背負うべき罪 7
ロイが出仕してからの毎日…
あいつはオフィスにはいないで、ずっと図書館にいる。
上層部から直々に「マスタング少佐のしたい事をさせよ」と命令があったそうだ。
理由は…まだ少し精神的にゆとりが必要だから…とか…
閣下と一緒に来たあの医者が診断書を持ってロイの上司に見せたそうだ。
でもあの医者もつれないよな…廊下で偶然会ったから挨拶しても無視して行きやがった。
まるで俺なんか知らないって感じで…ま、俺は別にいいけどさ。
にしてもロイは何を一生懸命調べているんだろう…
暇を見つけては俺はロイのいる図書館へ向った。
少しでもあいつの傍にいてやりたかったから。
ロイは俺が来ても嫌な顔せず、俺との話に付き合ってくれる。
「何調べてるんだ?」と聞いても「くだらない事だ」と教えてくれない。
そうして話していると…大総統府からの呼び出しが来る。
ロイは決して拒否せず、必ずその呼び出しに応じてしまう。止める事の出来ない自分がもどかしい。
日に日にやつれていくように思えるのは…俺の心配しすぎか…
「最近、何だか上の空ね、マース。」
突然気になる事を指摘されて、俺は飲んでたお茶を思わず噴出してしまった。
「あ、いや、すまないグレイシア。」
「マスタングさんの事が心配なんでしょ?最近元気がないって聞いたわ。」
恋人より親友を気にする俺は悪い男なんだろうか…
「明日はお休みよね。私パイを焼くから、マスタングさんに持って行ってあげて。」
「でも明日は君と約束が…」
「私と居ても、あなたはきっと彼の事を考えているでしょうしね。」
クスッと笑いながら紅茶を飲み彼女自身が持って来たケーキを一口食べる。
グレイシア…君は気づいているのだろうか…
俺はあいつを君と同じ様に愛している事を…
あいつを忘れる為に君を愛した事を…
次の日…俺はグレイシアが焼いてくれたパイを持ってあいつの部屋へと向っていた。
美味しそうな甘い香りが漂ってくる。彼女の焼いたパイは絶品だ。
「ロイ、ロイ?いるんだろう?俺だ。ちょっといいか?」
ドアとどんどんと叩くと、中から足音が聞こえてくる。
がちゃりとドアが開くと、無精ひげを生やし、やつれきったあいつが顔を出した。
「ロイ…お前…」
「マース……入れよ。」
小さく笑いながら俺を招き入れる。
ロイの部屋の中には本が散乱していて、そして床には…
「錬成陣…?ロイ、これは一体…?」
床一面に書かれた錬成陣。今まで見た事のないような構築式。
何気に開かれていた本のページが気になり手に取って見る。
人体の構成について…?これは…
こっちの本もそうだ。人間の体の仕組みが詳しく書かれている。
これは魂について書かれた宗教的な本。
ロイ…お前は一体何をしようとしていたんだ…
「お前…これは…」
「見ての通りさ。禁忌ってやつだ。」
人体錬成…人を創ろうとしていたのか…
「図書館で私なりに調べて、錬成陣を構築するまでは出来たんだがな。」
床に書かれた錬成陣をロイはただ呆然と見つめている。
眼を覚まさせる為に俺は一発殴ってやった。
「馬鹿か!お前は!俄か知識でどうにかなるようなモンじゃないだろ!?禁忌ってやつは!」
俺は錬金術についてはよく分からない。でも、禁忌って言うのはとんでもなく危険だって事ぐらい
この俺でも知ってるぞ!
「何で…人体錬成しようと思ったんだ…」
ロイは俯いたまま答えようとしない。
それほどまで追い詰められてたのか…?立ち直ったわけではなかったのか…?
「…俺は…生きてる…」
「そうだ、お前は生きてる。お前の意思で死から這い上がってきたんだ!」
「でも、俺のために死んでいった者は…?俺が殺した大勢の人たちは…?」
「死ぬべきは俺なのに…俺は生きて、死ななくていいものが死んでいる。」
「罪を背負うべきは俺なのに…罪のない者が大勢死んでいった…」
軍の命令で…紙切れ一枚の命令書で、俺は何百もの市民を一瞬で燃やした。
ただ、怪我人を治療していた無抵抗の医者を、敵を助けたと言う理由で射殺した。
女を犯し、男をなぶり殺しにしている下士官を止められなかった…
「一人でも錬成して生き返らせれば、その罪が軽くなるとでも思ったのか…」
「…でも最後まで試す事は出来なかった。結局は自分の命惜しさで…」
「俺は何で生きてしまったんだ…マース…」
そう言ったロイの顔が…今にも泣きそうな眼をしていて…
あの時…「どうすれば信じてもらえるんだろう」と呟いた時の顔と同じで…
俺は手を伸ばして抱きしめたかった。
でも…俺はそんな事をしてもいいのだろうか…
迷っている俺を見て、ロイは優しく微笑んだ。
そして床の錬成陣をもう一度見ると、静かに眼を閉じる。
「マース…俺は選ばれたんだそうだ…」
「??選ばれた…?何に…」
さぁな…だから俺は生きていられる。生きなければいけない。
「生き抜いた以上、この命を最大限に使ってやる。」
「ロイ?」
「俺は大総統になる。この腐った軍を手に入れる。」
「そしてこの国のあり方を変える。その為には手段を選ばない。」
この身体が役に立つなら、幾らでも利用してやる。
「お前がこれから聞くであろう噂はすべて本当の事になる。それでも…」
お前だけには信じて欲しい…
やっとの思いで手を伸ばし、ロイのしなやかな髪に指を絡ませた。
気持ちよさそうに俺の指を感じている。
「うん、信じるよ。お前のその想いを俺は信じるよ。」
あの時言わなかった言葉を…
あの時言わなくてはいけなかった言葉を…
俺は何度も繰り返しロイに告げる。
信じるよ…信じるよ…誰が何と言おうと俺は信じるよ…
ロイの頭にそっと腕を回し、俺の方へと抱き寄せた。
俺の胸に体を委ねるように寄りかかるロイに、俺の胸は高鳴っていく。
「マース…お前はあの日の事をまだ気に病んでいるようだな…」
「ロイ…」
「お前が気にする必要はない。あれは俺が悪いんだから。」
「…あの時、俺がこう言えば、お前は苦しむ事はなかったんだ…」
信じてくれとちゃんと言えばよかったんだ…
「ロイ…」
俺は何も言葉が浮かんでこなくて、ただただロイを抱きしめるしかなかった。
「どうして俺はあの時お前を拒んだんだろう…」
ロイ…
「こうなりたいと思ってたのは俺の方だったのに…
それは俺のせいだ…
「ずっとずっと…そう願っていたのに…」
俺がお前を拒んでいたんだ…ロイ…
差し出されたその手を…俺が振り払ってしまったんだ…
俺の頬に手を添え、唇に親指を這わせる。
そのまま俺の顎を引き寄せ、軽く唇を合わせてきた。
「マース…もう俺に触れてはくれないのか…」
「ロイ、俺は…」
「俺はお前がいたから生きていられた。生きようと思えたんだ。」
まだ、俺の事が好きなら抱いてくれ…マース…
誘うような眼で俺を見つめ続ける。
そんな…眼で見ないでくれ…
もう…足枷は外せないのに…
「ゴメン…ロイ…ゴメンな…」
やっと言えたのはこの言葉。
あいつの顔を掴み、少し強引に唇を奪う。
歯列を割り、舌を押し込み、あいつの中の熱さを味わう。
深く、深く…内なる焔の熱さを知る…
ロイ…お前は俺がいたから生きてこれたと言ったな…
その逆だ。
俺はお前がいたからこそ生きて来れたんだ。
お前のために生き、お前のために死んでいける。
大総統になるならお前を理解し、絶えず下に付きその手助けをする人が必要だな…
いいよ…俺がその大役引き受けた。
一緒に闇へ落ちよう。ロイ。
そして共に上へ這い上がる術を探そう。
錬成陣が書き綴られた床にロイをそっと寝かせる。
両手を付くなよ、と冗談を言うと眼を閉じながらクスッと笑った。
その腕を俺の首に回し、顔を引き寄せ再びキスをねだる。
子供が愛情を欲しがるかのように…
舌を絡ませる濃厚なキスをかわし、そのまま首筋へと唇を移動させた。
小さく喘ぎながら俺の背中に腕を回し、がっしりと俺を抱え込む。
俺は逃げたりしないよ。逃げるもんか。
墓場まで持っていくはずだった足枷を外し、俺はお前を抱くよ。
そうお前が望むなら…
To be continues.