背負うべき罪 5
白い液を飛ばしながら、ベッドに倒れこむロイ…
駆け寄って抱きしめたかったが、前に立ち塞がる闇の威圧感に足を前に出すことすら出来ない…
治療…?これが…?
ただ、何も出来ないロイを凌辱しているだけじゃないか…
「…治療はすんだ。後始末はお前がしてやるといい。」
「いつもは医者がしていたんだが…マスタングも医者よりお前のほうが喜ぶだろう。」
「…ふざけんなよ…これのどこが治療なんだ!」
「ただ、無抵抗な人間を弄んでいるだけじゃないか!!」
思わず叫んではっとなる。
目の前にいる人はただの上官じゃない…
冷徹な独裁者だ…
「ククク…君は本当にこやつの親友と言うわけだな…実に楽しいよ、ヒューズ少佐。」
ベッドに腰掛け、整然と衣服を整えている。
横で荒い息をつき、虚ろな眼で閣下を見ているロイに、俺は胸が締め付けられた。
「拾ってきた時は本当に死んでいるのでは?と思ったくらいだったが…」
「ようやくここまで回復できた。犯せば犯すほどこやつは光り輝いていく。」
片手をロイの体に伸ばし、その線をなぞるように手を這わす。
閣下の手が触れるたび、ロイは小さく震え、喘ぎ声を上げていた。
「私は凌辱などしていない。全てはこやつの意思によるものだ。」
「マスタングが望むのだよ。『抱いてくれ』と…ね。」
「お前も耳にしていたのだろう?イシュバールでのこやつの活躍を。」
俺の背筋に冷たい物が走る。
…否応無しに入ってくるロイの黒い噂…
「表の活躍もさることながら、裏での上官への接待もかなり評判だったそうじゃないか。」
くすくす笑いながら、ロイの双丘に指をはわし、先程まで閣下を咥え込んでいた所に指を突き入れる。
「はっあう…んん」
ビクンと体を反らし、敏感に反応するその様は、下手な娼婦よりも淫らで美しい。
ロイが…上官に体を差し出し、手柄を立てられる様に仕向けていると言う噂は俺の耳にも届いていた。
イシュバールでの活躍ぶりが表側で伝えられるその裏で…
「何のきっかけで精神を崩壊させたか知らんが…これほどの逸材を失うのは惜しいと思ってな。」
「錬金術の腕もSEXのテクニックも申し分ない。だから私はこやつを捨て置かず助ける事にしたのだよ。」
指の数を増やし、中でぐちゃぐちゃとかき回しているのか、ロイはシーツを掴み、体が小刻みに痙攣していた。
上目使いで閣下を見上げたその眼が…どう見ても誘っているとしか思えない…艶のある輝きを秘めた漆黒の瞳。
先程までの…死んだ魚のような瞳とはまるで違う、生命にあふれた生きた瞳。
「バカ言うなよ…ロイが自ら進んで体を差し出すはずがないじゃないか…」
ポツリと言った言葉に驚いたのは閣下じゃなく、横たわる親友。
「今までの事も…イシュバールでの事も…全ては単なる噂に過ぎない。」
「ほう…」
「もし、本当にロイを抱いた上官がいるとしたら、それはあいつの意思を無視した凌辱に過ぎない。」
そう…あいつは一度たりとも、自らの意思で身体を差し出すことはしなかった。
仕官学校時代も…軍に入った後も…イシュバールでも…
俺の時も…ロイの意思を無視した凌辱だ…
「こやつのこんな姿を見ても、こやつを信じると言うのかね?」
ぐっと指を押し込み、腰を浮かせもう片方の手でロイ自身を擦りあげる。
「んっはっううっ」
四つん這いになり、その愛撫に身を委ね身体を震わせ男を刺激するような喘ぎ声を上げる。
「勿論ですよ…俺はロイを信じます…」
「今の姿も…ロイの意思などあるはずがない…全てはあんたの強要だ。」
そうだ…そうなんだ…
ロイは…誇り高き『焔』の錬金術師…
内なる秘めた焔は誰にも汚す事は出来ない…
大総統閣下はロイから離れ、俺の傍に近寄ってくる。
いいさ…覚悟は出来ている。
独裁者に逆らって無事で済んだ歴史はないさ…
「ぐっふっ!」
大きな手が俺の首を掴む。
そのまま力が込められていく…く…るしい…
俺は死ぬのか…?
まだ…死ぬ訳には行かない!あいつを置いて死ぬ訳には…
「かっ…か…」
「ふっ…貴様は殺さぬ…生かしておいて、その罪を背負うがよい。」
ロイを闇へと落としたその要因たるお前自身をな…
意識がもうろうとする中で囁かれた言葉…
不意に首に課せられた力が緩み、肺が空気を欲して俺は咳き込んでうずくまってしまった。
閣下が俺を見下ろし、黒い笑みを浮かべている。
俺が負けずに睨み返していると、閣下は再びロイに近づき、腕を掴んで抱き寄せその唇を奪った。
眼をそらしたくなるような濃厚なキスをかわすと、虚ろな眼のロイの濡れた唇を指でなぞる。
「マスタングよ…お前は生きているのか…」
その問いかけにロイは静かに眼を閉じ、そして再び瞼を開けた。
漆黒の瞳に力強い光を灯して。
「…私は…生きてます…閣下…」
柔らかく微笑むロイに、大総統閣下は目を細め、その黒髪を指に絡ませ頬を撫でた。
そっと顎を掴むと触れるようにキスを落とし、俺のいるドアへと向って立ち上がった。
「治療はもういらないようですね、大総統閣下。」
嫌味を込めて俺が言い放つと閣下は怒りもせずむしろ笑って俺を見た。
「治療は続けないと効果はないのだよ、ヒューズ少佐。」
「これからは君が治療をしてはどうかね?」
くすくす笑いながら俺の肩を叩く。嫌味も通じないのか、全く…
「冗談!俺はあいつの親友です。そんな事は絶対しませんよ。」
「マスタングが望んでもか…」
「親友を…抱いたりしません。そう誓ったんです。」
あの日…力ずくでお前を抱いた。
『嫌だ』と泣き叫ぶあいつの意思を無視して俺はあいつを抱いた。
「親友と言う足枷をお前は何時までくくりつけるつもりだ…?」
「墓場まではめておきますよ。閣下…」
「面白い…実に愉快だ。ヒューズ少佐。お前たちは私を心から楽しませてくれる。」
不敵な笑いをしながら、独裁者はドアを超え、外に控えていた医者を呼びロイの状況を伝える。
医者は駆け足でロイに近づき、眼を見たり、問いかけたりとチェックに忙しい。
ロイはしっかりとした口調で医者の質問に答えている。
もう…大丈夫だな…良かった…
早々に軍へ復帰せよと心無い命令をロイに下すと、ロイは静かに頷いた。
今までの事で負い目もあるだろうが…気に入らない…
俺がロイの親ならこの場で除隊させてやるのに!
大総統閣下が医者と共に俺の家を出て行くと、グレイシアに言って塩を巻いてやった。
こんな行為も、あの人にとっては愉快な事なのかもしれないな…
ロイの居る部屋に戻ると、シャツだけを羽織ったロイが窓の外を見ていた。
まるで閣下を見送っているように見えて、俺は内心むっとしていた。
「ロイ…」
声をかけて振り向かせる。
ゆっくり振り向くロイの瞳は光がみなぎり、もうあの死んだ魚のような瞳は消えていた。
「マース…」
「ロイ…良かった…元のお前に戻ったんだな…」
「マース…俺は信じてたよ…」
すっと伸ばした手が俺を誘う。
「きっとお前が俺を闇から救い出してくれると…」
俺は…この手を取ってもいいのだろうか…
「きっと…お前は俺を信じてくれると…」
「ロイ!」
差し出されたその手を掴み、俺はロイを抱きしめた。
ロイが精神を崩壊させるまで戦ったのは全て俺のためだ。
俺に認めて貰うために、その力を十二分に発揮させた。
俺に信じてもらう為に…
俺が信じなかった為に…
全ての罪を背負うべきは俺なんだ…
「マース…また…傍にいてもいいか…?」
ギュッと抱き返されたその温もりを感じ、後ろでグレイシアが声をかけているのも気がつかずに
そのまま泣きながらロイを強く抱きしめた。
「もう、マスタング少佐は心配要りません。ヒューズ少佐の存在がかなり効いたようですね。」
「そうか…やはりあやつの存在がマスタングを生き返らせたか。」
黒い車の中で医者はロイの病状の回復を嬉しそうにブラッドレイに報告していた。
ブラッドレイは終始無表情で聞いている。
「閣下の治療のお蔭です。人間、食欲、睡眠欲、そして性欲で生きている様なものですから。」
気力を失った人を生き返らせるにはその欲望を引き出してやればいい。
だが、マスタングにはそれだけでは駄目だ…
私に対する敵意を植えつけさせねばならない…
私に従順ではいけないのだよ…
内なる焔を輝かせてこそ、ロイ・マスタングなのだから…
だからこそヒューズ少佐の元に返した。
あの男が…ロイの焔を輝かせるだろう。
来るがいい、マスタングよ…
私のこの場所まで這い上がってくるといい。
お前は選ばれたのだから。
この私に生きている証を示させる生贄に…
「マスタングにはもう君は必要ないのかね?」
「はい。もう大丈夫です。」
「そうか…では、ここで降りたまえ。」
キッと車が止まり、医者が驚く間もなく車から引きずり降ろされる。
「閣下!?これは一体…?」
「君は知りすぎたのだよ…私の中の闇をね。」
静かに笑うその表情は、まるで死神のそれだった。
医者の顔に血の気が失われ、腰をぬかしたようにへなへなと座り込む。
その背後から、影が二つ近づいてくるのに全く気がつかない。
「グラトニー…もう一つ食べられる?」
「うん!食べられる。」
その影の後ろには、ロイがいた部屋を警護していた兵士の服が血まみれに散乱していた。
To be continues.