私が産んだ女の子は、3歳になった。
名前は、
チョコチョコ歩いて、舌っ足らずで喋る可愛い子。
どうも、私は親馬鹿らしい。
携帯の待ち受け画面は娘の写真。
私の携帯の画像フォルダには娘の写真だらけ。

さん、休憩終わりよ」
そう同僚のおばさんに言われて、私は我に返る。
娘の事にトリップして、休憩が終わっている事に気付かなかった。
あ、自己紹介 遅れました。
私はといいます。

 

私は今、跡部グループ系列会社のビルの清掃員。
一年前までは、小さな会社の事務職だったんだけれど、不況のあおりでそこは倒産。
新しく見つけたのが、ビルの清掃員だった。
秘書職にもどればよかったんじゃないかって思う人も居るだろうけど、秘書職はシングルマザーに向かない職。
社長についてどこそこ回らなきゃいけないし、残業もあれば外泊も多い。
母一人子一人だし、娘はまだ3歳だし…、無理でしょ?
ビルの清掃員っていう仕事は、主婦がやる仕事って事もあって、残業はなく時間きっちり。
体力仕事という事もあったし、大会社のビルだったって事もあったし、給料はかなりいい。
娘を産むまでに、私は両親に随分迷惑をかけたから、これ以上迷惑をかけたくない。
だから、時間も定時きっちりで、給料のいいこの仕事をしていれば、母一人子一人生活していける。
娘がある程度大きくなってから、秘書職に戻ってもっと稼げばいいだろうし。
それまでは、ここで働いて娘を育てていこうと思っていた。

ある日の事、トイレ掃除に勤しんでいる時。
一緒にトイレ掃除番だった主婦の坂田さんが噂話を始めた。
坂田さんは噂好きなおばさんで、どこからともなくいろんな話を持ち込んでくる。
今日はどんな話なんだろう。
私はにこやかに、坂田さんの言葉に耳を傾けた。
「来月から、新しい社長が就任なさるんですって。しかもその人、跡部グループの御曹司なんだそうよ!」
ああ、よくある事よね。
跡取りを社長職につかせるって話は。
「へぇ…、そうなんですかぁ……」
さも、感心があると言った様子をみせて私は言葉を返した。
この人、関心を持ったように見せないと、後が怖いし。
それに気をよくした坂田さんはまるで舌が30枚もあるかのように喋り始める。
聞き流すのになれた私は、にこやかに相槌を打ちながらその場をやり過ごすのだった。
大体、社長なんて雲の上の存在だ。
時々、廊下ですれ違ったり、社長室の清掃で失礼しますなんて最低限の言葉だけを交わすだけ。
親のコネで社長になったお坊ちゃまなんて、正直どうでもいい存在だわ。
この会社を、私の娘がある程度大きくなるまで潰さないでいてくれればいい。
新しい社長の話を聞いても、御曹司の話を聞いても、私にはどうでもいい話だった。

 

 

私の日々は、変わらない。

朝、娘に起こされて。
パジャマから着替えて。
朝食とお弁当の支度して。
娘と一緒に朝食を取って。
いそいそと食器を片付けて。
パジャマ姿のままの娘を着替えさせて。
色々な支度を済ませて、家を飛び出して。
娘を連れて保育園まで行って。
保育園の先生に、娘を預けてバイバイって手を振って。
それから、私は仕事へと出かける。
一日、仕事して。
そして、定時になったら急いで仕事先から娘を預けている保育園に向かって。
娘を保育園から引き取って。
一緒に夕飯のお買い物して。
家に帰り着いて。
娘がテレビに夢中になっている間に晩御飯の支度をして。
一緒に晩御飯を食べて。
晩御飯の食器やお昼の弁当箱を片付けて。
一緒にお風呂に入って。
それから、二人でお喋りしたり、遊んだり。
眠る前には絵本を読み聞かせてあげて。
娘が眠ったら、私も疲れて眠ってる。

 

そう、変わらない毎日。
ずっと続くと思ってた。
娘が成長すれば、多少の変更はあるだろうけど…。
娘と二人でこれから先一緒に暮らしていくんだって。
結婚はしないの?って聞かれても、相手が居ればって言って…でも、そんな気全くなかった。
だって、二人でやっていけるもの。
お父さんがどうしていないの?って聞かれたら…、死んだって事にしとくつもり。
娘と二人で生きていくの。
それでいいの。
それが、私の幸せだから。
私の知る、極上の幸せだから。

 

 

それから、一月(ひとつき)が経った。
季節は春。
でも変わらない毎日。
当然でしょ。

坂田さんの噂どおり、新しい社長が就任したらしい。
名前は、跡部景吾というそうだ。
朝礼とか、清掃員は参加しないから、どんな顔をしてるのかとかはわかんないけど。
社長室の清掃番になったら、会うチャンスはあるかもね。
まぁ、どうでもいいけど。

それはある日の休憩の時だった。
休憩室へ向かう途中、見知らぬ青年とすれ違った。
スーツ姿が板に付いた、美青年だ。
ブラウンの髪にブルーアイズ、右の目元に泣きボクロ。
日本人離れした顔からするに、取引先の営業マンか何かかしらね。
ここの会社、海外にも取引先があるらしいから、外国人を見るなんて当たり前だったし。
気にもせず、いつもの通りに軽く会釈をしてすれ違って、休憩室へと向かった。

仕事の休憩中に、保育園から来るメールに目を通すのは日課。
娘を預けている保育園では、ある一定の時間にメールをくれるシステムがあるの。
ちゃん、今日はお弁当全部食べましたよとか、だれそれちゃんと喧嘩しちゃいましたとか…。
その日あった事の中間報告をメールでしてくれる。
結構、それって安心できるシステムだと思う。
更に、娘の姿の写った写メールも一緒に添付してくれるの。
それを見ると、仕事の疲れが吹っ飛んじゃうわ。

今日のメールは………。
『お絵かきが上手に出来ました。お昼寝の時も大人しくお布団に入ってくれて良い子にしています』
そんな文面が書かれていて、添付の写メールにはクレヨンをしっかりと握ってお絵かきをしている娘の姿。
可愛い……。
可愛すぎるわ、
保存しておかねば!
こんな風に、私の携帯の画像フォルダは日々増えてゆくのです。
そろそろ、手持ちのPCにいくらか画像を移動させとかないと、メモリがパンパンになるな…。

私の休憩時間は、そんな風に過ぎていくのだった。

 

でも、この時私たちがすれ違った事が、縁(えにし)が完全に繋がった瞬間だったんだね。
その時は知らなかった、解らなかった。
今思えば、そうなんだって…そう思うだけ。
縁ってどこに転がってるのかわかんないものだよ。
ホント、不思議だね。





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