光と闇と   4                   





一人の少年とその父親が、王宮内を歩いていた。



その少年は表情が無く…父親も生気を失われたかのように痩せこけ、杖を突いている。



少年は隣にいる父親を心配する様子も無く、ただ真っ直ぐに前を見つめ歩いていた。





「マハード…」

思わず父親は息子に声をかけた。



「はい…何か…」

「いや…なんでもない。



無表情で自分を見つめる息子の頬をそっと撫でる。

10年…その長い年月はこの愛しい息子から感情を抜き取った。



それが強力な魔力をコントロールする唯一の手段。

魔力は感情によってかなり左右される。



喜怒哀楽。これらによって魔力は強くもなり、弱くもなる。





特に負の感情…怒り、悲しみは魔力のコントロールを失う危険がある。



負の感情を持たない為にはどうすればいいか…





「負と正反対の感情を持たなければいい。」





そう悟ったのはマハードが5歳になった頃。



愛しい息子を生き長らえる為に、感情を取り除き人形と化す。

笑い、優しさ、愛しいと思う心…



それらをすべて取り除く。そうすればそれに伴う負の感情を抑える事が出来るだろう。





そして…10年後。

扉は開かれ、マハードとその父親である神官長は封印されていた部屋から出る事を許されたのだった。





「今日は王と初めての謁見だ。心せよ、マハード。」

「心せよ、とはどういう意味でしょうか。」

表情の無いその顔はからかっている様にも見えた。が、心の無いマハードは本気で解らないのだ。



苦笑混じりのため息をつき、マハードの頭をそっと撫でる。





「良い。忘れよ。とにかく粗相の無いように。」

「はい、父上。」



微笑む父親に、何も表情を変えず返事をするマハード。

神官長は胸にチクリと痛みを生じながらも、今こうして生きて自分の傍らにいる事を神に感謝をした。



人形でもいい。我が元に居てくれれば…

笑わなくてもいい。



生きてこうしていてくれるだけで…











「良くぞ参った。さ、此方へ。」



玉座の上でにこやかに微笑むファラオに、神官長は深々と頭を下げた。

隣に居たマハードも父親に合わせて跪き頭を床に押し付けている。



他の少年となんら変わった様子を見せないマハードに、ファラオは事の他喜んでいた。



「良くぞ10年間耐え抜いた。魔力のコントロールは見事身に付けた様だな。」

「はっ。ですががまだまだ修行を怠るわけには参りません。」

「これからも精進を重ね、必ずやファラオと王子のお役に立てる様…」



そう言って顔を上げた時、ファラオの横に居る筈の王子の姿がどこにも見えなかった。



「あの…ファラオ…王子殿下はどちらに…」



神官長がそう言った時、ファラオはばつが悪そうに頭をかきながら苦笑交じりに席を立った。





「いや、実はな。王子は先程から姿が見えんのじゃ。」



今日は大勢の来賓が来て挨拶をしていたのだが、それに飽きてしまったらしい。

いつの間にか逃げ出して、今女官たちに探させておる。



「オォ、そうだ。マハード、そちも王子探しに協力せよ。」

「はい。畏まりました。父上、宜しいでしょうか?」

「うむ。気をつけてな。」



マハードは心配する父親を横目に、深々と頭を下げ謁見の場を何も言わずに後にした。

ファラオを初め、他の重鎮たちがあっけに取られている所、一人の大臣がその沈黙を破った。



「何という抑揚のない子じゃ。感情と言う物を持ち合わせておらんのか?」

「ファラオの前で臆せず、同ぜず。肝が据わっておるのか、それとも教育がなっておらんのか。」

聞こえる様に話す大臣たちに、神官長は拳を握り締めその侮蔑の言葉に耐えていた。



ファラオは試してみたかった。マハードが本当に魔力をコントロールできているのかどうか…



それによってはマハードの生死が決まる。

神官長もそれを察し、マハードの運命を王子に託す事に意を決する。







「呪われた運命を背負った王子」







王子誕生の祭、そう占いに出ていた事はファラオに聞いて知っていた。

その呪いを課してしまったのは他ならぬ父親であるファラオ自身。



だからこそマハードの様な魔力を持った者が王子の傍にいてくれればそれ程心強いものはない。



お互い…愛する息子の為に…





その運命を二人に託す…









マハードは一人王宮内を歩いていた。

周りは大勢の女官や召使たちが忙しそうに右往左往している。



それらに全く気を向ける事無く、命じられたまま王子のみを探していた。



心の無いマハードはただ命じられた事を実行するだけ。

故に父親が常に傍に居て、その命令が正しきものかどうかを判断しマハードに行動させていた。





ただ…命令に従わなくては…

そう思っただけ…



いや…何だろう…何かが…

何かが自分を呼んでいる…





ふと足を止め、中庭に広がる池に眼を向けた。



太陽の光が反射してキラキラと光り輝いている。





「綺麗だよね…」



背後から声が聞こえ静かに振り向くと、小さな男の子がにっこり笑って立っていた。





「綺麗…?」

「綺麗だよ!そう思わない?」

「いえ…言葉の意味がよく解りません。」

「綺麗って言葉知らないの?外国の人?」



きょとんとして見つめるその少年にマハードは無表情で見つめ返す。



「ほら、キラキラ光って綺麗じゃないか!そう思わない?」

「あれは太陽が水に反射して光の屈折によりできる現象です。何故それが『綺麗』という言葉に代わるのですか?」

「はぁ??お前何言ってんの?綺麗とか、楽しいとか、そういう感情持ってないの?」

「私は…感情という物を持ち合わせておりません。」



静かに…抑揚の無い言葉で淡々と話す。

少年は少し驚きながらも、マハードの手を取り、中庭の池に連れて行った。





池の周りはハスの花が咲き乱れ、木漏れ日が降り注ぎ、幻想的な雰囲気をかもし出している。



「こういう風景を見て何も感じないの?」

「感じる…とはどういう事でしょうか。」

「こう、胸の中が熱くなったり、きゅんと高鳴ったり…」

「胸には心臓があるだけで、熱くなるという事はありません。熱くなると言う事はそれは病で熱を帯びているからで…」



「あー!!もう!何だよお前!本当に人間なのか!?」



バシッとマハードの手を振り解き、怒りの表情で食って掛かる。

だがマハードは無表情で見つめるだけだった。



「…本当に笑わないの…?」

「笑う…?」

「怒ったり…泣いたりしないの…?」

「泣く…?怒る…?」



少年はマハードの頬にそっと手を添え、その暖かさを感じ取る。

ほんのりと温もりを掌に感じ、小さく微笑んだ。



「良かった。あったかいや。幽霊だったらどうしようかと思った。」



すっと顔を近づけ、何も言わないその唇にそっと唇を落とす。

一瞬、マハードの表情に変化が現れたように見えたが、すぐに無へと変わっていく。



「…何を…?」

「何って、キス。泣きそうになった時母様がよく俺にしてくれたから。」

「いえ、何故キスを私に?私は別に泣くと言う行為をしておりませんが?」

「…?そういえば何でだろう。何でだか解んないけど、キスしたくなった。」



にっこりと微笑む少年に、マハードの心がほんの少しだけ反応した。





心が…熱い…?心が…高鳴る…?





「お前、名前は?」

「…マハードと申します。」

「俺はアテム。宜しく。」



右手を差し出す少年に、マハードも右手を差し出しその手を握る。

そしてその掌を取ると、そっと口付けをした。



「よろしくお眼通りの程を…王子。」

「ちぇっ!ばれてたか。」

「王子特有の髪飾りを着けておいででしたから。」



アテムはマハードの手を握り締め、その感触を確かめていた。





「暖かい。やっぱりお前は人間だ。」

「血の通った人間だ。だからきっと笑う事も出来る。」



無表情の顔は変わる事は無く、ただアテムの話をじっと聞いているだけだった。



「よし!決めた!今日からお前は俺の元に来い!俺が絶対笑わせてやる!」

「はい。ご命令とあらば。」

戸惑う事も無くあっさりと受け入れるマハードに、アテムは少し拍子抜ける。



「おかしな奴だな。ま、いいや。来いよマハード。王宮内を案内してやるから。」

「それよりファラオがお探しでしたが。」

「あぁ、構わないよ!もう謁見は終わったんだ!黙って俺について来い!」

「はい。」

楽しそうにはしゃぐアテムとは対照的に、静かにその後を歩くマハード。





遠くからその二人の様子をファラオと神官長が見つめていた。





「運命に定められた星が、互いの運命を握る者同士を引き寄せあったか…」

「ファラオ…」

「占いにはまだ続きがあったのだよ…」





呪われし星の周りに、光と闇の星が二つ。

互いに引き寄せあい、そして運命は決まる。

闇に染まるか、光に輝くか。

それは神のみぞ知る。





「マハードが闇となるのか、光となるのかはまだ解らぬ。」

「だが、王子の運命の星である事は間違いなかろう。」



「勿体無いお言葉です…」

「…マハードの出仕を許す。アテムの傍にいてやってくれ。」



願わくば…我が息子を光へと導いて欲しい…





深々と頭を下げ、神官長はその場をそっと立ち去った。





二つの星が巡り合い、そして引き寄せあった。

もう一つの星が今、動こうとしている。









それは遠い街で起こった盗賊による焼き討ち。









唯一生き残った少年は決意を新たに王宮へ向け旅立っていた。







To be continues.








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