背負うべき罪 2
士官学校の卒業間近のある夜のことだ。
俺はある手紙を握り締めていた…
ロイ宛の手紙…間違って俺に届いた上官からの…
本当に間違えたのか…?わざと俺に届くよう仕向けたんじゃ…?
その証拠に…この手紙に切手は貼られていなかった。
「牽制のつもりか…姑息な手段だな…」
ロイに手を出すな…とでも言いたいのか。それは俺のセリフだぜ…
ベッドの下に隠してあるウィスキーをコップに半分、ストレートで飲み干す。
送りつけられた写真をもう一度見返した。
クシャクシャになったしわを伸ばし、そこに写っているロイをそっと手でなぞる。
数人の男に組み敷かれ、体中に紅い痕を残し、頬に白い液が飛び散っている。
苦しそうに叫ぶその一瞬を手紙の主は写真に収めた。
そして手紙にはこう綴られている…
『国家試験合格おめでとう。君が身体を張って試験に挑んだ結果だ。
これからも君が上を目指す時は大いに相談に乗ろう。』
国家錬金術師の資格を取るのに…あいつは身体を売ったのか…?
そこまでして取りたかったのか…?
そうまでしないと取れなかったのか…?
悩んでいるようには見えなかった…
自身ありげに挑んでいた。『必ず取る』と息巻いて…
そんなに苦しんでいるんだったら…どうして俺に相談しなかったんだ…
ドンドン!
「マース!マースいるんだろう!!」
ロイ!?
「開けろよ!お前に見せたいものがるんだ!」
声が弾んでいる…何かよほど嬉しいことがあったんだな…
大体想像はつく。国家試験の合格を知らせに来たんだ…
ドアを開け、その外にいる人物を招き入れた。
ロイはワインとグラスを手にドカドカと入り込み、雑然としているテーブルの上の物を
手ですべて一掃し、そこにワイングラスを置きワインを注ぐ。
そして洋紙に金箔の印が押された証書を見せ、ポケットから銀の時計を取り出した。
「ほら!ついにやったぞ!国家錬金術師の資格を取ったんだ!」
「大総統閣下から『焔』の二つ名も頂いた!俺は夢の第一歩に近づいたんだ!」
嬉しそうに笑いながら、ワイングラスを手に取り、もう一つを俺の手に押し付けた。
「なんて顔しているんだ!マース!ほら!一緒に祝ってくれないのか!?」
グラスを合わせ、それを飲み干す。
俺も一気に飲み干すと、そのグラスをテーブルに置いた。
「マース…?どうしたんだ…?喜んでくれないのか?」
「喜べるか!こんな手紙見せられて!」
無神経に喜ぶロイを見て、俺は酒の勢いもあったのかもしれない…怒鳴りながら写真を投げつけた。
写真を手にとるロイの手が僅かに震えている…
見る見る顔が青ざめていく…
「手紙には上官からのありがたい言葉が書いてあったぞ!」
「な…んて…」
「お前が身体を張って試験に挑んだ結果、合格したと…」
ロイがカッと眼を見開いて俺をみる。
ロイ…お前本当に…?
「ちが…う!!これは違う!俺は実力で試験に合格したんだ!」
「じゃ、この写真は何だ!」
「それは…」
「試験官に身体を売って、その試験内容を手に入れたんじゃないのか!?」
バシッ!!
ロイが俺を殴り、俺はテーブルごとひっくり返ってしまった。
「俺は…自分の力でこの銀時計を手に入れたんだ!国家錬金術師の資格はそんなに生易しいもので手に入れることなど出来ない!」
「その写真は…身体と引き換えに試験内容を渡すといってきた上官達に薬を盛られ強姦されたんだ…」
「俺は拒否したんだ!そんな卑怯なまねをしてまで取りたくないと!」
「そこまで俺は落ちぶれていないと!」
「マース!お前は俺を信じないのか!?」
ロイが眼に涙をためて両手を握り締めている。
信じたいよ…ロイ…お前を信じたい…
だが、今までのお前の噂を聞いていると…
「お前は…試験の度に教官に身体を売ってパスしてきたそうじゃないか…」
だからお前は常に主席だった…
「そんな…噂、まさか信じてたのか…?」
信じたくなかった…だが、お前の首や、胸にうっすらと残る情事の痕を、俺は何度も目にしている。
教官の部屋に行ったきり出てこなかったのも目撃してる。
それでどうやってお前を信じろって言うんだ!!
ロイは俺の襟を掴んで大声で訴える。
涙が頬を伝い、顔は紅潮している…
その姿すらも…艶っぽく見えてしまうのは、俺がおかしいのだろうか…
「すべて俺の意思など無視した陵辱だったんだ!俺は一度たりとも試験で不正をした事など!!」
襟を掴むその手を掴み返し、そのまま床に投げ倒す。
ロイが驚いたような顔で俺を見上げた。
「だったら何でそれを俺に話さなかった…俺はそれだけの存在だったのか…」
「違う!お前は俺にとって大切な…」
大切な…何だって言うんだ…
親友だなんて言ったらぶち切れてやるぞ…
「…親友だから…だから何も知らないでいて欲しかった…」
ロイ…
「たった一人の親友だから…俺の汚れた部分は見て欲しくなかったんだ…」
お前は分かってて言っているのか…
「俺の傍で…いつも笑っていて欲しかったんだ…」
お前は今…俺の理性を粉々に壊したんだ…
「俺はそんなに御人好しじゃねーぞ…」
床に倒れたロイに手を差し出すと、ロイは何も疑わずにその手をとる。
掴んだその手をグイッと引き寄せ、そのまま腰を抱きしめる。
「マー…」
俺の名を呼ぶその唇を無理やり奪い、中を割って舌を絡ませた。
「んっんん!!」
両手をばたつかせ、俺の胸を叩き、必死の抵抗を見せる。
ようやく唇を離すと、自由になったその右手で俺の頬を殴りつけた。
「てっ…いきなり何すんだよ…」
「それは俺のセリフだ!こんな事…」
殴った腕で思いっきり口を拭ってる。ひでぇな…傷つくぞ…?
「お前が教官や上級生と寝てるって噂を聞く度に、俺がどんな思いでいたか知ってるか…?」
「マース…?」
ロイの両肩を掴み、荒々しくベッドへと突き倒す。
「どうして俺に何も言ってこないんだ…どうして相談してくれないんだ…」
「俺は…お前の奥深くまで見たかった。そこまで信頼されたかった。」
「親友だからこそ言わなかっ…」
バシッ!!
ロイの言葉をすべて聞く前に俺がその頬を殴る。
「俺は…その親友の枠を超えたかったんだ…ロイ…」
眼を見開き、恐怖で顔が引きつっている。
ロイはとっさに逃げようとベッドから身を起こしたが、俺がその肩を抑え、再びそこに押し戻す。
「嫌だ!マース!お前とはこんな事したくない!」
「俺はずっとしたかったよ。ロイ。ずっと前からお前とこうなりたかった…」
激しく抵抗を見せ、暴れるロイを俺は何度も殴りつける。
ぐったりとしたその身体を俺は上から見下ろすと、シーツを切り裂き、その両手を拘束した。
「嫌だ!嫌だ!お願いだマース!手を離してくれ!」
「どうして…どうしてそこまで俺を拒絶するんだ…」
「同じだ!お前も…欲望のままに俺を縛り、殴りつけ、犯していったあいつらと!」
潤んだ瞳で手を離せと懇願する…
それが更なる欲望を生むことも知らずに…
「…あぁ…そうだ…同じだよロイ。俺はお前を犯していった奴らと同類だ。」
顎を掴み目を逸らそうとするロイの顔を俺に向かせ、漆黒の瞳を真正面から捕らえる。
その瞳の奥には『何故』という言葉が見え隠れする。
「お前の隣にいながらお前に欲情し、お前を犯したという噂を聞く度「今度は俺が」と妄想を抱いた。」
「親友という足枷がなければ、俺はとっくの昔にお前を犯していたさ…」
俺はお前を愛していたんだ…ロイ…
服を切り裂き、あらわになった肌に所有印を付けていく。
嫌だと泣き叫びながら激しく抵抗するロイを、何度となく撃ち叩く。
欲望に猛り狂った己をロイの中に押し込んでも、それでもロイは俺を拒絶した。
突き上げても発せられる声は甘い喘ぎ声ではなく…
俺の名を呼びながら…ただ一言…
「嫌だ」と…
それでも俺はロイを離さず、欲望が枯れるまで抱き続けた。
いつか…俺を受け入れてくれるんじゃないかという錯覚に蝕まれながら。
何度目か達した後、俺はロイの両手を外し、己をロイの中から引き抜いた。
けだるそうに身体を起こし、引き裂かれたシャツに袖を通す。
その背中を見ながら、俺の中には後悔の念が怒涛のごとく押し寄せてくる。
俺は…何という事をしてしまったんだ…
「ロイ…」
何を言っていいのか分からず、名前を呼ぶだけが精一杯だった。
「…お前に信じて貰うには…どうすればいいのかな…」
「ロイ…?」
「俺が…今まで手に入れてきた物すべてが…俺の実力で掴み取ったという事を…」
ゆっくりと振り返り、俺の頬に手を添える。
「どうすれば…信じて貰えるんだろう…マース…」
眼を見開いてロイを見つめる俺を見て、ロイは小さく笑った…
手を伸ばしその肩に触れようとする俺をするりとかわし、ロイは衣服を整え部屋を後にした。
あぁ…俺は罪を犯しました…
たった一人の親友を信じられず、その身体を欲望で引き裂きました。
俺が信じさえいれば、ロイは難なく俺に心を開いただろう…
疑いの眼で見ている俺に、ロイがすべてを話すはずがない…
ましてや身体を許す筈もなく…
親友の枠など…初めから存在などしてなかった…
足枷をしていたのは俺自身…
ロイはその後も何も変わらず俺と接し、あの日の事はまるで嘘の様に思えてきた。
だが、一度戦争が始まると、ロイは積極的に前戦に赴き、その力を発揮した。
まるで誰かに認めて貰いたいが如く…
俺は眼を閉じ、あいつの事を考えると決まって現れる夢に苛まれていた。
その苦しみから逃れるために、一人の女性を愛した。
ロイは…俺を拒絶したんじゃない…
むしろ俺を受け入れたかったんだ…
拒絶したのは俺自身。あいつの本心を見抜かず欲望に押し流され、ロイの上辺だけを抱いた。
それ以来、あいつに触れるのが怖くて…
拒絶されるのが怖くて…
外した筈の足枷を、俺はまた両手両足にくくりつけた。
「親友」という名の足枷を…
To be continues.