それから、悶々とした日々が続いた。
への想いはあるが、俺が近づいてはいけないような存在のように思えて……。
男として存在できる俺とは違い、は女である前に母親として存在している。
俺とでは土俵が違う。
だからこそ、あの笑顔が出来たのだろうな。
娘の…の為の笑顔。
俺がずっと見ていたいと願ったものは、の母親たる象徴であったのだと知った。
だからこそ、余計に……。
との距離は縮まらないような気がして……。
それなのに、相変わらずへの気持ちは膨らんでいる。
諦めた方がいいと思えるのに、それが出来ない。
行き場の無いこの気持ちはどうしたらいいんだろうな。

今朝、会社での姿を見かけた。
変わった様子が見受けられないから、はもう大丈夫なのだろう。
は大丈夫なのかと、そんな話題で近づける筈なのにな。
二の足を踏んでいる俺がいる。
こんなに女々しい俺がいるなんてな。
まったく、どうかしている。

その日の夜。
勤務が終わってどこかで夕食でもとるかと思案していた時、携帯電話のメール着信音が響いた。
開いてみれば、それは、中学時代からの腐れ縁、忍足侑士からのメールだった。

 

【From】忍足侑士
【Subject】久しぶり〜☆

元気しとるか、跡部。
今、大学時代に通っとったバーにおるんやけど、一緒に飲まへん?
―――END―――


 

俺を呼びつけるなんて随分と偉そうな事しやがるじゃねぇか……。
だいたい、なんでメール文章でも関西弁なんだよ……。
俺は忍足からのメールを読みながらそう思った。
それにしても忍足の奴、あのバーに一人でいるのか?

 

【To】忍足侑士
【Subject】RE:久しぶり〜☆

他に誰かいるのか?
―――END―――

 

 

俺はそんな返信を返す。
するとすぐにメールの返答が戻ってくる。

 

【From】忍足侑士
【Subject】いやいや

俺一人や。せやから、寂しいねん。
かまったってや〜。
―――END―――


 

んだとぉ……。
一人酒が寂しいから俺を呼びつけようってのかよ……。

 

【To】忍足侑士
【Subject】RE:いやいや

ふざけんな。他をあたりやがれ。
―――END―――

 

 

俺はそう返信を忍足に返す。
また、すぐに忍足からの返信が来る。

 

【From】忍足侑士
【Subject】ひどいわぁ〜(´Д⊂

何でそないにつれないん?ちょっと位ええやん。他の仲間にも声は掛けたんやけど、皆忙しいて無理やて……。
あ、それとも、跡部も仕事忙しいんか?ちと、報告したい事もあんねんけど…。
―――END―――

 

 

 

……別に仕事が忙しいわけじゃねぇが……。
つか、気持ち悪い顔文字使いやがって……。
……相手にする奴が誰もいねぇのか……。

 

【To】忍足侑士
【Subject】RE:ひどいわぁ〜(´Д⊂

別に仕事は終わってるが。
つか、報告したい事ってのは、なんなんだよ?
―――END―――


 

 

俺の返信に、忍足がまた返してくる。

 

【From】忍足侑士
【Subject】まっとるでぇ(*´Д`*)b

仕事おわっとるなら、ええやん。
報告は来てくれたらするさかいな。
ほな、まっとるでぇ〜。
―――END―――


 

おい、コラ……。
俺は行くとは言ってねえぞ……。
ったく……、報告ってのは何なんだよ?
……ち……。
まぁ、久しぶりに奴の顔を見るのも良いか……。
俺は忙しくて、昔のテニス仲間に会うことがなくなったが、あいつは違うしな。
奴らの近況を聞くいい機会か……。
俺は、忍足の待つバーへと向かう事にした。

 

そこは、大学時代、テニス仲間とよく通ったバーだった。
地味ではないが派手でもない内装のバーで、マスターとは顔なじみだ。
バーの入り口ドアを開くと、ドアベルの音が鳴り、「いらっしゃいませ」とマスターの声。
「おや、跡部君、久しぶりだね」とマスターは俺を見てにこりと笑う。
「お久しぶりです」と俺は軽く頭を下げた。
「忍足君なら奥だよ」
マスターがそう言いながらカウンター奥に視線を向ける。
そこには、見慣れた顔の眼鏡の男が。
「よぉ、まっとったでぇ、跡部」
忍足が俺を見つけて軽く手を振る。
俺は何も言わず忍足のとなりへ座る事にした。
「ホンマ、久しぶりやなぁ。元気そうやん」
忍足がニコニコと笑いながら俺に話しかけてくる。
「お前も、相変わらずだな……」
俺はそうそっけなく言葉を返す。
「跡部君、いつものかい?」
不意に、マスターがそんな事を問うてくる。
「お願いします」と俺はそれに返事を返した。
「で、報告したい事ってなんだよ?」
俺は早速本題に入る。
「ん〜、それもええけど、他の奴らの近況も聞きとうないんか?」
しかし、忍足はもったいぶった様にそう言葉を返す。
まぁ、それも聞きたい事ではあったし、先ずはそれから聞いてやることにした。
誰が、今どんな職についているのか。
彼女が出来たとか、同棲しているとか…。
そんな話が次々とでてくる。
そういえば、後輩の鳳長太郎なんか学生結婚だったな……。
酒を飲みながら、そんな事を思い出したり、昔のエピソードを思い出したり…。
無理やり呼び出されたのではあったけれど、こういうのも悪くは無いなと思った。

「そんでなぁ、俺が報告したい事やねんけど……」
やっと、忍足が本題を口にする。
「ああ……」と俺は忍足の言葉の先を促す。
「俺 結婚すんねん」
「……何?」
忍足の言葉に、俺は思わず眉を跳ね上げた。
「いやぁ、彼女が妊娠してなぁ……。そんで、籍入れることになってん」
なるほどな……。
今流行の『出来ちゃった婚』て奴か……。
「そうかよ……」
俺はどう言葉を返していいか解らずそうとだけ言った。
「んで、来月に式挙げるんで、跡部も出席できたら来たってな」
そう言う忍足は嬉しそうだ。
………もしかしてコイツ………。
「お前、狙って女を孕ませたのか?」
俺がそう言うと、忍足はふっと苦笑い。
「俺らの仲、彼女ん親父さんに反対されとってん。何度か話し合いしに行ってんやけど、結婚の許可もらえんでなぁ……」
「それで、既成事実 作って…って訳か」
「そういう事やな」
なるほどな……。
まぁ、そうまでして結婚したい相手だったと、そういうことか……。
「予定が空いていたら出席してやる」
俺はそう言葉を返した。
「おう、他の連中も呼ぶ予定やさかい、同窓会みたいになるかもしれへんで」
……それなら、予定 空けておいてやってもいいかもな…。
そんな事を頭で考えながら、俺は手元にあるグラスを煽った。
「所で、自分はどないや?相変わらず 女とっかえひっかえなんか?」
忍足がそんな風に話を俺に振ってくる。
「余計な世話だ」
俺は忍足を睨んでそう言うと、マスターに酒の代わりを注文する。
「いや、心配になってまうで?流石に、もう遊んどってええ歳でもないやろ?」
忍足は、忍足なりに心配しているのだという事は、その言葉で十分解る。
「結婚してもええなて思うような相手……見つからんか?」
そんな忍足の言葉を聞いて、俺の脳裏に浮かんだ。
の顔……。
………バカだな俺。
結婚というフレーズで、を思い出してる。
「居るんやな……。なんや、そんならええねん」
忍足がそんな事を言う。
勘のいい奴め……。
俺の一瞬の表情の変化を読みやがったな。
「なぁ、どないな人なん?あ、去年の冬に一緒に居ったあの別嬪さんか?」
興味津々と聞いてくる忍足。
「あぁ?あんな女とっくに別れたに決まってんだろ」
去年の冬に付き合ってた女なんて、その年の内に別れちまってるての。
だいたい、外面は良くても腹黒くてムカつく女だったんだぜ。
「ほな……どないな人やねん。跡部が結婚まで考えるやなんて、よっぽどええ女(ヒト)なんやろ?」
確かに…、いい女だとは思う。
は……。
ずっと隣に居て欲しいと、そう思う相手だ…が……。
「どうしたらいいんだろうな……」
俺は思わずそんな弱音のような言葉をため息と一緒に吐いた。
「………俺でええなら、相談 乗るで?」
俺の様子を察した忍足が、声のトーンを変えて言葉をつむぐ。
相談?
この俺様が…?
だが、どうにもならず悶々としたこの日々。
忍足に話して、何かきっかけでも掴めるだろうか?
いや……さっき弱音のような言葉を吐いた時点で、もう俺はそれを望んでいたのかもしれない。

俺はぽつりぽつりと、言葉をつむぎ始める。
自分が社長を勤める会社ビルの清掃員として働いているに、一目惚れしてしまった事。
彼女との、いろんな意味での距離がありすぎる事。
彼女が幼い娘を抱える、シングルマザーであるという事。
そして、距離を縮めようと計画した事が、思わぬ事件に発展してしまった事。
全て言い終えた俺は、渇いた口を潤す為に酒を口に含んだ。
「一目惚れなぁ……。跡部も可愛いとこあるやん」
俺の話を聞き終えた忍足が、クスリと笑ってそんな事を言う。
「………るせぇ」
そう言われると、かなり気恥ずかしくなる。
「そう、怒るなや。そんだけ惚れた女が出来たって事はええ事やで?相手がシングルマザーでも別にええやん」
更にそんな事を言う忍足。
俺は忍足から顔を逸らして片手で頬杖を付く。
「らしくないで、跡部」
忍足が、そんな俺に言う。
「んなこたぁ、わかってるっての」
相変わらず、忍足に顔を背けたままは言葉を返す。
「ほなら、自分らしくやったらええんちゃう?」
更にそう言ってくる忍足。
「………俺らしくやって、あの事件だったから、二の足踏んでんだろ…」
俺は再び忍足に顔を向けて、更に睨みつけて言う。
「二の足踏んどる時点で、らしゅうないやん」
忍足が突っ込むように言葉を返してくる。
「確かに、タイミング悪かったかもしれへんけど……、だからなんなん?そういうんを、挽回していくんが自分のやり方やなかったか?一度の失敗くらいで、二の足踏んでまうほど、自分 ヘタレな男やったか?」
更に言葉をつむぐ忍足。
……確かに……そうだな……。
「敗因は何処やったんか、次はどないすればええんか…そう考えて進んでいくんが、一番 跡部らしいと……俺は思うんやけどなぁ」
ニッと忍足は笑って言う。
「偉そうに能弁たれやがって……」
俺は思わずそんな憎まれ口を叩く。
「多分な、自分の場合…さん…やったか…のお嬢ちゃんの父親になるんが、必要なんや無いか?」
そう言いながら、忍足は俺を見やった。
「……父親……?」
俺は思わず小首をかしげる。
さんは母親なんやろ?なら、跡部は父親になればええんや。男と女も対やけど、父親と母親も対やで?」
そう忍足は言う。
俺がの父親になる…?
「考えた事なかったな……」
全く、考えもしなかった事だった。
「相手が母親で、立つ土俵が違うて思うなら、自分は父親になって同じ土俵に立てば、近づけん距離も近づけるようになるんとちゃうか?」
「………確かに………」
忍足の言葉に、俺は納得してしまう。
めちゃくちゃ単純なところで躓いてたのかよ……。
俺様としたことが……。
だが……父親になる…のか……。
俺が?
父親……ねぇ……。
「手始めに…そん二人をどっかに連れて行ったったら? 3歳なら、遊園地つれてったらめっちゃ喜ぶと思うで」
俺の心中を察したのか、忍足がそんな事を言ってくる。
「……遊園地だ?」
「せや。一日、親子体験ってヤツや。さんとそんお嬢ちゃんと自分の3人で、そういう場所に行けば、否が応でも親子て思われるしな」
ニコニコと笑いながら言う忍足に、微妙に気色悪い気もしたが……。
だが、その案は悪くねぇな……。
この前の、侘びにもなるだろうし…、一石二鳥かもな……。
やって……みるか……。

そして、暫く酒を飲んだ後、忍足と別れてバーから去る。
別れ際に「あんじょうきばりぃ」と忍足に言われた。
……言われなくても解ってるっての。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その後。
俺はと連絡を取った。
が、俺のメアドを消してないかヒヤヒヤしたが、普通に返事が返ってきた事を見ると、消されてはいなかったようだ。
忍足との会話で、俺らしさを取り戻した俺は、俺らしいやり方で、まんまとに会う約束を取り付けた。
そして、某巨大リゾート遊園地のVIPチケットやらを手配して、その日に備える。
俺様直々に運転して連れて行ってやろう。
………チャイルドシート…義務だから必要だよなぁ……。







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