つーかさぁ……、何なのよ?

解んない解んない、訳解んない。
なんで、一介の清掃員風情に、わざわざ声を掛けるの、アンタは?
何を気にいって私を見てる訳?
からかい半分なら、やめて欲しいわ!

次の日、清掃のために社長室へと向かった私。
あの(クソ)社長は社長室に居た。
私が社長室に来るなり、「よぉ、遅かったじゃねぇの。待ちくたびれたぜ?」って……。
何でアンタ私を待ってるんですか?
よっぽどそう言ってやりたかったけどね。
「申し訳御座いません、すぐに掃除を終わらせますね」
私はそうにこやかに言って清掃作業を始めた。

ちなみに、この(ムカつく)社長の名前は跡部景吾。
跡部財閥の跡取り、御曹司って奴ね。
きっと、何不自由なく生活してきて、何不自由なくこの職にありついたんでしょうけど……。
だからかしら?
私みたいな庶民の女が気になったのね。
多分、私は清掃員をやるには随分と歳若いし、目立ったんでしょう。
まぁ、この手の男のやり過ごし方は心得ているし。
のらりくらり秘儀『二枚舌』でかわしましょ。

私は手早く清掃作業を終わらせて、社長室から去ってゆく。
今日も聞えた、彼の「またな、」という言葉。
なれなれしく呼んで欲しく無いわ。
まったく、嫌な男。

 

その頃の私には、そんな印象しか彼になかった。
だって、知らなかったんだもの。
私が去った後、貴方がどんな顔をしていたのか。
扉の向こうで、何を思っていたのか……。

 

 

社長室の清掃番最終日。
この日はとてもラッキーな日だったはずだ。
あの、(クソ)社長が会議中で居ない。
「社長室には誰も居ないですから、そこの鍵を持って行って下さい。あ、帰りに鍵を返すのは忘れないで下さいね」
秘書室で秘書の女性にそういわれた時は飛び上がるほど嬉しかった。
だってねぇ、あれからですよ。
社長室に清掃に行けば、あの(エロ)社長が居て。
掃除をしてる私をじーっと見つめていたり、「お前、男居んのか?」とか聞いてきたり。
なんなんですかね?
自分社長だからって調子に乗ってんの?

腹 が 立 つ !

でも、そんな様子は絶対に見せないようにはしてる。
ああ、秘書時代のスキルがこんな所で大活躍だなんて…。
秘書やってて良かったな、
でも、いい加減、あの社長にはうんざりだったんですよ。
とりあえず、今日行けば暫くは社長室の清掃番は回ってこないし、どこかですれ違う事はあってもいつものようにさわやかスルーでいけるわ!
更に、今日は社長室に社長は居ない!
ああ、幸せ〜。
隅々まで掃除も出来るしぃ。
……別に、あの社長の為じゃないわよ?
お部屋が綺麗になるのは大好きだからね!
私って結構掃除が好きなんだもん。

でも、こうやって浮かれてたのが事の発端だったんだ。
掃除に夢中になって、清掃員用の制服のポケットにしまっていた携帯電話を落としていた事に、気付いていなかったの。
社長室の掃除を終えた私は、社長室のガキを閉め、その鍵を秘書室に届けた後、他の作業へと移っていった。

そして、定時になり、制服から私服に着替えていた時、私は初めて、携帯を落としていた事に気付く。
かなり焦った。
休憩時間、保育園からのメールをチェックした時まではあったの。
その後だから…。
社長室の清掃と、その他、幾らかの場所の清掃もしてたし……。
どうしよう…。
探しに行きたいけど…、もう会社から出て娘を迎えに行かなきゃいけない時間だし……。
困っていた私に、同僚のおばさんたちが「さんの携帯なら私たちわかるから探しといてあげる」って申し出てくれた。
私は、おばさんたちの申し出をありがたく受ける事にした。
今度、お礼しなきゃな。
私はとりあえず、おばさんたちに深々と頭を下げて礼を言うと、急いで娘を迎えに行く為に会社を後にした。

なんてついてないんだろう。
携帯を落っことしちゃうなんて……。
もし、社長室に落としてたら……。
どうしよう……。
あの社長、見つけて普通に届けてくれるかな?
それほど嫌な男じゃないよね?
ああ、見つかって欲しい。
ホント、切実に。
あの携帯には、思い出の写真がいっぱい入ってる。
娘の成長が記録されてるの。
もちろん、バックアップが無いわけじゃないけど、最近のものは今週末にバックアップするつもりでいたから、見つからなくて買い替えなんて事になったら……。
ああ、の可愛いベストショットがあったのになぁ……。
お願いだから、見つかってください、私の携帯!

 

そして、携帯は見つかった。
最悪なパターンで………。

週明け一日目。
同僚のおばさんたちが色々探してくれたんだけど、携帯は見つからなくて。
あと、探して無い場所は社長室だけ。
でも、社長室は、清掃以外で清掃員が立ち入る事なんて出来ない場所。
仕方なく、今日からの社長室当番の人に、携帯電話を探してもらうようにお願いした。

それは、その日の休憩時間の事。
いつもならば、携帯に届いている保育園からのメールを見て、今まで撮り溜めた娘の写真を眺めて過ごすのが日課なのに。
携帯がないから、ぼーっと休憩室でその時間を過ごしていた。
そんな私に、聞き慣れた、できれば聞きたくない男の声。
「おい」なんて、偉そうに私を呼んでいる。
私は『おい』なんて名前じゃないわ。
とは言っても、名前で呼んで欲しいというわけじゃないけどね。
心の中を見せないようににっこりと笑った顔を作り、私は彼の声がしたほうへと顔を向けた。

休憩室の入り口に、優雅に佇む美青年。
ええ、観賞用にはいいですよ。
でもね、性格とかは絶対お付き合いしたくないタイプの人ですよ。
私は顔より中身な人間なので、どんなに顔が良くてもあの性格ならお断りです。
「何の御用ですか、社長?」
私はそう言いながら、休憩で座っていたソファーから立ち上がった。
とりあえず、目上の人を座った状態で迎えるのは失礼だし。
すると社長はフッと笑みを浮かべて、スーツの内ポケットから何かを取り出した。
それは、私の見覚えのあるもの。
私が、捜し求めていたもの。
「私の携帯!」
私は思わずそう口に出して、社長の許へと小走りに駆け寄っていた。
彼の手にある自分の携帯に手を伸ばす。
しかし、私の手は空を掴んだ。
……なにすんの……?
社長は、私の携帯を私の手の届かない場所まで持ち上げていたのだ。
「あの、それ…返して…いただけませんか?」
私は丁寧に携帯を返して欲しいと頼む。
「今夜8時、○×駅前公園の時計台下にこい」
はい?
突然の言葉に驚いて、目を丸くした私の目の前で、彼は私の携帯を再び自分のスーツの内ポケットに戻す。
ちょ……ちょと?
携帯…返しに来てくれたんじゃないの?
唖然としている私をよそに、彼は優雅に踵を返して休憩室を出てゆく。
振り向き様に「ガキは連れてくるなよ」と言い残して……。

 

何?
なんなのよ?
携帯返して欲しけりゃ、いう事聞けってか?
なんなの、あの態度?!
自分が世界で一番偉いって思ってんの?
大体何で私に子供が居る事まで知ってるのよ?!
訳わかんないし、ムカつく!
ふざけんじゃないわよ!!!

 

いいわよ、行ってやるわよ!
携帯とり返して文句も言ってやる!
それでクビになったなら、セクハラででも訴えてやるわ!

 

 

そんな風に熱くなったのは、娘を産んでから一度もなかった。
こんなに腹が立ったのは本当に、本当に久しぶりの事だったの。

でもそれで、大事な事を見落としてしまった私は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母親、失格。







back/next

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル