ゲームを征する者〜Second stage〜 14
ハボックがエドの周りをゆっくり歩く。
エドは右手を剣に変え、ハボックから眼を反らさない。
「フッ…ねぇ大将。錬金術無しでやりません?」
「はぁ?なに馬鹿な事言ってんの?俺が錬金術使えばあんたなんか一発じゃん。」
「だからです。同じ条件でやりましょうよ。」
ぴたっと足を止めエドの方を向いてポケットからタバコを取り出した。
フーっと煙をエドに向かって吐きつける。
それは明らかにエドを煽っていると思う行為。
「同じ条件?俺が錬金術使わなくても少尉はもうフラフラじゃないか。」
「だからですよ。通常の状態だったら大将が俺に敵う筈がない。」
ハッタリだ。エドは体術も優れている。通常の状態でも俺が勝つとは限らない。
それ以上に錬金術を使われたら俺が勝つ可能性は0に近い。
だが頭に血が上った状態なら隙が生じるかもしれない。
「…俺に敵う筈がない??よく言うぜ。」
「そんなにハンデ欲しいなら錬金術使ってもいいですよ。」
「何だと!?」
「フラフラの俺とさしで勝負も出来ないくらい自信がないのなら、錬金術を使ってください。
それくらいのハンデはあげますよ。」
ペッとタバコを吐き捨て足で火を踏み消すと、両手をズボンのポケットに入れ、闘技場に倒れている
石の柱に寄りかかった。
エドの瞳が揺らいでいる。怒っている証拠だ。
パァッと光を放ち、右手を元の状態に戻す。
「てめぇ!!馬鹿にしやがって!覚悟しとけよ!」
すっと構えの体勢に入り、ハボックに狙いを定める。
ハボックも両手をポケットから出し、エドの前に立ちはだかる。
修羅場慣れした俺とあんたと…どっちの力が強いか。
「はぁぁっ!!」
掛け声を上げ、エドがハボックに突進していく。
ハボックはさっと交わし、エドの右頬目掛けて拳を放った。
右手で遮られ、そのまま腹目掛けてエドの拳が炸裂する。
「ぐっ、」
「ふん、隙だらけ。」
一歩下がって脇腹を押さえる。エドも下がって体勢を整えていた。
「く〜いって〜〜!容赦ないっすね、大将。」
「少尉も。ちゃんと鍛えているんだな。でなければ内臓破裂だ。」
一発で終わらせてやろうと容赦なく殴りつけたが…
鍛え抜かれた腹筋に遮られ、そうダメージは与えられなかった。
成る程。面白い。伊達に幸運だけでここまでのし上がってきた訳ではないんだな。
だが先程の試合の後遺症は確実にきてる筈。そこに付け入ればあるいは…
「少尉の大佐への思い、見せて貰うよ。」
「フン、知った様な口聞かんで下さいよ。」
互いに走り出し、拳を突き出す。
右手で交わし左手を出せば、左手で遮り、右足を蹴り上げる。
一進一退の攻防が続き、見ている者を魅了していく。
「いいぞ!ちびっこいの!そこだ!いけぇ!」
「運のいい兄ちゃん!最後まで負けるな!」
敗者となっていた者たちがいつの間にか集まり、最後の試合をこぞって観覧していた。
「ちっ、いい気なもんだぜ。こっちは命張ってんのに。」
「これに勝てば焔を手に入れられるんだ。負け犬共が興味を沸くのも無理はねぇ。」
「俺は見せもんになるために参加したんじゃないすけど。」
「このゲームその物が大総統の見せモンさ。ほら、見てみろよ。あの嬉しそうな顔。」
ハボックはエドに意識を集中しながら、VIP席のブラッドレイに眼を向ける。
二人の攻防の一つ一つを心から楽しんでいる様で、満面の笑みを浮かべていた。
その前方には、苦悩の表情で成り行きを見守っている美しい焔…
その表情はハボックの心に突き刺さる。
その顔は誰に向けているんですか?俺ですか?大将ですか?
あんたはどっちに勝って欲しいんですか…?
「さっさと決着つけようぜ。」
「そうっすね。そろそろ大佐を解放してあげないと。」
ずっと両手を括り付けられ、男達に弄ばれ、プライドを粉々に踏みつけられ…
それでもエドワードが好きだと言い切ったあの人。
「やっぱり納得いかねぇ。どうしてこんな我儘な餓鬼をあそこまで思えるんだ!」
グッと拳を握り締め、エドに向かってファイティングポーズをとる。
だがエドは静かに、両手を戦いの構えを取りキッと睨みつけた。
「あんたなんかに判って堪るものか。俺と大佐の絆を…」
ガッと地面を蹴ってハボックに突進すると、今までの動きが嘘の様に滑らかに拳を繰り出してくる。
ハボックはそれを受け止めるので精一杯だった。
ちっ、やっぱ強い!しかもさっきより冷静になりやがった!
休みなく繰り出される拳に、ハボックは防戦一方。むしろじりじりと後方に追いやられていく。
すっと右手が引く一瞬の隙を見つけハボックが左拳を突き出しても、エドは冷静にそれを受け止め、
ハボックの左腕を掴み取った。
「くっ!」
「腕、折ってもいい?」
ニヤリと笑いながらギリッと力を込め、ハボックの顔が僅かに歪む。
やべっ!マジに折る気だ!
ハボックは残った右手の指でV字を作り、エドの目を狙った。
すっとエドが腕を放し、下にしゃがみ込むとハボックの足を払いのけた。
「っわ!!」
尻餅を着いたハボックの腹に、エドが足をバン、と押し付ける。
「ハァハァ、あっぶねーな。今本気で眼、潰そうとしただろう。」
「大将だって。腕折ろうとしたじゃないっすか。」
「このまま押し潰して内臓破裂させようか?」
「腹筋は鍛えてありますから。トラックが乗っても大丈夫っすよ。」
エドは両手をパンと合わせ、右手を剣に錬成させた。
「…錬金術は使わない約束だったんじゃないっすか?」
「さっさと決着つけようと言ったのはあんただけど?」
剣先をハボックの鼻先に向け、くっと口端を歪ませる。
「さぁ、いいな。Give Upだって。そしたら命だけは助けてやる。」
「さっきのし合い見てなかったんすか?」
Give Upするくらいならと死を選んだ。幸運にも相手が自滅して勝ってしまったが。
「俺は情けはかけないぜ?」
「殺りたければどうぞ。但し大佐が一生俺の事覚えてくれるでしょうよ。」
あんたに抱かれる度、俺の顔がふっと過る。それでもいいですか?
俺は本望です。あの人の心に俺を刻み込める事が出来るならそれでも…
エドの腕が震えてる。とどめを刺せないのか…
…違う…これはっ!?
「うっぐ…!」
「大将?」
「エド!?」
「エドワード?」
3人が同時に声をあげ、全ての人の目がエドに集中した。
ゴボッ…
どす黒い血の塊が、ハボックの胸を赤く染めた。
「ば…かな…何で…俺が…」
「大将!あんた!」
口元を押さえた左手からは赤い血が滴り落ちている。
顔面は蒼白で足元はふらつき、ハボックの腹に乗せた片足がガクガクと震えていた。
「あんたまさか控え室の食べ物を!」
慌てて上半身を起こしてしまい、エドがその反動で身体を支えきれず地面へと倒れていく。
がしっと逞しい腕がエドを支え、そのまま静かに跪く。
「エドワード!お前まさか!」
「大…総統…?何で…」
どうして俺が…
ぎゅっとブラッドレイの手を握り、悔しそうに顔を歪ませる。
ハァハァと息使いが荒くなり口からまた血を吐き出した。
ブラッドレイはエドを胸に抱きしめながら、背中をさすり呼吸を楽にしようと試みる。
だがエドは烈しく咳き込み、その度に血の塊がブラッドレイの軍服を汚していった。
「エドワード…何を食べた…」
「ハッ…オレンジ…を一口…」
愚かな事を…オレンジに毒を仕込んであったのだ…
一口だけだったから一気に死に至らしめる事はなかったにしても、このままでは確実に死ぬぞ。
「大総統…俺…死ぬの…?」
「死なせはしないよ。大丈夫。私に任せなさい。」
「解毒剤があるんですか?」
ハボックがゆっくり近づき、エドの傍に膝を折る。
「まぁね。その為にはエドワードがGive Upしなければいけないが。」
苦しそうに細めていたエドの眼がカッと見開いた。
「い、嫌だ!Give Upは絶対しない!」
「エドワード…でなければ君は死んでしまう。」
「嫌だ!大佐を誰にも渡さない!あの人は俺の物…」
そう言いかけてまたゴボッと血を吐き出した。
ハァハァと苦しそうに息をしながら、涙目でブラッドレイに訴える。
嫌だ…負けたくない…俺があの人を救うんだ…
このゲームに巻き込ませてしまった責任を取らなきゃ…
愛しているって、もう一度ちゃんと言わなきゃ…
ゴホゴホと咳き込み、ぐったりとブラッドレイに寄りかかる。
そんなエドをしっかりと抱きかかえ、ブラッドレイはすっと立ち上がった。
「ハボック…一緒に来なさい。」
「はぁ…」
息も絶え絶えのエドを連れて、ハボックとブラッドレイはVIP席のロイの傍へと向かっていった。
To be continues.