緑色の恋心   12




東の端の小さな町。

ほんの数年前に降り立った時も、こんな風に穏やかな天気だった。



「さて…トラブルの元凶に会いに行くか。」
駅を降り立ち、かつて馬車で通った道を歩いていく。


青い空。優しく微笑む村の人々。
この国のあちこちで戦いが起きているとは思えないほど平穏な時。


手配した人物は、すでに到着し、かの家にもう到着している頃だ。
私はゆっくりと景色を楽しみながら目的地に向かって歩く。

町を抜け、村を抜け、畑を抜け…
小高い丘を登っていく。その頂上付近にある家を目指す。


ワンワンと黒い犬が吼えながら、私の足元にまとわり付く。覚えていてくれたのか?
よしよしと頭を撫でていると、金髪の少女が出迎えてくれた。


「こんにちわ。お久しぶりですね。」
「こんにちわ、お嬢さん。随分と美しくなられた。」

にっこりと笑うその仕草は、幼かったあの頃を思い出させる。

「さ、こちらです。もう一人のお客様ももう到着しています。」
「ありがとう。では早速。」

少女に案内され、家の中に入っていく。
エドは…居るのだろうか…

家に入ると少女の祖母が立っていた。
握手を交わし、軍のゴタゴタに巻き込ませてしまった事を詫びる。

「まぁいいさ。私もあんな優秀な医者を軍の狗になんかさせたくないからね。」
「おっと、失礼。あんたもそうだったね。」
嫌味を込めての微笑。だが軍の上層部の嫌味よりもとても心地よく聞こえるのは悪意がないからか。

「博士はどちらに?」
「この奥の部屋だよ。あんたがよこした人と何やら打ち合わせをしている。」
「エドは…」
「ん?何だい?」


「鋼のは…今ここに…?」


周りを見回しても彼の姿は見えない。
耳を済ませても声は聞こえない。


もう行ってしまったのか…?


「エドなら今、町に買い物に行ってるよ。旅の準備をしないといけないからね。」
夕方には帰るんじゃないかな?どうせすぐに出て行ってしまうだろうけどね。


タバコの煙をふぅと吐き出し、少女の祖母は作業場に戻っていく。
そうか…まだここに居るのだな。


私は流行る気持ちを抑え、まずは博士に会う為に奥の部屋へと向かっていった。
とんとんとドアをノックすると「どうぞ」という声が聞こえてきた。


「失礼します…ルカー博士。」
ドアを開け、部屋に入る。机の向こう側に、中年の男が座っていた。
立ち上がって私の側まで歩いてくる。そして右手を出して微笑んだ。


「初めまして。ラルフ・ルカーです。この度はご面倒をお掛けしてしまって…何と言っていいのやら…」
「こちらこそ。国軍大佐、ロイ・マスタングです。」

握手を交わし、博士が再び椅子に戻ると、私も椅子を持ち出し座る。
密入国請負人の男は、博士の写真を受け取り、偽造パスポートをその場で作成。
偽造身分証明書を添えて必要の書類を用意した。

「出るんならあの遺跡の観光客と一緒に出た方がいいぞ。一人旅は疑われやすい。」
「団体客に紛れて国境を越えろ。後は遺跡でこの人物に会え。シン国まで案内してくれる。」
一枚の写真と連絡先の書かれたメモを渡され、博士はそれらをすべて鞄に仕舞い込んだ。

「金はいつも通りに頼みますぜ、大佐。」
「判った。取り締まり実行の日にちは5日後の早朝だ。」
「いつもすまねぇな。」
「お互い様だ。捕まるなよ。」

軽く手を叩き合い、、男は部屋を去っていく。


「大佐…あの方は一体…」
「余計な事は詮索しない方がいいかと思いますよ、博士。」

何事も無かったかのように微笑みながら、私は博士の真正面に座り直す。

博士も小さく頷き、もう何も聞こうとはしなかった。
国軍大佐と裏社会のブローカー。表に知られれば大変なスキャンダルだろう二人の関係。

この国の上を目指すには、多少なりとも裏社会と関わりを持たないと不可能だ。


今まで…何度となくあの男の手を駆り、上に駆け上がっていったっけな…


「まずはお詫びをしなければなりません、博士。」
「お詫び…?」
「あなたの研究成果でもあったあの合成植物を守る事が出来ませんでした。心からお詫び致します。」

私は…彼を守る事ができなかった…


逆に彼に守られていた…


「ああ…エドワード君から聞きました…仕方ありません。」
「あのままだったら軍に連れて行かれ、解剖をされ、樹液を搾り取られ…そして戦争が肥大していたでしょう。」
博士は少しうな垂れながら、手を組んで彼の死を受け止めていた。


「私も…アレもそんな事は望んでいない。火事で燃えてしまった方が本望だったでしょう。」
「博士は…何故彼を一緒に連れて行かなかったのですか?」
「それは無理です。あなたも見たでしょう。アレの根は研究所の地面一面に張り巡らされていた。それを引っこ抜くのは不可能だ。」
「ですが、切れてもすぐ再生するなら、根元ごと切っても大丈夫だったのでは…」
「植物は根が基本ですから。根さえあれば再生も可能です。」


「ですから…根を失ったアレでは再生は出来ないのです。」
根っこごと持っていかなければ意味がない。根元を切ってしまえば、その上は死んだも同然。
再生するとしたら、切られた根から生まれ変わるでしょう。


そうだったのか。だから彼を連れて行く事は出来なかったんだ。

「あのキメラは言葉を理解する事が出来るのですか?」
「言葉…?いいえ。アレは人の心を読めるのです。心を読み、その人が望む事をするよう錬成をしましたから。」

植物が…心を読む!?

「おなかが空いたと思えば食べ物を持ってくる。食事を作って欲しいと思えば作る。眠いと思えばベッドの用意をする。」
「イきたいと思えば快楽を与えてくれる。そう出来るよう錬成を重ねてきたのです。」

博士の研究には精液が必要だった。それは聞いている。
その為にあの蔦が役立っていたという事も聞いた。


「彼は…私によく尽くしてくれました。食事の支度をしてくれたり、ベッドの用意をしてくれたり。」
「そうでしょう。あなたがそう望んだのならアレはそうしますよ。」



では…彼が私を抱いたのは、私がそう願ったからか…?
食事もベッドの支度も、すべて私の心を読み、その通りにしてくれていただけなのか?

私は…彼に愛されていると思っていた…
そして私も彼を愛した。それは確かだ。

彼をエドワードと思い、私は思いのすべてを彼に注いだんだ…
同じ様に、彼は私を包み込んでくれていた。私を受け入れ、抱いてくれた。

それらは…すべて…私の独り善がりだったのか…?


「どうかしたのですか?大佐。」
「いえ…大した事ではありませんから。」

そうだ…所詮は植物。キメラじゃないか。
エドの心が組み込まれていないのなら、私を愛せる筈がない。


すべては私がそう望み、忠実にキメラがしてくれただけだ。

エドワードに抱かれたい…そう願ったから、キメラがイかせてくれた。それだけだ…


「彼は…「たいさ」と言う言葉を伝えてきましたよ。博士が教えたのですか?」
「たいさ…?…ああ、それはきっとエドワード君の意思でしょう。」
鋼のの…?

「地下に隠れる時、エドワード君がアレに言い聞かせていましたから。」
「『大佐がきっと来るから、守ってやってくれ』と…」
「そういえば…精液を提供する時も、イク寸前に小さく『大佐』と言っていた様な…」

そのままアレにエドワード君の精液を組み込んでしまったから、アレが『たいさ』と言う言葉を覚えたのでしょう。


エドの意思…?あの言葉が…
エドワードの思いがあの言葉のすべてに組み込まれていたのか…


だから…彼に鋼のを感じたのか。
エドの魂を感じたのか…


すべての謎が解けていく。
博士の話を聞けば聞くほど、私の独り善がりだった事が判り、自分でも少し困惑している。


では…最後に『アイシテル』と伝えたあの言葉も…
私が散々キメラに言った言葉を覚えただけだったのか…

キメラに対する愛情を込めた私の精を、キメラが吸収したからなのか…


少しの脱力感を感じながら、私はあのキメラと過ごした時間を思い出していた。
たいさ…と呟きながら私の身体を愛撫する。

人を癒す樹液を擦り付けながら、私の中に進入した。


抱き締められて…撫でられて…私は至福の時を過ごしていた。


「あ…はは。なんて愚かな事だ。」
「大佐…?」


「私は博士がエドワードをあのキメラに錬成したと思い込んだんですよ。」
「だから、キメラをエドと思い、慈しみ、そして愛してしまった。」
そしてキメラも…いや、エドも私を愛してくれていると思い、キメラに身を委ねていた。


すべては私が望み、キメラはそれに反応した。ただそれだけの事だった…

「ただの植物が私と心を通じ合える筈ないのに。なんて愚かな。」


そう考えて…私はふと、あの火事に事を思い出す。

そうだ…確かあの時私は…


「あの時…私はキメラと共に果てようと思っていた…」
「あの時…?火事の時ですか?」
「ええ。愚かにもキメラをエドと思い、助けられないのなら共に死のうと。」
今考えると馬鹿な行為だった。エドでも何でもないキメラと心中だなんて。

でも…あの時は本気でそう思った。
彼と最後まで一緒に居たいとそう願っていた。


「私は側に居て、共に果てる事を強く望んでいた。キメラはその心を読み私を引き寄せた。」
「だが…そのまま私を掴みあげ、窓から放り投げたのです。」
「アイシテル…そう囁き、彼は私を炎から助けた。」
その直後に研究所は崩れ落ち、彼は業火の中消えていった。


私は逃げる事を望まなかった。

共にいる事を強く望んだのに。


何故…私の望まない事を彼はしたのだろう…





私の言葉を聞いた博士は、しばらく黙り込み…
そして嬉しそうに微笑んだ。


「そうですか。あの子は…本来の姿に戻れたんですね。」
「博士…?」
「植物にはちゃんと意志があり、感情があると以前聞いたことがあります。」
「普通の植物が、自分を世話してくれる人間に好意を持つという実験データもあります。」



「だが私の元に居たアレは、心を読み取るただのキメラでしかなかった。」
感情もなく。読み取った思いを忠実にこなすだけの植物キメラ。

いや…元々あった感情が、錬成の過程で押さえ込まれてしまったのかもしれない。

「あなたが…アレに感情を思い出させてくれたのです。愛し…そして愛されて。」
だからこそ…業火の中であなたを助けたのでしょう。

愛しているから…愛する人に生きていて欲しいから…
自らの命は顧みず、あなたを助けた。



アイシテル…その言葉は偽りではない。


キメラの心からの言葉だったのでしょう。



「…彼は…私を愛していたと…」
それは私が望んだからではなく、彼の意志だと。

そして私もキメラのエドではなく、彼を愛していたと…


「あなたはアレを『彼』と呼ぶのですね。」
にこやかに微笑む博士の言葉に、私はそういえば…と考えた。


何故だろう。それ以外の言葉が見つからなかった。
エドではないと判ってからも…私はキメラの事を『彼』と呼び続けた。


ああ…そうか…



私と彼は対等だったんだ。



対等に…愛し合ったんだ…



晴れ晴れとした表情の私を見て、博士も穏やかに微笑んでいた。
日はすでに傾き始め、家路を急ぐ人々が窓から見える。


「砂漠越えは大変だと聞きます。お気をつけて…そしていつかまた、この国の為に戻ってきて下さい。」
「ありがとうございます。必ずあなたの元に参集しましょう。」

握手を交わし、私は一礼をして部屋を後にした。
コーヒーの用意をしてくれた少女の祖母に、丁重にお断りをし、少し頭を冷やしてくると外にでた。





夕焼けの空の下、麦畑の穂が風に揺れ、田舎の穏やかな風景が広がっていく。
たった三日間だったが…私は彼と過ごせたあの時間を大切に心に仕舞っておこう。


この恋心はいつか、本来愛すべき人へと伝わっていくだろう。







「大佐!?何やってんだ?こんな所で。」




不意にかけられた言葉に、私は歓喜の表情で振り向いた。



「エドワード…」
「博士は?手続きは済んだのかよ。」

美しい金髪が風に揺れ、同じく金の瞳が、立ち尽くすとしている私を映し出す。

「どうしたんだよ!何とか言えよ!」

荷物を抱えた少年が、私の方に近づいてくる。


「…?大丈夫か?マジに。大佐?」

私の顔を覗き込み、心配そうに私の頬に触れてきた。
体温を測ろうとしたのだろう、生身の腕で私の額にそっと触れる。


エドワードの温もりが…額を通して伝わってくる。


「…エド…」
「何だよ…」
「エドワード…」
「だから何だって…」


私はエドの腕を取り、そのまま強く抱き締めた。
どさどさ、と荷物が落ち、地面に転がっていく。

驚くエドは、私の身体の変調に気がつき、何も言わずに抱き締め返す。


「馬鹿だなぁ。泣く事ないじゃないか。」
「…泣いてなどおらん。眼にゴミが入っただけだ。」
「はいはい。そういう事にしておきましょう。」

私の頬に流れ落ちる雫を、エドはそっと指で拭う。
屈託のない笑顔は…以前のままだった。


「愛してるよ…エド…」
「…どういう風の吹き回しだ?あんたから告白だなん…」

最後まで言わせずにその唇を塞いだ。


一瞬驚き、そのままエドは眼を閉じる。


長い口付けを交わした後、エドは私の額をちょんと叩いた。


「さ、帰ろう。ばっちゃんがシチューを作ってくれている。」
「私も一緒で構わんのか?」



「あたりまえだろ?ほら。来いよ。」


差し出された手を私はしっかりと掴み取る。




繋いだ手に温もりを感じ、私はただそれだけなのに幸せに包まれていた。




まるで…『彼』に抱き締められているかの様に…



  
To be continues.

     




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