緑色の恋心 10
「エド!エド!!しっかり…」
私の腕の中でぐったりと萎れかかっているエドを抱きしめ、私は叫び続けていた。
「大佐!」
「大佐!ご無事ですか!」
ホークアイ中尉やファルマン達が部屋に入って駆け寄ってくる。
私の姿を見て、ホークアイ中尉が一瞬傍に寄るのを躊躇し、ファルマン准尉が自分のコートを私にかけてくれた。
こういう時、ファルマンはとっさの気遣いが上手いな。
呆然としている私に、ホークアイ中尉が声をかける。
「大佐…」
「中尉…エドが…」
萎れているエドを抱きしめ、私はそれ以上の言葉が出なかった。
ホークアイ中尉は私の傍らにそっとしゃがみ、エドを抱きしめている腕を取ってエドをそっと床に降ろした。
「とにかく外へ…ハボック少尉もこちらに向かっていると思いますから。」
ブレダ少尉、手伝って…
そう彼女は言いながら私の腕を肩にかける。
力を失った私は、皆に支えられるように立ち上がった。
「ふん、貴重な研究資料だったが、まぁ仕方ない。」
グラン准将がエドの側に近づき、動かなくなった蔦を手に取っている。
お前が…お前がエドをこんなにしたんじゃないか!
「この死骸を持っていけば少しは研究材料になるか。」
「しかし将軍閣下、このキメラは根が床を突き破って生えておりますが…」
部下の一人がエドの根元を指差し、どうやって運ぶんだ?と言う表情で首を傾げていた。
グラン准将はエドの根元を強引に引きちぎろうとエドに手をかけた。
「…駄目だ…触るな…」
「何だ?マスタング大佐。何か言ったか?」
「触るな!それは…私のものだ!」
中尉とファルマンの腕を振り払い、私はグラン准将を押しのけエドに抱きついた。
そうだ…これはエドなんだ…誰にも渡さない。
私だけのものなんだ…
「おのれ!軍人の癖に上官であるこのわしに逆らうか!」
「大佐!止めて下さい!それはもう死んでます!」
「ファルマン准尉、ブレダ少尉、大佐を早く!」
ホークアイ中尉の叫び声が聞こえるが、もうどうでもいい…
私は…エドと一緒ならどこへでも…
たいさ…
エド…?
たいさ…
腕の中で萎れていたエドが、ぴくりと動き出す。
動かなくなったはずの蔦が、数本ピクンとうねっている。
エド…?お前…生きて…
一瞬の沈黙の後、蔦がいきなり大きく動き出した。
「きゃぁっ!」
「何なんだ!これはっ!!」
床が波を打つ様にうねり、床板をバキバキと剥がしていく。
研究所の床全体に根が張っていたのか、家がぎしぎしと歪みだす。
「大佐!早くこちらに!」
「グラン将軍!早くここから逃げないと危険です!」
皆が右往左往している中、エドの避けた幹から樹液が染み出してきた。
その樹液が掛かると、エドの幹はたちまち元に戻っていく。
同じ様に切れ掛かった蔦からも樹液が染み出し、そして一気に治癒していく。
私の身体中に付いた痣や傷も、樹液が掛かるとたちどころに治っていった。
究極の治療薬…それはこの樹液だったのか…
完全に復活したエドを見て、グラン准将が歓喜の眼で見つめていた。
「これだ!我が軍に必要なのはこのキメラなのだ!」
「なんとしてでもこいつを連れて行くぞ!どけ!マスタング!」
グローブをはめ、近づくグラン准将に、私はエドを背にして立ちはだかる。
「貴様!わしに逆らうか!」
「将軍は…これを私に下さると約束したじゃないですか!」
「愚か者が!これ程の研究材料を貴様如きに渡せると思っているのか!」
一歩前に出るグラン准将めがけて、エドが蔦を一斉に向かわせる。
グラン准将が錬金術を発動させる瞬間に、エドの蔦はその鋭さでグローブを切り裂いた。
「!!こやつ!鋼鉄のグローブを!」
グローブを破壊され、グラン准将は一気に後退して行く。
錬金術が使えなければただのでくの坊だ。
武道派と自負しているが、エドに敵うとは思えない。
根は益々部屋を侵食し、もう立っていられないほど揺れていた。
「皆すぐに退避!急いで!」
「大佐も早く!研究所が崩壊します!」
ホークアイ中尉が必死で叫んでいる…
グラン准将たちも慌てふためく様に窓から逃げ出していく。
エドを放って行く訳にはいかない。
そう思って首を横に振ると、ホークアイ中尉は私の腕を引っ張り出す。
「あなたが死んだら誰がこの国を救うんですか!大佐!」
その言葉に一瞬の戸惑いを感じる。
ドォオン…
その時、台所の方で小さな爆発音が響いてきた。
「今のはっ!?」
「台所の方だ…何かが倒れたのか…」
「大変です!台所のガスが漏れて火が!」
ブレダ少尉が慌ててやってきたその背後から、真っ赤な炎が立ち上がっていた。
「大佐!早く!」
黒い煙があたりを充満し始め、中尉や皆は口元を抑え咳き込んでいる。
研究室の窓を叩き割り、皆そこから非難していく。
「大佐!早くこっちへ!」
「中尉が先に出るんだ。」
私はホークアイ中尉の腕を掴み、窓際まで連れて行くと押し出すように外に退避させる。
「大佐!」
手を差し伸べる中尉に私は小さく微笑み、首を横に振る。
「大佐!!いけません!大佐!!!」
彼女の叫び声は、迫り来る炎の轟音で消されていった。
私は窓から離れ、エドの方に目を向けた。
エドはうねり声を上げ、まだ揺れている。
私はその側に座り、エドを抱きしめてキスを交わす。
「怖くない。私はどこにも行かないよ。お前と一緒だ。」
離さない。離れない。
お前と共にここで最後を迎えよう。
たいさ…
たいさ…
エドはそう話しかけながら、私の身体に蔦を絡ませていく。
根はもう動いておらず、私達の居る部屋にも炎が迫っていた。
炎で焼かれる蔦は、樹液の効果は追いつかず、次々と黒く焼け焦げていった。
炭と化した蔦はもう再生はしない。故に火を怖がっていたんだな。
煙が部屋に充満し、私も咳き込み出す。
背後の炎が身体を熱く焼き付けていく。ああ、焔とはこんなにも熱いものだったのか。
だが不思議と死への恐れはなかった。
エド…お前と一緒にいるからかもしれないな。
残された蔦が私にどんどん絡みつく。
お前も私と一緒に居たいのか…
たいさ…
蔦から伝わるその言葉を聞くや否や、エドは私を引き剥がし、宙に浮かせる状態にした。
「エド!何を!私はずっとお前の側に!!」
アイシテル…
エド…!?今なんと…言った…?
その次の瞬間、蔦は私を大きく揺さぶり、窓に向かって最後の力を振り絞り私を放り投げた。
私の身体は崩れ行く部屋を抜け、弧を描きながら宙を舞い、そして柔らかい芝生の上に転がっていった。
とっさに受身の態勢を取ったので軽い怪我ですんだのは、日ごろの訓練の賜物か。
「大佐!!!」
「大佐!ご無事ですか!」
皆が駆け寄ってくるが、私は一人錯乱状態だった。
「エドが!!まだあの中にエドが居るんだ!」
「大佐!落ち着いて!もう駄目です…火の勢いが強すぎて…」
「では私も彼と一緒に!最後まで側に居てあげると誓ったんだ!」
もう一度炎の中に身を投じようとする私を、ホークアイ中尉たちが必死で押さえ込む。
揺れる炎の中で、エドの影がちらりと見える。
業火の中でまるで笑っているように、エドは私を見続けていた。
「エド!!」
その瞬間、研究所は崩れ落ち、炎はすべてを飲み込んでいく。
エドが!!!私のエドワードが!
悲鳴をあげながらエドの側に行こうとする私を、一際大きな手が掴み押さえていた。
「大佐!しっかりして下さい!」
金髪の大男が私をがっしりと抑え身動きできなくしてしまった…
「ハボック!離せ!エドが!彼を助けなければ!」
「落ち着いて!大佐!もう無理です!それに…」
「エドワードさんは無事です…」
…?今…何て…?
「エドの大将は無事です!ちゃんと生きてます!」
キメラになんかなってません!大佐!ちゃんと人間の姿で生きてます!
ハボックのその言葉に私はしばらく思考能力を失ってしまったようだった。
エドが…生きてる…?
「間違いないです。俺、本人に会って話もしてきました。だからあのキメラはエドワードさんじゃないんです!」
あんたが一緒に死ぬ意味なんてないんです!大佐!
エドワードが…私のエドワードが生きてる…
本当に…
生きているんだ…
そう頭の中で納得した直後、私はハボックにしがみ付く様に倒れ、そのまま意識を失ってしまった。
To be continues.