背負うべき罪 10
「中佐は大佐の事好きなの??」
病院のベットの上で暇そうに寝転ぶ金髪の少年が、いきなり俺に聞いてきた。
「何だ?いきなり。藪から棒に…」
「ん…何となく。中佐が大佐の事見る時の眼とか…すっごく優しそうな眼をするからさ。」
おやおや…俺の視線も気になるくらい、お前はロイが好きなのか?
「俺は何時だって優しい眼差しさ。エリシアちゃんを見る時なんてもう!!!」
「あ〜〜ハイハイ…分かったから…」
欠伸をしながら窓の方に眼をやる少年は、暫く黙って何かを考えていた。
「ぶちゃけ…大佐を抱いた事あんの?」
俺の方も見ずにとんでもない質問をぶつけてくる。何だ?喧嘩売ってるのか?
「ああ。あるよ。結婚する前はしょっちゅうだった。東方司令部に異動してからは全くないがな。」
エドの背中から真剣さが伝わってきたから…俺も真面目に答えよう。
「俺、大佐が好きだ。あの人を抱きたい。無理やり抱いたら怒るかな…」
おやまぁ、何と素直な感情の持ち主だい?さすがの俺も参ったぜ。
ロイも…大変なやつに惚れられたもんだ。
「あいつにだって人権はあるし選ぶ権利もある。無理やりはまずいんじゃないのか?」
「あっちこちで身体売ってるのに?だったら俺が一回ぐらいやったって…」
「ロイはそんな男じゃない。もし、ロイを抱いたって上官がいたらそれはロイの意思を無視した凌辱に過ぎない。」
噂を聞く度に言ってきた言葉…分かっている。お前が身体を差し出すのは、揺ぎ無い決意と意思によるもの。
そこに愛情など存在しない。あるのは出世への駆け引きのみ。
俺の手を拒み、自ら闇に一人で立ち向かうのならそうすればいい。
それがお前の選んだ道なら、俺は何も言うまい。
お前が疲れたならいつでも来い。
ちゃんと両手を広げて待っててやるから。
エドがきょとんとした顔で俺を見ている。何だ?何か俺、おかしな事言ったか?
「ふ〜ん…そんな事言ったの中佐が初めてだ。」
「少尉や中尉に聞いても話を濁らすばっかりで、誰一人否定した人はいなかったよ。」
感心したような口調でそう言うエドの頭をポンと叩いて、俺は窓の方へと歩いていった。
「俺が信じてやらないで、誰があいつの決意を信じてやるんだ…」
病室内では禁じられているタバコに火をつけ、ばれないようにその煙を窓の外へと吐き捨てる。
「だったらなんでもう抱かないの?大佐の事そんなに好きなのに?」
「大人には大人の事情ってモンがあるんだよ。」
わかんないや…大人って複雑だな…
ぱふっと枕に頭を静め、天井を見つめている。
「俺、あの人が好きだ。あの人のすべてが好きだ。」
「出世欲に駆られている姿も…俺をからかっている姿も全部好きだ。」
「あの人の隣に座りたい。あの人と一緒に歩きたい…」
「それがたとえ闇の中だとしても…」
一緒に居て…共に苦しむなら、それでもいい。
俺を愛してくれるなら、地獄にだって落ちてやるさ…
手を伸ばしてもあの人のことだ、振り払うに決まってる。
だったら傍まで落ちて、あの人そのものを掴んでやる。
そしてあの人を理解したい。
「こんなこと言ったら大佐は迷惑かな…?」
おどけた様に笑うエドをみて、俺はただ驚き……そして悟った…
「…いや…むしろ喜ぶんじゃないかな…」
「ホント!?そう思う?」
「…ああ。ロイにはそういう愛情が必要なのかもしれない。」
手を差し伸べるだけじゃ駄目なんだ…
差し伸べられた手を、素直に掴むようなやつじゃない。
何もかも一人で背負い込む大ばか者だって事…
なんてこった…長年親友やってきたのに、こんな事も気がつかなかったなんて…
「?中佐?泣いてんの?」
「…あ、ああ。やっとあいつを救い出す術を見つけたんだ…」
あの悪魔からロイを取り戻す術を…
「エド、ロイの事が好きなら押し倒せ!」
「はぁ??」
「グタグタ言わせずその想いをぶちまけろ。あいつに何かを考えさせるな。」
「ち、中佐?本気で言ってる?マジで強姦勧めてんの?」
俺はタバコを壁で消し、エドの頭を撫でながら両目を反らさずに見つめ続けた。
「あいつの闇に触れる事になるがな。その覚悟があるんならやれ。」
俺には出来なかった事を、お前ならやれるだろう…
お前なら…闇に落ちても、そのまま埋もれる事無くあいつと共に這い上がってこれるだろう。
「俺の想いをお前に託す。ロイの事頼んだぞ。」
「何言ってるんだ?あんただって大佐の事好きなんでしょ?だったら…」
「バカいえ!妻と子供がいる男に、何をそそのかしているんだ。」
俺じゃ、もう駄目なんだ。俺じゃあいつは救えない。
ロイの他に守る者が増えちまった俺じゃ、到底闇に落ちていられない。
それを弱みに俺はたちまち排除されてしまうだろう。
俺はあいつの為に情報を集め、無駄だとわかっていても光を与え続けるだけだ。
だからお前に託す。エド…あいつを救ってやってくれ。
すべての罪は俺が背負うから…
一発の銃声が俺の頭ん中に轟いてる。
おいおい、何もグレイシアに化けなくてもいいだろう…
せめて最後は俺の最愛の人を見せてくれよ…
「ロイ…」
そう呟いた時、何を思ったのか「いいよ」と言う声が聞こえてきた。
目の前が暗くなる寸前…眩い光…
「これで満足?」
あぁ…満足だ。
お前が笑ってるよ。久しく見なかった笑顔だ。
それが偽りだとしても…俺は安心したぜ。
ロイ…ロイ…大丈夫だよな…
俺がいなくてももう大丈夫だよな…
後は頼むよ…鋼の…
「ヒューズ中佐が殉職…?そうか…分かった…」
電話を置き、ブラッドレイは椅子に深々と座り何かを考えていた。
マース・ヒューズ…お前は間違っていなかったのだよ…
確かに光が強ければ影もその分濃くなる。
だが、更にその光が輝けば…影そのものもかき消される…
お前の放つ光は、まさにその輝きだったのだ。
だから引き離した。
グレイシアとか言う女を、足枷としてはめ…
マスタングを東方司令部へと異動させた。
「だが、お前の光はよほど強かったのだな…」
マスタングのいる東方部にまで届いていたとは…
マスタングが上へ上がる分にはよいのだが、ただ上がればいいというわけではない。
手段を選ばず、出世欲に駆られ、闇に染まりながら独裁者への道を歩むはずだった…
私への敵意をむき出しにし…
その闇はこの国を包み、我らの使命が果たされるはずだった…
その為にお前は選ばれたのだ…
なのにどうだ…
マスタングに群がる者は皆、あやつを信じ、慕っている。
奴の中にあるはずの闇に気がつかない。強い光にかき消されているのか…
「このままでは私だけが悪者になるな。」
クスッと笑い、その感情に自らが驚いた。
何だ…?この感情は…ほっとしているのか…?
マスタングが闇に染まっていない事に…?
それよりも、私は何故あの男を排除しなかったのか…
引き離すなど回りくどい事をせずに、さっさと消してしまえばよかったのに。
「お蔭で計画がめちゃくちゃだ…」
怒る風でもなく、ただ笑って椅子に座り、静かに眼を閉じる。
「私まで光に感化されたか…?ふふっ、何て奴だったんだ…ヒューズと言う男は。」
だがもういない。お前に光を与え続けた男は死んだ。
「この死をお前はどう受け入れる?闇の中に沈めるか…永遠に輝く光として輝かせるか。」
来るがいい、マスタングよ。私の元へ。
これからが闇の駆け引きの見せ所だ。
私が勝つか…お前が勝つか…
「私に生きている実感を味あわせよ…ロイ…」
机の電話を取り、どこかへかける。
「ロイ・マスタング大佐を中央へ召還せよ」
さぁ…愚かなる狂宴の始まりだ…
私の首を見事に取れるかな…
お手並み拝見といこう…焔の錬金術師よ…
To be continues to 「偽りの中で溺れる者達」…