腐った林檎たち  42



        暗い筈の部屋に朝の光が差し込んでいた。







        眩しさに思わず眼を擦る。







        はっと横に手を置くとその温もりは消えていた。





        「大佐…?」



        昨日の濃密な夜をロイと過ごし、「傍にいて」と懇願するロイの横でエドはそのまま朝まで眠ってしまっていた。



        大佐がいない?また禁断症状が出て…中佐に連れて行かれた…?





        慌ててベッドから飛び起き、傍にあったガウンを纏う。



        「大佐!?」

        声を出して辺りを見回す。気配が…無い…



        やっぱりまだ正気に戻ってなかったのか…?









       



        「エド…」







        部屋の奥からそう呼ばれる声がして、震える思いで振り返る。







        きちんと軍服を着込んだロイがゆっくりと近づいて、エドの肩に手をかけた。



        「大…佐?だよね。俺が分かる…?」



        ゆっくりと顔が近づき、そのままエドの唇を塞いだ。



        「んっ…」

        触れる様なキスから舌を絡ませる濃厚なキスへ…



        長い長いキスを終えた時、エドは一抹の不安を感じていた…







        …あの時と同じ…あの屋敷で大佐を見つけた時と同じキス…

        …まさか?やっぱりまだ正気に戻っていないのか…?





        悲しそうな眼で見つめていると、ロイがいきなりエドの頭をポンと叩き髪をくしゃくしゃにしながら撫で回した。





        「お前は相変わらずチビだな。少しは成長したのか?」

        「チビって言うな!!!!あんただって年に似合わず童顔で………」





        大佐…?





        「ただいま…鋼の…」

        

        帰ってきたよ…



        お前の元に…私は帰ってきた…エド…





        優しく微笑みながらエドの頬にその手を添える。

        金色の髪を絡ませながらエドの頭を再び自分に引き寄せた。





        もう一度…濡れた互いの唇を合わせる。





        大佐!大佐!!お帰りなさい!!



        ロイの首に腕を回し、その存在を確かめる様に激しくキスを交わして言った。



        「心配かけやがって!!」

        「すまなかった…お前にまで辛い思いをさせてしまった…」



        ぎゅっと抱きしめながらその感触を確かめる。

        あぁ、あんたは本当にいるんだ…





        帰ってきてくれたんだ…



        俺の名前を呼びながら…キスをしてくれたんだ…







 

        「嬉しい再開のところすまないが…」



        背後からの声に、ロイがビクッと反応する。

        しがみ付くエドを引き離し、その声の主に敬礼をかざした。





        「色々とご迷惑をおかけ致しました!閣下!」

        「完全に正気に戻ったようだな。マスタング大佐。」





        はっ!と姿勢を正しブラッドレイの問いに答える。



        昨日のあの淫猥な光景を思い出し、今とのギャップにエドとブラッドレイが顔を見合わせ笑いあう。



        「…何が可笑しい…?」

        「別に?ね、大総統!」

        

        にっこり微笑みながらエドは仕事の邪魔にならないよう一人部屋を後にした。



        それを見届けると、ブラッドレイは仕事上の顔に戻る。

        ロイも気持ちを切り替え、ブラッドレイとの駆引きが始まった…





        「疲れているだろうが、早速クーデターの全貌を裁判で証言して貰うぞ。」

        「はっ!私の記憶している限りの事を証言いたします。」



        「ユノー将軍は私の死後の事も事細かに決めていた筈だ。政府関係者や商人たちにも協力者がいたと思うが…」

        「はい。確かにいました。何度かあの屋敷に出入りしていたのを記憶しております。」





        そう…確かにあのクーデターは軍内部の人間だけが加わっていたのではない。

        数人の政府関係者がユノー将軍に協力していた…



        ユノー将軍が実験を握った後の政府職をどうするか密約があったようだ…





        そして…その後自分を抱いた…いや、抱かされた…と言うべきか…

        私を抱く事により、その罪を背負い、また病み付きにさせて裏切りを防ごうとしていたのだ。





        その時の顔も…息苦しい臭いも昨日の事の様に覚えている。

        薬で自我をなくしていた筈なのに…



        情事に関する事はすべて記憶しているなんて…





        「その者の顔を見れば判るな。」

        「はい。名前も役職もわかります。…あの…」

        「何だ…」





        「ユノー将軍はどうされたんでしょうか…」



        クーデター当日の事は余り覚えていない…

        あの廃墟で…エドを抱きしめて以降…記憶が曖昧だ…



         

        「ユノーは取り逃がした。今はどこかに落ち延びている事だろう…」

        「取り逃がした!?では捜索隊は?」

        「放っておけ…あやつに味方するものなどもういない。惨めな負け犬として生き続けるのだ。」



        それこそ最大の罰だよ。名誉ある銃殺などさせてたまるか…





        そう言いながらブラッドレイはロイから眼を反らし、窓の方へ歩いていった。





        まるでユノー将軍が生きていて欲しいような遠くを見る隻眼…





        

        「薬漬けだったわりには記憶がはっきりしているようだな。」

        「はい…最悪な事に…」



        そら来た…

        この人の事だ…捕まっていた時の事や薬漬けだった時の情事の事など詳しく話せと言うに決まっている。





        私の心の傷などお構い無しに…



        むしろこの傷に塩を塗るような事を平気でなさる。



        聞くなら聞け!私はこんな事ぐらいじゃ屈指はしない!

        等価交換で必ず私の有利に運んでみせる…









        「私の眼帯が外れていた事も覚えているか…?」







        窓を背にして身体をロイに向け静かに語る。





        ロイは少し驚いたような顔をして、それから眼を閉じ首を振った。



        「いいえ…クーデター当日の記憶は曖昧です。」

        「だが私に銃口を向けたのは覚えていたが?」

        

        「そうしてしまった事は漠然と覚えております。ですが細かい事までは…」





        そう言って真直ぐブラッドレイの眼を見つめる。





        その眼は右の眼を見ているのか、それとも左の眼を見ているのか…







        ブラッドレイはフッと小さく笑って「そうか…」と呟いた。





        「では早速軍法会議所で調書を取るとしよう。」

        「はっ!微力を尽くします!」



        話も終わり部屋を出ると、隣の部屋で控えていたエドがブラッドレイに絡み付いてきた。



        「どうした?お前の恋人は私ではないぞ?」

        「腹減った!!!昨日から何にも食べてない!何か食べさせてよ!」

        「そういえば私もここ数日ろくに食べてないな。」





        なんせ暴れて手に負えない黒豹を抱えておったからな。





        嫌味の笑みを浮かべながらエドとブラッドレイはロイを見る。

        ロイはばつが悪そうな顔をしながらもブラッドレイの嫌味に対してさらりと受け流した。





        あなたの嫌味をいちいち聞いていたらキリがありませんから…







        「ヒューズは何処に?」

        「中佐は家に帰した。今日一日は休むそうだ。中佐も1週間近くろくに帰ってないからな。」

        「お前の望みを叶えるべく、精力剤を飲みながら頑張っていたのだぞ?後で礼を言っておくといい。」



        ロイは一瞬昨日の事を思い出し顔が赤らんでいく。



        ヒューズは…私を抱いたんだ…

        それが治療の一環だとしても…私の長年の想いは伝わったのか…





        エドがいつの間にかロイの傍に近寄り、その手をそっと握る。





        そうだ…ヒューズへの想いはもう終わった事…

        今は目の前の最愛の者へ私の想いを注いでいこう…



        エドの手を握り返しその肩を抱く。



        抱いた不安をかき消す様に…







        「そうそう、お前の忠実な金色の犬…」

        「ハボック少尉ですか?」

        「あの青年はセントラルのホテルで待機している。お前を当方司令部に連れて帰るまではここに居座るそうだ。」



        あぁ、あいつらしいなぁ…

        そう思いながらクスッと笑う。





        そうだ…こんな仕事はさっさと終わらせて東方司令部に早く帰ろう…





       



        ホークアイ中尉に怒られるかな…なんて言い訳しよう…











        帰ろう…みんなのいる場所へ…













        愛しい者達が待つあの街へ…

  











        

        To be continues.





  
   






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