……遅刻だな。
会議が長引きすぎた。
せっかく、今日の計画の為に用意したフレンチはキャンセルだな……。
まぁ、行きつけのバーにでも連れて行けばいいか。

俺は、に近づく為に一つの計画を立てていた。
先ずは携帯を出汁に、を呼び出す。
色々な場所を連れまわすつもりでいた。
そして、予約しておいた店で二人きりの食事。
つれてゆけば、どんな女でも喜ぶ雰囲気のいい店を選び、予約までしておいた。
その後は、行きつけのバーにつれてゆくつもりだ。
あわよくば……ホテルのスイートルームを用意する事は忘れない。

 

ところが、その計画も急に決まったミーティングで初めから頓挫のようだ。
まったく、間の悪い……。
指定の場所に着いたのは、約束の時間を1時間も過ぎた後だった。
は居るだろうか……。
そんな事を考えていたが、杞憂だったようだ。
は、その場所に居た。
俺はの背中に声をかける。
「よぉ、待たせたな」
そう言葉をかければ、は俺の方へ向き直る。
しかし、その腕の中には小さな子供が。
「携帯、返してください」
はそう言うと、俺を睨みつけてくる。
「ガキはつれてくんなっつったろーが」
何処にも連れて行けやしねぇだろ。
そんな奴居たらよ……。
俺は不貞腐れた気分になってそう言い放った。
「携帯がなかったので、誰にも連絡が取れなかったんです。仕方ないでしょう?」
は言う。
言葉遣いは丁寧だが、随分と不機嫌そうだ。
こんな状態じゃ、何も出来やしねぇな。
俺はそう思って舌打ち。
そして、踵を返してに背を向けてその場から去るように足を動かす。
「ちょっ、携帯を……」
慌てた様子の
アーン?返すわけねぇだろ。
俺は一瞬だけ足を止めて振り返り「また今度な」と言うと、再び歩き始めた。

その、すぐ後の事だった。
……?」
そんな、おそるおそるなの声が聞えた。
……なんだ?
俺はそう思って足を止め、振り返る。
?!」
が焦ったように声をあげ、娘の頬に手を当てた。
の顔色が一瞬にして変わる。
更には娘の頬に当てた手を、今度は額に当てなおす。
熱でも出しているのだろうか…。
「おい、どうした…?」
俺はに問うた。
しかし、の耳には届いていなかったらしい。
は、娘を抱いたままその場から走り出す。
の娘に、何か起こったことは間違いない。
タクシーでも捕まえて病院にいくとしても、そのタクシーがすぐに捕まるとは思えない。
なら、この近くに待機させている俺の車で行ったほうが早い。
俺は、の後を追い、その肩を掴んで引き止める。
「放して!」
がそう言って俺の手を振り払おうと肩をゆするが、俺は彼女の肩を掴む手の力を強くしてそれを阻む。
「ついて来い!」
俺はそう言うと、の肩を抱き、強引に俺の車の方へと彼女を誘導する。
は抵抗しようとしていたが、それすら無視して俺は車のある路上駐車場まで彼女を連れていった。

を無理やり俺の車に押し込めて、運転手の男に小児科のある病院へ向かわせた。
動く車の中で、は娘の様子を暫く伺っていたが、何か思いついたように肩に下げていたバッグを探り始める。
娘を腕に抱いたままで、随分と動きづらそうだ。
しかし、そんな事など気にもしていない様子で、はバッグからなにやら取り出した。
見れば、それは解熱用に使われるシートの未開封の袋。
の意図に気付く。
俺は、の手にあるその袋を取り上げ、手早く開封してなかの物を取り出す。
この手のものを使った事が無いわけじゃない。
学生時代、テニスをしている時の怪我、簡単な打撲を冷やすのにこれを使うことがあるからだ。
だが、これは子供用で、随分と小さい。
俺は解熱シートのフィルムを剥がすと、の娘の額に貼り付けてやる。
微かに触れた指先に、その娘の熱が伝わってきた。
随分と熱いな………。
苦しそうな吐息が微かに聞え、震えているようにも見える。
俺はスーツのジャケットを脱ぎ、の腕の中にいる娘に掛けた。
ブランケットらしいものが、車に乗せてあればよかったが、生憎そんなものは無い。
だから、そうしてやるしか方法がなかった。
車が病院へ向かう中、はしきりに娘の様子を気にしている。
頬に触れたり、頭を撫でたり、肩をさすったり。
酷く曇ったの表情。
こんな顔をさせたい訳じゃ、なかったのに……。
俺は何をやっているんだ……。

俺達を乗せた車は、夜間診療のある小児科病院へ到着した。
車は駐車場に待たせ、は娘を抱いて病院へと駆け込む。
俺はその後ろについてゆく。
受付が必要のようだ。
俺はを待合室のソファーに座るように促すと、受付へと向おうとした。
そんな俺に「あの…保険証を……」とが引きとめそれを俺に差し出してくる。
俺はから保険証を受け取り、受付へと向かった。

急いで駆け込んだ病院だった事もあり、初診になるようだ。
保険証を受付の事務員に渡すと、問診表と体温計を手渡される。
俺はそれを持ってのもとへと戻った。
体温計はに渡し、問診表は俺が書く事にする。
問診表には住所や電話番号といった情報を書き込まなければならない。
しかし、俺は何の迷いもなくそれを書き込んでゆける。
の事はすべて記憶しているから。
住所が何処なのかも、電話番号も、生年月日も全て……。
それに連なる、娘のの情報だって、記憶済みだ。
特に、の誕生日は俺と同じだから記憶に強く残っているな。
まぁ、流石にの身長やら体重やら…は、解らなかったが……。
問診表を書き終える頃に、の体温も測り終えたようだ。
『40度5分』
随分と高いな……。
大丈夫なのだろうか……。
悪い病気でなければいいが……。
問診表を受付に返した後、程なくすると名前を呼ばれ、を連れて病院の奥へと向かって行った。

どれほど時間が経っただろうか……。
俺は待合室のソファーに座り、が戻ってくるのを待った。
しかし、まだ戻ってくる気配が無い。
気になって、俺はソファーから立ち上がり奥へと向かう。
はすぐに見つかった。
処置室の一つに、二人は居る。
俺はその処置室の入り口に佇み、その様子を見詰めた。
は、俺がここにいることに気付いていない様子だ。
は小児用ベッドに横たわり、点滴を受けていた。
はそのベッドサイドの椅子に座ってその様子を見ている。
そんなの顔は母親の顔。
が女である前に、母親であるのだと実感した瞬間だった。
「ごめんね…」
の頭を撫でながら言う
後悔でいっぱいの声が、酷く俺の心を揺さぶった。

もし俺が、呼び出したりしなければ、こんな事にならなかったかもしれない。
ただ、俺はに近づきたかった。
しかし、その為にとった行動で、あんなに幼い子供を苦しませる羽目になって……、何よりを悲しませる事になって………。
俺みたいな男は、に近づいてはいけないのかもしれないな……。
そう、本気で思った。

そして俺はそっと、足音を立てないようその場から離れ、待合室へと戻って行った。

 

の治療が終わった。
診察結果は風邪だったらしい。
点滴で解熱剤も入れてもらったから、熱も下がるだろうとは言った。
「そうか、良かったな」
俺は、心底ほっとしてそう言葉をつむいだ。
そして、会計やらを終わらせたあと、再び二人を俺の車に乗せて家まで二人の住まうアパートまで送ってやる。
娘を抱いたままでは玄関の鍵を開けるのも大変だろうと、玄関口までは付いていった。
小さな、ボロアパートだ…。
二階の突き当りが、二人の部屋らしい。
のバッグから鍵を拝借して、玄関ドアの鍵を開けてやる。
流石に、家の中まで押しかけるなんて事は出来ないな。
はしきりに病院費用や俺が貸したジャケットの事を気にした。
気にするなとそう言ってそれを押し留める。
それでもは気にしていた様子だったが……。
「悪かったな……」
こんな事になってしまって……。
俺のせいで……。
「お大事に」
俺はそう言うと、踵を返してに背を向ける。
「あの、社長…」とが俺を呼び止めたが、それを無視して俺は階段を下りる。
階段を居りきった時、ドアが開いて閉じる音が聞えた。
きっと、が部屋に戻った音だろう。
俺はそのまま、道路わきに待機させていた車へと戻っていった。

動く車の中で、俺は思う。
もう、に近づけないと……。
こんな事になって、一体どの面下げて会えばいい?
俺は自分の携帯電話を取り出す。
の携帯電話は、貸したスーツのジャケットの中だ。
すぐに気付くだろう。
の携帯には、昨日の内に俺の携帯の電話番号やメアドを登録しておいた。
俺は携帯メモリから、の電話番号とメアドを探し出す。
これも、俺が昨日の内にやった事だった。
本当なら、それを使って話したり会う約束を取り付けたかったんだが……。
もう、そんな事出来ないよな。
だって、俺の携帯データを見つけたって消してしまうだろうしな……。
そう思って、俺はそのメモリデータを消そうと消去ボタンに指をかける。
が………、それを押すことは出来なかった。

未練が……まだあるんだな………。
俺は思わず苦笑した。

 

溢れる愛しさは留まる事を知らず………。







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