光と闇と 10
夜も更け、辺りは暗闇に包まれていた。
「アクナディン様はまだお帰りにならないのですか?」
「そのようですな。」
そっけない召使長の言葉に、セトは少しうな垂れる。
…明日…王宮に連れて言ってくれると約束したのに…
何かあったのか…
そう思っても誰も教えてくれる者はいない。
アクナディンがセトを連れ帰り、世話をして1週間。
由緒正しい家柄で、貴族でもあるアクナディンが娼婦まがいの少年を連れ帰ってきた。
そしてまるで自分の子供の様に接し、世話をしている。
召使達もアクナディンがそういう態度でいる以上、セトを主人として扱わなくてはならない。
貴族に仕えている、そういうプライドがセトに仕える事への嫌悪感を表していた。
「成る程…神官学校に入れば、スラムにいる時よりも大変な目に合うってこの事か。」
スラムの住人は皆何かしら影を背負っていた。
だから仲間になれば、その結束は高い。それがどんな人間でも。
「偉くなればなるほど、差別意識が強くなる。」
見た目は何ら変わらないのに…
ただ貴族の出ではない、と言うだけで、俺は召使にも蔑まれる。
少し苦笑気味に笑うと、セトは自室に入り窓から王宮を眺めた。
「力が欲しい…何者にも負けない力が欲しい。」
自分を蔑んだ者全てが平伏すような力が欲しい。
その為にはまず王宮に行かなくては。
「王宮は…こんな夜でも明かりが灯っているのか…」
眠らない城…権力の象徴。
そこに住まうファラオや王子はどんな人なんだろう。
その頃、王宮ではマハードの千年リング所持への儀式が急ピッチで進められていた。
神殿の清なる泉で身を清め、神への祈りを捧げる。
新たに繕われた神官服に袖を通し、他の神官達が髪の毛一本一本にまで祈りを込める。
眼を閉じ祈りを捧げているマハードに、アクナディンとシモンはずっと傍に着いていた。
「…力の暴走はなさそうですな。」
「それよりも…なんと言う落ち着いた表情だ。」
あれが昨日まで意思のない人形同然の者だったのか…
感心して見つめていると、神官団の一人がアクナディンの前に跪いた。
「準備は整いました。後は夜を徹し、祈りを捧げ、身を清めるだけ…」
「判った。マハードをこれへ…」
手を添えられながらアクナディンの前に連れて繰られたマハード。
その姿は先程とはまるで違い、美しい絹の衣服に身を包み、そこには光り輝く黄金を身に着けていた。
「少し…黄金の量が多くはありませぬか?」
「致し方あるまい。それ程マハードの魔力は強い。」
苦笑交じりでマハードの頭に飾られた金の髪飾りを見つめる。
黄金は位を表す装飾品の意味の他に、魔力を封じる魔除けとしても用いられていた。
マハードの魔力の強さに比例して、身につける黄金の量は多くなる。
だがその輝きさえ鈍るほど、マハードのその姿は美しく、凛々しいものだった。
「マハード…心構えは良いな。」
「はい。神に仕える者としてこの身を太陽神ラーに捧げます。」
「では、神への祈りを捧げよ。夜を越え、新しい太陽の光がそなたを照らすまで。」
マハードは一歩前に出て、神殿の奥にある祭壇の前に跪いた。
そして眼を閉じ、両手を胸に神への祈りを唱え始める。
「後はそれを我らが見届ければよい。」
「滞りなく終わりそうじゃな…これで一安心…」
そう言い終わる前に、神殿の入り口の辺りでざわめきが聞こえ出した。
いけません…駄目です…そう言う言葉が辺りに響きわたる。
「何事だ!神聖なる儀式の最中だぞ!」
「し、しかしアクナディン様…」
うろたえながら駆けつけた神官が、震える指で侵入者を指差した。
「なっ…!!」
神殿の入り口から颯爽と現れ、居並ぶ神官を振り払い真っ直ぐマハードの居る祭壇へと向かってくる人物。
「アテム…様…?」
「アテム様!お控えなされ!今は聖なる儀式の…」
シモンが最後まで言う前に、アテムは無言で二人を振り払い、マハードのすぐ後ろで足を止めた。
背後の気配に驚き、祈りを止め立ち上がるマハード。
「アテム…様…」
声を掛けるが、アテムは無言のまま、マハードの方に手を触れた。
黄金の髪飾り、真新しい神官服に身を包む。
その身体の線を確かめる様に、アテムは手を動かしていった。
マハードはどうしていいのか判らず、アクナディンとシモンに目配せしながら、戸惑いの表情でアテムを見つめていた。
「アテム様!お手を離されよ!いかに王族とはいえ神聖なる儀式に侵入するとは許される行為ではありませぬぞ!」
「さよう!今は神官になるべく大事な祈りの儀式の最中。これは神への祈りなのです。」
二人の言葉に全く動じず、アテムは右手をマハードの頬にそっと添える。
ビリッ!!!
突然アテムはマハードの神官服を胸元から破り、胸に飾られていた黄金を取り払ってしまった。
「アテム様!」「王子!一体何を!」
神官達がざわめき、止めさせようとアテムたちに近づいてきた。
だがアテムはマハードを背中から抱きしめ、腕を取り、右手を破れた服の中へと滑り込ませた。
「あっあ…」
「アテム様!何を!」
シモンが叫び、アクナディンが腕を差し出そうとした時…
「下がれ…」
ただ一言、アテムは言葉を発し、そのままマハードの首筋に唇を落としていった。
その言葉にシモンもアクナディンも動きを封じられたかのように、その場に立ち尽くしてしまった。
「あっアテム様…いけま…せん…」
胸を弄られ、首筋に紅い跡をドンドン付けられて、マハードは息も絶え絶えになっていく。
僅かに残った理性で、アテムの行動を制そうと試みる。
だが肌蹴た胸の突起をきゅっとつままれると、抵抗する力も失われ、覚えたばかりの快楽がマハードの身体を支配していった。
「うっあ…アテム様…」
「いい子だ、マハード。そのまま…」
俺に身を委ねよ…
周りの視線も気にせずに、アテムはマハードの服を破り捨てていく。
真新しい神官服は既に形を成さず、マハードの足元にはらりと落ちていった。
半裸状態になったマハードの前を、アテムは優しく右手で包み込んだ。
「ああ!!いっあ…」
「お止めください!アテム様!ここを何処だと!」
シモンが駆け寄り、アテムの奇行を止めようと手を伸ばす。
だがアテムがマハード自身をぎゅっと掴み上げると、マハードの表情が一気に苦悩のものへと変わる。
甘い喘ぎ声が小さい悲鳴に変わった時、シモンはその手を伸ばす事を止めた。
王子は…本気なのか…
本気でこの場でマハードを抱くおつもりか…
邪魔をすれば…今すぐここでマハードを殺し、自分も命を絶つと…
「それでよい、シモン。」
右手の動きを愛撫のそれに再開させ、マハードの声もまた甘いものへと変わっていく。
マハードはもう抵抗など全くせず、アテムの手の動きに息をあわせて素直に快楽を受け入れていった。
アテムの手の動きは巧みで、マハード自身は既に固く反り返り、トロトロと先走りが流れ出ている。
アテムはマハードの顎をくいっと上げ、甘い声を上げ続けるその唇に己のそれをそっと重ねた。
触れるだけのキスだったが、マハードがそれを許さず、細く長い腕がアテムの首を引き寄せその歯列を割る。
アテムは苦笑交じりでその求めに応じ、舌を絡めながら互いの吐息を分かち合った。
シモンとアクナディンは冷静に見ていたが、若い神官たちには刺激が強すぎるのか。
数人の神官が前かがみになり、恥ずかしげにその場にしゃがむ者もいた。
アテムは祭壇に腰掛け、マハードを引き寄せる。
そして自分の膝の上に抱き寄せ、両足を開きその中心を皆に見せ付けた。
大きく脈を打ち、先端からはトロトロと先走りの駅が流れ落ち、床にぽたりと落ちていく。
アテムが指でなぞれば、マハードが身体を反らして甘美な声を響き渡す。
神官たちの喉がゴクリとなった時、アテムは白く汚れ始めた指を舐め、神官達を見回した。
「視姦が好みならこの場に残っても構わぬぞ。」
そう笑いながら、アテムは右手をマハードの後孔にまわし、既に濡れているそこを丹念に解し始めた。
「いぁああ!」
「指だけでは足りないか?もう少し待て。今もっと気持ちよくしてやる。」
祭壇の上に置かれていた神への供物をなぎ払い、アテムはマハードをそこに寝かせ、ぐっと両足を開かせる。
流石にまずいと思ったのか、シモンがとっさに声を上げた。
「王子!いい加減になされ!こんな所でそのような愚行!神への冒涜も甚だしい…」
だが最後まで言う前に、アクナディンに口を押さえられ、言葉を発する事は出来なかった。
「アクナディン様!一体何を!何故止めさせないのです?」
「シモン…ここは王子の思し召すがままに致そう。我らは立ち去るのみ。」
アクナディンは黙って周りの神官たちを下がらせ、シモンも扉の向こうへと追いやってしまった。
「王子、この神殿に最初に射す朝日に、必ずマハードを浴びせさすように。」
「それが最後の神官となる為の最後の儀式。お忘れ無き様。」
少し驚いた表情のアテムに軽く一礼すると、アクナディンは神殿の大きな扉をゆっくりと閉める。
ガタンと大きな音がした後、神殿内は静寂の空気に包まれた。
いや、マハードの甘い吐息だけが響いている。
「アテム様…」
「マハード。すまない。俺は…」
今までの行為を恥じるように、アテムは少し俯きながら下に組み敷いているマハードを見つめていた。
マハードは戸惑いながらも、アテムの髪に手を添える。
「アテム様は私に我慢するようお教えくださいました。今がその時では?」
潤んだ瞳でそう言われ、アテムは少し苦笑しながらマハードの頬を優しく撫でる。
「確かにな。だが今、お前は我慢できるか?」
囁くように語りかけ、マハードの額にキスを落とす。
マハードはそっと眼を閉じ、そして最高の笑顔で微笑みながらアテムの首に腕を回した。
「いいえ…我慢できません。我慢しなければいけませんか?」
「するな。いや、する必要はない。お前は神官になり神にその身を捧げる。」
「ではその神の子でもあるファラオの一族の俺にも身を捧げよ。」
水浴びでひんやりしているマハードの内股に腕を這わせ、中心で熱く脈打っているマハード自身を握り締める。
先走りを指で絡め取り、後孔に滑り込むように挿入させる。
ビクッと身体が震えるが、恐れの震えではない。快楽への期待の震えだ。
アテムは身体を起こし、腰布をはらりと床に落とす。
その中心には、既に形を成しているアテム自身がマハードの中に入りたくて、ぴくぴくと震えていた。
アテム様…私はこの命の全てを持ってあなたに捧げます。
両足を絡めるようにアテムを招き入れると、アテムはマハードの中へと突き進んでいく。
静寂なはずの神殿内に、歓喜に似た喘ぎ声がこだまする。
身体が擦れ合う音は神を称える崇高なる音楽のようだ。
マハードは時を惜しむかの様に激しく求め、アテムもそれに応じていく。
夜が明け、最初の光が神殿を射した時、マハードは千年リングの所持者として俺の腕の中から離れていく。
だから今、この一時だけ…全てを忘れて愛し合おう。
「マハード…愛してるよ…」
「アテム様…私も…」
人を愛すると言う事はこういう事ですか…
全てを投げ打ってでも愛する人の為に尽くす、これが…愛すると言う事なのですね。
マハードの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。
アテムはそれをそっと唇で拭う。
何度となく頂点に達し、互いの思いを注ぎあう。
明かりの消えた神殿を、シモンとアクナディンは遠くから見つめていた。
「アクナディン様…何故王子の愚行を止めなんだ。」
「シモン。私は馬に蹴られたくないのでな。」
は?と言う顔で首を傾げるシモンに、アクナディンは悪戯っ子の様に微笑んだ。
呪われた運命の王子、アテム。
それを変えるかもしれない光と闇の星。
マハードがそうなら、王子が望む様に傍に置いてあげたいのが心情。
だが運命はそうはさせてはくれないようだ。
「ならばせめて最後の瞬間まで共に過ごさせてやりたいとは思わぬか?シモン。」
「…神聖なる儀式の最中ですぞ?」
「別に、儀式をすべてやらなければ神官になれないわけではない。あれは神官になる者の心構えを付けさせる為だ。」
「どうあがいてもマハードは千年リングの所持者になるのだ。」
常に魔力で抑え、緊張を強いられ、感情を抑えなければならない千年リングの所持者に。
一年間結界の部屋で過ごす。出て来た時、マハードの人格はどうなってるか。
聖人の様に悟りを開くか、狂人の様に怨念に取り付かれるか。
少なくても今のマハードの様に純粋に王子を受け入れる事は出来なくなるだろう…
だがそれも運命の内…
定められた星の動き…
それをアテム様とマハードは変える事が出来るだろうか。
空がほんのり白いできた頃、いつの間にか眠っていたアテムは、ふと眼を開け隣に居るマハードに腕を伸ばした。
だが触れるのは冷たい大理石。そこにマハードの姿はない。
「マハード…?」
辺りを見回すと、窓の傍に人影が揺らいでいた。
「マ…」
声を掛けようとした時、朝日がサァッと神殿内に降り注いだ。
窓から差し込む朝日に、マハードは全身で浴び、そしてゆっくりとアテムの居る方へ振り向いた。
一糸纏わぬ姿で聖なる朝日を浴び、その光がマハードの背後から神殿を照らす。
光と影によりマハードと身体の輪郭が浮かび、それはこの世とも思えない幻想的な雰囲気をかもし出していた。
「マハード…」
「…これで…最後の儀式を終えました。これより私は神官として、神に身を捧げます。」
静かにアテムの傍へと近寄り、そしてすっと足元に跪く。
さらりと流れるブラウンの髪に、聖なる朝日が降り注ぐ。
その肩に手を触れようとした時、神殿の扉が重い音を立てながら開かれた。
「マハード様。すぐにお仕度を。禊を済ませ、神官服袖をお通し下さいませ。」
神官達が数人入り、マハードを取り囲むように立つ。
アテムとマハードの間に神官たちは割って入り、引き離す様にマハードを連れて行く。
アテムは何も言葉に出せず、神殿の扉の向こうに姿が消えていくまで、アテムは身動きできずに見続けた。
富と権力、そして神の子と称され敬われる。
だがそれが何だ!マハード一人救う事が出来ない。
こんな力が何になる…俺は誰ひとり救う事が出来ない…
アテムは失意の中、神殿を後にし、そしてマハードの千年リング所持の儀式にも顔を見せる事はなかった。
To be continues.
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