クーデターと言う大それた事をやってのけたその緊張からなのか…?
一人…薄笑いを浮かべている…
そうだ…いい子だ、マスタング…ちゃんと命令通りに行動しているではないか…
次はどうするか判っているかな…?
「ユノー将軍…大総統閣下がいない今、軍の最高責任者はあなたになります。
私と共にこちらに来ていただけますか?」
仲間の一人がユノー将軍の拘束を解くとロイの前まで連れてきた。
「私を連れ出してどうするつもりだ?」
「私が大総統になる書類にサインして頂きます。本来なら大総統閣下自らにして頂きたかったのですが…」
「素直にサインするとでも思っているのかね?」
「ではこちらの部屋でじっくりと交渉いたしましょう。この国が我らに掌握された事を思い知らせてあげますよ。」
はっはは!ちゃんと言えたじゃないか。いい子だ…
心の中でそう笑うと、ロイとユノーは別室へと向っていった。
後はリーゼルからブラッドレイが死んだと報告があれば完璧だ…
クーデターは成功し、マスタングは名実共にこの国の頂点へと上り詰める。
だがそれは僅かの間だ…
真のクーデターの成功はその後に起こるのだよ…
別室のソファに座り、今の状況を把握する。
演習で向っていた先はすべてロイの仲間が占拠している。
ブラッドレイは今、エドワードがあの隠し通路に連れ出している。
その先に銃を構えたリーゼルが待っているのも知らずに…
軍上層部は完全にマスタングが首謀者と思い込んでいる。これで何かあってもあやつにすべての罪を被せる事が出来る。
「お前を失うのは惜しいのだがね。」
微動だにせずユノーの真後ろで立っているロイに振り返り、舌なめずりをする。
美しく気高い黒豹を足元にはべらすのも悪くないのだが…
お前には最後の仕上げをして貰わねばならない。それがお前を選んだ所以なのだから…
「死んだか…?」
「恐らく。この銃弾を浴びて生きているはずありません。」
血まみれで横たわるブラッドレイの傍に近寄り、靴のつま先でその身体をコツンとつつく。
ピクリともしないブラッドレイを確認し、リーゼルは自然と顔に笑みがこぼれた。
「ふっふふふ!!あはははは!やったぞ!ブラッドレイを倒したぞ!!」
高らかに笑い、傍で同じ様に倒れているエドに目を向けた。
こちらもピクリとも動かない…
「ご苦労だったな。鋼の。お蔭で大総統閣下を始末する事が容易に出来たよ。
「しかし…なぜ我らの仲間でもあった鋼殿まで…」
兵士の一人が傍に近寄り、無残な姿の少年を見つめていた。
優秀な錬金術師がまず大総統をテロから救う。人々はその錬金術の素晴らしさに感嘆するだろう。
だがその錬金術師は実はクーデターの首謀者と繋がっていて、大総統閣下を逃がそうとして隠し通路内で殺害する。
我らはその光景を目撃し、クーデターの一味だった鋼のを制裁した…
「人々はこう考えるだろう…なまじ優秀だったが為に歪んだ権力志向があったのではないか…。」
「錬金術師を国家で推奨するのはどうか…と。」
一般人が力を持てば以下に危険かと言う事を知らしめる。
そして錬金術に規制をかけ、特定の人物以外の使用を禁ずる。
そう…我ら貴族階級の者が認める者以外…
「錬金術は我らの為だけに使われればよいのだ。一般の平民などに使われるなど…」
鋼のはいい見せしめになった。これでユノー将軍の規制もやりやすくなる。
だがやはり自らの手でブラッドレイを手にかけることは出来なかったようだな。
もしお前がブラッドレイを倒していたら、お前一人だけを撃てば良かったんだが…まぁいい。
結果は同じだったんだからな。
「すぐにユノー将軍に報告だ。第2段階完了…とね。」
そして第三段階にはいる。これが完了すれば晴れてユノー将軍が大総統の地位になられる。
我ら貴族の時代が再びやってくるのだ!。
「…成る程…幾重にも作戦を重ねていたと言う訳か…流石だな。ユノーは…」
背後から聞こえてくる渋みのある声に、リーゼルは思わずぎょっとなった。
い、今の声は…?まさか…?
ゆらりと立ち上がる気配にリーゼルは後ろを振り返るのを躊躇った。
まさか…まさか…生きている筈がない!これは何かの間違い…
ゆっくりと振り返ると、血まみれの軍服を着込んだブラッドレイが立ち上がり、
額から流れ出ている血を舌で舐め取っている。
まるで美味しそうな料理を目の前に舌なめずりしている様で…
睨みつけるその眼は紅く光り、蛇が蛙を睨み付けるが如くリーゼルの身体を貫いていく。
「ま…さか!そんな筈は!あの銃弾を浴びて生きていられる訳が!」
「あんな銃弾ぐらいでは私は死なんよ。私を殺すなら骨まで焼き尽くさねばな。」
そう…私の息の根を止められるのはマスタングただ一人…
「う、撃て!撃て!!」
自分に迫り来る魔物を討ち果たすかの様に兵士達は銃弾をブラッドレイに浴びせる。
銃弾の衝撃でブラッドレイは壁に打ち付けられ、貫通した箇所からは血が噴出している。
口端から血を滴り流しながらも、ブラッドレイはにやりと笑いリーゼルを睨み返していた。
「言ったであろう…?私はこんな銃如きでは死なないと…」
流れ出す血は自然に止まり、銃弾で開いた穴は次第に塞がっていく。
人間業とは思えないその光景に誰もが眼を疑い硬直してしまった。
人間じゃない!?大総統閣下は人間じゃないのか!?
銃によって破れた眼帯がはらりと地面に落ちていく。
その傷痕のある眼の中には、眼球ではなく見慣れない模様…
「あ…んた…何モンだ…人間じゃ…」
リーゼルがすべてを言い終わる前に、サーベルを抜いたブラッドレイがリーゼルを一文字に切り裂いた。
悲鳴と共に血しぶきが飛び、身体は二つに分かれてゴトンと地面に落ちていった。
「ひぃぃ!!」
半狂乱になりながら銃を撃ってくる兵士達に、ブラッドレイはサーベルと掲げてゆっくりと近づいていく。
そして一定の間合いに達すると、脱兎の如く兵士達に駆け寄り次々とサーベルを落としていった。
銃ごと切り裂かれ、腕を切り落とされ、身体を真っ二つにされ…
気がつくとそこは血の海と化し、その中に一人たたずむブラッドレイからは
人間らしい感覚も感情も見受けられなかった。
「終わったの??ラース。」
「終わったよ。エンヴィー。久しぶりで充実した。」
振り返るブラッドレイの左眼の中にはエンヴィーと同じウロボロスの刺青。
その表情はブラッドレイではなく、『憤怒』のラースとしての死人の顔。
切り裂くその剣に感情はなく…流れるその血に暖かさは感じられない。
目の前に展開するすべての物に『怒り』を感じ、その感情に従順し行動する。
自分を撃った兵士に情けなどいらぬ。憤怒のままに激昂し、死を与えるだけ。
少し気持ちが落ち着いてきたのか、ブラッドレイの醸し出す雰囲気が和らいでいった。
「に、してもいきなり撃ってきたね。始めからこういう作戦だったんだ。」
「エドワードを帰して正解だったな。さて…エンヴィー。もう一働きして貰うぞ。」
ハイハイ、と不貞腐れながら地面に転がっている兵士の身体を探し出す。
そしてその姿に変身すると、ブラッドレイに向ってにっこりと微笑んだ。
「で、どうするの??」
「ユノー、いやマスタングに私が死んだと報告しろ。その次の作戦を実行させなければならない。」
それは恐らく…マスタングの死を意味する…
だがこの次の作戦に移行させないと、このままではマスタングが首謀者として罪を被る事になる。
ユノーはクーデターを起こさせ、それを鎮圧するつもりなのだ。
私を殺し、その弔い合戦と銘打ってクーデターの一味を一掃するのだろう。
ユノーの命令を忠実に実行する者がクーデターを起こしている。ユノーが軍を編成して攻めて来ても
さしたる抵抗もせず正規軍に討ち果たされるだろう。
クーデターのすべての罪はマスタングが背負い、そして命を絶つ。
口封じもこめて、関わった者すべて…
その後クーデターを鎮圧したユノーに誰が逆らうだろうか…
そして私も亡き後、ユノーがその地位を継承する。反対するものは誰一人いない。
そう…完璧にユノーはこの国を掌握できるのだ。
力づくではなく…自然に…望まれて…
その礎は不動の物となるだろう。クーデターで手に入れるよりも確実に地盤を固められる。
そして…その後に大粛清が始まるのだ。貴族共がすべてを支配できるように…
そうはさせない!折角築いたこの地位。そう簡単に渡してなるものか!
それ以上にマスタングを死なせる訳にはいかない。あれを殺すのは私なのだから。
私の息の根を止めて貰うのはあやつだけなのだから…
To be continues.