牙が赤く染まる時  21



        「突撃!」


        グラン准将の一声に、戦車隊を始め、歩兵部隊が一斉に前進を始めた。
        土煙を上げながら進む戦車に、勿論銃は聞く筈はない。

        戦車の後ろから身を守る様に進む歩兵達。
        
        これでは武器も人数も最少のマスタングの軍に勝てる筈はない。


        グランはそう高をくくっていた。



        だが…



        ドォォン!!と言う音と共に、戦車が次々に焔に包まれていく。 
        構わず前進すれば、いきなり地面が盛り上がり、底を突き上げられて横転する。


        「マスタングの焔とエドワード・エルリックの錬金術か!」
        次々と破壊されていく戦車隊に、歩兵部隊にも動揺が走っていった。 


        「おのれ!マスタングめ!あくまでも軍に逆らうか!」
        「まぁ、こうでなくては面白くない。」
        グランの怒り心頭な表情に比べ、ブラッドレイは楽しそうに微笑んでいる。

        うろたえる歩兵部隊にブラッドレイは自ら指揮を取り、ロイ達が陣取る場所を真っ直ぐ指差し命令を下す。



        「ロイ・マスタングとエドワード・エルリックを撃て。それで勝負は決まる。」



        他の雑魚には眼をくれるな。全ての鍵を握っているのはこの二人。
        どちらか一人でも良い。負傷させて戦線離脱させよ。


        「だが忘れるな。マスタングは決して殺してはならぬ。」
        あれを殺すのはこの私。我が楽しみを奪うものは味方の兵でもその場で切り捨てる。


        「行け!勝利は我にあり!」


        叫び声と同時に、歩兵部隊が喊声を上げながらロイの居る陣に向かって走り出した。




        
        「大佐!総攻撃です!」
        「戦車隊は後退し、歩兵部隊が向かってきます!大佐!どうしましょう!」
        

        ホークアイもハボックも銃を構えるが引き金を引けず、困惑の表情でロイを見上げる。
        同じ国民同士殺し合いたくない。

        戦車は倒せても人間その者に焔を振るう訳には行かない。


        「…私の弱点を鋭くついてきたな…」

        ロイは苦笑交じりで溜め息をつき、歩兵部隊に向かってパチンと指を鳴らした。


        焔が大きく立ちはだかり、部隊は一瞬動きを止める。

        「エド、今だ!壁を作って行く手を遮れ!」
        「了解!アル、手伝ってくれ!」
        「OK!いくよ、兄さん!}


        連携もスムーズにエドとアルは二人の力を合わせて歩兵部隊の前に大きな壁をぐるりと作る。
        ロイ達は体勢を整え、中尉達に肩や足を狙うよう指示を出す。

        「出来る限りでいい。無理な時は撃つな。」
        「優しすぎるのも時には困るんですがね。」
 
        ハボックがグリップを握りながら嫌味ったらしくロイを見つめる。

        この状況で殺すなと言う方が無理なのかもしれない。
   

        だが、もう二度と同じ国民同士で殺し合いはしたくない。
        ましてや相手は同じ同胞のアメストリス軍。



        私が倒すのはただ一人でいいんだ…



        「無理なら退け…強制はしない。」
        「ハイハイ。俺達はあんたの有能な部下ですから、あんたの望む仕事をしますよ。」

        ぱちんとウィンクをして、ハボックやホークアイがにっこりと微笑んだ。


        
        ロイが焔で狙おうとすると、沢山の弾丸がロイを狙って飛び交う。
        すかさずホークアイが歩兵の足を狙って撃つ。

        それでも弾はロイ目掛けて飛んでくる。



        アルが身を呈してエドを守っている。
        鎧の身体は弾丸を跳ね返すが、貫通して居る箇所も多数ある。

        
        「アル、気をつけろよ。印の部分を撃ち抜かれたら…」
        「この状況下で気を付けるも何も出来るわけないでしょ。」
        それより自分の身を心配してよね。

        「後で治して貰うんだから。」

        その言葉にエドはふっと小さく笑い、アルと拳を軽く合わせ、また戦場へと意識を戻す。

        
        逆にホークアイやハボック、ヒューズ達の方には余り弾が飛んでこなくなった。

        多くの歩兵達が、ロイとエドに狙いを定めているのだ


        「大佐とエドをやっちまえば俺達の負けって事っすかね。」
        「まぁ、そうだろう。二人がいなければ俺達はただの一介の兵士に過ぎんからな。」

        まるで他人事のように笑いながら、銃に弾を詰めていく。

        だがそれも底を尽き始めた。


        もう…限界か…
        これ以上やれば全滅は免れない。


        責任を負うのは…この私だけでいいんだ…


        
        「一端下がる!援護するからオアシスの茂みまで行け!」
        「鋼の!皆と共に行け!追ってくる者を排除しろ!」

 
        ロイがそう命令すると、皆武器を一端下げ、後方に下がる体勢を整えた。
        だがエドだけはそれをせず、ロイのほうをじっと見つめていた。


        「どうした、鋼の。早く行かんか。」
        
        諭すように静かに、だが強い口調でエドに話す。

        エドは顔をしかめながら、ロイの傍に近づいていった。



        「…一人で責任取る気かよ…」
        「…鋼の…早く行け。」
        「俺はあんたの傍に居る、そう決めたんだ。だから行かない。」


        「行け…私も後から必ず下がる。だから…」


        嘘だ…あんたはここで一人残り、俺達を逃がして自ら捕まる気だ。
        

        エドのその言葉にロイが一瞬動揺する。
        その瞬間を狙撃兵は見逃さなかった。



        バシュッ!


        エドの眼の前で血飛沫が飛び、漆黒の髪がゆらりと揺れる。


        「大佐!」「大佐!!」

        ドサッとロイが倒れ、地面が赤黒く変わっていく。


        「大佐!!!」
        エドとハボックがいち早く駆け寄り、倒れているロイを抱き起こした。

        ぬるりとした血の感触がその手を赤く染めていく。


        「撃たれた…大佐が…」
        「何処を撃たれました!?大佐!しっかりして下さいよ!」

        ハボックの声にロイの身体がピクリと反応する。
        うっすらと漆黒の瞳を開け、だが苦痛の表情で辺りを見回した。


        「大佐…」
        「ふ…私とした事が油断した…」
        うっと呻きながら右肩に左手を添えた。

        白い発火布がみるみる赤く染まっていく。


        「早く止血を!ブレダ少尉!何か布を持ってきて!」
        「軍服を破いて傷の具合を見なきゃ!」
        
        「ば、かもの!それよりも早く撤退を…」

        ほぼ全員が自分の周りに集まり、ロイは顔を歪めながらも部下達を逃がそうと命令を下す。
        だがそれに従う者はもはや誰もいなかった。


        「最後までお付き合いするって言ったじゃないっすか。」
        ハボックはロイを抱きかかえながらビリッと服を破き、破いたシャツで血を拭う。
        汗を流し始めたロイの額を、エドがそっと唇を落とした。

        ホークアイが包帯代わりの布を肩にきつく縛り、ファルマンやフュリーが心配そうに見守っていた。

        銃弾飛び交う中、ロイの周りの空気は何故だか穏やかに流れていた。


     

        
        「動くな!全員手を挙げ…ろ?」

        歩兵部隊が銃を構え、ロイ達の周りを包囲しても、皆動揺する事無く、静かにその成り行きを見守ろうとしていた。
        その落ち着きぶりに、兵士達は不思議そうに首をかしげながらも、ロイをその部下達から引き離し、孤立させる。


        ハボックやエド達は銃に囲まれ、完全に逃げ場を失ってしまっていた。
        ロイは地面に座らされ、周りを完全に包囲し、発火布もその場で剥ぎ取られた。


        暫くそのままの状態で待機させられ… その間にもロイの体力はどんどん失われていった。
       

        

        一台の軍用車とジープが土埃を上げながらロイの眼の前で急停止する。
        中から出て来たのはグランと、険しい顔をしたブラッドレイだった。


        先に出たグランが敬礼をかざしてブラッドレイを出迎える。

        ブラッドレイは戦闘服のまま、ロイの前に立ちはだかった。



        「…随分と手こずらせてくれたものだ。マスタングよ。」
        「…随分と時間がかかりましたね。もっと早く制圧されると思っていました。」

        
        ブラッドレイの威圧感に満ちた問いに、ロイは嫌味で答える。
        事実、こんなに持つとはロイも思っていなかった。
 
        「私の部下が優秀だったのか、閣下の部下が無能だったのか。」
        「何だと!わしが無能だと言うのか貴様!」

        ブラッドレイの背後から、怒りで真っ赤になったグランが飛び出してきた。
        銃を構える兵士をなぎ払い、地面にうずくまるロイの胸座を掴んで自分に引き寄せた。


        「うっああ…!」
        「フン、傷が痛むか。でかい口を叩きおって。今の自分の状況がどんな立場に置かれているのか
         判ってないようだな。」

        どさっとロイを地面に落とすと、グランは腰から拳銃を取り出し、ロイに狙いを定めた。
        

        「貴様は反逆者として、今この場で射殺しても良いのだぞ!」
        「どうぞ。ご自由に。無抵抗の人間を撃てる様なプライドしかないのでしたら。」

        ハァハァと息を荒くしながらも、ロイの瞳は強い光を秘めながら、グランを見据えていた。   


        「貴様〜〜!」
        カチャッとトリガーをひく音がすると、エドの表情がサァッと曇る。

        だが引き金を引く前に、グランの銃は鈍い衝撃にあい、地面に落としてしまった。




        「愚か者め。殺してはならぬを命じたであろうが。」
    


        サーベルの鞘を右手にかざし、グランの腰をポンポンと叩くと、グランは黙ってブラッドレイに道を開けた。

        ブラッドレイは静かにロイの前に立つと、サーベルでその顎をくいっと上げさせた。


        「命乞いはしないのかね?」
        「出来るような事はしておりません。既に覚悟の上…ですが…」
        「ん?」


        ロイはちらりとエドやハボック達が居る方に眼を向け、そして真剣な眼差しでブラッドレイに眼を合わせた。



        「…部下達に罪はありません。彼らは上官の命令に従っただけです。軍人としての責務を全うしただけ。」
        「上官である、私の命令に従っただけです…ですから…」


        彼らには温情ある裁決を…
        一切の責任は私にあるのです…


        そう言い放つと、ロイは地面に俯き、力なく肩を落とした。


        ブラッドレイはそんなロイをじっと見つめ…一言「良かろう」と呟いた。



        ロイはその言葉を聞き、安心したかのように小さく溜め息をつくと、すっと顔を上げブラッドレイに微笑んだ。



        その手には先程のグランの銃が握られている。
        そして銃口を自分の方に向けていた。



        「マスタング!!」
        「大佐!早まっては駄目です!大佐!!」


        いいんだ…このまま私は自らの命を絶とう。


        私はこの先閣下の元でペットに成り下がり、生きているとも死んでいるとも判らぬ人生を送るのだろう。
        


        だがそんな事はさせない…あなたを喜ばせるような事をさせてたまるものか!




        「あなたは決して私を手に入れる事など出来ない。」
        私はあなたの物になど決してならない。



        命を賭けて。






        「駄目だ!大佐!止めろ!」
        
        エドの悲痛な声が辺りに響く。


        ロイは穏やかな表情で引き金を引こうと指に力を入れた。





        バーーン





        一発の銃声が荒野の戦場にこだました。






        「大佐!」「マスタング!」


        エドとハボックは兵士を振り切り、ロイの傍へと駆け寄っていく。
        ブラッドレイも膝をおり、倒れているロイの身体を抱き起こした。
        
        「うっ…」
        「大佐!怪我は!生きてる!?」
        「全く馬鹿な事をしますね!あんたは!」

        エドやハボックの呼びかけに、ロイは静かに眼を開ける。
        自分が生きている事に驚きを感じながら、手に持っていた筈の銃がない事に気がつく。
        足元にグランの銃が落ちていて、くっきりと弾丸の後が残されていた。

        そう、ロイが構えていた銃は、ある方向から飛んできた銃によって撃ち落されたのだ。

        ロイを始め、皆がその方向に眼を向ける



        長身の男が荒野に立ち、金色の長髪が風になびいていた。
        構えている銃口からは、さっき撃ったばかりの煙が立ち込めていた。





        「アイザック…何故ここに…」
        お前には退去命令を出したはず。そしてお前もそれを受け入れ、私とお前との間は完全に決裂したのに。

        ハボックに支えられながらロイは静かに立ち上がると、困惑の表情でアイザックを見つめている。


        今この場にいたら、お前は捕まってしまうのに!そうしたらお前の組織は…赤い牙は…!?

        お前のこの国への信念は?



        ロイの問いに、優雅な笑顔で答えながら、ゆっくりと近づいてくる。


        「馬鹿な事をしますね。大佐。閣下も、こういう行動を取る事を予測できなかったのですか?」
        「こやつがここまで馬鹿で純粋だとは思わなかったのでな。」

        
        「だからこそ、ここまで部下に信頼されるんです。」


        ハボックやホークアイ達にぱちんとウィンクして、アイザックはブラッドレイの前で敬礼をかざした。



        


 
        「これにて、ロイ・マスタング大佐の国家錬金術師査定及び、軍将校としての適正監査を終了します。」

        「ご苦労だった。アイザック・ボーグ中佐。」 




        ブラッドレイが小さく頷くと、ハボックやホークアイたち全ての部下が、ブラッドレイに敬礼をかざす。

        エドとアルも顔を見合わせ、ロイに向かってウィンクをする。






        査定…?今までの事…全部…仕組まれた事だったのか…? 
        皆…知って…て…



        呆然とするロイに、ブラッドレイも悪戯をばらした子供の様な表情で笑いかる。

        驚愕の表情でブラッドレイの方へと一歩足を踏み出した途端、ロイはバランスを崩して倒れ掛かる。

        

        エドとハボックとアイザックが慌てて受け止めようと手を伸ばした。
        だがブラッドレイがいち早く手を伸ばし、倒れてくるロイをしっかり受け止めた。


        何もかも…全て…あなたが仕組んだ事だった…
        私が受けた屈辱の数日間…あなたはさぞ楽しかったでしょうね。
        
        恨めしそうに睨み上げ、ロイはブラッドレイの腕を強く掴む。


        その表情のまま、ロイは出血のため、ブラッドレイの腕の中で気を失ってしまった。
        

        
        だらりと力なく崩れ落ちるロイを、ブラッドレイは満面の笑みで抱き上げた。





        「攻撃終了!中央に引き上げる!」






        ブラッドレイの嬉々とした声が荒野中に轟き、ここに「赤い牙」事件は終結した。
                                    

        

        To be continues.

     




裏小説TOPに戻る Back Next    



楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル