牙が赤く染まる時  13



        じりじりと間合いを詰めていくブラッドレイに、エドの額から汗が流れ出す。

        逃げられるか・・・?大佐を担いで、この独裁者から。
        全く。意識があるなら立って歩けよ。


        ぼんやりと虚ろな瞳で見つめるロイに、エドが溜め息混じりで微笑んだ。


        「随分と余裕だな。それとも逃げられないと諦めたか…?」
        「マスタングを置いて立ち去れ。今なら命だけは見逃してやろう。」
        そして赤い牙共々、私の追従を恐れ、一生逃げ続けるがいい。
        

        サーベルを突きつけたまま、ブラッドレイがゆっくり近づいてくる。


        くそっ、大佐を抱えたままじゃ無理だ…
        まさか大総統が昼間っから大佐に尋問しているとはね。

        間が悪いと言うか何と言うか…

        この人とは出来れば面と向かいたくなかったんだが。
 
        一度始めてしまった作戦。後戻りは出来ない。
        何とかしてアイザックと合流しなければ…


        ドォーンとまた爆発音が鳴り響く。


        「お前の仲間が突入したのか。」
        「まあね。大佐のいる場所を突き止め、その棟に今向かってる。」
        「俺は一足先に大佐の元に行って身柄確保しようと思ったんだけど…」
        まさかあんたがこっちに連れ出しているとは思わななかった。

        困った様に肩をすぼめて、ブラッドレイに微笑みかける。
        おどけている様にも見えるが、今のこの状況では馬鹿にしているとしか思えない。

        ブラッドレイもそれを感じたのか、サーベルをぐんと突き出し、エドを刺そうとする。

        だがエドを貫こうとはせず、その肩口の壁に突き刺した。


        顔の真横にあるサーベルに、エドが思わず苦笑する。


        「何がおかしい…」
        「いや、あんたも感情ってあるんだなってね。」

        何を焦ってる?さっさと俺を串刺しにすればいいのに。
        何を戸惑っている?言う事を聞かない狗二匹。手にかけるのに時間はかからない。


        「いつものあんたの様に冷徹に殺せばいいのに。」

        まるで挑発するような言い方に、ブラッドレイの眉がピクリと動く。
     

        「よかろう!望みどおり串刺しにしてくれるわ!」
        壁に刺さったサーベルと抜き去り、今度はエドの心臓真っ直ぐに振り下ろされた。


        パン!!

        両手を合わせ床に手を着き壁を作る。
        だがブラッドレイのサーベルはその壁すらも切り裂いていく。

        壁が崩れた瞬間に鉄格子の槍がブラッドレイ目掛けて飛び掛っていった。


        「無駄だ!」
        自分に迫る槍を事如く切り裂きエドに向かって突進していく。

        エドはもう一度両手を合わせ床に手を置いた。


        「無駄だと言ったであろう!」
        「そうでもねーぜ。」

        ブラッドレイが前に進もうとした瞬間、床から無数の鉄格子が天井に向かって飛び出してきた。


        「むぅ!?」
        「悪い、暫くそうしててくれ。」
        あんたを倒そう何て大それた事はいわねーから。

        エドはロイを抱えすっと立ち上がって手を振った。

        「おのれ!こんな鉄格子切り裂いてくれるわ!」
        ブラッドレイはサーベルを振りかざし、鉄格子向かって切り裂いた。


        ビィーンと鉄が震え、逆にサーベルの刃先がパキンと折れる。

        ブラッドレイの瞳がカッと開き、エドをギリッと睨みつけた。

        「貴様…」
        「鉄の分量を少し強化した。」

        床に含まれている分と鉄格子の分と壁の分と合わせて。
        だからいくらあなたでもそう安々とこの檻は切れないよ。


        「ドアがないから出るのに少し時間がかかるかもしれないけど。」
        大総統を檻に入れるなんてめったにない事だからさ。

        がしっと鉄格子を掴み、その出来栄えにこんな状況ながらも感心する。
        だが不に落ちんな…

        「何故錬金術を使っても刑務所の錬成陣は反応せぬ。」
        「だからさっき言っただろ?錬成陣が崩れれば正しい錬成は成し得ないって。」
        「たかが壁を爆破しただけでこの錬成陣が崩れるとは思わぬが…」
        「優秀な錬金術師が、外から壁越しに錬成陣を変える錬金術をしたらどう思う?」

        俺と同様に優秀な錬金術師が。

        鉄格子を握る腕に力が入る。そうか…


        鋼の弟…アルフォンス・エルリックか…



        ニヤリと笑いながらエドはブラッドレイに背を向けて歩き出した。

        その途端、ブラッドレイはサーベルを持った腕を大きく振りかぶり、エドの背中目掛けて投げつけた。



        ガキーン


        金色の長髪をなびかせ、エドに向かってきたサーベルを同じ剣で叩き落とす。



        「エドワードさん。油断大敵です。ここであなたに死なれては困る。」
        「アイザック!!」

        エドとロイを自分の背後に庇い、檻の中で鋭い眼光を向ける独裁者を見つめていた。


        「アイザック・ボーグ!!」
        「ご無沙汰致しております、大総統閣下。ご機嫌麗しゅう…」

        優雅な仕草で一礼すると、ブラッドレイから眼を離さず、少しづつ後へと下がっていく。


        完全に見えなくなった時、アイザックは初めてエドとロイの方へと眼を向けた。


        「参りましたね。作戦が見事に狂ってますよ。」
        「仕方ないだろ?まさか大総統がこんな昼間っから大佐を連れ出しているとは思わなかったんだから。」
        「計画ではあなたが先に侵入し、大佐を確保、そして我々の爆発の合図と共に中から錬金術で壁を壊して…」
        「煩いな!こうやって大佐を確保できたんだから文句は無しだ!」


        ぐったりしているロイをアイザックがひょいと抱え、エドに前に進むよう手を差し伸べる。
        憮然としているエドに、アイザックがにっこりと微笑んだ。

        「でもあなたの機転の早さは素晴らしい。素早く状況を理解し、それに対応していく。それも的確に。」

        エドはぷいっと顔をしかめ、ロイが居たC棟の方へと進んでいった。


        「おしゃべりはいいから状況を教えろ。」
        「我々はC棟にて只今看守達と交戦中。だがこちらの有利は明白。」
        「看守達はこんな突入をされると言う事を想定してなかったようで、かなりパニックを起こしていますね。」
        優秀な指揮官が居れば別でしたでしょうが、どうもここは刑務所としての規律は機能していないようです。

        判っている…だから大佐はこんな姿になっているんだ…

        身体中に刻まれた痣…背中にある鞭の跡…切り裂かれた囚人服。
        どんな目にあったのか…容易に想像できるさ…


        「それから囚人達がこれ幸いと暴れてましてね。」
        おかしな事に我々には攻撃せず、一緒になって看守達と交戦しておりますよ。

        部下が危険な目に合えばそれを助ける。自分達は逃げようともせず…


        「ま、その気に乗じて逃げ道は確保してあります。後はあなた達を…」
        「OK。長居は無用だ。あの檻だっていつまで持ち堪えられるか解らない。」
        

        駆け足で銃の音がする方へと駆けて行く。

        時折向かってくる看守や警備員達を、エドがなぎ払っていった。
        アイザックもロイを抱えながらなのに華麗に敵をかわし、ハボック達のいる場所へと合流した。

        「アイザック!大将!大佐は!?」
        「無事だ、この通り確保した。すぐに撤退するぞ。」
        了解、と軽く敬礼すると、持っていた手りゅう弾を看守達に投げつける。

        ドォォンと言う轟音と共に煙が充満し、その煙に紛れてハボック達が後退して行った。
        援護射撃をしながらアイザックを中心に周りを囲う。
        ホークアイが先頭に、ハボックが背後を守る。

        エドは遊撃手として円陣を守り、他の兵士達が道を作る。


        出口の壁に近づいた時…


        「撃てぇ!!」

        その声と共に壁の向こう側から大砲が撃ち込まれた。


        ドォオオ!!

        出口の壁が崩れ、行く手を遮られる。
        隙間から外を見てみれば、グラン准将が軍の戦車を引きつれ、刑務所に照準を合わせていた。


        「ちっ!待ち伏せしてやがったか!」
        「やっぱり時間が少し経ちすぎて、支援の部隊が到着してしまったようです。」
        計画通りだったら到着前に撤退出来た筈だったのですが…

        刑務所に向かって数発打ち込まれ、エド達の周りの壁は大きく崩れ、完全に道を塞がれてしまった。


        「くそっ!!これじゃ出れない!」
        「エドワードさん!後方からも追っ手が…」

        ちきしょう!これまでか…?
        

        ロイを抱えるアイザックを取り囲み、ハボックやホークアイたちが銃を構える。

        エドも右手の件をかざしてこれからの戦闘に備えた。


        後方に迫る看守達に照準を合わせ様とした時、大きな叫び声が刑務所内に響き渡った。


        「おらおら!!何遊んでやがる!さっさとそいつを連れて逃げやがれ!」
       
        クワン達囚人が手に武器を持ち、看守達に襲い掛かる。
        その数はC棟の殆どの囚人が繰り出されており、迫り来る看守達を事如くなぎ払って行った。


        「ありがてぇ!後方は任せた。ホークアイ中尉、小型ロケット弾まだ残っているか?」
        「ええ。あと一発。」

        じゃあの瓦礫を吹っ飛ばしてくれ。
        
        その先にある戦車や軍の事はどうするつもり…?
        そうとっさに思ったが、ホークアイは一瞬で切り替えエドの言う通りに瓦礫に照準を合わせた。


        ドォォン…


        地響きと共に瓦礫が吹っ飛び、外に出られるくらいの穴が生まれる。

        今だ!外へ!

        エドの声を共に皆が駆け出し、外へと飛び出した。


       
        「馬鹿め!飛んで火にいる夏の虫だ!」

        グランが右手を挙げ、それを振り下ろす。
        戦車や兵士が一斉にエド達に銃口をあわせた。


        
        「アル!!!」
        「任せて!」


        掛け声と同時に青白い閃光が辺りを包む。

 
        ガガガ、ゴゴゴと鉄が軋む音が響くと、戦車がたちまち形を変え、ぐにゃりと折れ曲がってしまった。
        兵士たちが持っていた銃も光を放ちながら形を変え、原形を留めない位に折れ曲がる。


        「何だ!何が起こった!?」

        慌てふためくグランの横を、車とトラックが数台横付けされた。
        
        「こっちです!早く!」

        フュリーとファルマンが手を振り、エドたちを誘導する。
        エド達はすばやく移動し、その車へと乗り込んでいった。


        走り去る時、アイザックは地面に描かれていた錬成陣に眼を見張る。



        壁を伝って錬成を行い、刑務所内の錬成陣の形を変える。
        そして軍の到着を見越して、その待機場所に判らぬ様にあらかじめ錬成陣を描いていたのか…
        人体に影響がないよう、鉄だけを折れ曲がらせる錬金術。


        『アルは外で待機』としたエドワードさんの狙いはこれだったのか…


        「おのれ!逃がすな!何をしている!早く追わんか!」
        「駄目です!車も折れ曲がってしまって…」
        くそぉ!いつの間に錬成陣など!!

        ただの塊となってしまった鉄くずにガンと足蹴りを食らわせる。
        その端に、赤い印が描かれていた。


        スタンプ…?これは…錬成陣を形どったスタンプ…


        「くそぉ!!これが錬成を助けたか!」

        グランは拳を握り締め、歯軋りを鳴らしながら遠くに消えていく車の煙を悔しそうに見つめていた。





        「作戦成功!ありがとな、フュリー曹長!」
        「いえ、皆全く気にせずスタンプ押させてくれましたから…」

        アジトへ向かって走るトラックの中で、エドはフュリーににっこりと笑いかけた。
     
        「刑務所の錬成陣と連動しないように防御の錬成陣だって言ったらどうぞどうぞって。」
        「馬鹿だよね。ちょっと錬金術の事勉強すればそんな事ありえない事なのに。」
        クスッと笑いながらアルはみんなの労を労った。

        全員が無事作戦遂行を喜んでいる。誰一人犠牲は出ていない。
        あの人を除いては…



        トラックの奥に横たわるロイに、エドがそっと近づいた。
        アイザックがトラックの振動を防ぐ為にロイを抱き寄せている。


        ロイの瞳はぼんやりしていて、焦点が合っていない。
        エドやハボックが話しかけても何の反応もなかった。

        「アイザック…大佐が…」
        「判っています。これは厄介な事になりましたね…」
        「俺達間に合わなかった…?大佐の精神、壊れたのか…?」

        今にも泣きそうな眼で見つめるエドに、アイザックは穏やかな表情で笑い返す。

        「大丈夫、ほらご覧なさい…」
        アイザックはロイの眼すれすれに手をかざし、左右に動かした。
        僅かに揺れる漆黒の瞳。

        「これは自己催眠ですね。拷問に耐えるべく、自分自身に暗示をかける。」
        「じゃ、その暗示を解けば元に戻るんだな。」
        
        エドの楽観的な問いに、アイザックの表情が僅かに曇る。



        「ただ…その暗示を解くキーワードはかけた本人にしか判らない…」



        静かに諭す様に語るアイザックに、エドを始め全ての仲間が言葉を失った。




        「…とにかく今はアジトへ戻りましょう。」
        アイザックの声に誰も何も答えなかった。

        だらりと垂れるロイの腕を、エドがそっと掴んだ。



        大佐…ゴメン…遅くなってゴメン…
        必ず眼を覚まさせる。必ず俺達の元に帰ってこさせる。


        虚ろな瞳で見つめるロイの唇にそっと口付けを落とすと、ロイはそのまま眼を閉じ眠りに付いた。




        まるでその口付けを待っていたかのように…



        To be continues.

     




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