緑色の恋心   11




炎は一晩燃え続け、研究所は跡形もなく崩れ落ちていた。

地下の抜け道も、秘密の部屋もすべて灰と化していた。



グラン准将達がある程度の研究資料を持ち出していたので、特に焼け跡を調べる事もなく
セントラルに引き上げていった。

博士の捜索は引き続きグラン准将の部下が行っている。



私は煙を少し吸ったことで病院に運ばれたが、大した事もなく、その日の内に帰る事が出来た。
ハボックからアルフォンス君が連絡をしてきた事を聞き、司令部ではなくハボックの家で待つよう指示をする。


グラン准将の部下がまだ残っている。司令部で話を聞くのは危険すぎる。


病院からそのままハボックの家に直行した。
ホークアイ中尉も一緒に来て貰う。今後の事を決めるにも彼女の知恵と決断は頼りになる。




「大佐!大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だ。とにかく君の話を聞きたくてね。」

エドは…ここにはいない。
アルの話では博士と一緒にリゼンプールに向かっているそうだ。

「僕が一緒だと目立つので。それにちゃんとお話しないといけないと思いまして。」
兄さんだと絶対感情的になるから、僕が残ったんです。

くすっとホークアイ中尉が笑っている。
確かに。鋼のだと絶対感情的になるだろう。


エドが、じゃない。私が、だ。


「これまでの経緯を教えてくれないか。」
「ハイ。まず、ルカー博士の誤解を解きたいと思います。」


アルフォンスは静かに語り始めた。



ルカー博士は究極の治療薬を開発する為に研究を重ねていた。
それは軍の為ではなく、勿論戦争の為などではない。

不治の病や、治らない程の大怪我を負った人を助けたいと言う純粋な医者の心からだ。

そこで博士が着目したのは、植物の治癒能力だった。
幹に傷をつけても自然に再生し、枝を切っても新たな枝が生えてくるその力。

この力を人間に利用出来ないだろうか。

そう思った博士は錬金術を駆使して研究を重ね、そうして出来たのがあの合成植物だった。


人間に利用する為には人間の一部を錬金術に使わなければならない。
だが人体錬成は錬金術において最大のタブー。
何とか人体を使わずに人体を錬成できないだろうか…


そこで考え出したのが体液だった。


唾、血、汗、尿、すべての体液を試し、キメラと錬成させる。
だがどれも満足のいく治療薬には程遠いものだった。


そして行き着いたのが精液。

ここには人間の遺伝子が沢山詰め込まれている。錬成にはもってこいだ。
だが博士一人の精液では研究もせばまってしまう。
何人もの遺伝子情報を重ね、すべての人間に効く治療薬が生まれる。


博士は町を歩き、浮浪者に声をかけ研究に協力するよう頼み込んだ。
浮浪者たちは喜んで協力した。
暖かい食事を与えられ、新しい衣服を与えられ、その代価に自分の精液を提供する。
博士に研究所で数日過ごした浮浪者達は、そのキメラの効力により身体の病気も治り、気力も取り戻し…

研究所に来る前とは別人の様に生まれ変わり、スラム街には戻らず、人生をやり直す為に新たに旅立っていったのだ。


「成る程。浮浪者達が研究所に行ったきり帰って来なかった訳だ。」
「お陰であの研究所のあたりの治安はかなりよくなったそうですよ。」

そう言えば…治安の悪い東部の割りには、あの研究所のある町は静かで落ち着いていたな。


「そうやって…沢山の研究材料を得た博士は、究極の治療薬を生み出すキメラを錬成できたんです。」
傷や心の病もたちどころに癒してしまう樹液を作り出すキメラを。


そうか。あのキメラの樹液はそういう効果があったのか。
確かに、あの樹液を浴びた時、とても心が癒されていったな。

あれはエドが私を抱いているからだと思っていたのだが…


「でも、その噂を聞きつけた軍が、あの治療薬を戦争に利用しようと思って…」
博士はとても悩んでいました。
国の為に使われるのならそれは大いに喜ばしい事だと。
怪我をした兵士達が助かるなら喜んで提供しただろう。


だが、軍はその治療薬で兵士達をどんどん回復させ、新たに戦いを広げようと画策していた。

「錬金術は大衆の為にあれ」この言葉を重んじていた博士は、軍への協力を拒み続けた。


「そうこうしているうちに、博士が人体錬成をしているという噂が広がって…」
「博士はいつか軍が自分を捕らえに来ると予測していたんです。」

だから地下の研究所を作った。
いざという時そこにすべてを隠せる様に。


「僕達は博士の治療薬の事を聞きつけ、それを何とか利用出来ないか聞きにいったんです。」
究極の治療薬。僕の身体は無理でも、兄さんの手と足だけでも治せるのではないかと。


「博士は悦んで研究資料を見せてくれました。で、その等価交換で…」
「エドの精液を博士に提供したんだな。」
「でも兄さん上手くいかなくて。だからあのキメラの蔦に手伝ってもらって、イかせて貰ったんですよ。」
「いきなり「精液をくれ」と言われても出ない人が殆どですから。だからあのキメラはそういう事にも使われていたみたいですよ。」
兄さん、びっくりしてましたよ。物凄く上手いって。


私とハボックは顔を見合わせ苦笑した。
私もハボックも、あの蔦のテクニックは経験済みだからな。



「で、イった直後に研究所の周りに誰か来た事に気がついて…そっと覗いてみたら軍の人たちが…」


先発隊の事か。彼らを見て掴まると判断したエド達は抜け道から逃げる事を決意する。


「慌ててたから、兄さん服着てる暇なくて。下着一枚で地下の研究所に隠れたんです。」

あの錬成陣の上にエドの服が散乱していたのもその為か。


「博士がキメラに言い聞かせてました。この部屋に誰か来たら、地下への入り口に近づけさせるなって。」


だからあのキメラは最初の日に私があの部屋に居た時、私をあそこから追い出すように掴んでいったのか。





私はしばらく考え、アルに一つの疑問を問いただしてみる。


「もしかして…博士と君達は暫く地下に居たのか?」


ハボックもホークアイ中尉も驚いた様にアルを見つめた。
散々探して見つからなかった博士達。

逃げるにしてもそう遠くに逃げる筈はないと捜索していたが、全く手がかりは無かった。


「…はい。グラン准将が来て…そして帰って…その次の日の夜中近くに博士を僕の中に入れてこっそり逃げました。」
それまで地下で身を潜めていたんです。

「本当なら誰もいなくなった所でこっそり出て行って、兄さんの服や博士の暗号日記を回収しようとしたんですが…」
「大佐がずっとこの研究所に居て出来なかったんです。」

くすっと笑いながら私を見るアルフォンスに、私も苦笑せざるを得なかった。



何てこった。


一昼夜私のすぐ下にエドは居ただなんて。


そうとも知らずに私はあのキメラをエドと思い、ありったけの愛情を注いでしまっていた。





しばしの沈黙の後、私は口を開いた。


「これから博士はどうするつもりなんだ?」
「はい、東のシンの国に行きたいと言ってました。」
あそこにも錬金術が発展し、しかも医療形の錬金術が多いという。

そこに行ってキメラの研究をさらに進めたいのだと。


「だが博士はすでに軍のブラックリストに載ってしまった。出国は不可能だぞ。」
「そうですね。合法的には無理ですね。」

アルフォンスの無機質の眼が私を見つめている。

成る程。エドワードを残さなかった訳だ。
この冷静な鎧の弟は、私の協力を得る為にすべてを話した。

淡々と事実を述べ、協力せざるを得ない状況に導いていく。
自らそれを頼む訳でもなく。こちらから協力をさせる為に。


エドだったらきっと感情的になり、事はこじれていただろうな。

思い出し笑いをしながら、私は手帳を取り出し一枚のメモをハボックに渡す。
ハボックはそれを見て「Yes,sir」と敬礼して部屋を出て行った。



「手配するのに1日かかる。それから、出発前に一度博士に会わせてくれないか。」
「判りました。手配が出来るまでここに居てもいいですか?」
「その方がいいだろう。ハボックには私から言っておく。」
「ありがとうございます。大佐。」


その姿に似合わず、幼い声の持ち主は、その経験と苦労から大人顔負けの駆け引きを学んだようだ。




「エドは…相変わらずか?」



いきなりの私の問いに、流石のアルフォンスも一瞬言葉を失っていた。




「あ、はい。相変わらずですが…どうしてですか?」
「いや。何でもない。リゼンブールには私一人で行く。皆で行くと目立ってしまうからな。」

ホークアイ中尉が驚き、私も一緒にと言うが、駄目だ、と私が命令する。
アルフォンスも自分も一緒じゃなきゃ!と言い張るが、それも却下。


「グラン准将が我々を見張っている。私は怪我をしてその療養で田舎町に行く事にする。」
「あの研究所に君達が行った事はすでに軍によって中央に報告されている。」
判るな。無事博士を出国させたいのなら、私の命令に従いなさい。


でも、と言い寄るアルフォンスに、私は人指し指を立てて押し留める。
ホークアイ中尉はもう何も言わない。私がこうと決めたらそれに従う。

それが彼女の仕事であり、義務であるから。




その翌日。



手配した人物と向こうで落ち合う事を約束し、私は一人電車に乗り込んだ。





エドワードが待つリゼンブールへ…





  
To be continues.

     




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