ゲームを征する者 12
3:30
ハクロが渋い顔をしながら、本部のあるテントへと戻っていく。
中へ入る幕を重い足取りで押し進むと、そこに大きな人影が揺らいでいた。
ブラッドレイがサーベルを腰につけて出かける準備をしている…
「閣下…?」
「あぁ、ハクロか。巡回ご苦労。」
穏やかに…しかし威圧的に語りかける。
「どちらに…」
途切れ途切れでしか離せないくらいにプレッシャーを感じている…
ただの後姿なのに…
これだけ脅威を感じるとは…
「ん?あぁ。私も巡回の手伝いをしようと思ってね。」
「まさか!閣下自ら出向かれる必要など…」
「君が余計な事をしなければ、ここで高みの見物ですんだのだがね…」
ゆっくりハクロの方に振り向く。
顔は笑っている。だが、全身からは怒りの空気がにじみ出ている。
「いかんよ。ハクロ将軍。職権乱用だな。」
「君は巡回だけすればいいのだ。景品に手を出すことは許されていない。」
「閣下…それは!!」
いい訳などしても許されるものではない…
『マスタング大佐の色香に負けた』とでも言えば、納得してくれるだろうか…
いや…
今、それが許されているのはゲームの参加者だけ…
「わ、私は…」
「君の行動は逐一この無線機から流れてくる事を忘れるな。」
「ま、今夜は特別な夜だ。小言はこれくらいにしよう。」
ハクロの肩からどっと力が抜けていく。
この場でサーベルで切られてもおかしくないくらいなのに…
ロイの身に何かよほど面白い事があったに違いない。
その証拠に、ブラッドレイの顔は終始笑みが絶えなかった。
「閣下…」
「君はここで待機。無線機から聞こえてくる大佐の喘ぎ声でも聞いて、一人で抜いているがいい。」
はっはっは…と高らかに笑いながら、最高権力者は闇の中に溶けていった。
階段を上り、2階へと足を進める。
もうすぐだ…もうすぐ自分の執務室がある。
そこに行けば、このゲームを乗り切れる…
自然と歩くスピードが早くなり、いつしかロイは廊下を走っていた。
はぁ、はぁと息をつき、執務室のある廊下を曲がる。
一番奥の扉。
あたりには人の気配もしない。
「勝ったな…」
小さく呟き、拳を握る。
自然と笑みがこぼれてくる。
「いかん!ここで油断しては!最後まで気を引き締めるんだ!」
気が緩みそうになった自分に活を入れ、ゆっくりとしかし着実に前に進む。
あと少し…あと少しでドアの前に…
「大佐…見つけましたよ…」
背後からの声に、ロイはビクッと体を震わせる。
頭の中を、知った顔が錯そうしていく…
そしてその声の主の顔が頭の中を占めた時、ロイは静かに眼を閉じた。
ゆっくりと眼を開け、まるでスローモーションのような動作で声の主へと振りむ向いた。
「ハボック少尉…」
タバコをふかしながら、壁に寄りかかり、まるでいつもと変わらない日常の一風景の様に
ロイに向って優しく微笑んだ。
「発火布駄目にしてましたからね…ここにいれば必ず来ると思ってましたよ。」
「…発火布にスペアが私の執務室にあるとよく分かったな…」
「そりゃ当然でしょ?あんな大事なもの、自分の手元に置くのが一番安全じゃないですか?」
そういや、そうだな…
ハボックの当たり前の指摘に、ロイは思わず苦笑する。
「俺、まだゲーム続行中です。あんたを捕まえますよ…」
「あの時、あんたもそう言いましたからね…」
『私に触れたかったらもう一度捕まえてみろ…』
あぁ…確かに言った。忘れていないよ…
「触れたかったら、戦え…ですかね…?遠慮はしませんからね!」
タバコの火をギュッと足で消し去ると、そのままロイに突進していった。
ハボックが右手を突き出し、ロイの手を取ろうと手を伸ばす。
「!!??」
ロイは全く動かず、そのままハボックは難なくロイ腕を捕まえ、首を押さえて壁に押し付けた。
「どういうつもりっすか…?大佐…」
なんでこんな簡単に捕まる…?
「分かってんですか?俺はあんたを犯そうとしてるんっすよ?」
ロイは締め付けられた苦しさからか、潤んだ瞳でハボックを見つめ返す。
その瞳に吸い込まれそうになるのを、ハボックは頭を振って振り払う。
どうして…この人はこんな目で俺を見るんだ…?
誘っているとしか思えないこの眼で…
苦しそうに顔をしかめながらも、優しくハボックに笑いかける。
「お前の私に対する想いは、もうずっと前から気がついていたよ…」
大佐…??
「だが私はお前のその想いに応える事は出来ない…だったら…」
自由になってるもう片方の手を、ハボックの頬に回す。
「一度だけ…今夜限りなら…お前を受け止めてもいい…」
「大…佐…?!」
ハボックは思いがけない言葉を聞いて、拘束していたその手を思わず離してしまった。
「う、ゴホッ、ゴホッ…」
絞められていた首からいきなり空気が大量に肺に入り、ロイは思わずむせ返える。
ハボックは驚きを隠せないで、そのまま立ち尽くしていた。
あの大佐が…?俺を受け入れると…?
「…何…言ってんすか…」
「ハボック…」
「そんな…お情けみたいな気持ちで…俺が納得するとでも思ってんすか?」
「ではどうすればいい?思いっきり抵抗してお前の嗜虐心をそそり、
強姦されるようにしなければお前は俺を抱かないのか?」
「大佐!!」
ロイが真剣な顔でハボックを見つめる。そしてハボックもまた…
「来るがいい…」
そう呟くと、ロイはすぐ隣の部屋のドアをそっと押し開く。
『応接室』とかかれたその部屋には、重厚なソファーがその空間を支配していた。
ロイはソファーに向って歩き出す。
上着を脱ぎ、腰のベルトを外し…
ズボンも下着も脱ぎ捨て、ロイはシャツ一枚を身につけてゆっくりとハボックの方を振り返る。
窓の外はほんのり白んできている。夜明けが近づいてきたのか…
暗闇の部屋の中で、ロイの体は窓から漏れてくる僅かな光を受け、うっすらと光っていた。
なんて綺麗なんだ…
この白い肌を、ほんのり紅く上気させ、しなやかな黒髪をかき乱し、漆黒の瞳の中を自分でいっぱいにしたい…
「大佐…俺…」
恐る恐るロイに近づき、その肩を掴む。
逃げやしないか…はたかれやしないか…
焔で焼かれやしないか…
グイッと自分の方に引き寄せ、両腕をロイの背中に回し、しっかりと抱きしめる。
今、自分の腕の中にいる人が幻ではない事を、何度も何度も確かめる様に…
「今更後悔しても遅いっすよ…」
「後悔なんて、最初っからだ…」
こんなくだらないゲームに出る羽目になってしまったこと事態が後悔の極みだ…
「最初は誰も参加なんてしないと思ってた…」
「ところが、蓋をあけてみたら、殆どの者が参加してるじゃないか…」
「そんなに私が欲しかったのか…?私はそんな眼でいつも部下達に見られていたのか…?」
「大佐としての威厳なんて無いに等しかったのか…?」
ハボックは拗ねる子供をあやす様に、ロイの頭を優しく撫でた。
「皆大佐が大好きなだけですよ。人望厚いんです。あんたは…」
なでられてるその手が気持ちよくて…
大きな胸の温もりが心地よくて…
ロイは静かに眼を閉じる…
「物は言い様だな…」
撫でていた手がそっと離れ、ロイの顎を掴むと、ハボックはそのまま唇を奪う。
ロイの舌を捕まえようと、口内に割り込ませた舌を奥へと突き出す。
そんなハボックをからかうように、彼の舌をかわし、口内で追いかけっこが始まる。
ようやく捕らえた時、ロイの両手はハボックの首へと回され、お互い貪り食うように絡めあった。
長い長いキスを終えた時…ロイの瞳は明らかに欲情して、漆黒の中に紅い焔がチラチラと揺らいでいるようだった。
「部下の中で、お前が一番、私に対する想いが強そうだった…」
それは並半端なものではない…
資料室でヒューズだけではなく、ロイもそう感じていたのだ。
だからこそ、ハボックだけはその想いを受け止めてやろうと決心した…
だが、ハボックは少し小さく笑った後、「そうですよ…」と言ったっきり何も口には出さなかった…
こんな時でも、俺はあんたにとっては部下の一人なんですね…
それでもいい…
今一時だけでも俺の物になるなら…
それが今夜限りの事でも、それでもいい…
その声を、俺にだけに聞かせてくれるのなら…
その顔を、俺にだけ見せてくれるのなら…
俺はゲームを制した者として、あんたを抱きますよ…
3:45
「あれ?大総統??何でここに…?」
ロイを狙って追いかける輩を根こそぎ倒していたエドが、
廊下の向こうからやってくる人影を見て傍へと近づいていった。
「ん?ははっ、ちょっとね…」
「あ〜?大総統も我慢できなくなったんでしょ…?ゲームに参加したの?首輪は?」
「いやいや。私は主催者だ。その権利は無いよ。ただの巡回だ。」
ゆっくり歩くブラッドレイの傍らを、同じようにエドも歩き出した。
「ところで、大佐は見つかったのかね?」
「うん、見つけたんだけどね…あ、そうだ!ハクロ将軍が…」
「あぁ、知ってるよ。無線でちゃんと聞いていた。しっかり小言は言っておいたから許してやってくれ。」
うん、もういいよ、と笑いながら頷いた。
ハクロにしてみれば、こんな子供の許しを得るなど、屈辱の何物でもなかっただろう。
「ねぇ、どこに行くの…?」
「ン、そうだね…大佐の執務室に行ってみようか…」
「あ、俺も行く!そこで待ってれば必ず大佐は手袋取りに来るもん!!」
ブラッドレイは傍らの小さな錬金術師をそっと抱き寄せ、愛しそうに頭を撫でる。
「どうせなら、大佐は君の物だと言う事を、ここの皆に知らしめてはどうかね…?」
逆光でブラッドレイの顔は良く見えないが、恐らく笑みを浮かべているのだろう。
この上なく黒い微笑を…
どうやって?どうやって?と無邪気に聞いてくる少年に、百戦錬磨の策略家はそっと耳打ちをした…
To be continues.