約束の日曜日、俺は私用の車に乗っての住むアパートへと向かった。
約束の時間の8時より10分前に、の部屋の玄関ドア前に立つ。
そして、呼び鈴を押す。
すると、ドアの向こうからの声。
ドアが開かれ中からが顔を出す。
ふわりと、ミルクのような甘い匂いが漂う。
「…社長……」
何故か驚いた様子の
「よぉ」と俺は微笑を見せた。
相変わらず呆然としているの後ろから、小さな何かが顔を出す。
「だぁえぇ?」
幼い子供。
の娘、だ。
母親の…の足にしがみついた状態で身を乗り出し、俺を見上げている。
熱出してたし、俺の事など記憶に無いのだろうな。
「よぉ、元気そうだな」と、俺は軽く身を屈めての頭を撫でてやる。
すると、の表情が、好奇心いっぱいなものに変わった。
……なんだ?
俺は思わず小首をかしげる。
「おにぃたん おめめ おしょらのいろね!」
そんな事を言う
ああ、なるほど…俺の眼の色が珍しいのな。
が、の足元から一歩俺のほうへと進み出て「きえいねぇ」とニコニコ笑って言う。
俺はを抱き上げ「ありがとな」と微笑み返す。
しっかし、子供ってのは軽いもんなんだな……。
抱き上げた瞬間にふとそう思った。
俺に抱き上げられたは、相変わらずニコニコと笑っている。
の体からも、と同じ甘いミルクの香りを感じる。
によく似た顔の笑顔が間近にあるのは嬉しいものだと思った。

俺はに視線を向ける。
……なんでこんなに間抜けな顔をしてるんだ、コイツは?
「……何、間抜けな顔してんだよ。行くぞ」
俺はそう言い放つと、を抱いて玄関から離れてゆく。
「ちょ…ちょっと待ってください!」
そう背後でが慌てて言い、ばたばたという音を立てて部屋に戻ってなにやら用意している様子。
あ…、靴はいてねぇな……。
まぁ、が気付いて持ってくんだろ。
俺は気にも止めず、外廊下の階段を下りてゆく。
「おにぃたん、ねぇ、っていうにょよぉ。おにぃたんはぁ?」
俺の腕に抱かれているがそんな事を言う。
……自己紹介しろって事か?
「俺は景吾だ。け・え・ご。言えるか?」
俺がそう言うとは「けぇごぉ?」と舌足らずに俺の名を呼ぶ。
………可愛いな………。
思わずそんな事を思ってしまった。
こんな子供の相手なんて、今までした事なかったからな……。
階段を降りきり、アパートの門を出て道路に出た頃、がまた俺に声を掛けてきた。
「おにぃたん、どこにいくにょ?」
俺はその言葉に「楽しいところだ」とだけ答える。
「たのちいとこよ?」と小首を傾げる
なんつーか…、仕種の一つ一つが可愛いんだよな…コイツ……。
子供は、大人の庇護心をそそるように可愛らしく出来ているのだと、昔 聞いたことがあるが……。
なるほど、そうかもな……。
無意識な確信犯ってやつか……。
まぁ、それでも…いいかもな………。
そんな事を思いつつ、路肩に止めた車の後部座席のドアを開いて、据えつけおいたチャイルドシートにを座らせる。
……わざわざこの日の為に購入したもんだ……。
これから先、使うかもしれねぇからな……。
そこへ、やっと追いついてきたがそのチャイルドシートを見て一言。
「社長って…お子さんいらっしゃるんですか?」
俺は思わず眼を丸くする。
しかしすぐに我に戻った。
「居る訳ねぇだろ」
俺はそう言いながら、呆れたような視線をに向ける。
………なんでそんな風に考えられるんだ?
わざわざ用意したもんだって、少しぐらい思わねーのかよ……。
「くだらねぇ事考えてる暇があったら、さっさと乗れよ」
俺はそう言いながら、を乗せた側のドアを閉め、今度はその反対側へと向かい、そのドアを開けてに乗るように促す。
は黙ってそれに従って、車に乗ってゆく。
が車に完全に乗ったのを確認してから、俺はそのドアも閉めてやる。
そして俺は、運転席へと乗り込むことに。
するとが後部座席から声を掛けてきた。
「え……、社長が運転なさるんですか?」
俺はその言葉に、思わず肩を振るわせる。
「お前……俺をバカにしてるのか?」
俺が不機嫌さを表に出してそう言うと、「あ、いえっ!すみませんっ!」とは慌てて謝ってくる。
チャイルドシートを見たときの発言といい、今の発言といい……、コイツもしかして とんでもない天然なんじゃねぇの?
会社に居る時とは大違いな姿の
俺は思わず大きなため息。
「まぁ、いい……。車出すぜ」
俺はそう言うと、車のエンジンを掛け、車を発進させた。
「ママ〜、おにぃたんがねぇ、たのちいとこりょに つれてってくえゆってぇ」
車が動き出した頃、がそんな事を言っている声が耳に届く。
後部座席に座っているので、表情まではわからないが、期待に胸を膨らませている様子は感じ取れた。
「一体、何処へ行くおつもりなんですか、社長?」
のその言葉を聞いて、が俺に問うてくる。
「着けば解る」とだけ、俺は返事を返す。
「どこに いくんだようねぇ」
わくわくという様子が解るの声に、思わず笑みが零れた。
「何処だろうねぇ、楽しみねぇ」
がそれにあわせるように言葉をつむいでいる。
母と子の会話ってやつは、微笑ましいものがあるな。
と…、忘れるとこだった。
「おい、
俺はの名を呼ぶ。
「はい?」とは条件反射のように返事をする。
「俺の事は名前で呼べよ。俺の名前くらい解ってるよなぁ?」
社長…なんて役職名で呼ばれたくねぇんだ。
お前には……。
しかしは俺の言葉に全く反応してこない。
……少しは何か反応しろよ……。
「おい、聞いてんのかよ?」と俺が聞くと、「は…はい!」と慌てて返事を返してくる。
ホントに解ってんのかよ……。
「ママ、どうちたにょ?」
にそんな言葉を掛けている。
「ん、なんでもないよ。これから何処に行くのかなぁ、楽しみだねぇ」
また、は母親の声に戻りに言葉を返す。
「たのちみねぇ〜」
の声からは、相変わらず期待いっぱいの気持ちが伝わってきた。

 

 

 

そして、二時間弱ほどの時間で、目的地に到着する。
某巨大リゾート遊園地。
とりあえず、をその入り口で車から降ろし、俺は車を駐車場へと納める。
……さすが、人気の高い遊園地だな。
開園直後だというのに、車の量はありえないほど多い。
入り口から随分離れた場所に車を停める事になった。
……帰りも、俺だけがここに車を取りに来た方がいいな……。
そんな事を考えながら、俺はの待つ遊園地入り口へと向かうのだった。

は驚いた様子で、其処にいる。
まさか、こんな所につれて来られるとは思っていなかったのだろう。
はというと、嬉しくて嬉しくて今にも駆け出したいという雰囲気が丸解りの様子でと手を繋いでいる。
「いくぞ」と俺が促すと、は黙ってついてきた。
「あの、社長……」
不意に、が俺にそう声を掛けてくる。
……社長って呼ぶなっつってんのに……。
「アーン?」と、俺はを睨んでやる。
すると、俺が不機嫌になった理由を察したらしく、言いなおす。
「えっと…、跡部…さん……」
………苗字呼びかよ…。
気に入らないから、ぷいと進行方向を向いてやった。
するとは、「………景吾さん?」とやっと俺の名を呼んだ。
「なんだ?」
俺は即答で返事を返してやる。
が呆れたような視線を向けているが、気にしない。
「チケットは……」と気を取り直してが聞いてくる。
「用意してある。お前は何も気にするな」
俺がそう言っても、は困ったような顔。
「ママ…?」
その表情に、が不安そうな声を出した。
「あ、ん…なんでもないよ。、ずっとここに来たかったもんね、いっぱい遊ぼうね」
はそう言ってに笑顔を向ける。
「うん」と、は気を取り直したようで、元気よく頷いた。
そんな二人のやり取りを視線の端に捕らえられるように、俺は達の隣を並んで歩く。
「しゃ……景吾さん」
が、また俺を呼んだ。
……社長って言いかけたな……。
まぁ、ちゃんと言い直したからいいか…。
俺は視線だけをに向ける。
「どうして、私たちをここへ……?もしかして、この前が熱を出した事を気にしてらっしゃるのですか?」
がそう言って俺を見詰めている。
俺は思わずそれから視線を外す。
「あれは、私の不注意からきた事です。私が母親としての注意を怠っていたのが悪いんです…、だから……」
そう言葉を重ねる
だが……。
「気にするなって…言う方が無理だろ」
俺はの言葉を途中で遮る。
「お前の不注意ってのもあったのかもしれねぇ…、でもあの日俺が呼び出してなけりゃ…携帯を素直に返してりゃ、ああならなかったかもしれねぇだろ」
が熱を出したあの日の事は、やはり心のどこかで引っかかってた罪悪感だった。
だから、そんな言葉がすんなりと出てくるんだ。
「だからコレは侘びだ。せっかく用意したんだから、無駄にはすんなよ?」
俺はそう言ってに微笑んでみせる。
でも、下心もあるから、あんま気にすんなよ
心の中でそんな言葉も付け足しておく。
俺に視線を向けていたはというと、顔を赤くして俺から視線を逸らした。
……いい反応だな……。
俺は心の中でほくそえんだ。

 

「で…何処行くんだ?」
園内に入ってすぐ、俺はに問いかける。
こんな場所は、学生のときのイベントくらいでしかきた事は無い。
正直いうと、あまり好きでは無い場所だったりするんだが……。
今回は…な……。
「あ……。、どれに乗りたいのかな?」
俺の言葉ににそんな問いを掛けながら、入り口で貰ったパンフレットを見せている。
「こえ!」と、がパンフレットの一角を短い指で差しているようだ。
「でもこれ、いっぱい待たないと乗れないのよ?いいの?ちゃんと待てる?」
は少し困った様子でに諭すように言っている。
は「うん!」と元気よく満面の笑みで頷いた。
「決まったのか?」
俺は、再び問いを掛ける。
「あ、はい…。これなんですけど…人気のアトラクションだから結構待ち時間長いんですよね……。いいですか?」
は、に見せていたパンフレットを今度は俺に見せながら言う。
「ああ」と俺が短く返事をすると、「じゃぁ…行きますね。、行こ…」と遠慮がちにそう言って歩き始める。
俺は、その後ろを黙って付いてゆく。

付いた先は、待ち時間二時間と掲示板のようなものに書かれている。
、二時間待ちだよ?すっごく待たないとダメなのよ?」
に言っている。
どうやら、は待ち時間が短い方がいいと思っているようだ。
俺の事を気にしているのだろうな…。
別に気にする必要ねぇのに。
「こえに にょゆにょ!」と、は引かない様子。
ま、もともとバカ正直に待つような所に、俺が連れてくるわけねぇだろ。
俺は、スタッフらしい男のもとへと向かい、そいつにVIPチケットを見せ、「ラウンジは何処だ?」と問う。
この遊園地にはVIP接待専用のラウンジが据えつけてある。
それを使えば、待ち時間など必要なく乗り物に乗れるし、乗りたくない奴はそのラウンジで休んでいる事が出来る。
そんなモノがあるから、俺はこの遊園地を選んだ。
まあ、遊園地一つ貸切にしたかったんだが…、さすがに時間がなかったんだよな……。
スタッフの男は「すぐに案内のものをよこしますので、お待ちください」と返事を返し、トランシーバーらしきもので連絡を取り始めた。
俺は、黙ってその男のもとから離れ、達のもとへと戻る。
「迎えが来るから暫くここに居ろ」
俺がそう言うと、は怪訝な顔。
「あの……、どういう事なんですか?」
そう言うに俺は、「すぐに解る」とだけ答える。
「いかにゃいにょ?」との手を引く。
「あ、ちょっとまっててね…」とを宥めるように言った。
は、しきりに乗り物への入り口に視線を向けている。
……乗りたくてしょうがないのな。
そんな様子のも、随分可愛らしいじゃないかと思ってしまう。
………俺、別にロリコンの気がある訳じゃないんだがな……。
「お待たせしました」
不意に女の声でそう声を掛けられた。
スタッフの女のようだ。
俺はにその女に従うように促す。
は不思議そうな顔をしていたが、黙ってそれに従った。
VIP用ラウンジに到着し、はやっと納得したようだ。
「俺はここで待ってる。二人で行って来い」
俺はそう言うと、ラウンジ内に据え付けられているソファーに腰を落ち着ける。
「あ……、はい……」
はそう頷くと、スタッフの女に視線を向けた。
「では、こちらへどうぞ」と女に促され、は乗り場へと続く道へと進んでいった。

暫くすると、が戻ってくる。
が、満面の笑みで乗り物の感想をに聞かせているようだ。
そんなを見るも微笑んでいる。
俺が、ずっと見詰めていたいと願ったあの笑顔で……。
連れて来て、正解だったな……。
俺はに悟られないような笑みを零した。

その後も、は自分の乗りたいものをせがんでは、大はしゃぎしている。
に手を引かれている形になっているは「そんなに急がなくても、なくならないから大丈夫よ」とを宥めるが、聞いちゃいない。
「はあく、はあく!」と急かすように言うのだ。
も少し困ったような様子は見せているものの、楽しそうではあるようだ。
幾つかの乗り物に乗り終えた後、「私たちだけ楽しんでてすみません」とが俺に言ってきた。
俺が乗り物に全く乗っていないから、気にしたんだろうが……。
正直、乗りたくねぇし……。
そんな事を面と向かって言うとしらけるだろうから、「その為に連れて来てんだから、つまらねぇ事言ってんじゃねえよ」と言葉を返してやる。
しかし、は困ったような表情をする。
……楽しむように連れて来てるってのに、そんな顔ばっかされてもな……。
そんな時だった。
「ママぁ、おにゃかちゅいた」との手を引いて言う。
……昼、過ぎてたんだな…。
気付いてなかった。
たいして腹も減ってなかったし…。
「あ、ご飯の時間だねぇ」
も時間に気付いたのかそんな言葉でに答える。
そしてなにやら考え込んでいる様子。
昼くらいは払おうなんて考えてそうだな……。
んなことさせる気なんて更々ねぇってのに…。
はなにが食べたいんだ?」
俺はそうに問いかける。
は確実に遠慮するからな。
遠慮しないに問う方が決まりが早い。
「おこしゃまりゃんち!」と、俺の思ったとおりが言葉を返してくる。
「そういうの、どこにあんだ?」
俺がに問うと「大抵のレストランにあると思いますけど…。すぐ近くにあるレストラン…そこでいいですか?」と返事が返ってくる。
「かまわねぇよ」と俺は頷いてやると、はそのレストランへと向かって歩き始めた。

 

そこは、まあまあの雰囲気な店。
下手なファーンシーさのない内装であったおかげで、入ることを躊躇う事はなかった。
それほど込み合ってもなく、すぐに席に案内される。
ウエイトレスが俺にちらちらと視線を向けてくるのがウザかった。

席に案内され、椅子に腰を落ち着ける。
机をはさんで向こう側に、も…は子供用の椅子を借りて…座った。
食事を注文する事になるのだが、の事だ、サンドイッチだなんだって軽いものを頼むに決まってる。
子供相手に体力使ってるってのに、そんなもんで事足りるわけねえだろ。
少しでも、スタミナになりそうなもん頼んどいて、食わせてやるか。
案の定、はサンドイッチを頼んだ。
俺は目に付いた、ビーフシチューとパンを注文しておく。
大して体力消費の無い俺なら、サンドイッチくらいで十分足りるし、無理やり食わせてやるつもりでいる。
ちなみにだが…、お望みどおりのお子様ランチだ。
注文の品が届くのを心待ちにするの姿は微笑ましいもんだな。

程なくして、注文した食事が運ばれてきた。
の首にハンカチを巻いてやっている。
服を汚さないようにという配慮なんだろうな。
嬉しそうにが食事を始める。
も、運ばれてきたサンドイッチに手を伸ばそうとしていたが、俺はそれを自分の手元に引寄せ、変わりにビーフシチューを驚いているのほうへ突き出した。
「そっちはお前が食え」と俺はそうに言い放ち、サンドイッチを口にする。
「あの…でもこれは、景吾さんの…」とが言いよどむが無視を決め込む。
は、少しの間迷ってはいたものの、ビーフシチューに口をつけ始めた。

それから暫くして、一番最初に食事を終えたのはだった。
まぁ、子供の食事量なんて高が知れているしな。
すぐにそわそわとし始めたは、首もとのハンカチを自分で取り去って椅子から降りてゆく。
そんなの腕をは「コラ、!じっと座ってなさい!」という言葉を放ちながら慌てて掴む。
だが、そんな言葉も聞きたがらない。
は「やぁ」との手を振り解こうとしている。
「いい子にしてて。ママももうすぐご飯終わるから」
そう窘めるようにに言うが、言う事を聞く気配は一向に無い。
困った様子の
の食事は、まだ随分とある。
食事を終えるのはまだ先だな。
俺は、がそわそわし始めた頃に食事を終わっている。
、こっちにこい」
俺はそうに向けて言葉を放つ。
と、も俺のほうに視線を向けている。
俺が視線だけでを解放するように促すと、は黙ってそれに従い、の腕を解放した。
がテーブルの下をくぐって俺の足元までやってくる。
俺はそんなを膝の上に抱き上げて座らせた。
「ママが食べ終わるまでいい子にしてろ」
そう言っての頭を撫でてやると、「うん」とは頷き、俺の膝の上に納まる。
「す…すみません…」とが気にしたように言う。
「いいからさっさと食えよ」と俺は言葉を返す。
いちいち気にしすぎなんだよ……。
そんな俺の心中も知らず、は慌てた様子で食事をとっている。
俺はを膝に抱いたまま、そんなの姿を眺めやっていた。

不意に、が俺の着けていた俺の腕時計のベルト部分を掴む。
不思議に思って俺はに目を向ける。
そしては、「おにぃたん、こえなぁに?」と俺に問うてきた。
が、「こら、」とをたしなめるように言うが、聞いちゃいない。
…つか、腕時計 知らねぇのか…コイツ?
「腕時計ってんだよ」
俺はの目の前に時計の盤面を向けて教えるように言うと、「うえどけい?」とが舌足らずに復唱する。
本当に腕時計の存在を知らないのか、は小首をかしげる。
その様子が可愛らしくて、俺は思わず笑みを漏らした。
「時計くらいしってんだろ?」
俺がそう言うと、は「ちってゆお」と返事を返す。
そして更に、面白い言葉を口にする。
「でも、とけいは もっと おっきいお?」
そのボケボケさに、思わず大笑いしそうになっちまう。
いや、流石にそれは耐えたが……。
何も知らないまっさらな子供ってのは、発想が面白いもんだな、なんて思っちまった。
「こういう時計もあんだよ」と俺が言うと、は興味深そうに俺の腕時計を見つめる。
も こえ ちゅけたい」
更にそんな事を、が言い出した。
は驚いて口に含んだものを噴出しそうになっている。
流石に、子供の腕と俺の腕では太さが違うが……、まぁ、面白そうだからつけてやろうか。
「いいぜ」と俺は言うと、腕時計を外しての腕につけてやる。
つーか、引っ掛けてるようなもんだけどよ…。
には大きすぎるな」
重力に従って、腕時計の盤面がの腕から下に垂れ下がっている様子を見て俺は思わず笑ってしまう。
は相変わらず、興味深げに俺の時計を見詰めている。
「ほら、もういいでしょ?お兄さんに時計返しなさい」
が、にそんな事を言う。
だがは、「やぁ」と言って腕時計を抱きしめた。
…なんだ、気に入っちまったか?
「こら、人の物をとるのは悪い子のすることでしょ?返しなさい、!」
がそんな風に窘めるが、は一向に聞こうとせず、「やらもん」と言う。
そんなの様子を見て、の表情は少し険しくなる。
「あの、景吾さんもに時計を返すように言って下さい」
が俺にそんな事を言ってきた。
しかし、まぁ…別に、こんな時計 取られたって俺にはどうってこと無いし…。
「そんなに気に入ったのか?」と俺はに問う。
するとは「うん」と大きく頷いた。
「こえね、きらきらしてて、ほーちぇき ちゅいてて、きえいなにょ」
そんな事を言い、の顔はキラキラと輝いているように見える。
どんなに子供でも、女なんだな。
「なら、にやるよ」
俺は言った。
別に取られても惜しく無い代物だしな。
それに、そろそろ新しいものに買い換える予定で、コイツはお蔵入りになるもんだったし…。
のおもちゃにしてしまった方が、リサイクルでいいだろ。
「ちょと…ダメですよ、そんなものを…」
が慌てたように言うが、「安もんだから気にすんな」と言葉を返す。
「でも……」とは更に何か言いたげだったが、「飯は、食い終わったのかよ?」と別の話題を振って話の矛先を変える。
は少しの間困ったような顔をしたが、軽くため息をつき「もう、ごちそうさまです」と言葉を返し、席から立ち上がった。
俺も、を膝から下ろし、椅子から立ち上がる。
が、テーブルの隅にある伝票に手を伸ばしていたが、それより早く伝票を取り上げた。
「先にと外に出てろ」と俺が言うと、「あ、ダメです。ここは私が……」とがそう言いながら、俺の手にある伝票を奪おうとする。
そんな事をさせる気などさらさらない俺は、伸びてくるの手から伝票を遠ざけ、「俺に恥かかす気かよ」と言い放つ。
は、一体何の恥だ?と言わんばかりの表情。
「俺は女に金を払わせねぇ主義なんだよ」
俺がそう言うと、は少しだけ肩を落としてため息をつく。
そんなものには気にも止めず、俺はさっさと会計を済ませた。

に悟られないようには気をつけているようだが、はどうも気が重くなっている様子で。
……この状況はどうしてやったらいいもんなんだろうな……。







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