光と闇と   15                   


アクナディンの屋敷に戻った後も、セトは何も語らずに部屋に閉じこもったままだった。
アクナディンは何も聞かず、セトを見舞う事もしなかった。


夕食の時もアクナディンはアテムとの事は一切触れず、日常のたわいもない話を続けた。
セトはただその話を聞くだけで、喋ろうとはしない。


「セト…明日は学校に行けるか?それとも休むか?」


ふとしたアクナディンの言葉に、セトははっと顔を上げ、大きく首を横に振った。


「いいえ!一日たりとも休んではならないというお約束です!私は行きます!」
「そうか。それは良かった。しっかりと勉強に励みなさい。」
「はい…」





暫くの沈黙が続き、セトは意を決し顔を上げた。

「アクナディン様…アテムは…王子は俺を穢してはいません。」

突然の話に、一瞬驚きはしたが、アクナディンは静かにセトの話に耳を傾けた。

「ふむ…では誰がその身体の痕を付けたのかね?」
「貴族の…数人です。俺が以前スラムで相手をした客の一人でした。」

両手が震え、声も小さくなりながらも、セトは全ての真実を一気に話した。
一人で池のほとりに居た事。数人の貴族に襲われたこと。

怪我をさせてはいけないとただ黙って堪えていた事。

アテムが紫色のマントをかけた事。
神学校での経緯、アクナディンと会う直前のこと…


全ての真実を話し終えた後、セトはアクナディンの顔を見る事が出来ずに俯いたままだった。


「そうか。お前を一人で神学校に行かせた私にも責任がある。すまなかった。」
「いいえ!アクナディン様に非はありません!俺が不注意だっただけです!」

そうだ…俺がもっと気をつけていればこんな事にはならなかった…
この屋敷にだって俺をよく思わない人はいる。
ましてや、城内ともなれば、俺を毛嫌いしたり、アクナディン様を追い落とそうとする輩が
もっと沢山居るのに。

悔しそうに俯くセトに、アクナディンは一つの疑問を投げかけた。


「では、何故アテム様はあんな嘘をついたのか。」


アクナディンの問いに、セトは屈辱を思い出し、手を震わせながら怒りの口調で答えた。

「アテムは!俺を愚弄する為にあんな嘘を!」
「神学校で、教官の前で、級友の前で!皆俺がアテムに穢されたと知って笑っていた!」

身分の差を見せつけ、その地位の高さの上で俺を見下し笑う。
あんな屈辱、俺は忘れはしない!

どんとテーブルを叩き、その怒りを露にする。
だが、アクナディンは優しく微笑み、更に言葉を続けた。

「では何故…貴族に犯された、と本当のことを言わなかったのか?」
「アクナディン様…?」
「愚弄するなら、自らが犯したというより、貴族にやられたと言った方がより屈辱的ではないか?」
「なのに、その愚かな行為を自分がしたように嘘を付くのは何故だ?」

「セトの悪評も勿論広がるが、アテム様の評判も一緒に落ちる。そこまでして何故屈辱を与えねばならぬ?」

答えてみよ、セト。

そう見つめられ、セトは何も言えなくなってしまった。



何故…だ?
何故あいつは俺を犯したなんて嘘をついた…?
アクナディン様の言う通りだ。貴族達にやられたといえばそれで済む事だった。


神官長様にも窘められ、誠意はこもってはいなかったが謝罪までした。

何故…?アクナディン様の前でもあいつはその嘘を貫き通した。


「…判りません…何故…」
「判らぬか。お前はアテム様のどこを見ているのだ?」

隻眼の瞳で見つめられ、セトは思わず下を向いてしまった。
判らない…あいつが何を考えてるのかさっぱり判らない。

「アクナディン様…」
「アテム様は、何も考え無しに行動される方ではない。」
「よく考えよ、セト。学校に遅れた理由は何じゃ?」

「…それは貴族の数人に…」
「それを話して、あの教師の神官が納得すると思うか?」

しばしの沈黙の後、セトは静かに首を振った。
そうだ…正直に話しても決して認めてはくれない。
どんな理由があるにせよ俺の落ち度とされ、きっと学校から追い出されていたに違いない。

スラムの娼婦が神官になることなど、あってはならない。
血筋や身分を重んじるこの世ならばそれは当然の事だ。

拳を握り、体が小刻みに震えだす。
そうか…あいつは俺を…

「気が付いたか。セト。アテム様はお前を守ったのじゃ。」
「……はい…」
「お前が遅れたことの理由で、唯一つ許されるのが、原因がアテム様だということじゃ。」
「王家の者の戯れならば、お前に何の非は無い。」
「ましてや、アテム様直々に『許せ』と仰れば、許さざるを得まい。」


己に罪を被せてまで、お前を守ったのじゃ。


セトの顔はみるみる青ざめていく。
握った拳はやはり震え、もう食事どころではなくなっていた。

「…でも判りません。何故…」
「ん?」
「何故、アテムは俺に対していつもあんな態度を取るんでしょうか。」

スラムの娼婦と見下し、身分の違いを見せ付け支配しようとする。
その言葉や態度に優しさなど含まれている感じは見受けられない。
何故俺にだけ?他の人への対応は全く逆だ。


「どうして…」
「セト、人の行動には必ずその理由がある。」
「お前が神学校で頑張る理由は、力を得たいからだな。」
「はい。」
「力を得たいその理由は、母親を殺した族を捕らえたいからだな。」
「はい。」


「では、アテム様がそのような行動するには、それなりの理由があるはずじゃ。」


理由…?そんなの俺が知るはずないじゃないか。
戸惑うセトに、アクナディンは言葉を続けた。

「お前に対してそのような行動を取るなら、原因はお前にあるはず。」
「思い出せ。初めて会った時お前はどこにいた?何をしていた?何を話した?」

初めて会った…のは、あの結界の部屋だ。
あの時俺はマハード様の儀式を見て感動して…

「…マハード様のようになりたい…そう…言いました。」

強大な力を得て、ファラオを守る六神官の一人となった。
俺もあんな風に魔力を持ち、ファラオの信頼を得て六神官になりたいと…

そう…アテムに話をした…

「そうだ…そしたら突然怒りに満ちて俺を押さえつけました。」
「それ以来、アテムは俺に対しあんな態度を取るように。」

俺が何をした…?何を言った…?
判らない…俺はアテムの事を何一つ判っていない…


判ろうともしなかった。


「アクナディン様…」
「真実はより奥に隠されている場合もある。己が力で見つけてみせよ。」

アクナディンはそれ以上何も語らず、セトも何も聞かなかった。




アテムの事をもっと知りたい。
何故俺に対してだけあのような態度を取るのか理由が知りたい。
何故俺を助けてくれたのかその意思が知りたい。


次の日、セトはアクナディンが用意した屈強な奴隷兵士に守られ神学校へと向かった。
案の定、昨日襲った貴族が待ち伏せてはいたが、傍に侍る兵士に恐れをなし、遠くから見るだけしかなかった。

だがセトが一番会いたい人物が今日は現れない。
いつもなら神学校に入る前から色々絡んできていたのに。


授業を受けている間もセトはアテムの事が気になって仕方が無かった。
終わる頃、またいつもの様に現れるだろうか。
会ったら何て言おう…

まずは礼を述べるべきか?
何故助けたのか聞いていいものなのか。


学校が終わった後もアテムが現れる気配は無い。



「今日はどうしたんだろう…」
すでに誰もいない神殿の入り口でポツリと呟き、その石段の上に座り込む。
何故なんだろう。気にし出したらこんなにも会いたいと思うなんて。




「アテム様をお待ちか?」



ふと声をかけられ、セトは慌てて振り向くとそこにはマハードの父、神官長が立っていた。


「あ、いえ…待っている訳ではありません…が…」

神官長はアテムが俺を穢したと思っている。
俺が会いたいって言ったら何かばつが悪い感じがするじゃないか。


もぞもぞとどもっていると、神官長は優しく微笑みセトの隣にすっと腰掛けた。
遠くに見える宮殿を見ながら、神官長は話を続けた。


「アテム様は体調を崩され床に臥せっておいでだ。」
「アテムが!?」
「昨日よほどの緊張と挫折を味わったようだ。心身症弱になり、食事もろくに取られていないと伝えられた。」

ファラオから、王子の為に祈ってやってくれと命を受けたところなのだよ。


アテムの病気は全て自分のせいだとセトはすぐに察していた。


どうしよう…何て言っていいんだろう…
アテムは俺を穢してなんていない。むしろ助けてくれたのに…


「神官長様…アテムは俺を…」
「判っている。アテム様はそんな事をされるお方ではない。」
「では何故昨日!!」
「それでお前を守っている事を判っていたからだよ。」


神官長様は何もかもお見通しなのだ。
だからあえて何も言わなかったんだ。アクナディン様のように…


「私は…アテム様が判りません。」
「崇拝に値すべきファラオなのか。ただの堕落した貴族の一人なのか。」
「なぜ私にだけ敵意を見せ、冷たい態度を取るのか…」

マハード様のようになりたい、そう言っただけなのに。

セトはふと思い出し、神官長のほうを振り向いた。

「神官長様は…マハード様の父君でいらっしゃいましたね…」
「うむ。マハードは我が息子だが。」
「では、教えて頂けませんか。マハード様の事。」


「マハードの事を…?何故…?」

困惑した表情でセトを見詰める神官長に、セトは少し戸惑いながらも話を続けた。

「私は…マハード様のようになりたいのです。」
強大な魔力でファラオを守るべく六神官の一人。
その力を得たいと心より願った。
そしてその力を得ようと今必死に学んでいる。

「魔力を身に付け、自分の精霊を持ち、ファラオの御為にその身を捧げる。」
「力を持ち、その力で苦しむ民を救いたいのです。」

初めて見た神官の任命の儀式。
強大な力を意味する千年アイテム。それを所持する六神官。

いつか…自分もその神具を身につけられたら…
六神官まで上り詰めたら…俺の願いは達成できるかもしれない。

「マハード様の魔力は強大なものと感じました。私もあんな力を得たいのです。」

セトがマハードや六神官の事を目を輝かせて語るのに対し、
神官長は表情を変えずに静かにセトの話を聴いていた。

なるほど…アテム様がこの子を敵視してしまうのも無理はないな。


「セト…マハードの事を知りたいと申したな。」
「はい!マハード様はどうやってあのような力を得たのですか!?」
どんな修行をしたのか。どんな勉強をしたのか。


「マハードは…生まれながらにして国をも滅ぼす魔力を持っていたのだよ。」


静かに語る神官長の言葉に、セトは何と返していいのか一瞬判らなくなってしまった。


生まれ…ながらに…?


「生まれてすぐ、その魔力により己の母を殺し、傍にいた女官を殺し、そしてその力は国をも滅ぼさんとした。」
「このままでは国全体がその魔力に犯され、魔物に支配されてしまう。」


何より、マハード自信が己の力に食い尽くされ、魔物と化してしまうだろう。

「故に…10年間結界の部屋に閉じ込め、その感情全てを取り払ったのだ。」
感情が魔力の強弱を左右する。ならばその感情を持たなければコントロールは可能だと。


「感情…を…?」
「そうだ。笑う事も泣く事も怒る事も知らず。ただ命令に従って動く人形と化したのだ。」

さすれば…命は永らえる。
感情の無い人形となっても、生きてさえいればそれでいい。

ファラオも、六神官もすべての人がそれでいいと感じていた。
感情を無くす事で国が守られるなら致し方ない事だと。

「だがアテム様だけは違っていた。」
「5年かけて…マハードから感情を取り戻し、人形から人へと戻してくださった。」
「マハードは人形ではない。人なのだと。」

無機質な表情から笑顔を見れた時、私は年甲斐も無く泣いてしまいそうになった。

「アテム様とマハードは強い絆で結ばれ、マハードは生涯そのお傍に使えるはずだったのだ。」


だが…千年リングの所持者の死により、それは引き裂かれる運命になる。


「邪念に満ちた千年リングを押さえる強力な魔力を持ったものはそういない。」
「放って置けば王家に災いを起こし、国が滅ぶ。」

人として自分の意思を取り戻したマハードは、その意思により千年リング所持者となる事を選んだ。
王の命ではなく…愛する者を守るために。

「それは危険な事でもある。マハードは神官としての修行をしてはおらぬ。」
「ただ魔力が強いと言うだけで、下手をすれば千年リングの邪念に取り込まれてしまうかもしれない。」
それでも、アテム様を守れるのは自分だけど悟り、その任を承諾した。
一年…あの部屋で邪念と共に過ごしそれを抑える力を己のものにする為に。

「アテム様は…マハードを守りたかった。そんな危険な任になど就けさせたくなかった。」
「何より、神官となれば常に傍に仕える事は叶わぬ。神にその身を捧げ、王家の為に、国の為にその力を発揮する。」

そう…アテム様は王子と言う立場が故に、マハードの神官就任に異議を唱えることが出来なかった。

強大な力を持ってしまった為に愛する者の傍にいる事すら叶わない。
強大な力を持っていても愛する者を守る事すらできない。

「マハードの神官就任の儀式の日は、アテム様にとっては絶望の日でもあったのだよ。」


全てを話し終えた神官長に、セトは何を言っていいのか言葉が見つからなかった。
体が震え、何かを話そうにも声がでなかった。

「セト…?」
「…それが真実なら…私は何と言うことを。」

絶望に打ちひしがれてるあいつの前で、マハード様のようになりたいなど…





アテムに会いたい…

会って…話をしたい。
昨日の事、礼を言わねばならない。
あの日の事を詫びねばならない。
だが、今の俺の身分じゃ王族の寝所になど行ける訳が無い。


「アテムに…会いたい…どうすれば会えるでしょう…」
「今は待つが良い。いずれ…また会える。」
「今すぐ!今すぐ会いたい。アテムの病は私のせいでもあります。」

自分が行けば少しは元気を取り戻してくれるかもしれない。
神官長は優しく微笑み、大きな手の平でセトの柔らかい髪をそっと撫でた。

「そなたの身分では寝所に行くのは無理だ。だが、一つだけ、アテム様に会える場所がある。」
「そこは!何処です!神官長様!」


「マハードの結界の部屋だ。毎日あそこにアテム様は必ず訪れ、祈りを捧げている。」
病で動けなくても、恐らく這ってでもアテム様はあの部屋に行くであろう。

「そこで待てばきっと会えるだろう。その部屋までは私が連れて行こう。」
「ありがとうございます!神官長様!」



セトを護衛していた兵士を宮殿入り口で残し、セトは神官長に連れられ
宮殿の奥深く、マハードのいる結界の部屋の前に辿り着いた。
そこの周りは誰一人として姿は無く静まり返り、小鳥のさえずりすら聞こえない。
マハードの魔力と、千年リングの邪念が結界の周りで交差し、僅かな均等が
一応の平穏を保っていた。

少しでもそのバランスが崩れれば、たちまち邪念が増大し、マハードは闇に取り込まれ、この国諸共破壊されるだろう。

魔力を身に付け、精霊を操れるほどの力を持った神官なれば、この空気の重さは苦痛に値する。
まだ力も小さいセトですら、ぴりぴりとした空気の緊張を感じ取っていた。

外からの中途半端な結界は返って邪魔だとされ、この部屋にはアテムと六神官、そして父である神官長以外
近づいてはならないと命を受けていた。
食事を運ぶのも女官ではなく、神官長の役目だった。



「ここで…マハード様は千年リングの邪念と戦っておいでなのですか…」
「己の持てる力全てを使い、ファラオの為、王子の為、国の為に戦っている。」

ここに…アテムは毎日マハード様の為に祈りを捧げているのか…


「ここにはアテム様とファラオ、六神官以外誰も来ない。神官とファラオには私から話しておこう。」
「はい…ありがとうございます。」

神官長はセトの肩にそっと手を置き、結界の部屋に視線を移しながらその場を去っていった。
残ったのはセトただ一人。


流れる時間の中、セトは結界の部屋の前で座り込み、同じ事を繰り返し繰り返し考えていた。


アテムに会ったら何を言おう…
まずは助けてくれたお礼…だよな。
それから…初めて会った時の事を謝って。
それから…




「セト…?」




目の前に立つ紫の服に、セトは思わず立ち上がる。



「アテム…」



二つの星が今、再び引き寄せあう。
そして、結界の部屋の扉を隔て、三つの星が一つに集まった。




To be continues.








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