理想家族  4




熱く濃厚な夜が明け、海堂は寝不足の眼を擦りながら1階のリビングに下りてきた。




「おはよう!薫君。」
「あ、おはようございます…」


乾は既に起きていて、ダイニングで朝食用のパンを焼いていた。


「あ…柳さんは…?」
「蓮二はもう会社に行ったよ。俺は今日はお休み。」
「薫君が慣れるまで交代で休む事にしたんだ。今日から3日間は俺が担当。」
「でも慣れるって言っても別に…」


海堂は昨日の夜の事を思い出し、乾の顔をまともに見る事が出来ない。
乾はそんな海堂を見て意地悪く笑っていた。


「どうかした?薫君…」
ワザとらしく近寄り、肩に手をかける。

「い、いいえ…あ、朝ご飯食べなきゃ…」
真っ赤になりながら乾の手を振り解くと、キッチンのトースターにパンを入れた。


クスッ…可愛い反応…


乾はニコニコ笑いながらリビングからある資料を取り出し、海堂に差し出した。



「はい、これよく読んでおいて。」
「え…これは…?」
「明日から通う学校の資料。今、薫君は中学だったっけ?」
「…中3でした。でも…」


卒業したが高校に行くお金はないし、試験も受けていない…
海堂は勉強は嫌いではなかった…むしろ好きなほうだった。
自分の知らない事を学ぶのは面白い。
あの孤児院から抜け出す手段としても学力は必要だと実感していた。



「高校…か。ウン、大丈夫。ここは中高一貫だからね。」
「…どういう事ですか…?俺、ここの高校受けてないし…」
「この学園は柳が理事長をしている。生徒一人ぐらい入学させるのは訳ないさ。」
「中学の時の君の成績も見せてもらった。充分ここの学園についていける学力はあると俺も判断した。」


朝食食べたら学園長に会いに行こうか。
にっこりと微笑んで乾は海堂に目玉焼きを焼いてあげた。


「はい、しっかり食べなさい。」


渡されたお皿を見て、海堂は胸がぐっと詰まる。
あぁ、こんな風に朝食を誰かに作って貰ったのは久しぶりだ…
いつもは流れ作業的にお皿に乗せられるだけだった。


「お母さんが…よく作ってくれたな…」
そういいながら海堂は乾に向って初めて笑顔を見せた。
優しく…そっと微笑む程度だったが、それは幼い頃から苦労をしてきた海堂にとって全身全霊の笑顔に匹敵する。



乾はその笑顔に一発でやられてしまった…


なっ、何て可愛いんだ!こいつは!


今すぐにでも海堂を抱きしめ押し倒したい衝動を必死に抑え、冷静さを装う。
今ここで手を出したら計画が水の泡…
耐えろ!!!蓮二の事を考えるんだ…



自分が今この子に手を出した時の蓮二の反応を…


さーっと背筋が凍る思いがして、乾は火照った気持ちを落ち着かせていった…



「お、俺は向こうで休んでるから、薫君はゆっくり朝ご飯を…」
「あ、乾さん…もし迷惑でなければ…その…」
「な、何?薫君…」


「ここに一緒にいてくれませんか…?俺が食べ終わるまで…」
その言葉に乾は固まってしまった…


「あ、いや…俺がいたら薫君気が散っちゃうんじゃ…」
本当は俺の理性が耐えられるかどうか自信がない…

「いえ!全然!誰かとおしゃべりしながら朝食を食べるなんて久しぶりで…」
「孤児院じゃ無駄話厳禁でしたから。あ、迷惑でしたら…」
「迷惑だなんて!薫君がいて欲しいならいてあげるよ。」



そんな顔されたら嫌だとは言えないじゃないか!


乾は迫り来る欲望と本能を必死で理性で押さえ込み、至って平静に海堂と話を続けていた。




「これから行く学園は中高一貫の学校でね。中学から上がってくる生徒が殆どだ。」
「君の様に編入してくる生徒は珍しい。だから色々注目されるかもしれないが…」
「判っています。問題は起こすな、ですね。大丈夫。柳さんや乾さんのご迷惑をかけるような事はしませんから。」
「くすっ、頼もしいね。ま、問題が起きても俺が何とかするからそんなに気を遣わずのびのび学園生活を楽しんでくれ。」

はい、と頷くと海堂はまたあの微笑を乾に向けた。
その度に乾は胸の高鳴りが押さえられなくなり、下半身が疼いてくる。



はぁぁ、参ったな…本人に自覚がないから余計困る…
車の運転席で乾は深い溜め息を漏らした。



学園につくと、電話連絡をしてあったのか校長自らが乾達を出迎え、校長室に案内した。
校長から学校の簡単な説明があり、教科書などの必要な物を渡され、そして最後に制服が渡された。


「では、明日から1年生として君を迎えましょう。」
「はい、宜しくお願いします…」

深々とお辞儀をして、海堂は荷物を抱え込んだ。


「荷物は俺が持つよ。海堂君は中学の時何か部活はやっていたのかい?」
「いえ、そんな暇はありませんでしたから。学校が終わったら急いで戻って小さい子の世話をしなければいけなかった物で。」
「じゃ、俺のお勧めの部活を紹介するよ。おいで…」


乾は海堂を連れ、学園の裏にある広いスペースへとやってきた。
パーン、パーンと言う音が響いてくる。


「ここは…?」
「テニスコート。俺も柳もこの学園出身でね。二人ともテニスをやっていたんだ。」


テニスコートで指導していた一人の男が乾に気づき、駆け寄ってきた。

「乾!乾じゃないか!久しぶり!」
「やぁ…俺はここには余り来ないからね。どうだい、コーチとしての生活は。」
「うん、中々大変だよ。でもいい素材を見つけて育てていくのは楽しいね。」
「今日は新たな素材を連れてきた。明日からここの生徒になる海堂薫だ。」



海堂はきょとんとしながら目の前の男を見つめていた。
俺、まだここに入るって決めてないのに…



「宜しく、海堂君。僕の名前は不二周助。乾とは同期だったんだ。」


優しい顔で微笑みながら海堂に手を差し出し握手を求めた。
海堂は俯きながらその手を取る。



成る程…これが例のあの子か…中々可愛いじゃないか。


「今はまだ素材のままだが、その内光って来るだろう。その時はよろしく頼むよ、不二。」
「OK,任せといて。光出したら更に輝きが増すように僕が指導してあげるから。」


何の事を話しているのかさっぱりわからない海堂はただ呆然とするだけだった。
ただ、不二と名乗ったこの男の優しさの裏に、何故だか触れてはいけない黒い物を敏感に感じ取っていた。

その恐怖に思わず乾のシャツの袖を掴む。




その仕草を見た不二は、心の中で笑っていた。
成る程ね。もう躾は始まっている訳だ。


「君のその秘めたる力を引き出すのを楽しみにしているよ。」
そう海堂に告げると不二はまた練習へと戻って行った。




そして自分にしがみ付く海堂を優しくなでながら次のステップに進む事を考えていた。



To be continues.











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