腐った林檎たち  7







        「ハボック少尉!ただ今到着しましたっ!」



        バタンとドアを乱暴に開け、息をきらせながら大きな声を上げる。

        その風貌から、ホテルからここまで走ってきたのだと誰もが理解した。







        「よう!こっちだハボ。早く来いよ。」



        呆れかえる様に笑いながら手招きをして、忠実な部下を呼び寄せる。

        ガタガタとあちらこちらにぶつかりながら、ハボックは奥のヒューズのデスクへと息巻いていく。





        ハァハァと息を吐きながらヒューズの傍まで来ると、さっと敬礼をかざしそして真剣な眼差して訴えた。







        「中佐…絶対おかしいっすよ!大佐に何かあったに違いないっす!」

        「お前がそう思う根拠は何だ?ロイだってもしかしたら勝手に帰ったかもしれないじゃないか。」



        ハボックが鼻息を荒くしながらヒューズを見下ろし、自信満々に告げる。





        「昨日の夜、俺と大佐でとある店にこっそり行こうと約束からっす!」

        「中尉もいない絶好のチャンスだから、と物凄く嬉しそうでした!」



        そういう約束は破った事ありませんから!



        そう言い切ると、にっこり笑ってタバコを取り出し、「吸ってもいいすか?」と聞いてくる。





        ヒューズは半ば呆れながら、「かまわんよ」とマッチを放り投げた。

        あいつもとんでもない忠犬を持ってるんだな…





       

        「そうか、分かった。あいつはどうやら何か事件に巻き込まれたらしいな。これを見てみろ。」



        さっと差し出した分厚い資料に、ハボックが一瞬顔をしかめる。





        「ここ半年の間に行方不明になってる軍人達の資料だ。ロイもここのリストに加える事になるだろう。」

        「階級も年齢も所属もすべて接点はない。唯一の共通点は『有能な人物』として周囲から期待されていたって事。」





        確かに…大佐は普段はああでも、いざとなればその実力を発揮する。

        東方司令部でもやり手で通ってるし、将軍の信頼も厚い。





        「そんな有能な人物を集めてどうするんっすかね。」

        「さぁな…皆がそうとは限らないし…」







        皆を集める…?



        もし、このリストの人物がバラバラに行方不明になったのではなく、一箇所に集められているとしたら…







        そして何の疑いもなくその場所に集まるとしたら…







        「中央司令部…ここかっ!!」

        「中佐?どうしたんで?」

        「ハボック、ロイは何でここに来たんだ?何か仕事があったのか?」



        

        真剣な眼差しで聞いてくるヒューズにハボックは知っている事をすべて話した。



        中央から何か手紙が届いた事。

        そこには「セントラルへ召集せよ」と書かれていたらしい事。



        ユノー将軍にその「手紙」を見せて何やら相談していた事。





        「その手紙…どんな感じだったか覚えているか?」

        「ええっと、たしか白い封筒に赤い蝋で封印されてましたね。消印はセントラルからでした。」



        だから中央から来たと俺は思ったんです。





        ヒューズはハボックの話を一通り聞いた後、暫く考えそしてすくっと立ち上がった。





       

        「ユノー将軍の所にもう一度行ってみよう。お前も来るか?」





        勿論です!!とハボックはタバコをもみ消し、ヒューズの後へ続いていった。















        セントラルから遠く離れた西部の街…





        

        青い空が広がる荒野にエドとアルは汗を流しながら歩いていた。









        「ったく!!賢者の石があるって言うから、こんな所まで足を運んだって言うのに!!」

        「全くのガセネタだったね…兄さん。でもいつもの事じゃない。」





        賢者の石を探し旅を続けている二人にとって、情報が本当かどうかは問題じゃない。

        とにかく僅かな可能性でもそれに賭ける。





        

        「あ〜〜早くシャワー浴びたい!!ベッドで眠りたい!美味しいご飯食べたい!」

        「兄さん…黙って歩けば…?余計疲れるよ?」



        少しでも楽になるようにエドの荷物をアルが持っている。

        だが、エドは数キロ前に出た街からずっと文句を言い続けていた。







        これじゃ、すぐ疲れるって言ってるのに…







        「ラジオ聞きたい!水飲みたい!大佐をやりたい!」





        「…兄さん…どさくさに紛れて何て言った…?」

        「煩い!!くっそ!!いつもはぐらかしやがって!!」





        賢者の石が見つからなかったその怒りが、どうやら大佐に向っちゃったのか…







        アルが深いため息をつき、自分には感じることの出来ないその太陽を見上げ東方司令部の仲間を思い出す。







        気さくな人たち。優しい人たち。

        自分の事のように心配してくれる人たち…





        そして、兄さんが初めて好きになった人…





        短気な兄さんは一度自分の感情に気がついたら、もう止まらなかった。

        猛烈なアタックを繰り広げ、それはエドが東方司令部に訪れる時の恒例の儀式となった。







        大佐を見かけては有無を言わさず押し倒し、そして右手の焔で吹き飛ばされる。







        でも…不思議な事が一つ…





        大佐は兄さんが現れると、ほんの一瞬笑うんだ…





        それは…媚を売るような笑顔ではなく…

        呆れるような笑顔ではなく…







        心から喜んでいる一瞬の笑顔…







        それは兄さんも気がついていない。恐らく他の誰も…

        もしかしたら大佐自身も気がついてないかもしれない…





        「くっそ〜〜早く東方司令部に行って、あいつの顔がみたいっ!!」

        「で、絶対今度こそやってやる!!」



        さっきまでダラダラと力なさそうに歩いていたエドが、一気に元気になりずんずん前に進んでいく。

        後ろからアルがふふっと笑いながら続いていった。



        燦々と照りつける太陽…アルは鎧の身体なので何も感じないが、相当気温が上がっていた。





        「暑いなぁ…アル、水まだ残ってる??」

        「ウン、でももう少ないから大切に飲まなきゃ駄目だよ。駅のある街までまだあるからね。」

        



        分かったよ、と言いながら、エドは水筒の水をゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んだ。

        砂漠地帯のこの地域は、水がらみでの争いごとが絶えない。

        軍も泉の湧く地域を押さえて、この辺りの支配力を強めている。





        「たかが水如きで、何を血迷っているんだろうね…人間って…」

        「でも、それがないと生きていけないから必死になるんじゃい?」





        そうだけどさ…何か悲しいな…







        そう呟きながら、照りつける太陽を見上げた。





        遠い空の下で、同じ太陽をあの人は見ているのだろうか…

        穏やかな風の元で木陰に座り、昼寝でもしているのだろうか…





        今度あったらやり方を変えてみようかな。

        ちょっと素直になって…甘えてみようかな…









        愛しいあの人は今、何をしているのだろう…

















        ギィィと鈍い音が部屋中に響き渡る。





        何度聞いても嫌な音だ。耳が変になる。







        「気分はどうかね?マスタング大佐。」





        いいわけないだろう…





        もう顔を上げ、睨みつける体力もないのか、うな垂れたままピクリとも動こうとしない。

        つかつかと歩み寄り、乱暴にロイの顎を掴み自分へ目線を向けさせる。



        唇が乾ききり、眼の周りにクマが走り、端整な顔立ちで有名だった焔の錬金術師は見るも無残な状態に陥っていた。





        「ふん…かなり堪えている様だな。どうだ?服従する気に少しはなったかね?」

        問いかけにも答えず、ハァハァと息をつきながらゆっくりと眼を閉じた。



        「生意気な口を聞く気力もないと言うわけか?ククッ、流石のやり手のマスタングもこうなっては形無しだな。」





        ドアの方に目配せをし、後ろで控えていた兵士がコップ一杯の水を持ってくる。





        フェルゼがそのコップを受け取り、ロイの鎖を外すよう兵士に命令する。

        カチャカチャと鎖が外され、ロイの両手は自由になった。



        と、同時にどさりと床に倒れ、そのまま起き上がる事も出来ない。



        錬成陣を描いて発火布を錬成できる状態だったが…ロイの思考からはそれは既に消え去っていた。





        震える身体を何とか支えながら、フェルゼの持つ水に目線を向けた。





        「ん?これが飲みたいのかね?」

 

        フェルゼの方に手を指し伸ばし、懇願するような涙目でフェルゼを見つめる。



        それはまるで誘っているような眼で…





        フェルゼの嗜虐心がそそられたのは言うまでもない…







        ジャァアア…



        持っていたコップを逆さにし、中の水をすべて床に溢す。

        水は床の上で僅かに水溜りとなり、ロイの目の前で染みを作る。





        持てる力を振り絞りその染みの前まで来ると、僅かに残った水を飲もうと何も考えず床に舌を這わせた。





        その姿をさも満足そうに見つめる…





        床にこぼれた水では、ロイの渇きは癒せず、水への欲求を更に助長させるだけだった。









        そう…飲ませて貰えるなら何でもすると言う欲求へと…









        「もうすぐ将軍達がすべてそろう。その時お前の状態を「将軍」たちが確認する。」

        「お前が我らに服従できるか否か…」



       

        ハァハァと息をつきながら床に突っ伏してぼんやりとフェルゼの言葉を聞いていた。



        「せいぜい媚を売るんだな。否と判断された時は闇から闇へと消えていくだけだからな。」





        横向きに倒れているロイの身体を腰から下腹部の方へと撫で回す。

        まだ薬が効いているロイにとって、それは何本もの手で愛撫されているように感じ、身をよじって悶えていた。





        「お前を闇に消すのは勿体無いな…いざと言う時は私が買い取るとするか…」





        すっとロイの中心に向って手を伸ばした時…





        ガラガラガラ…







        ドアから大きな音がしてフェルゼははっと振り向き、本来の仕事を思い出す。



        運び込まれたものは、大型獣を囲う大きな檻。







        ロイは虚ろな眼でその檻を見つめていた。







        「マスタング大佐、ここに入るんだ。お前は黒豹だからな。ちゃんと檻に入れておかないといけないからな。」

        「言う事をちゃんと聞いたら『将軍』達から水が貰えるかもしれないぞ?」





        その言葉にピクリと身体が反応する…



        体力の殆どない身体を必死で引きずりながら、ロイはその檻の方へと近づいていった。

        ガシッとその檻を掴むが、それ以上の力が出ない。





        ふっとせせら笑うように檻に手をかけているロイを一瞥し、フェルゼは檻のドアを開けた。





        「ちゃんと自分で入りなさい。猫の躾けの第一歩は『ハウス』だからね。」



        よろよろと檻の中に入り、その場で横に倒れこむように眠りについてしまった。









        その様子を確認し、檻のドアをガシャンと閉める。









        今夜の宴はさぞ楽しいものになるだろう…









        舌なめずりをしながら檻を食堂へと運ばせた。















        ロイは思考が麻痺し始めている。我らの手に落ちるのも時間の問題だ。

        あれが私の靴にキスをする姿を見るのも悪くない…









        我らの野望達成の如何はお前にかかっているのだからな…











        To be continues.





  
   






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