光と闇と 2
夜も大分更けて来た頃。
ファラオの寝所に続く廊下をセトは一人歩いていた。
度重なる盗掘の調査と盗まれた宝物の捜索。
警備を強化する為の意に添わぬ行為。
心身ともに疲れていたセトは、久々にアテムの腕の中で愛されたいと自ら足を運んでいた。
ファラオと神官、と言う身分の違いから言えば、ファラオの呼び出しがなければ自ら求めるなど持っての他だ。
ましてや寝所に直接出向くなど、正妃でもありえない。
だがセトは違っていた。
欲しいと思えば遠慮なく求め、嫌だと思えば躊躇なく抵抗する。
勿論、アテムをファラオとして尊敬し、畏敬の念も持っている。
と、同時にファラオとしてではなく、一人の人間としてアテムその者を愛しているのだ。
寝所の傍まで来た時、ドアの開く音が響き、そこから一人の人物がそっと出てきた。
セトは一瞬足を止め、さっと柱の陰に身を隠す。
その人物を見定めると、セトの表情が一気に曇る。
「マハード…またファラオの寝所に…」
それは公認の事実。セトも納得済みだ。
それでもアテムを愛しているセトにとって、アテムとマハードの関係は心に引っかかる存在だった。
マハードの姿が見えなくなる頃、セトは寝所のドアを開け、アテムの元へと向って行った。
ワザと大きな音を立て、どかどかとベッドへ向い、薄絹のカーテンを乱暴に開けた。
「…?ファラオ…?」
寝床には何処にもいなく、辺りにも気配がない。
パシャ…
水音が聞こえ、その音の方へ足を向ける。
「何だ、セト。来てたのか。」
湯につかりリラックスした表情で微笑むと、こちらに来るよう手招きをした。
セトは静かにアテムの傍に近づくと、その頭の傍に膝を折る。
そして徐に冠を取り、そっと脇に置いた。
「お前も入れよ。一緒に汗を流そう。」
すっと差し出された手をセトは静かに見つめていた。
「ここんとこ大変そうだったからな。慰めて貰いに来たんだろ?」
まるで全てを見透かしている様な口調が憎らしい。
当たっているだけに余計腹が立つ。
さらりと髪に触れる手から、ほのかに漂う見知った者の香油の香り。
「…他の者の香りを着けている方と褥を共にするほど私は寛大ではありません。」
「何だよ…マハードの事言ってるのか?それはお前も承知したじゃないか。」
「マハードを抱くのは親愛の証。お前とは違う。それはお前も納得済みだろう?」
それでも…今日に限って自分より先にあいつの方がファラオの腕の中に居たなんて…
「今日はご機嫌伺いに来ただけです。最近ファラオも気を落とされておいででしたから。」
それは事実だ。自分の父親の遺体をあの様な事をされたら、誰でも心に傷がつく。
だからこそ自分がファラオを慰めてもあげたかった…
なのに…またあいつに先を越されてしまった…
「セト…?どうした?今日は二人とも変だ…」
二人とも…と言う言葉に僅かに反応する…
「…いえ…何でもありません。ファラオも御疲れの様ですから、今宵は失礼を…」
「セト!待てよ!俺は別に…」
「俺が…気にする!」
服を掴んだその手を振り解き、足早に寝所を後にした。
背後からアテムのセトを呼ぶ声が聞こえていたが、無視してドアを閉める。
自分より先にマハードを抱いたアテムに抱かれたくない、と言う思いは確かだったが…
アテムの「変だ」と言う言葉が妙に引っかかっていた。
マハードの様子がおかしい。
そう感じ始めたのは昨日の神官会議の後からだ。
何がおかしいと言う訳ではない。そう…何かが…
何かがいつものマハードと違っている…
「ファラオもマハードの異変に気がついたみたいだな…」
最も、寝床に招き入れる相手の心の変化を見逃すような方ではない。
だからいつも自分の心の変化を見透かされ、いい様に遊ばれる。
「それが…魅力でもあるんだがな…」
クスッと笑いながら後ろを振り返る。
追ってくる様子はないようだ。深刻に怒っているとは思わなかったんだな。
これも正解。俺は別に怒っている訳ではなかった。
マハードはファラオに一線を引いているので、ファラオが何を聞いても決して話したりはしないだろう。
だが自分には、何か話してくれるかもしれない…
同じ神官として。同じファラオを愛する者として。
本来は自分からファラオを奪う唯一の危険な存在な筈なのに…
何故か…気になる…
ファラオもきっとそれを察し、俺にマハードを委ねたのだろう。
ならばその期待に答えなければならない。
マハードのところへ…
真実を引き出す為に…
To be continues.
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