腐った林檎たち 35
廃墟の中を逃げ惑う一人の男。
その後を隻眼の男がゆっくりと追っていた。
何処へ逃げても無駄だ、ユノー…
この廃墟はかつて私たちが野望に燃えて過ごした思い出の場所。
あぁ、この先は大総統の執務室だったな。
私たちはいつも苦虫を噛殺した様な気持ちで無能な大総統の命令を聞いていた。
バリバリと青白い光が時々放たれる。
ユノーが錬金術で行く手を塞いでいるのか…
行く手を遮る壁はその出来栄えに感嘆の意を示したくなる。なんだ…ユノー…
こんな力があったのなら何故もっと早く知らしめない。
さすればもっと価値のある利用の仕方もあっただろう。
壁から一歩下がり、サーベルを壁に向ってかざした。
ブラッドレイの身体から凄まじい気迫が放出される。
「はっ!!」
壁に向って一文字にサーベルを振り下ろす。その衝撃波で壁に一筋の切れ目がはしった。
ズズッと音を立てて壁がずり落ち、ブラッドレイに道を開けた。
いあい切り…刀の刃ではなく、その衝撃で物を切り裂く技。
誰でも出来る技ではなく、その達人のみが出来る奥義。
ブラッドレイだからこそ出来る大技なのだ。
壁を越えてその先に進む。この先は旧大総統の執務室。
崩れかけている扉を踏み越し、広い空間へと入っていく。
「ユノー!何処だ!観念して私のサーベルの錆になれ!」
部屋の真ん中まで進んだ時…青白い光がブラッドレイの周りを包み込んだ。
「!!!」
ハッとなるその一瞬の隙に床から数十本の尖った支柱がブラッドレイの身体を貫く。
ゴボッと口から血を吐き、左目の眼帯も衝撃で切れてはらりと舞い落ちた。
「ブラッドレイ!覚悟!」
ユノーがサーベルを掲げて、ブラッドレイの首目掛けて振り下ろす。
ガッ!とブラッドレイの右手のサーベルがユノーの剣を受け止めた。
「くっ、まだこんな力が!」
「さすが眼の付け所が違う。確かに首を切り落とされれば流石の私も息絶えるだろうな。」
これは気がつかなかった。新たな発見だ。
私を死に至らしめるもう一つの方法が見つかったよ…ユノー。
「だがそれはお前の役目ではない。」
ドカッと自分に刺さっている支柱を砕くと、血だらけの身体でユノーに襲い掛かる。
サーベルを何度も振り下ろし、ユノーを追い詰めていく。
ユノーも巧みにその剣を受けながらも次第に後方へと押されていった。
ガタンと机にぶつかり、ユノーの足元がふらつく。
すかさずブラッドレイのサーベルがユノー目掛けて振り下ろされた。
「馬鹿め!」
叫びながら床の錬成陣に手をつける。
バリバリと音を立てながら床から刀が錬成され、それはブラッドレイの右手目掛けて物凄い速さで切りつけた。
ゴトリ…
鈍い音と同時にサーベルを持ったままの手が床に転がっていく。
ブラッドレイは一瞬驚きの表情を見せるが、すぐに冷たく微笑んだ。
「無駄だ…ユノー…私には効かんよ…」
ズズズと言う音を立てながらブラッドレイの右腕の切り口が青白く光ると、切り落とされた筈のその腕が
見る見る再生されていく。
ユノーが言葉を失っている中、ブラッドレイの右腕は完全に再生し、腰から新たなサーベルを引き抜いた。
貴様はっ!貴様は一体何者だ!
発狂寸前のユノーが恐怖で後ずさりながら壁に追い詰められていく。
ブラッドレイは静かに笑うと、サーベルの剣先をユノーの喉元に突きつけた。
「お前はやりすぎた。私のかわいい玩具と子羊を弄んだ罪を償って貰おう…」
ぐっとサーベルに力を入れ、前進しようとしたその時!
シュッ!パキン!!
ユノーの喉に刺さるはずのサーベルの先が折れ、またブラッドレイの右手にも衝撃が走り
思わずサーベルを床に落としてしまった。
「誰だ!!!」
激昂の元に叫び辺りを見渡す。
砕け散っている窓の外から、黒い影がシュッと飛び込んできた。
「お前は!」
「殺しては駄目。生かしてあの場所に連れて行く。いいわね、ラース…」
「ラスト…そこをどけ!こやつの息の根を止める!どかんか!!」
シュッと新しいサーベルを抜き、ユノーに向ける。その剣先に黒髪の妖艶な女が立ちはだかった。
「ラース…聞き分けのない事を言わないの。自分の感情よりまず私たちの計画。殺しちゃ駄目。」
この男の錬金術の腕なら立派な人柱になるわ。
ユノーは何がなんだかわからない状況に陥っている。だが、逃げるなら今だ、と本能で感じ取っていた。
ラストの後ろからゆっくりと身体を横にずらしていく。窓まで行けば錬金術で地面までの階段を作れる。
すぐにブラッドレイが気がつき、怒涛の声をあげ突進していった。
「ユノー!!逃がすか!!」
「ラース!落ち着きなさい!」
だがブラッドレイの左目は完全に開き、彼の身体の中は『憤怒』の感情が支配していた。
仲間の計画などどうでもいい。今は目の前の怒りの対象を切り裂かねば収まらなかった。
ラストが間に入って鎮めようとするが、ブラッドレイはラストをも切り裂いてしまいかねない勢いだった。
ユノーはただただ驚き怯えていた。
ブラッドレイがここまで感情をむき出しにした姿は見た事がない…
常に冷静沈着で敵を切り裂く間も眉一つ動かす事無くやってのけたあの男が…
大声を張り上げ自分を切らせろと暴れている…
お前のすべてを知った今こそ…心を許せる友になれたのかも知れんな…
「ユノー!!」
「あぁーあ!いい加減にしなよ、ラース…全くお前はいくつになっても我儘だな。」
バリバリと音を立て、いつの間にか傍にいたエンヴィーがある人物に姿を変えた。
その姿を見るや否や、ブラッドレイはハッとなり顔を強張らせる。
「剣を下ろしなさい、ラース…」
「止めろ…その姿になるな!エンヴィー!!」
「父の言うことが聞けぬか…ラース…」
止めろ!!!
そう叫びながらブラッドレイは男の姿をしたエンヴィーとユノー目掛けて突進する。
やれやれと溜め息をつきながら、向ってきたブラッドレイの未曾有地にその拳を打ちつけた。
ぐっと顔をしかめながら、ブラッドレイはエンヴィーの腕の中に沈み、そのまま意識を失っていった。
「流石の大総統閣下も自分の親には逆らえないか。くすっ、みなよ、この寝顔。
めったに見られるモンじゃないぜ?あんた。」
エンヴィーはブラッドレイを床に寝かせ、ユノーの方へ振り向いた。
「わ、私をどうするつもりだ!?」
「心配するなよ。あんたを助けてやったんだぜ??」
白髪の初老の男から黒髪の少年へと姿を変え、ユノーの傍へゆっくりと近づいていく。
その後ろからは黒髪の妖艶な女が薄く笑っていた。
「あなたのその錬金術の腕、私達の役に立って貰うわ…」
冷たく微笑むその表情を見ながら、ユノーはブラッドレイに
一思いに殺して貰った方が良かったのかもしれない、と心の奥で呟いていた…
To be continues.