光と闇と 3
マハードはアテムとの情事の後、一人庭園の泉へ向い身を清めていた。
全ての思いを曝け出したマハードは、夢中でアテムにしがみ付き、身体を委ね、烈しい程に求め合った。
ファラオとの一線を越え、一人の人間として…私はあなたに愛された。
感情を開放し、俗世の人間の様に…
「ふ…私もまだまだだな…未練のない様に、と思ったのに、返って未練がましくなってしまった。」
あんなに身体を熱くしたのは初めてだ…
まだ…身体の中が熱く火照っている…
思い出せば芯が疼き、そこに触れれば熱い吐息を感じる…
「いかんな、これでは…戦いに隙が生じてしまう。」
ばしゃっと冷たい水を自分の顔にかけ、未だ夢現なもう一人の自分を叩き起こす。
そうだ…こんなにも感情を露にしたのは初めてだ…
マハードは記憶を呼び起こし、静かに眼を閉じ瞑想に入った。
そう…それは20年前から始まった…
「ファラオにご報告申し上げます。」
一人の神官長がファラオ…アクナムカノンの前に跪き、深々と頭を下げる。
「おぉ!待ちわびたぞ!無事に生まれたか。」
「はい。先程連絡が入り、男の子でした。」
ファラオはにっこり笑うと側近に命じて眼の前の神官長に祝いの品を持ってこさせた。
神官長は徐にその品々を見つめるだけで、にこりともしなかった。
「どうかしたのか?せっかくそちの跡継ぎが生まれたと言うのに。」
何故笑わん。何故喜びの声をあげん。
神官長は頭を上げ、顔を強張らせながら話し始めた。
「息子は…人並み外れた魔力を持って生まれました。」
その力は母親の命を奪い、浮遊していた魔物を引き寄せ、周りにいた女官達に怪我を負わせた。
「なんと…赤ん坊はどうしたのだ!?」
「…その話を聞いた時、私は魔物に食われて死んだかと思いました。だが…」
「だが…?どうしたのだ!」
ファラオは玉座から立ち上がり、神官長に問いただす。
神官長は苦悩の表情を浮かべ、ファラオの問いに静かに答えた。
「息子目掛けて襲い掛かってきた魔物を、一瞬のうちに消滅させてしまったそうです。」
生まれたばかりの赤ん坊は、本能的に自らの危険を察したのだろう。
体から発せられた凄い衝撃波が全ての魔を打ち払ってしまった。
「…今赤ん坊はどうしておるのだ。」
「乳母により乳を与えられ静かに眠っているそうです。」
だが部屋は魔術で封印され、周りを選りすぐりの神官で結界を張っています。
一通り話し終えると神官長は再び俯き、片手で額を覆っていた。
その重すぎる運命に耐えるかの様に。
ファラオは力なく玉座に座り、同じ様に頭を抱えて神官長に告げる。
「…その子を何とかしなくてはならぬな…」
それ程の魔力を持った者ならば、赤ん坊といえど捨てては置けぬ。
引き寄せられた魔物がわが国を危険に晒すやも知れぬ。
場合によっては…
神官長は意を決して顔を上げ、ファラオに進言した。
「10年…私に時間を下さい、ファラオ。」
強大な魔力はこの国を危険に晒すかもしれません。
だがその力をコントロールする術を持てば…
「その力は国やファラオを守る最強の盾になるやも知れません。」
必ずや…その術を身に付かせます。ですから…
「…諸刃の剣になるやも知れぬぞ…」
お前の命も母親同様に奪われるかもしれない。
「もとより覚悟の上です。この方法しか息子の命を助ける術はありません。」
最愛の妻の…ただ一つの形見。
わが命を投げ打ってでも必ず助けだして見せる。
ファラオは深く息を吐き、小さく頷き命令を下した。
「宜しい。10年の猶予を与える。その間魔術で封印した部屋から出る事を許さぬ。よいな。」
10年後、その術を身につけることが出来なければその時は…
神官長は両手を床に着き、頭を押し付けるように平伏した。
必ず…その魔力をファラオの御為に使えられる様に致します。
それがわが息子を助ける唯一の方法…
すっと立ち上がりファラオの前から下がろうとする神官長に、アクナムカノンが声をかけた。
「赤ん坊の名前は決めたのか?」
神官長はこの時初めて微笑み、そしてこう答えた。
「マハード…と…名付けました。」
そしてその後10年間、この神官長はファラオの前に姿を見せる事はなかった。
To be continues.
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