ゲームを征する者〜Second stage〜 5
どっしりとした身体が一歩前に出る度、地面が揺れる様にも思えてくる。
それだけグリエルの巨体は想像を絶していた。
全身が筋肉で覆われている様な鍛え抜かれた身体。
そして顔を覆っている鉄火面。これでは容易に頭を狙い撃ちは出来ないだろう。
厄介な奴だな…これは…
ハボックが心の中で毒付いた。
「小僧!死にたくなければ今すぐここでGIVE UPするがいい。」
「冗談!こんなチャンス滅多にないっすからね。飛び道具もありだから勝負はわからないっすよ。」
そう言うと、ハボックは脇の拳銃を取り出しグリエル目掛けて撃ち放つ。
その弾は正確にグリエルの心臓目掛けて飛んでいった。
その弾が当たれば試合は終わり。
だがグリエルはそう簡単には終わらせてはくれなかった。
何処からそのフットワークが生まれるのか。
巨漢のグリエルは飛んできた弾丸をかわし、ハボック目掛けて突っ込んできた。
ハボックは構え直して銃口を再び向ける。
「遅い!」
叫び声と共に鋭い勢いで右足がハボックの銃を蹴り上げた。
「ちっ!」
そう舌打ちしながらもう片方の銃を取り出す。
ガッ!!!
手にしたと思った銃はいつの間にか空を飛び、代わりにグリエルの拳がハボックの視線を埋めていた。
そのまま身体が宙を浮いてる感覚が走り、その直後に強い衝撃が背中を走った。
「ハボック!?」
ヒューズが思わず声を上げる。
殴られた衝撃で吹き飛んだハボックは、闘技場の壁に激突し、その力は壁に穴があくほどだった。
頭を押さえ、首を振りながら瓦礫から這い出て、グリエルの方に眼を向ける。
何て力だ…それに動きも早い…
大柄の人間はその身体の大きさに比例して動きも鈍くなるもんだが…
かなり身体を鍛えているのか、実戦の経験もあるのか。
「おもしれーじゃねーか。」
口端からうっすら流れ出る血を舌で舐め取りながらにやりと薄笑いをする。
体中が震えだす。恐怖からではない。
強敵を目の前にしての武者震いだ。
「うぉぉ!!!」
叫びながらグリエルはハボックに突進していく。
ハボックも体勢を整え、その拳を迎え撃つ。
突き出される右手を左手でブロックし、振り下ろされる右足を紙一重で交わす。
そのハボックの優雅な動きに、ヒューズも思わず感嘆の声を上げた。
「何だ?あいつ。あんな特技があったのか?」
身を乗り出してハボックの戦いを観戦し、純粋にその試合を楽しむ。
その戦いの行方に親友の運命がかかっている事を把握しながら。
グリエルの拳を受けながら、ハボクはこの状況を冷静に分析していた。
こいつの腕前は一級レベル。見かけで判断しては危ない…
接近戦は不利だ。あの腕にもし捕まったら背骨をへし折られてThe Endだ…
ではどうすればいい?どう動けば勝利を引き寄せられる?
腰に残した銃を取り出し、その額に狙いを定める。
だが一瞬早くグリエルの蹴りがハボックの銃を蹴飛ばした。
ちっ、何て早さだ。何処からこんなスピードが生まれる!?
突き出される拳をとんぼ返りで交わし、体制を整えようとした時、グリエルの右手が目の前まで迫ってきていた。
「なん…」
驚いてとっさに掴んだ砂をグリエルの眼に目掛けて振りかけた。
「うわっ!!」
目に入った砂を取ろうと動きが一瞬止まる。
その隙をハボックは見逃さなかった。
地面に転がっている銃を取ると、その心臓目掛けて打ち放つ。
ガーン…
あたりに轟く銃声が止んだ時、誰もがハボックの勝利を描いていた。
だが…
「あいにくだったな。俺に銃は聞かないぜ…」
にやりと笑って胸に撃ち込まれた筈の傷をハボックに見せる。
ふんっ、と力を入れると、めり込んだ中から弾丸がボコッと飛び出してきた。
「な…んで…?」
銃を構えたまま身動きせず、その光景に眼を奪われる。
「鍛え抜かれた筋肉が銃さえも寄せ付けなくなっているのか…」
観覧席で見ていたヒューズがポツリと呟く。
これはハボックにはかなり不利な対戦相手だったな。
さてさて…あいつはどうするかな…
どうするって…どうすりゃいいんだ??
体術も銃も効かない。錬金術なんてたいそうなモンは使えねーし。
急所を撃とうにも鉄火面で覆っている。きっと男の急所も囲っているんだろうな。
Give upするか…?
冗談じゃねぇ!
あの美猫を手に入れる為には何だってやってやる!
どこか…どこかに落とし所がある筈だ!
考えろ…落ち着いて考えるんだ…
「何ぶつぶつ言ってる!さっさとかかって来い!」
ぎしぎしと身体を軋ませ、ボキッと腕を鳴らす。
そしてハボック目掛けて拳を振り上げ突進していく。
はっと避けようとしたハボックをその素早い動きで腕を捕らえた。
「しまった!」
「ははっ!そ〜ら、捕まえたぜ!」
その腕をグイッと引っ張り、グリエルの胸に抱き寄せた。
「なっ!離せよ!そんな趣味はないぜ!」
「俺もだ。俺はどうせならあの賞品を抱きしめたいさ。」
苦痛に歪む顔さえ悩ましいあの猫を。
必死でその腕を振り払おうとするがその力はびくともしない。
首に手を回して締め上げてもも何の効果もないようだ。
それどころか薄笑いさえ浮かべている…
ハボックの身体を腕に抱きしめ、その腕の力を更に強める。
その殺人的な力の強さにハボックの表情に苦痛の影が浮かんでくる。
なっんて力だ…このままでは内臓が潰される…絞め殺されるのか…
意識が朦朧とする中、ふとVIP席に眼を向けた。
ハボック!!!
ロイの口がそう叫んでいる様に見えたのは気のせいか…
「大佐ッ!!!」
ハボックは薄れ行く意識の中、最後の力を振り絞り右手を挙げる。
「何をしても無駄だ。拳銃も俺には通用しない。お前の力じゃ俺の腕は振り解けないぜ?」
ギリッと更に力を強め、ハボックが思わず悲鳴をあげた。
「俺の勝ちだ!このまま優勝して大佐を俺のペットにしてやる!」
高らかに笑いながら更に力を込める。
その締め上げに呻き声を上げながら震える右手をグリエルの前にかざす。
「大事な上官を貴様なんかにはやらん!」
かざした右手をグリエル目掛けて突きつけた。
グシュッ……
鈍い音と共に血飛沫が飛び散る。
「ぐぁああああ!!!」
悲鳴と共にその腕の力も緩み、ハボックはドサッと地面に落とされた。
グリエルは顔を抑えながらのた打ち回っている。
「何がおきた?ハボック、何をした?」
ヒューズが身を乗り出して状況を確認する。
グリエルの顔から血が流れ出ている。あの鉄火面を貫いて攻撃を仕掛けたのか?
拳銃の弾ですら跳ね返すだろうあの鉄を…?
「成る程…眼…か…」
ブラッドレイがにやりと笑って闘技場を見つめていた。
どんなに身体の筋肉を鍛えても、どんなに急所を鋼鉄で覆っても、ただ一箇所鍛えられない、覆えない所がある。
ほっとするロイの顔をグッと自分に向けさせ、いきなりの事で驚くロイの漆黒の眼を瞼の上からそっとなでた。
「眼…だよ、大佐。あやつは眼を狙ったのだ。眼はどうあがいても鍛える事はできないからな。」
月明かりの下では仮面に眼のフィルターをかける訳にもいかんしな。
「それに気づいて迷わず攻撃を仕掛ける。中々良い忠犬を飼っているのだな。マスタングよ。」
急所や眼を狙う事はフェアプレイを重視する格闘家は無意識にさける。
それをやってのけると言うのは相当場数を踏んでいると言うことだ。
それも命の危険をはらんだ場数を…
「お前の下に着くまでは相当な狂犬だったそうじゃないか。ここまで勝ちあがれると良いがな。」
信じている部下にお前は救われるのか、それとも飼いならされるのか…
これはまた面白くなってきたな…クク…
「そこまで!勝負ありだ!ハボック少尉の勝ちを認める!」
わ〜と再び歓声が上がり、ハボックは腕をさすりながらよろよろとVIP席へと向った。
ブラッドレイの傍まで来ると、無意識に敬礼をしてしまった。
あわててその手を後ろに下げる。
大佐をこんなゲームに巻き込んだやつに敬礼など…
その心の中を見透かした様にブラッドレイは満面の笑みを浮かべハボックの戦いぶりを褒めた。
「中々良い戦いであった。褒めて遣わす。」
「別にあなたを喜ばす為に戦ったわけじゃありませんから。」
全てはこの人を手に入れる為。
「クスクス。その欲望に満ちた眼が素晴らしい。褒美として賞品に触る事を許す。」
ハボックは目を細めてロイを見つめる。
鎖に繋がれたロイは、ハボックに見つめられ羞恥心で頬がほんのり赤く染まっていた。
「ハ…ボック…」
「中々そそる格好ですよ、大佐。触れていいそうですが、何処に触れて欲しいですか?」
ゆっくり近づきてロイの傍らに膝を折る。
震える唇に指をそっとあてがい、少しだけ開かせる。
中から覗く赤い舌が、ハボックの身体の中を熱くさせていた。
その舌を奪い取るように唇を重ねていく。
すっと右手をロイ自身に伸ばしたその時!
「ぐぉぉ!!!それは俺の獲物だ!俺はまだ負けちゃいない!!」
グリエルが眼から血を噴出しながらブラッドレイの元へとやってきた。
眼が見えないのであたりの人やSP、柱などを投げ飛ばしながら…
「ちっ、何てやつだ。相当あんたに思い入れがある奴なんですね。大佐。」
一体どのくらいあちこちで色香を振りまいてたんですか?
鼻で笑いながら拳銃をグリエルに向けた。
難しいかもしれないけど、眼の穴に撃ち込めば…
「やれやれ。ここまで欲望が強い奴も珍しい。惜しい男だな。」
すっとブラッドレイが立ち上がり、腰のサーベルを手に取った。
「どけぇぇ!!大佐は俺のものだ〜〜」
「愚か者め。大佐は誰の物でもない。」
バシュッ!!と音が辺りに響き、血飛沫が飛び散った。
一瞬何が起きたのか判らない程、その動きは素早くて…
切られたグリエルでさえ判らなかっただろう。
「マスタングは勝者の物だ。既に敗者である貴様の物ではない。」
「いや、既に死者…と言い換えようか。」
クスクス笑いながらサーベルの血を払い落とし、鞘に収めた。
ピクリとも動かないグリエルを後に、VIP席へと再び腰を下ろした。
その表紙にグリエルのゴトリと首が落ち、その大きな身体も動きを失いその場に倒れる。
拳銃さえも気かなかったグリエルの身体を一刀両断で切り落としてしまう。
その剣捌きに全身の血が凍っていく。
あんたがこの戦いに参加していたらダントツで優勝だろうな…
ふっと笑ってはボックが立ち上がった。
「おや?もう触れなくて良いのか?」
「そんなモン見せられたら興醒めしちゃいましたよ。ま、次に勝ってこの続きをさせて貰います。」
ロイのほうをチラッと見て、ウィンクを投げた。
「白い肌に赤い血…似合いますよ、大佐。」
グリエルの返り血がロイにもかかり、その肌に赤い点を付けていた。
それが更なる欲情を注ぐのをロイはわかっているのだろうか。
これからの戦いは更なる欲に塗れた輩との試合。
勝ちますよ。何が何でも勝ってみせる。
あんたは俺の物になるんだから…
ハボックはブラッドレイに一礼してVIP席を後にした。
グリエルの死体も片付けられ、再び興奮の眼がブラッドレイの箱に集中した。
「次の試合の対戦者は、まずは…ヒューズ。」
やっと俺の番か。さっさと終わらせてロイを救出しなきゃな。
「その相手は…エドワード!」
ブラッドレイの言葉に一瞬ヒューズがその表情を強張らせた。
エド…?鋼と対戦?
控え室にいたエドはその声を聞き、にやりと笑っていた。
ふーん…早々に中佐と対戦か。こりゃぁいいや。
ゆっくりと立ち上がりその会場に向っていく。
親友と恋人との戦い。
ブラッドレイは黒い笑みを浮かべ、ロイは悲痛な表情を浮かべている。
死のゲームはまだまだ終わらないようだ…
To be continues.