緑色の恋心   2


街外れの研究所に着いた時、先発隊がすでに家の周りを取り囲んでいた。


「ご苦労様です!大佐!」
「状況は…?それより、何故こんな急に襲撃する事になった。」
普通は事前に念入りに計画を練り、すべての準備を整えて逮捕に向かうが…

発火布を確かめながら、その研究所に眼を向ける。
先発隊の隊長が私に事の成り行きを説明し始めた。

「はっ…セントラルからまず連絡が入り、逃亡の恐れがあるので至急確保せよとありました。」
「それが今から5時間前の事です。とりあえず先発隊を編成し、状況を確認後大佐に出動を依頼しました。」

やれやれ…電話一本で容疑者を確保せよと来たか。
私も随分と敵意を持たれているのかな。

中の内情も全くわからず、敵の能力も情報が無い中でどうやって確保するんだ。
あわよくば私を落としいれようとする中央の上層部の面々の厭らしい笑い顔が頭に浮かぶ。

先発隊の隊長が不安そうに私を見つめている。
鋼の件もある。さっさと決着(けり)をつけてしまわないと。

「フュリー、何か判ったか?」
「特に今は何も…」
電話線から盗聴を試みていたフュリー曹長は、無線機の前で格闘しながら、首を横に振る。
時は一刻を争う。こんな状況になっても鋼のが動かないのが不安でならない。

動かないのか…動けないのか…


「これじゃ埒が明かないな。このまま悪戯に時間を費やすのも得策ではない。」
「では…突入しますか?」
「…致し方あるまい。奇襲をかけないと証拠は皆分解されてしまうだろう。」
ハボックに眼を合わせると、ハボックは徐に拳銃を取り出し、両脇に装着する。
ホークアイ中尉も愛用のライフルを取り出し、ブレダもファルマンも銃を手に取った。

先発隊にこのまま待機と命じ、フュリーを連絡員として置いていく。
本来なら司令官の私は後方で指示を…なんだが。
相手が錬金術師ならそうも言っていられない。

ブレダとハボックを裏口へ、私とホークアイ中尉とファルマン准尉で正面から行く。


ドアを開け、中を覗く。真っ暗な部屋。人の気配は…


シュルッ!!!!


いきなり何かが飛んできて、私の頬を掠めて行った。
水が流れる感触。指で触れるとぬるっと来た。

血だ…何かが私の頬を切り裂いた。


「隠れろ!」
私の一言で中尉も准尉も壁に身を潜める。
私もドアの傍に身を隠し、奥の部屋の様子をそっと窺ってみた。

何だ…?何がいるんだ。


シュル…シュルという音が響いている。
何か居るのか。合成植物か?
ルカー博士はどうしたんだ…?鋼のは?

「ルカー博士!そこに居るのか!?」
お決まりのようだが、私は部屋の奥に居る何かに語りかける。
相手が何なのか知らなければ攻撃のしようが無い。

「博士には中央から逮捕状が出ています。諦めて大人しく我々と来て頂けませんか?」
「…………」

返事は無い。ま、当然だな。

気配は一人。いや、これは一人というのかな…
何とも言い難い変な気配…これは人間じゃない…


合成植物…キメラ…
さて、どうするか。
一気に焼き殺すか…その方が楽だな。

「大佐。出来れば生きて捕らえよとのお達しですから。」
ホークアイ中尉が釘を刺す。はいはい、判りましたよ。
中央のお偉方の期待に応えて、相打ちにでもなるか。くそっ。

部屋に差し込んでいる月明かりのところに、何かが近づいてきた。
眼を凝らしてそれが何かを見定める。



「な…んだ?アレは…」

緑色に蠢く数本の蔦。
まるで自らの意思があるかのように、まっすぐ我々の方へと伸びてくる。

「これが合成植物…か?」
「大佐、気をつけて!」
言われなくても判っている。
一瞬の隙を付いて中に侵入しようと、私は少し身体を乗り出し、部屋の中を窺った。

その瞬間、蔦が一本、私めがけて突進して来た。
ジャキッとトリガーを引き、ホークアイ中尉がその蔦に狙いを定める。

バーンと一発蔦めがけて放つと、見事先端に命中。いい腕をしている。流石だ。
驚いた蔦は悲鳴の様な音を立てて奥へと逃げていく。

「今だ!突入しルカー博士を確保!鋼のを保護!」

必要最小限の命令を叫び、私は部屋に侵入、奥へと走っていく。

蔦が逃げた部屋に入ると、窓の傍に大きな影が蠢いていた。


「花…?木…?いや…違う…」
中央に葉が密集し、その周りに無数の蔦が伸びている。
短めの茎があり、それが土の上にあるのを見れば、これが植物だと理解する。

だが…普通植物は動かないよな。
あの植物の蔦は完全に意思を持って動いている。

蔦の先端にセンサーでもあるのか、あちこちを触ってはそれが何かを確かめ、情報を中央の葉に送っているようだった。

先程の殺気は見受けられず、何か怯えている様にも見える。
余程中尉の銃が効いたのか…

「大佐!大丈夫ですか!」
ホークアイ中尉が銃口を植物に向け、引き金を引こうとしていた。

「待て、中尉。これはもう襲う意思は無いようだ。」
銃口を下げさせ、辺りを見回す。
ルカー博士らしき人物はいない。そして鋼のも…

「大佐!!」
ホークアイ中尉の叫び声に振り返ると、蔦が一本私に近づいてきていた。
とっさに指を向けるが、蔦は静かに近づき、そっと私の頬に触れてきた。

銃口を向ける中尉に手で合図をし、敵意が無い事を確認すると私も腕を下ろした。

「大丈夫だ。恐らく私が何かを確かめているのだろう。」
傷を負った頬を撫で、そのまま私の髪を掻きあげる様に触れてくる。

センサーが何かを感じ取ったのか、蔦が私の真正面で制止した。



た・・・いさ・・・



頭の中でその言葉が響いた時、私は最悪の事が浮かんできた。



まさか!?



「大佐!研究所には誰もいません!」
「大佐!こっちの部屋にこんなものが!」

裏口から進入したハボックとブレダが、ただ事ではない口調で私を呼ぶ。
何だ!何を見つけた…

声の擦る方に足を向けると、青い顔をしたブレダ少尉が、見覚えのある赤いコートを持って立っていた。

「少尉…それは…」
「それからこれも。大将の服です。靴も…」
持ち主のいない黒い上着とズボン。そして黒い靴。
どれもこれも今日の昼間まで彼が着ていた服。

その服の下には…


「練成陣…だ。」


膝を折り、その練成陣の構築式を見定める。
相当な能力の持ち主が書いたのか…見た事のない構築式ばかりだ。


「大佐。研究所内隈なく探しましたが、博士もエドワード君もアルフォンス君もどこにも居ませんでした。」
「いや…鋼のは居たよ。」
「!?エドワード君、居ました?どこに…」


私は無言であの部屋に戻る。


土の入った入れ物の上でゆさゆさと葉を揺らし、蔦を使って回りの情報を必死で得ようとしている彼に近づいた。


「私はここだ…鋼の…」


植物に手を伸ばし、蔦の一本にそっと触れる。
無数の蔦がいっせいに私の手に集まり、包み込む様に触れていた。


たいさ・・・たいさ・・・


そう頭の中に言葉が伝わってくる。
蔦を通してキメラの意思が伝わるのか…


大丈夫だ。心配ない。私が必ず元に戻してやる。
あの練成陣を解読し、逆の式を組み立てれば。理論的には出来るはずだ。

そう心で念じ、蔦を握り締める。


その言葉に答えるかのようにキメラは葉を揺らし、蔦は私の頬に触れてきた。




まるで…エドが私に触れているかの様に…

    
  
To be continues.

     




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