ゲームを征する者〜Second stage〜  17        




        もうもうと広がる黒煙の中心で、ロイは絶望に打ちひしがれていた。


        その真横でキンブリーが高らかに笑い、ロイの腕を掴み自分に引き寄せる。

        「ほら、歴史は繰り返されました。私からあなたを奪おうとした輩はあの時同様、全て灰と化した。」
        「くっ、貴様!」
        「あぁ、いいですね、その顔。苦しみに耐えるその表情は中々いいモンです。」

        顎をつかまれ、そのまま唇を塞がれた。

        「んっ、んん!」
        必死の思いで抵抗するが、キンブリーの舌が容赦なくロイの歯列を割り咥内に侵入していった。

        腰を引き寄せられ、右手を締め上げられ、身動きすら出来ない。
        ロイの咥内を散々犯した後、その舌は首筋へと移動していった。


        「やっ、あぁあ…」

        やっと私の物に…もう誰にも邪魔はさせませんよ…


        キンブリーの右手がロイの股間に向かおうとしたその時…




        

        「じょだんじゃねぇ!!!大佐は俺のモンだって言ってんだろうが!!!」



        立ち上る煙の中からエドがバッと飛び出し、キンブリーに切りつけてきた。
        驚くキンブリーはロイを突き飛ばし、真っ直ぐに自分を狙ってきたエドの刃を避ける。


        エドはロイの前に立ちはだかり、キンブリーに狙いを定め続けていた。


        「貴様っ!どうやってあの爆発から…」

        「私に不意打ちは効かんよ…紅蓮の錬金術師よ。」


        同じく煙の中からゆらりと人影が動き、隻眼の独裁者がサーベルを掲げゆっくりと迫ってきた。


        そう、キンブリーが放った錬金術の爆発からブラッドレイが間一髪エドを抱きかかえその衝撃から逃れたのだった。

        それは左目の刺青の成せる業…
        人並みに外れた動体視力、そしてそれに伴う俊敏な身体。


        ホムンクルスだからこそキンブリーが仕掛けた錬成の連鎖による爆破から逃げおおせたのだ。


        「エド!」
        「俺だけじゃないぜ。残念な事だけどな。」

        ぱちんとウィンクして、VIP席のあったほうへと目配せする。
        ロイがそちらに眼を向けるとドーム型に変形した石がそびえ立っていた。

        突然その石がひび割れ、豪快な音を立てて崩れ落ちていく。
        中から肉体美溢れる人物が石を砕いてその力を見せ付けていた。


        「少佐…?」
        「あんたに陶酔してたぜ。キス一つであんたに命を捧げる程にさせてしまうなんてな。」
        淫乱。後でお仕置きだ。

        エドのまるで見当はずれなその言葉に苦笑しながらアームストロングの方にもう一度目を向ける
        崩れた石の壁の中からヒューズとハボックが咳き込みながら顔を出してきた。


        「助かったぜ、少佐。あんたが居なかったらあの爆発に巻き込まれてたよ。」
        「なんの!我輩、あのまま帰るのは軍人の面目が立たないと思い直し、戻ってきた次第です!」
        「この上は大佐の御為、この命投げ打つ所存!」
        ばっと上着を脱ぎ捨て、己の肉体美を見せ付けるパフォーマンスを繰り広げている。

        相変わらずだな、と鼻で笑いながらエドはキンブリーを見据えていた。

       
        「歴史は繰り返す?馬鹿言うな。歴史はたった一回しかないんだよ。」
        過ぎたら終わり。後は未来に続くだけ。

        繰り返される歴史なんてない。それは意図的に作られた過去への柵(しがらみ)に過ぎない。

        「大佐、あんたの柵、今俺が断ち切ってやるよ。」
        エドは戦闘体勢を整え、キンブリーに狙いを定める。
        キンブリーも不敵な笑いを浮かべながらエドを迎え撃とうと両手をかざす。

        「砕け散るがいい!!」
        そう言い放ち地面に両手を着く。
        パァと青い光がエドに向かって走り、次々と爆発していった。

        エドがパンと両手を合わし、地面に手を着き壁を作る。


        その爆風が横で力なく膝を折っていたロイ目掛けて襲ってきた。

        「大佐!?」
        エドが助けようと駆け出すが間に合わない。
        ロイは顔を覆い、迫り来る爆風と粉塵に耐えようと身体を丸くした。



        「!?」
   
        突然ふわっと身体が浮かび上がると、ぎゅと誰かに抱き上げられそのまま宙に浮いたような感覚に取られた。

        すっと地面に着地すると「大丈夫か」と声をかけられる。

        「…閣下…」
        「助けない方が良かったか?」
        ふっと笑いながらポケットから何かを取り出しロイに手渡した。
        

        自分の過去は自分で始末しなさい。


        そう囁き顎をくいっと上げ、少し驚いているその唇にそっとキスを落とす。
   
        過去の柵に捕らえられたままでは未来など掴む事は出来いない。
        私の地位を目指して這い上がってくるのであろう?


        「過去を取るか、未来を取るか。お前が選べ。」
        ブラッドレイはすっと立ち上がると、サーベルを掲げエドとキンブリーの方へと向かっていった。

        残されたロイの手の中には白い手袋が納められていた。



        その甲には赤い錬成陣の文字。


        ロイは無言でその手袋を身に着け、戦いが繰り広げられている闘技場へ眼を向ける。
        そこではエドとブラッドレイがキンブリーと死闘を繰り広げていた。


        エドが剣を繰り出せば、キンブリーが手にした石を爆発物に変え、それをエド目掛けて投げつける。
        ブラッドレイがいち早くエドを抱え、それを阻止する。

        と同時にブラッドレイがサーベルで切り込んでいくと、所構わず手を着き爆発を起こさせ煙で視界を遮った。

        「いい加減にしてくれませんか?私のペットを連れて帰るだけです。」
        煙の中から聞こえてくる挑発的な声。

        「ふざけるな!大佐は俺のモンだって言ってんだろうが!」
        エドが叫びながら煙の中を無作為に切り裂いていく。


        パァッ!!


        いきなり青白い光が放たれ、エドが思わず腕を引いた。

        その機械鎧の剣にキンブリーの両手がしっかりと掴まっていて、そこから光が放たれていた。



        「貴様!」
        「ほら、コレで終わり。右腕と共に灰になるがいい。」

        機械鎧が黒く変色していく。
        エドの顔が一瞬強張った時…


        ザクッ!!とブラッドレイがサーベルでエドの腕を切り落とし、キンブリー目掛けて放り出される。
        それを払いのけた時、エドの機械鎧は赤い光を放ちながら爆発し、粉々に砕け散っていった。



        「大丈夫か…」
        「大総統…」
        サーベルを掲げ、エドを庇うようにキンブリーの前に立ちはだかる。
        エドは無くなった腕の部分を撫でながらキンブリーを睨みつけた。


        「惜しい所でした。でも、コレであなたは錬金術が使えなくなった。私が断然有利になってきましたね。」
        じりっと近づくキンブリーにブラッドレイがサーベルを突きつけて威嚇する。


        私を本気で怒らせるつもりか…
        隻眼を細め、すぅっと全身から血の気を失くす。

        辺りの空気の雰囲気が変わった時、突然目の前に深紅の焔が舞い上がった。


        「マスタング?」
        「大佐!?」
        生き残った皆が一斉にロイの方に眼を向けた。


        右手をキンブリーたちに向けそこ指先からはチロチロと焔が上がっている。




        「殺してはなりません、閣下…」
     

        

        ゆっくりと立ち上がり、ふらつく足を庇うように静かに、だが着実にキンブリーへと近づいていく。

        「大佐…あなたは私の物です…」
        眼の前に来たロイの頬に手を添え、漆黒の髪に指を絡める。
        されるがままに何もしないロイに、エドが不快感を示す。

        「大佐!」
        声をかけるが見ようともせず、キンブリーの髪にロイも指を絡めだした。

        「優秀な部下だと思ってた…だからこそ助けたいと願ってた…」
        紅蓮に彩る炎は美しいとさえ思ったこともあった。

        だが…


        お前が…全ての根源だったとは…



        「あの日、部下から告白を受けた。」
        
        部隊が孤立したのも、一部兵士が錯乱して私を襲ったのも、その後の行動も全てお前が仕組んだ事だったと。


        「合流地点が近づき生きる望みが湧いて来た時、一人の部下が冷静さを取り戻した。」
        そして全てを語ってくれた。お前が私に偽の情報を流し、部隊を孤立させてしまった事を。

        自分を手に入れる為だけに、部隊全員を死に至らしめようとした。

        「私が自らお前に平伏す様に死の恐怖に苛まれていた部下の一人を煽ったそうだな。」

        そして私はお前に落ち、ペット同様に扱われた。


        「だがあなたは部下を見捨てたではありませんか。」
        事が露見するのを恐れて、敵の襲撃に乗じ部下を殺した。

        前線に出て敵を一掃するなどいい口実を作り、部下が潜んでいた所まで焔で沈めていった。

   
        危険を感じた部下達が敵の襲撃と共に我々を襲ってきた。
        勿論、あなたを奪って逃亡する計画も兼ねて。


        「私はあなたを守ったんですよ?私の可愛いペットをね…」
        絡めていた指を首筋に回し、そのまま胸へと滑り落ちて行く。

        ぷつんと胸の突起に触れるとそれを摘み、唇を塞いだ。

        抵抗する事も無く、キンブリーの舌を受け入れると絡めていた手を腕に回し、跡が付く位ぎゅっと掴みあげた。


        エドやブラッドレイの眼の前で、自ら求めているとも思われる濃厚なキスを見せ付ける。   
        エドが怒りで爆発しそうなのを、ブラッドレイが両手で抱きしめ押さえつけた。

        「離してよ!!俺の大佐を!」
        「落ち着きなさい。これはあやつの問題。全てをマスタングに任せ我らは見守るだけ。」

        その結果を受け入れるかどうかは別だがな。

        
        執拗な舌攻めからようやく開放され恍惚とした表情でふっと微笑むと、ロイは再びキンブリーの髪を撫で始める。

 

        「愚かな事を。アレは敵の襲撃ではなかったのだよ。」
        「大佐…?」
 

        「アレは本部の救援部隊。敵の襲撃と見せかけ、お前を捕らえる手筈だったんだ。」


        告白を受けたのは本部と連絡が取れた直後。そこですぐに連絡を取り、お前を捕らえる作戦が計画された。
        そこで全てが終わる筈だった。
        
        「私を奪って逃げようとしていたのは部下たちじゃない!お前だ、キンブリー。」
        「部下達はお前に唆されたと罪を認め、お前を捕らえようと私に協力してくれていたんだ。
         そしてあの襲撃のあった場所こそが本部隊との合流地点だったんだ。」

        まさかお前の錬金術があれほどのものとは思わなかった…
        地面に触れただけで周りにある物すべてを爆発物に変えてしまうだなんて…

        
        「私のお前への過小評価が救援部隊も生き残る筈だった部下も死なせてしまった。」


        遠くを見つめるような眼で語っているロイをヒューズ達が驚愕の表情で見つめていた。
        諸悪の根源を捕らえ、部下を生き延びさせようとしたのに。

        その優しさと責任感の強さがロイを次第に狂わせ、精神を蝕んでいったんだ。


        自責の念に苛まれ…二度とこんな戦争を起こすまいと上を目指し始めた。



        
        「では何故それを裁判で証言しなかったのだ。」 

        それまで黙って聞いていたブラッドレイが冷静にロイに問いかけた。

        お前がそう証言すればキンブリーは確実に銃殺刑となっていただろう。
        今こうしてそやつの影に怯えなくてもすんだのに。

        キンブリーの肩越しからブラッドレイを見据えるとそのままキンブリーの後頭部を抑え、自分に引き寄せ抱きしめた。


        「殺してはいけないと申し上げたではないですか…」


        そう言って微笑むその顔は今まで見た事が無いほど妖艶で…

        ブラッドレイですらおかしな気分に苛まれていく。



        「マスタング…お前はこの男に生きていて欲しいのか…?」
   
        だとしたら何故…


        ロイは抱き寄せたキンブリーの頬に手を添え、今にもキスを奪う程そばまで顔を近づけた。

        「死なせはしない…お前を決して死なせはしない。」
        「生きて…生き延びさして思い知らせてやる。」





        「私が見捨てたのはお前だと言う事を。」




        キンブリーがカッと眼を見開き、ロイから離れようと後ずさりをする。
        だがロイはキンブリーの顔をグッと掴み自分から離そうとはしなかった。

        「離せ!」
        「名誉ある銃殺などさせはしない!お前は生きてこの屈辱を味わい続けるがいい!」
        「離せ!!!」
        「監獄の中で生きて…全ての人に忘れられ…孤独の内に天寿を全うするがいい。」



        大勢の人を死なせてまで欲しかった美しき焔。
        その輝きはあまりにも強すぎて、部下達の命では捕らえる事は出来なかった…


        「あなたは私の物だ。」
        「私は永遠に貴様の物にはならない。」
        「私の物だ!!」

        物凄い形相で両手をロイの頬に着け髪の毛ごと掴みあげる。
        このまま錬成して灰と化してしまおうか…

        そうすれば永遠に私の物に…

 
        ロイは静かにキンブリーの手に己の手を重ね、穏やかに微笑んだ。


        そう…まるで恋人に微笑むかのように…愛しげに…優しくその手を掴む。



        「出来ないよ…お前は私を殺す事など出来ない。」
        「お前は私を愛しているから。」

        震えるその手にそっとキスを落とすと、腕を元の位置に戻した。
        その間もキンブリーから決して眼を反らさず、その漆黒の瞳は紅蓮の瞳をしっかりと捕らえていた。



        「世界中の人間が死に絶え、私とお前だけになっても私は決してお前を受け入れたりはしない。」


        最愛の人から突き放される苦しみ。お前は一生それを背負って生きていくんだ。



        「う…わぁああああ!!」

        キンブリーは悲鳴をあげてロイから離れると、両手を地面に着こうとしゃがみ込む。
        その瞬間ロイの右手がパチッと火花を放った。



        ボォォ…



        白い煙が二人を包み、キンブリーはその焔の勢いで後方に吹き飛ばされ気を失ってしまった。
     
        「大佐!?」
        「マスタング!」

        エドとブラッドレイが駆け寄ると、ロイは右手をかざしたまま立っていた。


        今まで散々踏みにじられてきたというのに、その姿からは輝きさえ感じられる。


        たとえ何人もの男達に蔑まされても、その誇りと輝きは失う事はない。

        美しき焔の錬金術師よ…



        私はお前を手に入れる事は出来るだろうか…
        



        「終わったようだな。」
        「閣下…」

        お前の過去は全て清算したのだな。

        カシャンとサーベルをしまい、ロイとエドの傍に近づいていく。


        「キンブリーとのゲームは…終わりました。」

        まだあなたとのゲームは継続中ですよ…
        互いの命と誇りをかけての騙し合い。


        私が勝つか…貴方が勝つか…
        
        
        それは神のみぞ知る…



        「大佐!」
        「エド…大丈夫か…」
        駆け寄ってきたエドの、失った右手の切断部分に手を添え、金色の髪を優しく撫でる。

        エドはロイの身体に泣きそうな顔を埋めてぎゅと抱きしめた。


        終わったよ…全て。
        ゲームも…過去への柵も。


        「まだ俺との事は残ってますからね。」
        VIP席で身を乗り出して、自分の存在をアピールするハボックに、ロイは穏やかに微笑んだ。

        隣で手を振るヒューズと、一礼して敬礼をかざす少佐にも微笑み返すと、
        凛とした表情でブラッドレイに眼を向けた。



        ブラッドレイは黙って頷くと、さっと右手を挙げ高らかに宣言した。



        「これにてゲームは終了とする!」



        月の女神は既に傾き、東の空から光の女神が姿を見せ始めた。



        今宵のゲームはここで終わり。



        だが美しき焔を巡る戦いは永遠に続く。






        そして新たなゲームが始まろうとしていた。

                      


 
       
        To be continues.




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