緑色の恋心 8
一日中錬成陣を調べて…
一日中博士の日記を解読して…
何も成果があがらなかった二日目が終わろうとしていた。
「参ったなぁ。判ったのは博士が研究していた治療薬の事だけ。」
これではグラン准将は納得しない。
このキメラに関する記述は何一つない。
せめてお前が何の植物だったのか判れば…
キメラは私が真剣に調べているのが理解していたのか、ハボックが去った後はずっと大人しくしていた。
時折私にコーヒーを持ってきたり、昼食の用意をしてくれたりと、世話をしてはくれたが。
私に触れようとはしなかった。
勿論、キメラが望むなら私は拒否はするつもりはなかったが。
「時間がない事をお前も判ってくれていたのか…」
すっと伸びてきた蔦に触れると、キメラは嬉しそうに葉をゆさゆさと揺らす。
それすらも愛しいと思う様になったのは、私がおかしいからか?
「なぁ…博士の研究資料はどこにあるんだ…お前見なかったか?」
話しかけた所で判る筈はない。
だが、今までの経緯を自分の中で纏めると言う意味でも、私はキメラに話し始めた。
これだけ研究所にないとすれば、博士が持って逃げたか。
しかし、先発隊の軍が到着して、私が来るまでそう時間はなかった筈。
あれだけの研究、このキメラに関する資料すべてを持って逃げるのは不可能に近い。
ではどこだ…
まだここにあるのか…
家の中は隈なく探した。
グラン准将の部隊も隅々まで探していた。
一冊残ったこの日記も、治療薬の事位しか判らなかった。
キメラを持って逃げなかったのは判る。こいつは地面に根が張っていて、持って逃げるのは不可能だった。
アルフォンスはどうした…何故兄を置いて博士と逃げた…
何故私から逃げなければならなかった…?
アルの性格からすれば、こんな風になってしまった兄を助けてくれと私に頼む筈だ。
それとも…逃げなければならない理由があるのか。
軍が到着する前に逃げたのか。
では何故軍が来る事を知った?
違う…軍が来たから逃げたんだ。
だが誰もその姿を見ていない。
そこから導き出される結論はひとつ…
「ここに…この研究所のどこかに秘密の逃げ道があったのか。」
それを明日一日で探すのは困難だぞ…ハボック達を呼ぶか…
いや、目立った行動はグラン准将に感づかれる…
私一人で見つけ出さねば…
ガタンと椅子から立ち上がり、私は書庫の部屋へと向かった。
床や壁、本棚を丁寧に探す。それらしき物は見当たらない。
ではどこの部屋だ。ここじゃないのか…
この広い研究所を一人で探すのはやはり無理があるのか…
しゅるっと言う音で、背後に蔦が居る事に気が付いた。
私を心配して来たのだろうか…私の身体に触れると、まっすぐに頬に触る。
「大丈夫だ。少し気落ちしていただけだ。」
安心させようと蔦を握り締める。
すると、もう一本が私の腕に絡みつく。
そのまま引っ張っていく。
何だ…またしたいのか…?流石に今はその気は…
だが蔦は自分の居る方ではなく、そのまま錬成陣のある部屋へと連れて行った。
そして散らばっている本を丁寧にどかし、倒れている椅子を元に戻す。
何をしているんだ…掃除でもしようとしているのか?
きょとんとしながら見ていると、蔦がある一箇所に集まり始めた。
床に這いずりながら、しきりに私の方を見る。
まさか…?
私は慌ててそこに行くと、床に僅かだが切れ目があるのを発見した。
ここか!お前が教えてくれたのか!
「ありがとう!これで希望が湧いてきたぞ。」
私は錬成陣をさっと描き、その床に大きめの穴を開ける。
こういう時は錬金術は便利だな。
ランプを取り出し火をつける。
中を照らすと、奥に階段が続いていた。
BINGO!やはり秘密の逃げ道があったんだ。
ランプを手に奥へと進んでいく。石壁がひんやりと肌を刺す。
流石に蔦は追っては来ない。ここまで蔦を伸ばす事は出来ないのだろう。
階段を降りきると、広い空間が広がっていた。
ランプを掲げ部屋を見渡す。
「これ…は…」
本棚が無数に壁際に並んでいて、そこには錬金術に関する本がびっしり並べたてあった。
成る程…ここに隠していたのか。どこを探しても見つからない訳だ。
一冊一冊手に取る。
まさに、私が探していた資料ばかりだ。
ゆっくり読んでみたい本ばかりだが、そうも言っていられない。
本は後にして、私はその奥へと進んでいった。
長く続く道。一体どこまで続いているのか。
博士はここを通って逃げたのか。アルフォンスも一緒だったのか。
鋼のを…エドを置いて…逃げたのか…
それとも…
道が少し坂になり、天井が頭に迫ってきて、そこが出口だという事を物語る。
天井を叩くと隙間が生じ、力任せに押してみたらゆっくりと開いていく。
ごとっと音を立て、石の天井は横にずれ、緑の香りがたち込める。
「ここは…森の中か。」
研究所から随分と離れた所に出たようだ。
これなら軍に見つからずに遠くへ逃亡できるだろう。
何か手がかりが無いかと辺りを探しては見たものの、こう暗くては何も見つかる訳が無い。
鋼のが心配しているだろうな…
研究所からどのくらいの距離なのか知りたくて、私は地下へは戻らず森の中を歩いて戻った。
夜風が実に気持ちいい。
こんな風に夜空を見るのも随分と久しぶりのような気がする。
以前、エドと二人でイーストシティの町を歩いた事があったな。
この国をどうしたらいいとか、軍の狗のお互いを罵り合ったり。
そして互いの夢を励ましあい…
『鋼の…』
『何だよ。』
『処理が面倒だから、私の管轄内で死ぬなよ。』
『へっ!頼まれたってあんたの所じゃ死なねーよ!』
そう悪態ついて、彼は無邪気に微笑んだ。
違うよ…そういう事を言おうとしたんじゃない。
鋼の…死ぬな…
私の前からいなくならないでくれ…
その笑顔をこの先ずっと私に見せてくれ…
研究所に着きドアを開けると、蔦が一斉にやってくる。
私だという事を認識すると、一本だけ残して他の蔦は幹の方へと帰っていった。
「心配したのか?すまなかった。お前が教えてくれた抜け道を調べていたんだ。」
優しく話しかけると、蔦が私の頬に触れてきた。
ただ触れるだけだと思ったが、何やら拭う仕草をする。
何だ…?私の頬に何がついている…?
指先で頬に触れると、雫が一粒流れていく。
涙…?泣いていたのか…私は…
金色に揺れる絹の様な髪。真っ直ぐに私を見つめていた金色の瞳。
歯に物を着せぬ言い方で私をハラハラさせた。
そしてトラブルを起こした後、ばつが悪そうに笑うあの笑顔はもう見れない。
エド…エドワード…
お前はもう…いない…
『馬鹿だなぁ。俺はあんたの目の前にいるだろう?』
そう言っているかの様に、蔦が私の頬を拭っていく。
そうだな。お前は今私の目の前にいるんだ…
「鋼の…愛してるよ。」
何度でも言うよ。愛してる。
蔦に導かれるように私はキメラの側に歩み寄る。
ゆさゆさと揺れる葉に触れ、そのまま幹を抱きしめる。
ポロポロと流れ落ちる涙を、蔦は優しく拭ってくれた。
情けない。大の男が泣き崩れるなど…
『いいんじゃねーの?人間らしくてさ。人間兵器と呼ばれるよりずっといい。』
そうか・・・?お前がそう思うならそれでもいいな。
蔦はするすると私の服の中へと進入する。
肌に直接触れ、優しく撫で回していく。
いつしか服の前も肌蹴け、蔦の愛撫が始まっていた。
蔦にすべてを委ね、私は静かに眼を閉じる。
朝日が私達を照らすまで、私は鋼のの側を離れず、またエドも私を離そうとはしなかった。
そして…三日目の朝がやってきた。
東方司令部内…
ジリジリジリ・・・…
「はい、東方司令部…!?あなた、アルフォンス君!?」
「一体今どこにいるの!?ええ?…」
「……判ったわ!すぐに誰か向かわせるわ。しばらくそこに居て。博士も一緒ね?」
「大丈夫。大佐がいらっしゃるわ。あのキメラは無事よ。」
「とにかく、後は合流してから話しましょう。じゃぁね。」
「どうかしたんですか?中尉。」
「アルフォンス君からよ。博士の居場所がわかったわ。ハボック少尉、すぐに行って頂戴。」
「えぇ?あいつ今どこに…」
「しっ!グラン准将には知られないよう、極秘裏に行って!」
「判りました!これからすぐに向かいます!」
「大佐には知らせた方がいいんじゃないですか?」
「待って。下手に動くとグラン准将が怪しむわ。とにかくアルフォンス君の話を聞いて、それからよ。」
「了解!気を付けて行ってきます。」
「大変です!グラン准将が部下を連れてあの研究所に向かってます!」
「3日目だからか!くそっ!大佐が危険だ!あの人あのキメラと心中でもしかねないぞ!」
「研究所には私たちが行くわ。少尉はすぐに博士の所に!」
「判りました!合流してすぐにそっちに向かいます!」
「大佐を…頼みます。あの人が馬鹿な真似をしないよう中尉がよく見張ってて下さい…」
「勿論よ…まだ仕事がいっぱい溜まっているんですから。」
「お願いします…」
「そっちも頼むわね…」
真実が明らかになる瞬間が近づいている…
To be continues.