牙が赤く染まる時  16



        「よう!ロイ。元に戻ったんだってな。」


        湖の辺で腰を下ろして休んでいたロイの背後から、ヒューズがニコニコ笑いながら近づいてきた。
        ごく自然にロイの隣にヒューズも腰を下ろす。

        「聞いたぜ。キーワードがコード番号だったとはな。お前もやってくれる。」
        「部下が必ず助けに来ると信じていたからな。」

        まだ身体が本調子でないのか、時々苦しそうな表情を見せている。
        服の端端から打撲や擦り傷の後が見え隠れしている。

        「ロイ。大丈夫か…」
        「時間がない、ヒューズ。大総統閣下がここを嗅ぎつけたそうだ。」
        「あぁ、聞いたよ。『赤い牙』は俺達を切り捨てるだろうな。」

        崇高なる目的の為、失敗した計画は無情にも切り捨てる。
        まるでトカゲの尻尾のように。だからこそ、『赤い牙』そのものは秘密が守られている。

        切り捨てられるメンバー達は異を唱えない。それだけ結束力が高いのか。
        目的の意味を理解しているのか。


        全てを覚悟した上で、赤い牙のメンバーになっているのだろうか。


       
        アジトに使われている家は大きい。湖の辺にあると言う事からして、別荘に違いない。
        と言う事は、赤い牙の幹部の中にかなりの上流階級の者がかかわっているのか?
        それより…ここは何処の湖なのか。

        北か、南か、東か西か…
        それによって今後の行動が決まる。

        ロイはぐるりと辺りを見回すが、ここがどの地域なのか判断できる情報は得られなかった。
        ヒューズはそんなロイの心配を察しているのか、クスッと笑いながら話し始めた。

        「ここは南部の地域。オアシスの一角の別荘地だ。」
        「南部…誰の別荘なんだ…?」
        「アイザックの私有地だとさ。やっこさん、相当の金持ちらしいぜ?」
        今までの資金もほぼ奴個人が出している。
        

        「で、少しは調べられたのか?」
        「余りこちらも時間がなかったんでな。なんたってお前さんの銃殺刑が控えていたから。」
        一刻も早くロイの居る棟をエドに伝えなければいけなかった。


        「だが面白い事が判ったぜ?あのアイザック・ボーグって奴。」
        クワンの居る棟を調べながら、ヒューズはアイザックに関しても少し調べていたのだ。

        「赤い牙」と唯一の繋がりを持つアイザック・ボーグ。
        彼は一体何者なのか…それがわからない限り、信用は出来ない。 
       
        「アイザック・ボーグは10年前から存在してる。」
        「どういう意味だ…?」
        「赤い牙が台頭してきたのは10年ほど前からだ。事件が起こる度に『アイザック・ボーグ』と言う人物が
         関与しているんだ。」

        ロイは驚いた表情でヒューズを見つめていた。
        そんな馬鹿な!あのアイザックはどう見ても20代前半だ。若く見せても30代…

        全ての事件に奴が関与しているのは不可能だ…


        「アイザック・ボーグは…偽名か…」
        「そ、作戦名だな。作戦を請け負った幹部がその名前を使っていると言う事だ。」 
        「だが、大総統閣下もあの男の事をアイザックと呼んだ…」
        「一部の上層部も『アイザック・ボーグ』の意味を認識している様だったな。」

        判らない…一体この事件の真相がどうなっているのか…
        赤い牙は本当に味方なのか…
        ハボックやエド、ホークアイ中尉は何故あの男の元に集うのか…

        「どうする?ロイ…」
        「今私に必要なのは時間だ。」
        全てを把握し、整理する時間が欲しい…

        それに身体も動く事がままならない…これは想像していた以上にダメージがあったようだ… 

        「OK、じゃ、撤退だな。」
        ヒューズがそういいながらロイの方に手を置く。
        ロイはピクッと身体を震わせ、その手を払い除けてしまった。

        「ロイ…?」
        「あ、いや…すまない。思わず…」
        何だ…?この感覚…

        
        震えが止まらない…?

        ロイは両肩を押さえながらすっと立ち上がり、ヒューズを見ようとせずに湖の方へと眼を向けた。
        「今の私は大総統閣下を迎え撃つ事は出来ない。すぐに撤退を。」
        「だが『赤い牙』の新しいアジトに行く訳にも行かない。独自に闘うしかない。」
        「赤い牙と袂を別つのか?」
        「いたしかたあるまい。所詮テロリスト集団。無関係な人間を巻き込む犯罪者達とは手を結ぶ事は出来ない。」

        これは私の信念。決して譲れない。  
       
        ロイが屋敷に向かってフラフラ歩き出すのを見て、ヒューズはロイを支えるべく肩を抱く。
        
        「止めろ!離せ!」
        いきなりヒューズを突き飛ばし、その行為に驚いたのはヒューズよりもロイ本人だった。

        「ロイ…?一体どうした?」
        「ヒュー…ズ…私は…」
        
        身体が熱い…胸が苦しい…息が詰まる…
        震えが止まらない…
        ハァハアと荒い息をつきながら、ロイは再び屋敷に向かって歩き出す。

        遠くで見ていたエドとハボックが駆け寄って来て、ロイの身体を支えようと手を伸ばした。


        「私に触るな!」
        強い口調の叱責と共に、エドの手を激しく叩く。
        きょとんとしているエドに、ロイの表情は歪んだままだ。

        ハボックが背後から支える様に手を指し伸ばす。

        「いやだっ!来るな!」

        気配を察したロイは飛び上がるようにハボックを避け、前襟を押さえてその場にしゃがみ込んでしまった。


        「大佐…!?」
        「大佐、一体どうかして…」

        前のめりにしゃがみ込み両腕で肩を押さえて震えるロイに、エドもハボックも心配して近づこうとする。
        だが一歩前に進めば、身体がビクンと震え、恐怖の表情で見上げるロイにそれ以上前に進む事は出来なかった。


        「まだ催眠状態から抜けてないのか?」
        「違うな…こいつはとんでもない副作用が出ちまったか。」
        ヒューズとエドとハボックは、ロイから一定の距離を保ち見つめている。

        庭先での不審な動きに心配したアイザックが駆け寄ってきた。

        「どうしました?そろそろ出発しないと軍と鉢合わせになりますよ?」
        「スマン。俺達は置いてってくれ。」
        「ヒューズ中佐?」
        「ロイは…今動かせない。」

        ロイの方に眼を向けるヒューズに、アイザックは表情を変えずに黙って見つめる。

        置いて行ってどうする…?
        大佐の部下と鋼のと中佐だけでブラッドレイの軍と対抗する気か?
        大佐の焔が加わるならまだしも…これだけの人数で戦っても1分ともたないだろう。


        未だ震え続けるロイに向かってアイザックは躊躇なく前に進み始めた。
        
        恐怖に顔を引きつりながら、後ずさりするロイの胸座を掴み、そのまま鳩尾に拳を思いっきり叩きつけた。


        「アイザック!?」
        「アイザックさん!?何をするんです!」
         
        ぐったりと気を失うロイを抱え、つかつかとエド達の方へと戻っていく。


        「何を馬鹿な事を言っているんです!今は戦争中なんですよ。」
        「でも、大佐が…」
        「ここで終わりにしてもいいですけどね。それではあなた達は犯罪者のままです。」
        「判っているでしょう?このままでは一生追われる身となるんですよ。」
        私の作戦に加担した以上、最高のエンディングを迎えさせるのが私の使命。


        「あなた方は今テロ集団「赤い牙」のメンバーとなっているんです。それをお忘れなく。」
        我らは無様な結果は望まない。誇り高き戦士なのです。

        「それにまだ作戦は続行中です、エドワードさん、ハボック少尉。ここで大佐に死んで貰っては困ります。」
        「おい…一体何の話をしてるんだ?」
        「あぁ、中佐にはまだ話していませんでしたね。」

        首をかしげているヒューズに、アイザックはそっと耳打ちをする。
        その言葉を聞いた途端、ヒューズは驚愕の表情でエドとハボックを見つめ、アイザックに眼を向けた。


        「…成る程…そう言う訳だったのか。確かにここでロイに死なれちゃ困るな。」
        困惑の表情で、しかし全てを悟ったかのように深く溜め息をつく。
        参ったな。こんな事に巻き込まれるとは。

        まさに命がけの作戦だ。これは何としてもロイに勝って貰わないと…
        


        「…でも大佐がこんなんじゃ…」
        エドが気を失っているロイの頬をそっと撫でる。
        意識がなくても触れられているのが判るのか、僅かに表情が歪んでいた。

        「…拷問の後遺症、対人恐怖症ですね。自己催眠で潜在意識が表に出てしまったのも要因の一つでしょう。」
        そうさらりと言うアイザックの言葉に、エドもハボックもヒューズも表情を硬くする。

        一体どんな拷問をしたんだ…大総統のやつ!


        拳を握り締め、怒りを露にする。
        そんなエドに、アイザックはにっこり笑って見せた。


        「大丈夫。治療法はあります。荒療治ですけどね。」

        とにかく今はこの場を離れましょう。話はそれからです。

        エドもハボックもヒューズもこくんと頷き、アイザックと共に屋敷を後にする。
        

        それから2時間後、ブラッドレイの軍が別荘に到着した。


        「大総統閣下!既に皆逃亡した模様です。」
        「来るのを悟られたか。何か手がかりがないか隈なく探せ!」
        「大総統閣下!こんな紙が!」


        兵士が小さな紙切れを手にし、ブラッドレイの前に持っていった。
        その紙を見るやいなや、ブラッドレイの表情が緩やかになる。



        「マスタング大佐、対人恐怖症に。これから荒療治にかかる」


        荒療治か。果たして上手く治療できるかな…?


        「閣下!今から追えばきっと追いつきます!すぐに追撃隊を…」
        「まぁ待ちなさい。どうせ遠くには逃げられまい。暫くこの湖で休息するとしよう。」

        きょとんとしているグラン准将をよそに、ブラッドレイはテラスに出てその爽やかな風を身体に受けていた。



        「いい別荘じゃないか、アイザック。」
        「は?何かおっしゃいました?」
        「いや、何でもない。」


        手にしていた紙を細かく破き、風に乗せ空に散らせる。
        ロイ達が逃げた方向を見つめながら、ブラッドレイは限りなく黒く、そして満足げの笑みを浮かべていた。

        
           



        To be continues.

     




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