腐った林檎たち 6
「中佐…大丈夫ですか…?」
肩をゆすられ、ヒューズはふと目を覚ました。
知らずに眠っていたのか…
辺りを見回すと、既に朝日が差し込んでいる。
何だ…もう朝か…
う〜んと伸びをしてコーヒーを飲みに隣の部屋へと向った。
主がいない机の上に、無造作に置かれていた地図…
「…一晩中調べていたんですか…?」
「ん??あ、ああ。」
コーヒーを入れたカップを手に、デスクへと戻るヒューズ。
グイッと一口に見ながら書類を取り、パラパラと見返している。
「あの車が向っていそうな所に印を付けてみたんだが…」
「…地図の殆どに印がついてますよ…?」
「それに、この街よりも遠くに向ったかもしれないじゃないですか。」
そうなんだよな…わかっているさ…
でも唯一の手がかりだ。これを突破口にして何かを掴めれば…
RRRRR…
外線の電話が鳴り部下がそれをとって対応している。
「ちょっとお待ち下さい」と言う声が聞こえてきた。多分あいつだろう。
「中佐、ハボック少尉と言う方からお電話ですが…」
やはりな。ロイは帰ってこなかったか…
「もしもし、ヒューズだ。ロイから連絡はあったのか…?」
『…いいえ…伝言も連絡も何もありませんでしたよ。中佐、やっぱりおかしいっすよ!』
予想はしていた。だがそれが当たって欲しくはなかった…
こうして現実のものとなった今、ハボックの勘を信じるしかない。
「分かった。お前の意見を聞きたい。今からここに来られるか?」
すぐ行きます!と叫びながら電話は切れ、ヒューズも受話器をそっと置いた。
何があったんだ…ロイ…
お前は今どこにいるんだ…?
薄暗い部屋の中…
いくらか闇に眼が慣れてはきたが、光も差し込まないこの部屋では、周りの状況を知ることが出来なかった。
身体からひっきりなしに汗が流れでる。
体中を駆け巡っている快楽の渦の為に、ロイは一睡も出来なかった。
薬はその威力が衰える事はなく、益々ロイの体を蝕んでいた。
息を吸って、肺に空気が入るだけで刺激を受け、先走りが流れ出す。
腕を僅かに動かせば、鉄の感触が肌に伝わり、それだけで絶頂に達してしまいそうになる。
歯を食いしばり、唇を噛み締めながら耐えてきた。
その精神力もそろそろ限界に近い。
この苦しみから逃れ、押しつぶされそうな快楽に終止符を打ってくれるなら、いっそ…
ロイの思考が段々鈍くなってきた頃…
ギィィ…
昨日聞いたあの音が部屋中に響く。誰かがドアを開けたのだ。
ロイはその音のほうに眼を向ける。誰でもいい…!!
早く私をイかせてくれ!!
涙目になりながらその人物に眼を見張る…
「おはよう、マスタング大佐。よく眠れたかな…?」
「…フェルゼ少将閣下…あなたでしたか…」
裕福な家柄の出身で、その地位も実力ではなく家柄でなったような『将軍』…
ブラッドレイが大総統になってからは実力のない者は閑職へと追いやられる。
だからこそロイが今の地位へとのし上がれたのだ。
「お蔭様で…よく眠れましたよ。」
「ふふっ、強がりを言うな。眼が真っ赤だ。」
くいっと顎を持ち上げ漆黒いの瞳をじっと見つめる。
触られただけで、快感が全身を駆け巡る。その感覚に思わず顔を歪めてしまった。
ロイのそういう表情は、上位にいる立場の者に嗜虐的感情をもたらせる。
にやりと口端を厭らしく上げ、ロイの身体のラインに沿って指を這わしていく。
触れるか触れないかのソフトタッチは薬で敏感になっているロイの身体を否応無しに焦らす。
ロイの中心で昨日からずっと起ち上がっているそれに触れると、
根元から先に向けて筋をなぞるように触れていく。
「やぁああああ!!」
ビクビクと身体を痙攣させながらロイは絶頂を向え、正面にいるフェルゼ将軍の服に白い液を飛ばした。
ガクッと力が抜けたようにうな垂れるロイを見て、フェルゼは満足そうに微笑んだ。
「どうだ、すっきりしたかね?僅かに触れただけでイッてしまうとは。お前は随分と淫乱なのだな。」
ハァハァと息をつきながら上目遣いにフェルゼ将軍を見上げ、きっと唇を噛み締める。
その眼がフェルゼの嗜虐心をそそるのを、ロイは知っているのだろうか…
荒々しくロイの顎を掴み、抵抗に溢れたその瞳をしげしげと見つめる。
その眼が服従に塗れた時…漆黒の美しい瞳は何色になるのだろうか…
「今夜はすべての『将軍』がそろう。皆新しい黒猫に興味があるようだ。」
すべての将軍…?かなりの軍上層部が関わっているのか…?
「それまでにある程度躾をと思ったが、このまま野性味を残すのも悪くない。」
「躾をするのは、まずお披露目をしてからでも遅くはなさそうだな。」
そういいながら、フェルゼは注射器を取り出しロイの右腕に液体を流し込む。
「うっ…ふっんん…」
切れかかっていた薬がまた投与され、再び全身に快楽の渦が巻き起こる。
息が荒くなり、身体全体から汗が流れ出す。
萎えていたロイ自身もたちまち頭を持ち上げた。
「はぁ、あああ、もう…」
「野性味を残すとしても、牙と爪は抜いておかないとね。あぁ、いいね、その顔。とても綺麗だ。」
快楽の苦しみに耐え、苦痛の表情を浮かべるロイの顔をさも嬉しそうに眺めている。
「イきたいと言う感覚もそうだが、マスタング大佐、喉が渇いてないかね?」
「昨日から何も口にしていないだろう?ん?」
まるで具合の悪い子供に聞くように優しい口調でロイに語りかける。
確かに…薬のせいで全身から汗が流れ、一晩中息が荒く、口呼吸を繰り返していた。
喉はカラカラで、今すぐにでも水を飲まなければどうにかなりそうなくらいだった。
「水が飲みたいか?マスタング大佐。」
「はぁっ…アア…閣下…」
苦痛の表情を見せながら、ロイは深く頷く。
こんな奴に懇願するのは耐えられない屈辱だ。
だが本能が水を欲している。思いとは裏腹に身体が水欲しさに相手が悦ぶような行動してしまう。
フェルゼは後ろで控えていた兵士に水を持ってくるよう命令する。
その間もロイは薬による快楽に苛まれ、体中が震え、自身からは先走りが流れ出していた。
「辛そうだな、マスタングよ。今すぐ我らに服従しその悪夢から解放されてはどうだ?」
うな垂れていたロイの頭がピクンと動く。ゆっくりと顔を上げ、乱れた前髪から漆黒の瞳がフェルゼを見据える。
「…ご冗談を…私は実力の伴わない上官に服従するほど落ちぶれてませんよ。」
バシッ!
フェルゼがロイの頬に平手打ちを食らわせる。
その手が僅かに震えていた。
そう…怒りで…
「上官に対する口の聞き方をもっと躾けないといけないな!」
「ふっ、何をそんなにお怒りで?私は本当の事を言ったまで…」
ドカッ!!
最後まで言う前に、フェルゼがロイの腹にその拳を食らわせた。
「ぐっ、ふうっ、うう…」
げほっと胃液を吐き、苦しそうに咳き込む。
服を着ていない分、その衝撃がもろ内臓に響く。
「鎖に繋がれた猫の分際で、よく言えたものだな。」
髪を掴み、その生意気な顔を睨みつけた。
ロイの口端から流れ出る血にフェルゼの背筋がゾクリとする。
鎖を外し、今この場でこやつを犯してしまおうか…
ロイは両手の鎖が外されるのを待っていた。
それさえ自由になれば何とかなる…
薬で体力が衰えていても、錬成陣さえ書ければ発火布を錬成できる。
それさえ手にすれば…勝機はある…
フェルゼがロイの左手の鎖に手をかけた時…
「止めろ、フェルゼ将軍!」
はっとフェルゼの手が止まり、ロイは声のほうへ目線を向けた。
フェルゼ将軍と同じ星を肩に背負った男…
「リーゼル少将…なんだ、邪魔するなよ。」
ほっとしたような口調でフェルゼは振り向いた。
リーゼル少将…フェルゼ少将と同じく、由緒ある家柄の出身だ。
「貴族将軍」と呼ばれる「将軍」たちのリーダー的存在。
やはり実力よりも家柄でその地位を獲得したようなものだった。
「その鎖は外さない方がいいぞ。そいつはただの猫じゃないんだ。」
「用心に越した事はない。外す時は立ち上がれないほど弱りきった時か、服従心を確認した時だ。」
やれやれ、小心者め…
呆れたようにリーゼルを見たとき、ふと後ろから来た兵士に眼をやった。
冷たく冷えているのか、水滴が流れ出ているコップを持った男がおずおずと立っていた。
その水を見ただけで、ロイの喉がごくりと鳴る。
そのコップを取りたくて、動けないはずの身体を前に出そうとする。
ジャラリと鳴る鎖の音を聞き、ロイのその様子を見て二人の将軍の顔がにやりと笑った。
フェルゼはコップの水をロイの口元傍まで持って行き、飲ませようとコップを傾けた。
ロイは必死で身体を前に出し、その水を飲もうと口を開け舌を出す。
一粒の雫がロイの舌に滴り落ちようとした時…
ガシャン!
手から滑り落ちるようにコップは床に叩きつけられ、水はみるみる床に吸い取られていった。
ロイの眼から絶望を感じ取ると、ククッと勝ち誇ったように笑いながら、ロイの顎を掴みとる。
「あぁ、すまない。手が滑ってしまった。」
「だが私はもう行かなければならない。水は夜また持ってこさせよう。」
それまで我慢しているのだよ…ククク…
ロイの乾いた唇を指でなぞり、そのまま身を翻してリーゼルと共に部屋を後にする。
ギィィと言う音と共に、また部屋の中に静寂が訪れる…
聞こえてくるのはロイの荒い息遣いと、拳を握り締める時の鎖の擦れる音。
床に着いた染みを見つめ、乾いた唇を噛み締める。
目尻からは一筋の涙が流れ落ちる。それが口元にたどり着いた時…
ロイの思考から「耐えろ」と言う言葉が消えていた。
浮かんでくるのは、どうすれば水を飲ませて貰えるのだろうかと言う事…
それはロイの強靭な精神が崩壊する第一歩だった…
To be continues.