牙が赤く染まる時  14



        第3中央刑務所には軍が出動し、暴動はほぼ鎮圧されていた。

        数人の囚人が脱獄しようと試みたが、兵を越えた瞬間にグラン率いる部隊にことごとく射殺された。


        エド達脱出の後、援軍が到着し、刑務所の周りを非常事態に設定、銃撃隊を配備したのだ。
        まんまと逃げられた屈辱感から、グランの脱走者に対する仕打ちは容赦なかった。


        鎮圧後、ブラッドレイもエドの作った檻からすぐに救出され、所長からロイが奪還された事の報告を受けた。


        隻眼の独裁者は無表情でそれを聞いている。
        周りの者達はまるで空気が凍っているかの様な冷たさを感じていた。

        「…い、以上、ご報告まで…」

        そう敬礼しても指一つ動かさない。

        「あの…閣下…如何いたしま…」

        全部言う前に、ブラッドレイの眼の前で身体が半分に割れる。
        血飛沫と共に床にべチャッと落ちて行く。


        「どうすべきか判らぬ様な無能な部下は私には必要ない。」

        いつ抜いたのか判らぬほどの早業で、眼の前の部下を一刀両断したのだ。
        周りにいた将軍達は皆足がすくんでいた。

        いつに無い程の怒りを爆発させているこの独裁者にどう対応すればよいのだ…
        ヘタに口を開けば今の様に半分に切られてしまうのではないか…


        「閣下!!お任せを!今度こそ必ずマスタングを捕えて見せます!」


        重苦しい雰囲気の中で、ただ一人それを感じないのかグランが一歩前に出て敬礼をかざした。
        
        ギロリと睨みつけるブラッドレイに全く動じず、鼻息荒く意気込みを見せ付ける。
  
        「奴らが逃げた方角は判っております!目撃者を探し、必ずや閣下の御前に跪かせて見せましょう!」
        「ふん、では追撃対はグラン准将に任せるとしよう。」

        すっと立ち上がり、その場に背を向け部屋を出て行った。

        「閣下!お待ち下さい!」
        後へと側近たちが続く。
        グランは直立不動でブラッドレイを見送り、任務を任されたその責任の重みを噛み締め部下に指示を出し始めた。

        かっかっと靴音を立てて廊下を歩きながら、ブラッドレイは背後の側近に話しかけた。

        「グランは当てにならん。別に追撃隊を組織し、マスタング達を追え。」
        「昨日ヒューズ中佐が来たな。マスタングが居た棟はそこから洩れたのだろう。」
        と、すればここまでトラックで1日ないし半日で来れる距離。

        「ヒューズ中佐の家は妻子共に行方は判っておりません。中佐も今朝から出仕はしておりません。」
        「では奴らに下ったと見てよいな。」

        これでマスタングの仲間が軒並み赤い牙に下った事になったな。
        アイザックめ、鋼のエドワードまで巻き込みおって。

        月が変わるまであと1日。それが過ぎればこの作戦は赤い牙から切り離されてしまう。
        
        「その前に何としても奴らの尻尾を掴まねば…」
        どうすればいい…アジトの場所はまだ判らない…

        アイザックはどうやってマスタングにコード番号を教えた…?
        あの日マスタングの執務室に行ったのは調べがついている。
        口頭か…メモか…

        信用されていないなら、口頭ではないだろう。恐らくメモだ。

        では受取った暗号をどう処分した…?
        自慢の焔で燃やしたか。それとも。

        アイザックの前で手の内を見せるとは思えん。では…


        「すぐに東方司令部に連絡を入れよ!マスタングの執務室のゴミ箱を探せ!」
        はっ!と敬礼をかざし、側近たちは駆け足で刑務所を後にした。

        アイザックが接触してから逮捕されるまで3日。
        逮捕されてからはマスタングの執務室には誰も入らぬようにしている。

        司令官室のゴミ箱は司令官自身が処分する規則だ。
        部下や外部の人間が処理をすれば、重要機密スパイ行為が発祥する恐れがある。

        生真面目な司令官なら毎日処理をすると思うが、あやつはそういう所は抜けておるからな。

        
        アイザックが赤い牙の一員だった事はここで知った。

        受取った暗号がそれ程重要な物だとはマスタングもあの時は気が付かなかった筈だ。
        上手く行けばまだ残っている。        


        「フッフフ…マスタングを弄ぶ事に専念しすぎたな。」
        こんな簡単な事に気がつかんとは。

        
        追撃隊は私自ら組織しよう。奴らにプレッシャーを与えてやる。
        マスタング達をどれだけ追い詰められるか楽しみだ。


        待っておれ…必ず私の前に跪かせてやる。


        美しき焔は私だけの物なのだ。







        

        「エドワード君、夕食よ…」

        湖の辺でぼんやりと佇んでいたエドに、ホークアイが声をかけた。
        それでもエドは振り向かず、ただ湖に揺れる波を見つめている。


        「エドワード君。腹が減っては戦は出来ない、と言うことわざもあるわ。ちゃんと食べないと…」
        「大佐は…?」
        「まだ眠っているわ。どんなに揺り動かしても起きそうにない。」

        自分に自己催眠をかけた大佐。
        キーワードを言わなければこのまま眼を覚まさないかもしれない。

        「そのキーワードがわからないんじゃどうにもならない!」
        パシャと水を跳ねあげ、悔しそうに水面を見つめる。

        くそっ!もっと早く助けに行けばよかった。
        そうすればこんな事にはならなかったのに…

        「キーワード…か…」
        自己催眠をかけたのは、情報を知られないようにする為だ。
        ならキーワードは敵方にそう簡単に判るようなものではない。

        「誕生日とか、両親の名前とか、そんなんじゃないだろうな。」
        「そうね。ハボック少尉がずっとキーワードを模索しながら試みているけど、全く反応無しだったわ。」

        何としても見つけなきゃ…でなければ大佐は二度と戻ってこない。
  
        「とにかく、食事にしましょう。」
        「ン…」

        エドがホークアイに誘われ立ち上がった時。

 
        「エドワードさん!早く!大佐が眼を覚ましました!」
        屋敷からファルマンが飛び出してきて、ホークアイとエドを呼ぶ。
        二人は慌ててロイが眠る部屋へと駆けて行った。

        「大佐!!」
        エドが部屋の中に入ると、壮絶な光景が眼に入ってきた。

        ロイは部屋の真ん中のベッドの上で、シーツをビリビリに引き裂きながら暴れていた。
        ハボックとアイザック、ブレダが必死で押さえつけている。

        「大佐…?一体…」
        「大将!!あんたも早く押さえて!」
        「拒否反応です。眼が覚めたので身体を拭こうと触れた途端…」
        悲鳴をあげて暴れだした。物凄い力で我々を振り解いて。

       
        エドの後ろから鎮静剤を持った部下が入ってきた。
        アイザックがそれを受取り、ハボック達ががロイをがっしり押さえつけ腕に注射をする。

        ハァハァと息も荒く、だが眼の焦点はあっていない。
        鎮静剤が聞いてきたのか、呼吸が少しづつ整ってくる。

        次第に体の力が抜けていくのを感じたハボックは、ロイをそっとベッドに横たわらせた。

        呆然と見つめているエドに、アイザックが近づいてきた。
        
        「相当な拷問を受けていたようですね。自己催眠中でも無意識に拒否反応を示してしまう。」
        「大佐…俺…どうすれば…」

        虚ろな眼で天井を見ているロイにゆっくり近づいていく。
        触れようとするがアイザックに止められ、ただ見ているだけしかなかった。

        どうすれば…どうすればいいんだ!
        話す事も、触れる事も出来ないなんてっ!


        「キーワードを解くしかないようですね。」
        「さっきからやってんですけどね。全く見当もつかない。」
        「そう簡単に判るようなモンじゃないだろうな。」
        敵の捕虜になった兵士が、情報を守る為にかける自己催眠。

        敵に知られてしまうようなキーワードでは意味が無い。
 
        「敵は大総統。なら大総統が知らない事がキーワードだな。」
        「個人情報や周辺情報なら簡単に調べられるな。」

        では何だ…大総統でも知らない事。調べられない事。

        「この人に秘密なんてあったか?」
        「さぁ。大総統になる野望は皆知ってたし。」
        
        判らない。俺はこの人の事を知らなさ過ぎる。
        誕生日も知らない。何処の生まれかも知らない。家族構成だって知らない。

        好きな花は?好きな食べ物は?趣味は?好きな音楽は?


        「何にも知らない…」
        これでどうやってキーワードを探せというんだ…



        ………待てよ………


        「大佐は自己催眠をどうやって解くつもりだったんだろう。」
        エドのその言葉に一同がはっとロイを見つめだす。

        上を目指すと誓った大佐がこのまま自己催眠状態を良しとする筈がない。
        ならば、必ず誰かにキーワードを託す筈。
        
        「ですが、誰かに託す事はあの状況では無理でしょう。」
        アイザックがロイの傍に立ち、服の端端から見える傷を指差した。

        「あそこで味方、信頼出来る者は誰一人いません。まさに敵陣内だったはず。」

        ではどうするか。

        「大佐は我々が必ず助けに来ると見越していたのではないでしょうか?」
        助け出した後、我々がキーワードを見つけ出し、この催眠状態から覚ましてくれると。


        エドはギリッと拳を握り締め、ロイが横たわるベッドの脇に近づいた。


    
        待ってて…必ず見つけ出して見せる。
        あんたが俺達を信頼して自己催眠をかけたんだとしたら、俺達が見つけ出せる物なんだな。


        「アイザック…知恵を貸せ。」

        了解、と頷いてアイザックはエドとハボックとホークアイ以外を部屋の外に出す。


        ぼんやりと宙を見つめるロイの傍に4人はぐるりと取り囲む。




        大総統が知らない事。調べられない事。
        でも俺達は知ってる事。調べられる事。



        エドとハボックとホークアイはそれぞれが思いつくすべてのキーワードを試みた。
        アイザックも知恵を絞り、言葉を慎重に絞り込んでいく。

        だがどれもHITせず、ロイの瞳は焦点があってない状態が続く。
        3人に焦りの表情が見えはじめた。


        「焦っては駄目ですよ。根気よく、慎重に。」
        「判っている。絞り込む対象が出来たんだ。」
        大丈夫。必ず眼を覚まさせる。

        だから…早く戻ってきて…俺達の所に…




 
        その頃、大総統府では湖のアジトの場所が判明し、一斉攻撃態勢を整えつつあった。



        To be continues.

     




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