ゲームを征する者〜Second stage〜 11
エドがパンと両手を合わせると、そのまま地面に手を着いた。
と、同時にキンブリーが両脇からナイフを取り出し、エド目掛けて突進する。
青白い光と共に地面から2メートルはあるだろう壁がそびえ立つ。
時間差で出現する壁にキンブリーも行く手を阻まれ、足が止まる。
動きが止まったキンブリーに、エドがすかさず切り込んできた。
狙うは両手の錬成陣。あれさえ切り落としてしまえば…
エドの放つ殺気に、キンブリーも敏感に反応し幅広のナイフで受け止める。
間合いに入った事を悟ると、左手のナイフを捨てエドの機会鎧目掛けて腕を伸ばす。
「触らせるかよ!!」
エドが叫びながらキンブリーの右手のナイフを打ち払うと、さっと後方へ飛び移る。
再び互いの間合いを取り、睨み合いが続いた。
相手に触れない様に戦うのは結構難しいな…
エドの顔に苦笑が浮かぶ。
今までの様に不敵な笑いではない。少し余裕のない…焦りの笑い。
そんな表情はめったに見ない。
流石のブラッドレイも眉をひそめ、台座に載せた右手を握り締めた。
嫉妬心が冷静さを失わせているのか…?
いざとなったらエドを棄権させるか、私が出るか…
ブラッドレイはサーベルを手に取り、すくっと立ち上がる。
すると、ロイがクスッと小さく笑ったのを、ブラッドレイは聞き逃さなかった。
「マスタング…何を笑った…」
サーベルを鞘ごとロイの顎に向け、低い声で問いかける。
ロイは眼を閉じ、その微笑を絶やさなかった。
「いえ…閣下も案外小心者だと…」
「何だと?」
小心者と呼ばれたのはこれが初めてだ。この私が?
数々の戦争で功績を残し、いまやこの国の独裁者でもあるこの私が…?
「貴様はエドワードが心配ではないのか?」
「閣下は心配なのですか?」
すっと眼を開け、その漆黒の瞳で独裁者を見据える。
その瞳には迷いはなく、この状況下でも輝きを失っていない。
あぁ、この瞳が好きで、私は焔を手元に置いたのだ…
「エドワードが勝つと?お前は信じているのか?」
「エドは勝ちますよ。そう約束しました。私の為に彼は必ず勝ちます。」
そう言いながらロイは視線を闘技場へと移し、エドに視線を向けた。
その表情は穏やかで…エドが負けるとは微塵にも思っていないと感じられる。
そこまで信頼しあっているというのか…?
フ…僅かな亀裂ではその絆を断ち切らせる事は出来ないか…
エドワード・エルリック…マスタングをそこまで信頼させた少年。
彼を私の側に付かせれば事は容易いのだが…
ブラッドレイも下方に目線を向けると、今まさにエドがキンブリーに切りかかる所だった。
切りかかりながらキンブリーの攻撃をかわし、じりじりと追い詰めていく。
「中々やりますね…流石大佐のご主人様だけある。」
「ウルせぇ!俺と大佐はそんな下衆な関係じゃない!」
互いを信じあう至高な関係…
そうだ…俺は大佐を信じてる…
俺の事好きだと言ってくれたあの人を信じてる…
「だからあんたを倒す。そして大佐の心を開放させてやる。」
「大佐は私の物だという事を知らしめる必要がありますね。」
キンブリーは突き出された土の壁に手を置き、力を込める。
青白い光が放たれ、たちまち壁が爆発し、あたり一面に土煙が立ち込めた。
エドは袖で口元を押さえながら気配を探る。
「そこかっ!!」
土煙の中で揺らめく影を見つけ、エドはそこに突進していく。
だが…
「ハズレ!」
さけび声と共にキンブリーが横から飛び出してきて、エドの左腕を掴む。
ギリッと力を込められ、エドの顔が蒼白となる。
「エドワード!?」
ブラッドレイが思わず叫ぶが、ロイは微動だにせず、叫び声もあげずただ戦いの成り行きを見つめていた。
「…やってみろよ…錬成を。と、同時にお前の首が飛ぶぜ…」
エドの右手の剣が、見事にキンブリーの首を捕らえ、切り裂く寸前で止まっている。
キンブリーが力を入れ、エドを爆破させる前に、エドは容易にその首をはねる事が出来るだろう。
「…これはしたり。一瞬の隙もありませんね。」
「まずは掴んでいる手を離せ。相打ちはゴメンだ。」
キンブリーは苦笑いを浮かべエドの左手からその手を離す。
エドも剣先を首から離し、二人は再び間合いを取り、にらみ合いが続く。
一瞬の隙も…それは俺の台詞…戦いに隙が生じればそれに便乗して両腕を切り落としてやるつもりだったのに…
全くその隙が生まれない。むしろ俺の隙を着かれる危険な状態になってきた…
強い…流石に大佐をペット呼ばわりするだけある…
そう呼んでも仕方がないのは大総統だけだと思っていたのに…
ふぅ〜と深く息を吐き、エドは体勢を整えキンブリーを見据える。
キンブリーは相変わらず笑みを絶やさず、むしろその行為はエドを小馬鹿にしている様にも取れた。
「笑うな…」
「すみませんね。生まれつきなもので。」
爆発させるのが楽しくて仕方がないのですよ。
そういいながら益々笑みが増していく。
笑うな!笑うな!笑うな!!!
「うぁぁあああ!!」
「まずい!エド!!落ち着け!キンブリーの策に乗せられるな!」
奇声を上げながら突進していくエドにヒューズが身を乗り出し叫ぶ。
大降りで剣を振りかざし、キンブリーに切りかかっていくが、当然の如く全てかわされていく。
「大佐は真実を隠す為に部下を見殺しにしたんですよ…」
ポツリと言ったキンブリーの言葉にエドが一瞬固まっていく。
その隙をキンブリーは見逃す筈はなかった。
足を払い、その拍子にエドはバランスを崩して地面に倒れこんだ。
慌てて体勢を整えようとキンブリーの方に眼を向けると、ガタンと右肩を衝撃が襲った。
キンブリーが片足でエドの方を踏みつけていたのだ。
「くっ!!キンブリー!!」
「冷静沈着かと思ったんですが。大佐の事となるとカッとしやすいのですね。」
あぁ、だからこんなゲームを開いたんでしたっけ。
クスクス笑いながら、もう片方の足でエドの手首を押さえ込む。
「心配しないで下さい。痛くはありませんよ。その強さに免じて一瞬で灰にさせてあげますから。」
口元をグッと上げ、キンブリーの右手がエドの顔に近づいていく。
クソ…ここまでか…
エドが眼を瞑ったその時…
ザクッ!!
「うわぁっ!!」
エドの頬にぽたっと雫が垂れ、エドは眼を静かに開ける。
頬に手を触れてみるとドロッとした感触。
「血…?」
驚きながら見上げてみると、キンブリーが右手を押さえ苦しんでいた。
エドの方の拘束も解かれ、素早く起き上がり体勢を整える。
キンブリーは先程とはうって変わって、怒りの形相でエドを睨みつけていた。
「何が…どうなって…」
「貴様…よくも俺の手を!」
きっと顔の向きを変え、その傍で不敵な笑いを浮かべる人物を睨みつける。
「大事な親友を悲しませたくないのでな。」
右手にタガーを構えたまま、ヒューズは眼鏡を光らせキンブリーを見下ろしていた。
「中佐!?」
「汚いぞ!参加者以外が助太刀するとは!」
「別に大総統閣下は助太刀不可とは言ってないぜ?」
その場にいた者は一斉にブラッドレイのほうへ眼を向ける。
「フム…確かにその様な事は言っておらんな。」
クスッと笑いながらブラッドレイは安堵の溜め息を漏らした。
そして ロイの方を見ると、ロイは表情も変えず、ただ安らいだ顔でエドを見つめ続けていた。
エドが危なかったのにマスタングは全く心配していなかったのか…
それともヒューズ中佐が助太刀するのも見越していたのか…
キンブリーは右手に刺さったタガーを引き抜くと、タガーを投げつけ、エドに突進して行った。
エドはタガーをかわすとキンブリーの左手首をグッとつかんだ。
「自ら死にに来たのですか?」
クスリと笑いながら血だらけの右手でエドの左腕を掴む。
だがどんなに力を入れても錬成は行われず、キンブリーの表情に初めて焦りの色が見えた。
「な、何故だ!何故爆破しない!?」
「よく見てみろよ、あんたの手を。」
キンブリーが右手を離して見てみると、掌の刺青を真横に分断する様に、ヒューズのタガーの傷跡が
くっきりと付いていた。
「錬成陣が!」
「そうだ。中佐のタガーの傷跡であんたの錬成陣が崩れたのさ。」
ニヤリと笑って、右手の機械鎧の剣をキンブリーの左手に突き刺した。
「ぐあぁぁ!!!」
キンブリーは手を押さえ、よろよろとエドから下がっていく。
キンブリーの左手にもエドの剣の傷跡がくっきりと残り、錬成陣は崩れている。
「ハァ、ハァ…貴様…」
「もう爆破は出来ない。あんたに残された道はただ一つ。」
心配するなよ。なるべく苦しまずに逝かせてやるから。
右腕を下げキンブリーに狙いを定めると、エドはその首目掛けて走り出した。
「ダメだ!エド!殺すな!!」
ロイの思いがけない叫びに、エドだけではなくキンブリーでさえも驚きの表情を浮かべた。
何で?あんたを散々苦しめる元凶を何故生かす…?
「何でだよ!!やっぱりあんた、こいつのペットなのかよ!ご主人様は殺せないのかよ!」
冗談じゃねぇ!俺はこいつの息の根を止めないと気がすまない!!
エドはロイの声を無視してキンブリーに切りかかる。
キンブリーは自らの腕を立てに、その剣を防ぐ。
キンブリーの両腕はたちまち無数の切り傷で覆われていった。
「エド!!殺してはダメだ!私を信じろ!」
私を信じて、言う通りにしてくれ…
ジャラリと鎖を響かせ、ロイは身を乗り出して懇願する。
その強く輝く瞳に、エドは何かを感じたのか…
右手の剣を引き、ブラッドレイに向かって叫んだ。
「大総統!あなたが判断してよ!俺とキンブリー、どっちが勝利した?」
ブラッドレイはいきなりの難問を突きつけられ、苦笑交じりで席を立った。
そのまま闘技場にひらりと舞い降り、エドの傍に近づいていった。
勿論片手にサーベルを携帯している。
「大総統…」
「エドワード…よくやった。心配したぞ?」
金色の髪を撫で、エドの戦いぶりを称える。
エドは不満たっぷりの表情でブラッドレイにしがみ付く。
その姿を見ながら小さく微笑むと、呻き声を上げ苦しむキンブリーに目を向けた。
「どうするかね?このまま試合続行するか?Give Upするか?」
威圧感を放ちながら、答えを諭す。
キンブリーはクスッと笑いながら両手を上げた。
「大佐が私は生きていて欲しいらしいですからね…Give Upさせて頂きますよ。」
こちらは満足げに笑いながら、控え室の救護室へと下がっていった。
「エド…?お前の勝利だ。何か褒美はいるかね?」
「いらない…俺も少し休む。」
ロイの言う通りにキンブリーを生かせたが、未だに怒りが収まらないらしい。
当然納得してもいない。だがあの人が信じてというからそれに従った…
どうしてあの悪魔を生かさなきゃいけない…?
キンブリーが言った「部下を見殺し」って…?
「大総統…キスして。」
ポツリと呟き、ブラッドレイの袖を掴む。
ブラッドレイは愛しげに見つめながら身を屈め、エドの震える唇を塞いだ。
舌を絡ませあい、その濃厚なキスを見せ付ける。
気持ちが落ち着いたのか、キスを終えると、にっこり笑いながら控え室へと消えて行った。
ブラッドレイは観客席いるハボックとグリエルに向かって叫ぶ。
「次の試合はハボックとグリエル。その勝者がエドワードと決勝で戦うのだ。」
「やれやれ…やっぱり大将とやらなきゃいけなくなりそうっすね…」
「勝ったら棄権しろよ。大事な部下と恋人が戦うとなったらロイが悲しむだけだ。」
ハボックはタバコを足で消し、ぺっと唾を地面に吐き捨てた。
「冗談でしょ?中佐。俺はその恋人になりたくてエドの大将と戦うんっすよ。」
その為なら現恋人のエドを倒すしかない。
ハボックはひらりと壁を乗り越え、闘技場へと降り立つ。
グリエルも同じ様に降り立ち、ハボックの方へと眼を向けた。
「準決勝、もう一つの組、ゲーム開始!」
ブラッドレイの一言で再び会場に緊張が走った…
To be continues.