腐った林檎たち 43
正気に戻ったロイの証言によりクーデターの全貌は徐々に明かされていった。
一部の政府関係者が計画に加わり、水面下での密約が交わされていた。
また大企業の一部もユノー側についていて、陰で資金援助もしていた事が発覚した。
多くの逮捕者が出てヒューズ率いる特別捜査隊は息を着く暇も無いほど忙しくなっていった。
「全く!!!禁断症状の時だけでなく治ってからも俺を激務に巻き込みやがって!」
「日頃怠けているからだ。今の内にせいぜい点数を稼いでおけよ。」
忙しく資料に眼を通し、次の取調べの準備を進めているヒューズの横で、ロイは優雅にコーヒーを飲んでいた。
そのヒューズを見つめる眼は以前の様に悲哀に満ちたものではない。
柔らかく…満ち足りた瞳でその親友を見続けていた。
「そういやエドはどうした?まだセントラルに入るのか?」
「いや、もう旅に出た。何でも南の方の街に石に関する情報があるらしい。」
「ここに立ち寄ったのもその街に行く途中だったからだそうだ。」
己の罪を償う為に、あの二人は石を目指す。
では私は…?
私は何を得る為に上を目指す…?
「今回のクーデターでの功績で中央への召還も示唆されたそうじゃないか。」
「これで上へまた一歩近づいたな!ロイ…」
にこやかに語りかけたヒューズの声が固まる…
ロイ…?どうかしたのか…?
「…中央への召還は断った…」
「何故!?こんなチャンスは二度と来ないぞ!?」
「今はその時期ではない…そう判断したんだ…」
その厳しい表情にヒューズは何も言わず、黙ってロイの肩を叩く。
何故召還を断ったのか…その理由は…?
いや…何も聞かないさ。俺はお前を信じてその下でお前を押し上げるだけだ。
そのヒューズの優しさをロイはしっかりと受け止める。
じっと見つめるロイの頬に触れ、そのまま唇を合わせた。
驚きもせず、逃げもせず…ありのままの親友を受け入れる。
互いの舌を絡ませあい、ロイが右手をヒューズの首に回そうとした時…
「中佐!すみません!ちょっといいですか!?」
ノックもなしに飛び込んできた部下の様子から何かしら問題が起きた事を悟る。
「どうした?何かあったか?」
「容疑者が自白しました。金の流れの全貌がわかりそうです!」
「わかった!すぐに行く!」
そのままロイから離れ、服の乱れを整える。
回そうとした手が宙に浮き、その手をぎゅっと握り締めた。
そう…これでいい。私とヒューズの関係はこのままでいいんだ…
慌てて資料をまとめているヒューズを見つめながらロイは椅子から立ち上がりドアへと向う。
「ロイ!?」
呼び止められたが…振り返らず右手だけを挙げる。
ヒューズもそれ以上は言わずロイの後姿を見送った…
中央司令部の玄関まで来た時、ハボックが車を用意して待っていた。
ロイの姿を見つけると急いでタバコを消し傍に駆け寄っていく。
「大佐!もう用はすんだんっすか?」
「まあな。これ以上いるとグラン准将やら何やらに色々嫌味を言われそうだから帰る。」
通り過ぎながらハボックの肩に手をかける。
その手をぱっと掴むと自分の方に引き寄せた。
「ハボ…!」
何かを言われる前にその唇を塞ぐ。
僅かに抵抗はして見せたものの、そのままハボックに身体を預ける様にそのキスを受け入れた。
首筋にまだほんのりと残っている昨日の情事の後をハボックは指で愛しそうになぞっていく。
ピクッと身体を震わせ、その手を静かに払い除けた。
「ハボック…私は…」
「それ以上は言わんで下さい。続けるなら別の声を今ここで上げさせますよ?」
にっこり笑ってその白い手に口付けをする。
まるで騎士がプリンセスに永遠の愛と忠誠を誓う様に…
「さ、帰りましょう!俺達の街へ。」
「そうだな…帰ろう…皆が待つあの街へ…」
めったに見せない笑顔で微笑み、ハボックの頬にキスをした。
呆然としているハボックを尻目に、早々に車の後ろに乗り込みどっかりと座り「早く出せ!」と急かす。
いつもの様に…我儘な上官として。
だがハボックにとってそれが何よりも嬉しかった。
あぁ、帰ってきたんだな…俺の大切な人が…
身体中に満ち足りた安心感が駆け巡る。
さぁ…帰りましょうや…俺達の場所へ…
みんなが待ってるあの街へ…
−−−−−−−−−−−−−−−
一月後…
「大佐!!!!!!!!」
東方司令部の廊下を、金色の髪を揺らしながらエドがロイを探し走り回っていた。
そして中庭近くの廊下でホークアイ中尉と一緒のロイを見かけると、その方向へ猛ダッシュをかける。
「大佐!!!!犯らせろ!!!」
余りの形相にホークアイが思わず銃に手をかけた。
その彼女をロイがそっと左手で制す。
そして右手をエドにかざして身構えた。
「大佐!!!」
エドはロイの傍まで駆け寄りその勢いに乗って飛び掛る。
周りにいた者は誰もがまたエドが吹き飛ばされると想像していた。
いつもの変わりない東方司令部でのエドと大佐の恒例の儀式…
だが今日はいつもとは違う光景が眼に映る。
ロイは両手を広げて飛び込んできたエドを抱きしめたのだ。
「エド!!」
名前を呼んで唇を合わせる。
そのままエドに倒され、組敷かれる格好になった。
エドはきょとんとした顔でロイを上から見つめていた。
ロイは腕を伸ばし、その金色の三つ編にそっと触れる。
「やるのはいいが、流石にここは勘弁してくれないかな。周りのみんなに迷惑だ。」
にっこり笑いながら身体を起こし、その三つ編にキスをする。
そして未だ事態を把握し切れてないエドの唇をそっと塞いだ。
周りの眼も気にせず舌を絡ませあい、久々の再開の喜びを分かち合う。
ようやく離した時、ロイはそっとエドに囁いた。
「今すぐなら仮眠室だな。少し待てるなら今夜は私の宿舎に泊まるといい。」
どうする…?
そう囁くロイの声は薬漬けだった時よりも妖艶だ。
エドの欲望が一気に加速する…
互いその手が互いの髪を触れ合い、もう一度引き寄せあう…
「駄目に決まってます!!!仕事はたっぷりあるんですよ!大佐!」
呆気に取られて呆然と立ち尽くしていた他の人よりも一早くホークアイ中尉が我に返り、二人を引き離した。
ガミガミ叱るホークアイに「分かった、分かった」と受け流す。
ぽかんとロイを見ているエドにロイは優しく微笑みかけた。
「すまんな。仕事が溜まっているそうだ。」
「じ、じゃぁ今夜…」
慌てて約束をするエドにロイは振り向きながら右手を挙げる。
「待ってるよ…エド…」
いつまでも…待ってるよ…
互いが見つめあいながら、一時だけの別れをする。
後から呆れた様にやってきたアルににやつきながらエドはその場を後にした。
変わらない光景…ううん、大きく変わった二人の関係。
愛してるよ…心から愛してる…
あなたと一緒なら…地獄でも着いて行く。
だから早く元の身体に戻ろう…何としてでも賢者の石を手に入れるんだ…
そしてあの人の為に役に立ちたい…
上を目指す愛しい人の為に…
上機嫌で立ち去っていくエドたちを見届け、ロイはまた仕事の打ち合わせをホークアイ中尉とし始めた。
「…でも今回のクーデターの功績を認められ、中央の召還もあったそうじゃないですか…」
「あれは断った。そう話しただろう?」
「納得できません…上を目指すあなたが今のこの機を逃してしまうなんて…」
静かに見つめるホークアイにロイはそっと微笑みかける。
「今は時期じゃない、これじゃ駄目か…?」
ホークアイの答えを聞かずにそのまま先を歩いていった。
その後姿を見て、ホークアイはもう何も聞かなかった。
そう…今は時期じゃない…
今中央に行くのは無謀すぎる。
もっと力をつけ、もっと味方をつけ…
もっと軍の裏を調べその内情を把握する必要がある…
消えた百数十人の反乱軍兵士達、ユノー将軍の行方…
それに対する軍の動きは明らかに鈍い。
意図して放置しているとしか思えない…
そして…あの時の光景…
私の記憶の断片に残るあの瞳…
赤く光るあの瞳には…何が描かれていた…?
『眼帯が外れていたのを覚えているか…』
とっさに言った偽りの答え。
はっきりとではないが…おぼろげながらに覚えていた。
あの方の眼帯が外れ、左眼が開かれていた事を…
今は中央のあの方の傍に行くべきではない…
危険すぎる…そう判断した…故に中央行きを断った…
「かなり…暗黒の世界に足を踏み入れてしまったようだな…」
上を目指すと決意したその時から覚悟はしていたのだ…
その暗黒の世界の先に、あの方がいるとしたら…
私は迷わず剣を振るう事が出来るだろうか…
「大佐…」
「ン、あぁ、何だい?」
「考え事の所すみませんが仕事は今日中に終わらせてくださいね。」
ハイハイ、と軽く返事をして受け流す。
ロイの心は今ここにあらず、といった感じなのだろうか…
「終わらない限り絶対帰しませんからね!!!」
エドワード君との夜の逢引は許しません!!
きっぱりと言い放つホークアイに、ロイの背中がビクッと震えた。
「はは…君には敵わないな。ある意味大総統閣下より手ごわい相手かもしれないよ。」
ばつが悪そうに頭を描きながらロイは青い空を見つめていた。
「…嵐が来るかもしれない…」
「嵐??予報では暫く晴天が続くと…」
「いや…必ずやって来るよ…」
すべてを滅ぼしてしまう程の嵐が…
「ではその準備をしなければいけませんね。」
「そうだな。万全の体制で迎え撃たなければな。」
その為にここでしっかりと地盤を固める。上に喰らいつく実力をつける。
この国のあり方を変える為に…あの方の地位を奪う。
そう…今度は私が「腐った林檎」としてあなたの木箱に潜り込む。
取り除かれるのが先か、すべてを腐らせるのが先か…
それはまだ誰にも分からない…
To be continues.