光と闇と   11                   


明け方近く、アクナディンが屋敷に帰り、仮眠を取ろうと自分の寝所に向かっていた。

前方から一つの影がゆらりと揺れ、目の前で小さくなる。



「セトか…?
「はい。お帰りなさいませ、アクナディン様。」

跪き出迎えたセトに、アクナディンは優しく手を添え立ち上がらせた。

「立ちなさい、セト。お前は私の後継者となるもの。無闇に膝を折るものではない。」
「は、はい、アクナディン様…」
「今まで起きていたのか?」
「…アクナディン様が帰るまでは起きていようと思って…」

透き通った眼で見つめかえし、アクナディンはこの少年の心の純粋さに感嘆する。

スラムで育とうが、売春婦まがいな事をしようが、心の純粋さは失われない。
この者はわが国の未来を背負って行くやも知れぬ…


「セト…明日…といってももう今日だな。一緒に王宮へ行くか?」
「!?宜しいのですか?お疲れなのでは…」
「構わん。明日の儀式は是非ともお前には見せておきたいのだ。」

たちまち眼が輝きだし笑顔で頷くセトに、アクナディンは心から愛しく思った。




夜が明け…神殿ではアテムとマハードが儀式の為に引き離され…


そして太陽も空高く昇った時、マハードの千年アイテム所持の儀式が始まった。



「アテムはどうした…」
「まだこちらには…」

ファラオは小さくため息をつくと、すっと立ち上がり右手を掲げた。

「儀式を開始せよ。千年リングをここへ。」

結界に囲まれ今は静かにその輝きをかもし出しているリングが、王の前に差し出された。


「マハードをこれへ。」
シモンの呼びかけに、神官達がさぁっと道を開ける。

宮殿の奥から、真新しい神官服に身を包み、黄金に飾られたマハードが神官長でもある父親の後に続き王の間に現れた。

一歩一歩前に進む度に、シャラリと黄金が鳴り、ブラウンの髪が絹の様になびいていく。
昨日まで人形の様に表情のなかった少年は、まるで何かを悟った様に美しく微笑んでいた。


その微笑にすべての人の目が釘付けになっていく。
セトもまたその内の一人だった。


「六神官任命の儀式を見れるなんて…」
セトはその興奮で胸がどきどきしていた。

中央で君臨しているのがファラオ。
その雄雄しい姿は想像通りだ。

その脇に…あれは宰相様かな…
アクナディン様の周りにいるのが他の六神官の方々…


これが…力の最高潮の空間なんだ…


宮殿中に漂う威圧感に、セトは圧倒されていた。


「マハード…決心は着いたか…」
ファラオの静かな問いに、マハードはゆっくり顔を上げ、そして深く大きく頷いた。

「この身を神に捧げ、未来永劫王家をお守り致します。」
「宜しい。ではマハード、お前を千年リングの所持者として認めよう。」

ファラオは玉座から立ち上がり、シモンと共にマハードの前まで近寄った。
そしてシモンから千年リングを受け取ると、マハードの正面に向かい合う。


「許せ…マハード…王子を頼む。」
「はい…ファラオ…この命に代えてお守り致します。」

静かにリングをマハードの首にかけ、その額に右手をかざす。
千年リングは何事もなく、沈黙を保っていた。


「まずは…安心ですな。千年リングはマハードを所持者として認めたようだ。」
「と、言うより、マハードの魔力の力が、リングの邪念を抑えている様にも見えます。」
千年錠を所持するシャダが、マハードのその姿を凝視する。


なんと強大な力…
あの邪悪なリングの念を抑えている…
だがそれはまだ不安定なもの。いつバランスが崩れ、マハードはおろか、この国全体が邪念に犯されるやも知れない。

結界の部屋で修行をしたいと言ったマハードの気持ちがわかる様な気がする。
感情を抑え、精神を磨き、力をコントロールできなければ、この所持は務まらないだろう。

万が一邪念が放たれたら、それはまず王家に災いを起こすだろう。

「儀式は終了じゃ。これよりマハードを結界の部屋へ。」
ファラオが高らかに儀式の終了を宣言し、マハードは正式に千年リングの所持者となった。

アクナディンとシモンがマハードの傍に近寄り、その肩に手を書けた。

「さ、立たれよ…」
「はい…」
ゆっくりと立ち上がるその仕草に、誰もが息を呑む。

セトも皆と同じ様にその美しさに思わず唾を飲み込んでいた。

気品と…美しさを持ち合わせ…千年アイテムを所持する力も持つこの若者。
俺が目指すのはこれなんだ!

六神官の一人になって権力と魔力を手に入れる!
誰にも負けない力を…

誰にも頼らなくてもいい力を。

神官学校に入って一生懸命勉強して。
魂と気力を磨き、精霊を手に入れ、必ず千年アイテムを所持出来る力を得て見せる!




結界の部屋へと続く行列に、セトは遠くから見守っている。
アクナディンが世話をしているとはいえ、まだ身分の低いセトは最前列に加わる事は出来ない。
だがもっと近くで見たいという好奇心から、セトは列を離れ素早く植え込みに身を隠し、結界の部屋のすぐ傍まで忍び込んていた。

スラムで過ごした時に身に着けた生きていく為の技がここで役に立とうとはな。

植え込みからそっと覗くと、今まさにマハードが部屋に入る瞬間だった。


「では…ファラオ…」
「マハード。頼むぞ…」

優雅に微笑み、軽く一礼し、マハードは部屋の奥へと消えていく。

奥の扉が閉じられ、そして表側の大きな扉が厳重に閉じられる。
二重構造のこの部屋は天井の小さな空気穴を除けば、外界から完全に遮断される。
壁は3倍に厚く、侵入を防ぐ為に天井は高くされ、空気穴から声が届く事はない。

マハードは押しつぶされそうな邪念と共に、孤独な世界で長い時間をすごさなければならないのだ。


「すべての儀式は終了だ。神官達はマハードの為に毎日神に祈りを捧げるのじゃ!」
「はっ!ファラオの仰せのままに。」
ガン、と勺を床に打ち付け、儀式の終了を宣言する。
ファラオは玉座のある大広間へと戻り、人々も結界の部屋から立ち去っていった。

そして静寂が戻った時、セトはその興奮が冷めず、誰も居ないのを確かめ結界の部屋の扉の前に立っていた。
この扉の先に、自分が理想と思う力を持つ者がいる…

震えながら手を伸ばし扉に触れようとした時、背後から大きな怒号がセトに突き刺さった。


「誰だ!そこは結界の部屋だぞ!」
ビクンと身体が震え、振り返るとそこに兵士が二人立っていた。

剣に手をかけ、セトの前に振りかざす。
もう一人がセトの腕を取り、背後に回して地面に押し付けた。

「いっ、待って下さい!俺…私は何も…」
「ここは結界の部屋。何人たりとも近寄る事は許されぬ!」
「それにお前は何だ!?王宮では見かけん顔だ。」

ぎりぎりと締め上げられる腕に、セトは顔をしかめながらも口を開く。
「わ、私はアクナディン様の元で神官見習いをしている者で…」
「アクナディン様の元だと?そんな奴が何故こんな所にいるのだ!」
「嘘をついても駄目だ!警備の目を盗んで潜り込んだ盗賊か!」
「違います!アクナディン様にお目通りを!そうすれば誤解が…」
「愚か者が!こんな餓鬼が六神官様の傍に近づく事が出来るとでも思っているのか!」

兵士は容赦なくセトを締め上げ、その痛みでセトは気が遠くなりそうだった。
だが必死で耐え、アクナディン様に会わせて欲しいと訴える。
兵士はそれも聞き入れず、セトを引き上げ立たせ、警備主任の元へと連行しようと歩き出した。



「待て…」



結界の部屋の脇から、一人の少年が姿を現した。


その姿を見た瞬間、兵士は硬直し、地面にひれ伏した。

セトは何が何だか判らない顔でぼぉっと立っている。

「馬鹿!さっさと跪かんか!」
セトの腕を引っ張り、自分達と同じ様に跪かせる。
だがセトは兵士達の様に地面にひれ伏す事はせず、立ち膝でその少年を迎え入れた。

すぐ近くまで来た時、兵士達は平伏しながら後ずさりする。
だがセトは少年から眼を離さず、その瞳を見つめ続けていた。

アテムはその姿に苦笑しながら、震えている兵士に声をかけた。

「これは…?」
「はっ、恐らく盗賊の一味かと。今警備主任の元に連れて行くところでございます!」
「違う!私はアクナディン様の元で神官見習いとして勉強させて頂いている者だ!盗賊ではない!」
「盗賊ではないのなら、何故我にひれ伏さぬ。」

教養のない者だからこそ、そうやって立ち膝で我を迎えたのだろう?

蔑むような口調に、セトはむっとしながらも強い瞳で見つめ返した。

「アクナディン様から無闇に膝を折るなと教えられましたから。」
あなたが誰だか知らない以上、アクナディン様の教えに従う。
恐らくは貴族の一人だろう。それもかなり高い身分。

だが頭を下げる価値のない奴に俺は決して屈しはしない。
その力を誇示し、それ以下の人を蔑む最悪な人間。貴族。

睨み付ける様な瞳で見つめているセトに、アテムは無表情で近づいた。



「跪け。我が名はアテム。このエジプトの偉大なるファラオの血を引く者だ。」


セトの真上から見下ろすその瞳は、昨日までのマハードに見せた慈愛に満ちた眼とはまるで違っていた。


「ファラオ…の血を引く…者…?」
セトは思いがけないその言葉に頭の中が整理できず、驚愕の瞳でそのまま見つめ続ける。
アテムはそんなセトに頭にそっと手を置き、ブラウンの髪に指を絡ませる。


「跪き方が判らないのなら教えてやろう。」
そう言うと、一気に後頭部を押さえ、セトの身体を強引に地面に押し付けた。

「うっ!!」
いきなり地面に叩きつけられ、セトは苦しそうに呻き声を上げながらもその反抗的な眼は変わらない。
こいつ!何を…

アテムはセトの脇に膝を付き、セトの髪を掴んで自分の目線に引き上げた。


「理解出来ないのか?俺はこの国の王子だ。アクナディンなどと一緒にするな。」

王子…!?これがあの偉大なファラオの一人息子…!?
アクナディン様がいつも褒め称えていたアテム王子…!?

「どうだ?跪く気になったか。」
馬鹿にした様に笑うアテムに、セトはアテムの手を払い落とし、立ち膝も止めてすっと立ち上がった。


「こら!王子の御前だぞ!跪かんか!」
兵士達があわてて大声で諭すが、セトは跪く事無く、逆に立ち膝状態のアテムを上から見下ろしていた。


「あなたがあのアテム王子とは。」
「やっと理解したか。だが何故立つ?王族にはひれ伏して対応するのが作法だぞ?」
「御父上のファラオだったら私は喜んでひれ伏すだろう。だがあなたには私がひれ伏すその価値はない。」
身分ではなく、心から尊敬し崇拝できる者にしか、私はひれ伏したりはしない。


「アクナディンの教えか?」
「私の信念だ。アクナディン様とは関係ない。」

強い瞳の輝きはアテムの病んだ心を突き刺していく。

アテムは静かに立ち上がり、セトの前に立ちはだかる。
セトも視線をそらす事無く、まっすぐにアテムを見つめ続けた。


マハード…俺がこんな事をしたら、お前は結界の部屋から出てきて止めるだろうか…
修行を止め、俺の行動を諌めるだろうか。

俺の為に…出て来てくれるだろうか…


「下がれ…」
「はっ?」
「そこのお前達、下がれと命じているのだ。」
「はっ、はは!!!」

アテムのただならぬ口調に、兵士達は恐れおののき、転がるようにこの場を去っていく。
残されたのはセトと…無表情のアテムの二人だけ。


「何故この結界の部屋の前に居た…」
「…アクナディン様が私に王宮でファラオに御目通りさせて頂けると。」
「答えになってないぞ。」
「…千年アイテムの所持の儀式を見させて貰った。その感動が覚めずここまで…」
「私が…望む力を持つあの人を最後まで見たくて…」

強大な魔力。それを事も無げに押さえられるその腕。
千年アイテムを与えられ、六神官の一人と言う権力も手に入れた。

「いつか…私もあの様な神官になる。いや、なってみせる!」
千年アイテムを所持できる程の魔力を身に着け、このエジプトの為に尽くす!


眼を輝かせながら話すセトに、アテムは嫌悪感を抱いていた。

望む…力…だと?
マハードの様になりたいだと?


「…何も知らないくせに。」
「は?」
「お前は…何も知らない。力がどういうものなのか!」

声を荒げてそう叫ぶと、アテムはセトの首をがしっと掴み、結界の部屋の壁にセトを押し付けた。

「ぐっ、な…にを!」
「力が欲しいのだろう?ならば俺に媚を売ればいい。」
王子の愛人になれば力など思うがままだぞ。

有無を言わさずセトの唇にアテムは吸い付き、その舌を絡め取る。
首の締め付けは緩めず、セトの咥内を存分に犯し始めた。


ガキッ…


ズキンと鈍い痛みが走り、アテムは思わず唇を離す。
つぅっと口端から血が流れ出し、セトが噛み切ったことを諭していた。

「お門違いだ!俺はそんな力など欲してない!」
欲しいのは自分で手に入れる力。努力して、身に着ける純粋な力。
誰にも媚びず、負い目を持たず、自分一人で手に入れる力。


「離せ!性欲を解消したいなら自分一人でやれ!」
俺はそんな人間じゃない!相手は俺が自分で選ぶ。貴様となんて死んでもイヤだ。


「では死ね。」
「何だと!?」
「ここでは俺は絶対だ。神の子の血を引いているのだ。お前如き死んでも誰も咎めたりはしない。」
「いや、咎める事など出来ぬ。我は王の血を引く者。何人たりとも我を裁く事は出来ぬ。」

王の命は絶対。死ねと言われれば自ら剣で胸を付く。
死にたくなければ自ら足を開き、その身を我に捧げよ。

「この王宮はそう言うところなのだ。」

王の力とはそう言うものなのだ。


その力を持ってしてもマハードを救えなかった…



「…名前は…?」
「貴様に名乗る名などない!」
「強情だな。」

アテムは今度は優しくセトに口付けを施した。
だがセトは抵抗はせず、アテムの舌を受け入れた。



こんな所で死ぬわけにはいかない…

いつか…この王子をも凌ぐ力を手に入れてやる!




すべてを理解したセトは、生き残る為にその行為を受け入れざるを得なかった。






To be continues.








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