名も知らない美青年と初めてすれ違ってから、更に一月(ひとつき)が経つ。
その日から、度々その美青年とすれ違うようになった。
とはいえ、私の日常は誰かとすれ違う事が当然なのだから、さして気にして無いけれど。
頻繁に出入りしているという事は、会社の社員なのだろうか?
見かけた時期が時期なだけに、新卒で入社したんだろうね。
たぶん気になってしまうのは、多分彼が女性でも嫉妬するほどの美貌だからだろう。
身長も高いし、モデルでもやっていけそうな部類。
ホストでも間違いなくNo.1で居られるんじゃない?てくらいの美青年。
でも、同僚のおばさん達は彼に出会ってないのかな?
噂はもっぱら、新社長。
凄く素敵な人、若くて頭がよさそうな人、上品な感じの人。
とにかく、おば様連中に新社長は気に入られたらしい。
所謂、鑑賞動物にされたという感じかな。
ま、それが社長の耳に入るわけじゃないから、どうでもいいけどさ。
あの美青年が、おばさん達の目に入ったら、きっと新社長と同じくらい噂されるんだろうなぁ。
そんな事を考えながら仕事に勤しんでいた。

「今日から社長室の清掃番はさんよね?」
不意に、そんな事を同僚のおばさんに問いかけられる。
「はい。そろそろ行こうかと……」
私がそう言うと、おばさんは「羨ましいわねぇ。早く私の社長室の清掃番回ってこないかなぁ」なんて事を言う。
そんなに新社長が見たいのか……。
まぁ、素敵だと思えるものに惹かれるのは人間の性。
仕方ないっちゃ、仕方ないよね。
さて、そろそろ社長室に向かうとしますかぁ。

私は掃除用具の入ったカートを引いて、ビルの最上階へと向かった。
社長室は最上階の奥。
でも、先ずは秘書室へ向かって社長室への入室許可を得るのがルールだ。
「清掃のものですが、社長室への入室は大丈夫でしょうか?」
秘書室に居る秘書らしき女性に問いかける。
秘書の女性は内線電話で社長室へ連絡。
「今なら、構わないそうよ」
にこやかに秘書の女性は言った。
私は秘書室から辞して、社長室へと向かった。

社長室の前の廊下。
邪魔にならないところにカートを置いて、私は社長室のドアをノックした
「清掃のものです、入室してもよろしいでしょうか?」
私はドア越しに、丁寧に問う。
すると「入れ」と、とても若い男性の声が返ってくる。
私は艶っぽい声だなぁ、なんてそんな事を思いながら社長室のドアを開けた。
「失礼します…」私はそう言いながら、社長室へと足を踏み入れる。

そして、硬直。

え……うそーん………。

社長室の奥。
窓際に近い位置の、大きな机と大きな椅子。
所謂社長椅子と呼ばれるその場所に、美貌の青年の姿。

そこに居たのは、一月前から時々すれ違う事のあったあの美青年。
ブラウンの髪、ブルーアイズ、右目の下に泣きボクロの…あの彼。

しゃ…社長って彼だったの?
……て、まてよ?
別に私、彼に失礼な事して無いじゃん。
すれ違う時はちゃんと頭下げてたし。
そうだよ、何もビビる必要無いじゃない。

そんな風に驚きと混乱から、思考が落ち着いてくる。
と、そんな私の耳にくつくつと喉を鳴らすような笑い声が聞えた。
その笑い声の主は、社長椅子に座る美貌の彼。
え、私…笑われてんの?
そして、ひとしきり笑い終えた彼は言った。
「間抜け面」

……なんですとぉぉ?!

そりゃ、時々すれ違ってた彼を社長と知らずに居て、今日ここで彼が社長である事を知ったからちょっと驚いちゃったけどさ。
だからって…、だからってさぁ!
開口一番「間抜け面」ってぇ!
失礼な人ね!
こんなのが社長なの?!
世も末じゃない!

まて、落ち着け
大人になれ
つか、三十路目前の大人なんだけどさ。(自分で言ってて痛いわね……歳……)
ここで怒ってはいけない。
どんなに嫌な上司でも、にっこり笑って対応が私のモットー!

「スミマセン、あまりに素敵なお姿だったので、惚けてしまいました」
にこりと笑みを浮かべて、私は言った。
これぞ、秘儀『二枚舌』!
秘書時代に培ったスキルの一つなのよ。
思ってもいない事がべらべらと口から出てくるの。
もう、社交辞令のスペシャリストだから。
そんな私に彼が返した言葉といったら、「当然だな」という言葉で。

自 意 識 過 剰 だ な ! ! ! ! ! !

あああ。
もう、この際 無視無視。
仕事に集中しよう。
私は気を取り直して社長室の掃除を始めた。
床をモップで拭いたり、飾り棚の上を拭いたり。
本当は、社長の机や椅子も拭かなきゃいけないんだけど、今は(ムカつく)社長がいるので今回は見送りだな。
………にしても………。
なに?
なに?
なんなの???
この視線は!
社長が…あの…(クソ)社長が私をじっと見てるんですけど!
つか、物凄く見られてんですけど!
なに?
なんなのよ!
アレか?
そうか、アレだな!
視姦プレイって奴か?!

セ ク ハ ラ だ ろ ! ! ! ! !

つかさ。
何で私を見てんの?
私の何処に目をつけてんの?
訳わかんないんだけど!?
さっさと終わらせて、ここから出て行こう!

私は、急いで仕事を終わらせ、社長室から出ようとそのドアに手を掛けた。
その時だった。
「おい、お前」
そう、社長に声を掛けられた。
なんなのよぉ……。
私はうんざりとしたが、それを見せずに笑みを作って「なんでしょうか?」と振り返る。
「明日も来るのかよ?」
そんな事を問いかけてくる彼。
何でそんな事が気になるんですか?
一体私の何に目をつけたんですか?
もう……。
とはいえ、こんな事に嘘ついてもしょうがないし…。
「今週一週間は、社長室の清掃当番になっていますけれど……」
私は正直に答えた。
「ふん…」と社長は納得したように鼻を鳴らす。
…何がしたいんだか…。
まぁいいや、さっさとここから去りたいし。
「それでは失礼します」
私はぺこりと軽くお辞儀をし、ドアを開け放って社長室をでる。
廊下に出て社長室のドアを閉めたのだけれど、そのドアが閉まる直前、社長の声が聞えた。
「またな、」と……。

ドアを締め切って、硬直。
だって……、だって……。
今…、今……。

私の名前、呼んだよぉ?!
しかも苗字じゃないの。
苗字で呼ばれるなら、解るのよ。
一応ネームプレート胸に下げてるから!
でも、ネームプレートには苗字のしか書いてない。
だから、何で社長が私の下の名前を知ってるのか…さっぱり解らない。

何なの?
あの社長!

あああああ、これから1週間、社長室には出入りしなきゃいけない。
何かの理由であの(アホ)社長が居なければいいけど、今日みたいに居たら……。
今度は何されるんだろう?
マジで怖いんですけど………。






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