牙が赤く染まる時  15



        ロイの自己催眠を覚ますキーワードを探す試みは続いていた。


        いつもロイの近くにいた部下達の思いつく言葉を並べるが、一向に反応しなかった。
        ヒューズも加わり、色々試すがやはり反応はない。


        「全く…何をキーワードに選んだ?ロイ…」
        虚ろな瞳は誰の目線にも合わせず宙を見ている。
        親友が語りかけても、その瞳が動く事はなかった。
 
        誰かが触れると怯えるので、ろくに食事も与えられない。

        「このままでは衰弱してしまう。」
        「俺達が知ってる言葉のはずなんだ!必ず見つけ出す!」

        エドが息巻いてロイの腕をぐっと掴む。
        途端にロイがその腕を振り払い、ベッドの脇まで後ずさった。


        怯える眼でエドを見るロイに、エドは胸が苦しくなる。

        一体どんな眼に合わされた…?
        あの誇り高いあんたがそこまで怯えるなんて。
        背中には鞭の跡。全身に所有印が付けられて…

        綺麗だった顔は殴られた痣で腫れていた。

        眠っている間の隙を見て、身体をさっと拭いたが…
        女性には見せたくない程の情事の後。こびり付いた精を拭い去る時、思わず涙が零れた。


        そんな思いをしても、それでもあんたは口を割らなかった。
        部下達を見捨てはしなかった。

        「だから絶対俺達もあんたを見捨てない。必ず元に戻してやる。」
        待ってて…愛しい人。


        「エドワードさん…皆さん…ちょっと困った事になりました…」

        ドアをノックしながら、神妙な表情で入ってきた。
        一斉にアイザックを見つめる。

        「困った事…?」
        「ここの場所が知られました。」

        全員の表情が固まる。何でだ!?どうやってここが…

        「内通者からの緊急連絡です。ブラッドレイ大総統がここへの進撃準備を自ら指揮していると。」
        「どうして!?コードは知られてない筈だ!」
        「判りません。とにかく急いで移動を。月はもうすぐ変ります。そうすればここは完全に
         『赤い牙』から外れます。」
        証拠を消し、赤い牙の資料からもここの場所は完全に消される。
        かかわった者の記憶を消し、全て切り離される。

         
        「ではすぐに準備を。」
        ホークアイが冷静にそう答える。他の部下達も立ち上がった。

        「お願いします。出来るだけ早く。間に合わなかった場合、支援はないものと考えて下さい。」
        要するに幹部会は我らを完全に切り捨てる。
        月毎にアジトを変えるのはその為。万が一見つかった場合、トカゲの尻尾切りの様に容赦なく切り離される。    

        『赤い牙』の組織その物が完全に無くならない為に。
        例えそれが最高幹部だとしても。   


        ハボックが壁を叩きつけ怒りを露にしていた。
        「ちきしょう!折角大佐が必死の思いでコードを守ったっていうのに!」
        「どうやって知ったのか…調べようがないんですが…」

        
        エドの眼がカッと開く。

        ……今の言葉…

        「もう一度言ってみろ、アイザック…」
        「は?何が…?」
        「コード…大総統は知らなかった。調べられるはずもない…」
        「!!でも俺達は知ってる。まさか!」
        「成る程な…これなら大総統はキーワードを探せない。」
        そして俺達を信頼しての行動なら、誰もが知ってるキーワードだ。


        エドはロイの傍に静かに座り、光を失っている漆黒の瞳をじっと見つめる。
        「大佐…今から言う言葉、よく聞いててよ…」

        「548yf…」
        ロイの動きがぴたっと止まる…

        「45h880…」
        虚ろな瞳が眼の前のエドに焦点をあわせ始める。

        「red…これがここのアジトのコード。あんたが必死の思いで守って来た物。」
        全部言い終わっても、ロイの表情に変化はない。

        「違ったのか…?」
        「いいえ、まだ続きがあります。」

        エドの横にアイザックが座り、ロイに向かって次なるキーワードを言い始めた。

        「赤き湖に獅子の牙が触れる時…」
        その言葉にロイの身体がピクッと反応する。
        ゆっくりと顔の向きを変え、アイザックの目線を合わせ、口を開いた。


        「……歴史は変わる…」


        「大佐!!元の戻ったのか!?」
        「いえ、まだ駄目です。瞳の輝きがまだ充分ではない。」
        まだ他にキーワードがあるのか?だったら何だ…!?

        「アイザック、大佐に教えた暗号はこれの他にないのか?」
        「これだけです。流石は大佐、万が一大総統側がコードを知り得ても、それだけでは目覚めない様に
         していたのか…」

        エドの表情がだんだん曇っていく。これ以上、キーワードを探すなんて出来るのか…

        ロイは虚ろな表情のまま、再び口を開き言葉を発した。


        「…腹が減った…何か買って来い。」

        エドとアイザックがきょとんと聞いていた。
        大佐がキーワードの続きを待っている。これを正確に答えられれば眼を覚ますだろう。

        「でも何て答えればいいんだ…?いつもの俺なら『ふざけるな』だけど…」
        「私なら『はい』ですが…ハボック少尉はどうですか?」

        エドとアイザックの背後で成り行きを見守っていたハボックが、身体を震わせながら立ち尽くしていた。

        「ハボック少尉?」
        「…なんてこった。全くこの人は。」

        大きな手で自分の顔を覆いながら、エドとアイザックの間を割って入るように、ロイの傍へと近づいていった。

        「少尉!触れたら…」
        「…ハイハイ。近くに美味しいドーナッツがありますから買ってきます。」

        エドとアイザックが止めるのを無視し、ロイの頬にそっと手を添えていく。
        漆黒の髪に指を絡ませながらロイを自分に抱き寄せた。


        ロイは静かに眼を閉じ、両手をハボックの背中に回す。


        「コーヒーも付けろ。勿論お前の奢りだぞ。」
        「大佐ッ!!!」
        「馬鹿者が…散々心配かけおって…」

        コツンと額を叩き、穏やかに微笑んだ。
        そしてその後ろで心配そうに見ているエドに向かって右手を差し出した。

     
        「お前も来ると思っていたよ、鋼の。キーワードに気付いてくれてありがとう。」
        「何で俺が気付いたって判る?」
        「催眠状態でもその間の事は覚えている。意識を奥に仕舞い込んでいるだけだ。」

        だからお前が大総統閣下に啖呵を切ったのも覚えているさ。
        それから、私の事を『可愛い猫』とも言ったな。

        少しむっとしながらにっこりと笑うロイに、エドの我慢が爆発した。


        「大佐!!」
        「大佐!」
        ハボックとエドがロイに抱きつき、思わず涙を零す。
        ロイは二人の背中をあやす様にポンポンと叩いた。


        「感動的な再開はそこまで。時間がありません大佐。事は急を要します。」
        一人冷静に話をするアイザックに、ロイの表情も厳しくなる。

        「ここの場所を知られたそうだな。」
        「はい。何故判明したのか解せませんが。」
        「やはりな。一つだけ私はミスを犯していたんだ。」

        ロイはエドとハボックの方を見て、苦笑交じりで微笑んだ。

        「アイザックから受取ったメモを燃やさず破り捨ててしまった。」
        それ程重要なメモとは知らず、ただ破いてゴミ箱に捨てた。
        その直後からハボックが来なくなり、ゴミ箱の件をすっかり失念していた。

        「その直後に逮捕されてしまったんでね。ゴミ箱はそのままになっていたんだ。」

        大総統閣下がそれに気が付くのは時間の問題だったが、少しでも時間を稼げればと思い、
        成るべく挑発する様な態度を取り、自分に注意を向けさせた。

        月が変わればコードは価値のない物になる。
        
        「ハボック達が無事に別のアジトに移るまでの辛抱、だったんだがね。」
        いよいよ持って追求が酷くなったから自己防衛の為に催眠術をかけた。        

        「でも銃殺刑になるところだったじゃないか…」
        エドが呆れた様な口調で言いながら、ロイの髪にそっと触れた。
        
        ロイはその手を取り、その甲にキスを落とす。
        「その前に助けに来ると信じていたから…」

        必ず来ると信じていたから…
        だから耐えられた。


        エドは小さく微笑んで、ロイの頬にキスをする。
        ハボックはロイの瞳を見つめ、軽く敬礼をかざした。


        その様子を見て、アイザックは小さく首を振り苦笑する。
        全く…大した信頼関係だ。

        我ら『赤い牙』の同志内でもここまでの信頼は築けない。


        それも全てはこのロイ・マスタングと言う男を中心に築かれている…

        
        アイザックはロイの傍に近づき、右手を差し出した。
        「大佐…お疲れでしょうがすぐに準備を。」
        「ああ。だがその前にヒューズと話がしたい。」
        そういうと、ロイはふら付く身体を庇いながらすっと立ち上がった。
        
        エドとハボックが両脇からロイの身体を支える。
        それを振り切る様にロイは一人ドアに向かって歩き出した。

        「お待ちを!ヒューズ中佐をここに呼んできます。」
        「いや、駄目だ。誰にも聞かれたくない。外の湖の辺で話す。」

        ドアノブに手をかけるロイに、アイザックが冷静に話しかける。

        「ここまで来て、我らを信用してないのですか…」
        「…それは私が判断する。今はまだお前も信じられない。」
        とにかく情報が欲しい。誰が味方で、誰が敵なのかを判断する情報が。

        
        「ハボック少尉を始めとする主だった部下が皆私の元に来ただけでは足りませんか?」
        「鋼のをも巻き込んだお前をどうやって信頼する…?」

        カチャッとドアを開け、静かに部屋を出て行くロイを、エドもハボックもアイザックも止める事は出来なかった。


        「参りましたね、こうも疑い深いと。」
        「仕方ねーだろ。事情を知らないんだから。」
        「やれやれ。いっその事全部話してしまったらどうです?アイザックさん。」


        ハボックのその言葉に、アイザックはにっこり微笑んで首を横に振った。


        「それではこの事件を起こした意味がありませんよ。」
        テロリストの一員として巻き込み、大総統と敵対させ、今また追い詰められようとしている。



        「さぁ、あなたの真髄を見せていただきましょうか。」




        ふっと笑うアイザックの表情に、あの優雅さは失われていた。



        そう…まるでブラッドレイが微笑む様な黒い笑いで。




        To be continues.

     




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