牙が赤く染まる時 7
「5日後に銃殺だとさ。」
手に取った一枚の紙をぱさっと机に放り投げると、小さく溜め息をついて椅子に腰掛けた。
「大総統も随分思いきった事をしでかすな。あれ程のお気に入りの黒猫を銃殺刑にするなんて。」
「のんびりと事を構えている場合じゃないですよ!大将!」
ハボックがタバコを吹かしながらエドが放り投げた紙を読んでいた。
エドと同じ様に小さく溜め息をつくと、その紙を今度はホークアイに渡す。
「どう思う?中尉。」
「明らかに我々を誘き寄せる罠ですね。エドワード君もそう思っているのでは?」
ホークアイにそう指摘され、エドワードは苦笑交じりに微笑んだ。
「当然だろう。あの大総統が大佐を殺すとは思えない。だが釈放するとも思わない。」
恐らく、一生ペットとして闇で飼い続けるだろう。
殺されはしないが、上を目指す大佐にとってそれは死にも値する。
「で?エドワード君はどうするおつもりです?」
「勿論!救出するさ。」
ホークアイから紙を受取ると、それを両手でくしゃくしゃに丸めゴミ箱へと放り込んだ。
「大佐は俺のモンだって言っているのに…こんな事…」
出世の為に身体を開くならまだ我慢もできるさ。
だが今回は違う。これは明らかに凌辱行為。俺への挑戦だ。
「って、大将。何時から大佐はあんたの物になったんすか?」
「ばーか。今からに決まってるだろ?」
タバコの火を消しながら、じろっと睨みつけるハボックに、間髪いれずに応戦する。
あんたが大佐を好きだって事ぐらい知ってるさ。
だがその思いは一方通行。それは俺も同じ。
「大佐は、今は恋愛をする余裕なんてありませんから。」
おっと、ここにも参戦する人がいたか。
テーブルの紅茶をゴクンと飲み干すと、ホークアイはそのまま席を立ち奥の部屋へと下がっていった。
あの人の後ろに着いて行く人間は、皆あの人に恋をする。
ホークアイ中尉も然り。ハボック少尉も俺も。
だが大佐はそう簡単には手に入らない。
この国の独裁者でさえ、心は未だ手に入れていない。
「で、何時襲撃するんです?」
「そうだな…明らかに囮とわかってて、その日に救出するのも何だしな。」
「あまり長引くと大佐の精神がやられてしまうかもしれませんよ、エドワードさん。」
紅茶のお代わりをすすりながら、アイザックがホークアイが座っていた椅子に腰掛けてきた。
「精神がやられるって…?」
「第3中央刑務所はテロリスト達が多く収監されている刑務所です。
私達の仲間の多くがあそこに収監されています。」
「大佐はテロリストたちの間では有名ですからね。そこに収監されたとなると…」
「狼の群れの中に放り込まれた哀れな子羊同然って訳か。」
ハボックとエドの表情が一気に曇る。
独房に入れられればまだしも、ブラッドレイがそんな生易しい事をするはずが無い。
恐らくテロリストの囚人たちの中に放り込まれているはずだ。
「早急に手を打たなきゃな。」
「準備はいつでも。後はあなたの命令を待つだけですよ、エドワードさん。」
だが大総統を相手に喧嘩を買うんだ。行き当たりばったりの計画では全滅しかねない。
「ここも月が変われば引き払うんだろう?」
「えぇ。そのつもりです。それが我々のやり方ですから。」
「じゃ、引き払う前に全てを終わらせてしまおう。」
アイザックの表情が僅かに動く。
引き払うまであと4日。
襲撃に失敗して、ここのアジトの場所が判明してしまっても、新たなアジトが既に控えている。
そうなったらここを捨てて、新しい所に移動すればいい。
「救出は明日か明後日。準備は出来ているんだろう?」
エドの微笑みに、アイザックも微笑みで返す。
大きく頷くと、エドは刑務所の地図をテーブルに広げだした。
「警備の状況はわかるか?」
「昨日の時点なら。しかし、罠を仕掛けた以上、警備はもっと厳重になっている筈です。」
「壁に穴を開けてくれるだけでいい。中の囚人達がきっと加勢してくれる。」
と言うより、その期に乗じて脱獄しようと、中は大混乱になるはずだ。
「大総統の動きを把握する必要があるな。」
「出来ればあの方がいない時の方がいいですね。」
この国を震撼させ続けている「赤い牙」の幹部ですら戦慄を覚える独裁者。
その強さは計り知れないものを持っている。出来れば対決はしたくないのだが…
「それと大佐が何処の棟に居るのか知る術はあるかな。」
「効率よく行きたいですからね。無駄な行動は避けるべきです。」
「何か案はあるか?」
皆がアイザックの方へ眼を向けた。
小さく溜め息をつきながら、アイザックは胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
「………ま、仕方がねぇな。こいつを利用しよう。」
俺やハボックたちと同じく、大佐の下について大佐を持ち上げている奴。
そして俺達と同じ様に大佐に恋をしている。
俺達より少し長く傍に居るのをいい事に、その特権を振りかざして俺達を牽制する嫌な奴。
出来ればあいつは今回の件に加えたくなかったんだがな。
「接触したのか?」
「いえ、まだです。思いの他軍の手が回るのが早くて、身動きできなくなってしまいましたからね。」
「接触…出来るのか…?」
全員が動きを止めてアイザックを見つめている。
状況は厳しいのはわかっている。
アイザックは写真をポケットにしまうと、ポンと叩いて微笑んだ。
「何とかなるでしょう。」
その穏やかな笑顔は、緊張状態のエド達の心を和ませる。
単なる楽観主義ではない。
それを成し遂げる力がアイザックには備わっているのだ。
「よし、大佐の状況がわかり次第行動を開始する。皆はいつでも出撃できる準備をしておいてくれ。」
「この件はアイザックに任せる。だが気をつけて行けよ。万が一の事があったら…」
「その時は私を見捨て、あなたの思うままに行動を。」
優雅な立ち振る舞いで一礼をして、アイザックはアジトを後にセントラルへと向かった。
セントラル郊外のとある一軒家。
マース・ヒューズ中佐の家へ…
諜報部の中佐なら堂々と大佐の面会が出来る。
もし会えないとしても、何処の棟にいるかは調べる事が出来るだろう。
それまで大佐の精神が持つ事を祈るしかない。
大丈夫、あの人なら…
何があっても耐えてくれるはずだ。
誇り高き我らの焔…その火が消える事は無い。俺達はそう信じている。
To be continues.