牙が赤く染まる時 2
ハボックが出勤しなくなって3日。
1〜2日の無断欠席は時々あった。
だがそれは大抵仲間と明け方まで飲み明かしたり、女に振られて再起不能状態になっていた時で、
部屋に行けば必ずベットで死んだように眠っていた。
だが今回は違う。
「いません…ね…」
「5日ほど経っているな、この状況は。」
ロイとホークアイ中尉はハボックが連絡無しに休むようになって心配し、大家に連絡を取り部屋の鍵を開け中に
入ってみたのだった。
部屋の中は荒らされた様子はなく、服や食器もきちんと片付けられていた。
自らの意思で出て行ったとしか思えんな…
ロイは腕組をしながら部屋の中を見回す。
「大佐、ちょっと。」
ホークアイに呼ばれて寝室に行ってみると、タンスの引き出しが全部開けられていた。
引き出しの中の服はまばらだ。
「ふむ…これはどういう状況かな。」
「少尉が持っていた少し大きめの鞄が見当たりません。」
「下着も殆どなくなっています。それから洗面道具も…」
要約すれば、ハボックは何らかの意志が働き、自ら旅仕度を取って出て行ったと言うのか…
軍にも…私にも何も告げず…
「…あんな奴を連れて来た後だ。余計心配するじゃないか…」
「大佐…?」
「あ、いや、何でもない。お腹すかないか?中尉。」
ごそごそとポケットから財布を取り出すと、いくらかお札を抜き取りホークアイに渡した。
「近くに美味しいコーヒーの店があるんだ。そこでドーナツを少しとコーヒー二人分、買ってきてくれないか?」
「ハボックには悪いが、ここでお昼を取らせてもらおう。」
ホークアイはお金を受け取ると、自分お財布に入れ、さっと敬礼をかざした。
「…少尉の家の近くの店の事をどうしてご存知なんですか?」
「そう言えば少尉が休んだ時、時々お昼頃出ていらっしゃってましたね。」
何の事かな〜?
そうしらを切るような表情でホークアイに背を向けると、ハボックの食卓に座って背を向けたまま手を振った。
ホークアイは溜め息をこぼすと、小さく笑いながら部屋から出て行った。
一人残されたロイは色々考え始める。
アイザック・ボーグが来たのが先週の水曜日。
その後はボックは2日間の休暇を取っている。
これは前もって取っていた休暇だが、前日にあの男を連れてきたのが気にかかる。
「2日間の休暇の間に何があったのか。」
持ち出された衣服や下着から、2〜3日程度だと推測される。
休暇を利用して旅行に行き、そこで何か事件に巻き込まれたのか…
それとも…
「とにかく、中尉が戻って一息入れたら、部屋探しをさせて貰うか。」
何か手がかりが見つかるかもしれない。
旅行先さえ見当が付けば…
どかどか…
何だ…?誰か来たのか?
急にドアの向こうがあわただしくなり、ロイは椅子から立ち上がって覗き窓を覗こうとした。
バン!!!
いきなりドアが開き、数人の兵士が銃を手に入ってきた。
ロイは驚き、とっさに右手をかざしてしまう。
兵士達は銃を向け、ロイの周りを取り囲んだ。
「ま、待て!私は東方司令部の…」
「ロイ・マスタング大佐だな。調べは付いている。」
兵士の脇から一人の将校がゆっくりと現れ、ロイの目の前に辿り着く。
「グラン…将軍…」
「久しぶりだな。大佐。こんな事で訊ねたくなかったが…」
ぱちんと指で合図すると、兵士がロイの両手を拘束し後ろ手に手錠をかけた。
勿論、発火布の手袋はその場で切り捨てる。
「なっ!お待ち下さい!一体これは何の真似ですか!」
両手を押さえ込まれ、ロイは頭をテーブルに押し付けられて動きを拘束されていた。
僅かに動く頭を必死でグランの方に向け、近寄るグランを睨みつけた。
「垂れ込みがあってな。お前の部下がテロリストと内通していると。」
「内定調査をしていたところ、そのテロリストの幹部と貴様が接触した事が判明した。」
な…んだと…!?
アイザック・ボーグの事か!?しかしそれはハボック以外誰も知らないはず…
「ジャン・ハボックの部屋を強制捜査しようとここに来てみれば、貴様がいたと言うわけだ。」
「やはりテロリストと連絡を取ろうとしていたな!もう言い訳は聞かんぞ!」
ガシッとロイの髪を掴み、自分の眼の前に引き寄せた。
ニヤリと笑うその顔には、明らかな欲情が表れている。
「どうぞ、お好きな様にお調べ下さい。私は無実だという事が判明されるでしょう。」
「部下にしても、です。まだテロリストと内通していると言う証拠は何処にもないはず。」
バシッとロイの頬を殴り、壁際に突き飛ばした。
口端から流れる血に、そこにいる兵士の全てがズキンと胸が高鳴った。
乱れる前髪から覗く反抗的な瞳に、グランの身体は熱くなっていく。
「お前の言い分は司令部で聞いてやる。たっぷりとな。」
連れて行け!と言う命令に、兵士はロイを引っ張りあげ連行していった。
アパートの周りには軍用者が数台停まっていて、周りには野次馬がひしめき合っていた。
その中をまるでさらし者の様にロイは歩かされて行く。
その視線の先に、コーヒーとドーナツを持った中尉が飛び込んできた。
『大佐!?』と叫ぼうとした彼女に向かって、ロイは小さく首を振る。
中尉はとっさに判断し、そのまま路地を曲がって身を隠した。
そうだ…君を巻き込む訳には行かないからな…
それに中尉が無事ならこの愚かな逮捕劇を誰が演出しているのか暴いてくれるだろう。
ぐっと車に押し込まれ、ロイは司令部に連れて行かれる。
その『マスタング大佐逮捕』という報告を中央の大総統府で聞いた独裁者は満面の笑みを浮かべ更なる命令を下した。
「そうか、捕えたか。ではすぐにセントラルに移送する様に。」
私が直々に尋問する。
さぁ、楽しいショウの始まりだ。
すぐに自白などするなよ、マスタング。
久しぶりに私を楽しませてくれ…ククク…
To be continues.