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ねぇ、貴方は何を考えてこんな事をしているの?
が熱を出した日から、一週間ほどたった頃だった。
夕方、はアニメにご執心。
その隙に晩御飯のしたくをしていた時の事。
携帯電話から、メールの着信音。
……誰だろう?
手が放せる隙を見て、携帯を手にとってメールの着信フォルダを開く。
そこには『跡部景吾』の名で、一通のメールが……。
………社長……?
以前、何故か社長が私の携帯に勝手に登録した彼のメアドや電話番号。
……彼も私のメアドや電話番号は登録済みって事ですか……。
まぁ、勝手に登録された社長の携帯情報を、消去しなかった私も十分おかしいかなぁ……。
とりあえず、来ているメールの内容を確認する。
【From】跡部景吾
【Subject】無題
今度の日曜は暇か?
―――END――― |
……なんでいきなりそんな事聞いてくるんですか、社長?
【To】跡部景吾
【Subject】RE:
何の御用ですか?
―――END――― |
とりあえず、そんな事を聞いてみる。
だって、内容わかんないのにホイホイと自分のスケジュール、教えられるわけ無いじゃない?
友達だってのならわかるけどさ…。
別に、社長と友達ってわけじゃないし……。
暫くして、私が台所で里芋の煮物の煮え加減を見ていたら、またメール着信音。
火加減を調節して、また携帯を手に取り、メールを確認。
また、社長からだった。
【From】跡部景吾
【Subject】無題
暇なのか、暇じゃないのか教えろ。
―――END――― |
……なんでそんなに横暴な物言いが出来るんですかね、跡部景吾と言う人は……。
社長というのはそんなに偉いんでしょうか……。
っていうか、どんな用事が……で、ふと思い出す。
そういえば私、社長に借りたもの返してない。
スーツのジャケットとの病院費用。
スーツはちゃんとクリーニングしましたよ。
顔なじみのクリーニング屋のおばちゃんが不思議そうな顔で私を見てたよ……。
男っ気なかったのに、急に男物のスーツのジャケット持ってくるからさ…。
絶対深読みされたよね………。
て、そんな話はどうでもいいわ!
ジャケットもお金も返すチャンスかも!
【To】跡部景吾
【Subject】RE:
一応、何も予定はありません。
ただし、夜は家でやる事があるの
で、無理ですけれど。
―――END――― |
夜は流石に呼び出されても困るから、そう釘を刺しておく。
そして、里芋の煮物が煮あがった頃、メール着信音。
【From】跡部景吾
【Subject】無題
朝8時、迎えにいく。
出かける支度して待ってろ。
―――END――― |
……だから……、なんでそんなに命令的なんですか?
つか、どこかに連れて行かれるんですかね?
時間もちょっと早い時間じゃないですか?
この文面だと、断る事は前提として考えて無いみたいなんですけど……。
解らん人だな……。
まぁ……、暇だと答えた時点で、了承したと取られても仕方ないっちゃ仕方ないか……。
【To】跡部景吾
【Subject】RE:
解りました。
でも、も一緒ですよ?
―――END――― |
そうメールを返信。
夕食を卓に並べ終えた頃、メール着信音。
………どんな返事が返ってきたのやら……。
私はそう思いながら、携帯を手に取る。
【From】跡部景吾
【Subject】無題
当然だ。
―――END――― |
………当然…ですか……。
前に連れて会った時は不機嫌そうな顔したくせに…。
まぁ、いいけど……。
「……ママ?」
不意にそんな声が耳に届いた。
の声。
あう…考え事に没頭してたわ……。
「ああ、ゴメンね。ご飯にしよっか?」
私はに笑いかけながら言う。
「うん!」とは嬉しそうに頷いた。
今度の……日曜ね……。
いったいなんなんだろう。
どこに連れて行かれるのかしら?
……あの、高級車が朝っぱらからウチのアパートの前に停まるの???
うあ…迷惑……。
やっぱ、こないで下さいって……言おうかな……。
今更……無理かなぁ……無理っぽそうだよねぇ……。
…憂鬱になってきたぁ……。
そんなこんなで、日曜日というものはやってきて。
出掛ける支度も終えて、待機中ですよ。
何処に連れて行かれるかわかんないから、ちょっと遠出するぐらいの装いで。
私は、キャミソールとカーディガンのアンサンブルに綿パン、靴はスニーカー。
子供は何処で何しでかすかわからないので、スカート類は穿かないほうが無難なんです。
はというと、つい最近買ったばかりの、黒のスポーティーなワンピースにやっぱりスニーカー。
何着せても可愛いわね、!
「ねぇママ、おでかけ どこいくにょ?」
出掛ける装いである事に気付いたがそんな事を問いかけてくる。
……何処に行くんでしょうね……。
「着いてからのお楽しみよ」
それしか、言いよう無いじゃない……。
そろそろ、約束の時間だけど……。
前の待ち合わせの時、彼は1時間も遅くきたしなぁ……。
馬鹿正直に待ってるってのも…間抜けな気がしてきた…。
つか、あの高級車で来るのかなぁ……。
頭の中はいろいろぐるぐる。
そんな時、玄関のチャイムが鳴った。
約束の時間より10分ほど早い時間だった。
「だえかきたお?」
が小首をかしげながら私に向かって言う。
……社長かしら?
「はーい、どちらさまですかぁ」
そんな返事を返しながら、私は玄関を開いた。
そこには、黒のポロシャツにジーパンを着こなした長身の美青年の姿が。
高級そうな金の腕時計ですら、浮いて見えないですよ…。
「…社長……」
「よぉ」
フッと笑みを浮かべて、社長はそこに立っている。
……こんな安アパートの玄関先が似合いませんよ、社長。
「だぁえぇ?」
私の思考を一気に現実に戻したのは、のそんな声だった。
ああ、そうよね。
は熱を出してたから、社長の事なんて覚えてないのよね。
は、私の足の後ろから少し身を乗り出したような格好で、社長を見上げている。
「よぉ、元気そうだな」
社長が、軽く身を屈めての頭に手を伸ばして撫でた。
は一瞬だけきょとんとしたようだったが、すぐに表情を変える。
……何、そのすっごいもの見付けたって顔は…ちゃん……?
「おにぃたん おめめ おしょらのいろね!」
ああ、社長ブルーアイズだもんね。
間近で見たのは初めてだから、こうも表情が輝いてるのか。
「きえいねぇ」と、ニコニコ笑いながら言う。
何時の間にやら、私の前に…つまり、社長の前に進み出ている。
そんなを社長は抱き上げ「ありがとな」と言う。
……流石に子供の前では自意識過剰な発言しないんですね。
思わず私は心で突っ込んだ。
「……何、間抜けな顔してんだよ。行くぞ」
……私そんなに間抜けな顔してましたか?
てぇ…。
「ちょ…ちょっと待ってください!」
社長はを抱いたまま、アパートの外廊下を階段へ向かって歩き始める。
私は慌てて部屋に戻り急いで戸締りの確認をする。
そして、私の肩掛けバッグとの熊のぬいぐるみ型のリュックを掴んで部屋を出る。
て、あぁ!
に靴履かせて無いじゃん!
のスニーカーも掴んで、慌てて玄関の鍵を掛け、先に階段を下りてしまった社長の後を追う。
アパートの前の道路には、一台の白い車が止められていた。
前乗った車とは違うけど、やっぱり高級外車……。
わお、左ハンドルだよ…。
ここは日本だってのに!
まぁ…ね、お金持ちだもんね。
その辺の安物とかは乗らないんだろうけどさ。
「ママ〜」
ボーっと車を眺めていると、の声。
一気に思考が現実に戻ってくる。
は、社長に車の後部座席のチャイルドシートに乗せられていて……。
なんで、チャイルドシートなんてあるんですかね。
確か、未婚で子供も居ないんじゃなかったですか?
噂ではそんな風に聞きましたよ?
「社長って…お子さんいらっしゃるんですか?」
私は思わずそう問いかけた。
それを聞いた社長は一瞬目を丸くする。
「居る訳ねぇだろ」
社長はすぐに我に戻ってそんな言葉とともに呆れたような視線を私に向ける。
じゃぁ、なんで子供も居ないのに、車にチャイルドシートあるんですか?
「くだらねぇ事考えてる暇があったら、さっさと乗れよ」
社長はそう言いながら、の座っている側の車のドアを閉めた。
そして、反対側に回り、後部座席のドアを開ける。
乗れと促されているようだ。
私は黙ってそれに従う事に。
私が車に乗り込んだのを確認すると、社長はドアを閉める。
チャイルドシートに座っているは、これから何処へ行くのだろうかとわくわくした様子。
……ママは不安でたまんないんですけどね……。
そこで、はたと気付く。
あれ、運転するのは……誰??
前、車に乗せてもらった時は運転手さんが居たよね…。
それらしい人は居ないし……。
……てことは……。
思案をめぐらせる私の目の前で、社長が運転席に乗り込んでくる。
「え……、社長が運転なさるんですか?」
私は思わずそう口に出していた。
そんな私の台詞を聞いた社長はハンドルを握ったまま肩をぴくりと振るわせる。
「お前……俺をバカにしてるのか?」
そんな不機嫌な社長の声。
「あ、いえっ!すみませんっ!」
あう、怒らせたかなぁ?
「まぁ、いい……。車出すぜ」
社長は大きなため息をついた後、そう言いながら車のエンジンをかけた。
車が動き出す。
「ママ〜、おにぃたんがねぇ、たのちいとこりょに つれてってくえゆってぇ」
がキラキラした目を私に向けてそんな事を言う。
あぁ、そうそう…。
「一体、何処へ行くおつもりなんですか、社長?」
こんな時間から……。
「着けば解る」
そう言葉を返す社長。
……確かに、着けば解りますけどね。
着く前に聞きたいんですけど……。
「どこに いくんだようねぇ」
わくわくしたようなの声。
「何処だろうねぇ、楽しみねぇ」
にっこりと笑ってそんな言葉を返すけど、心中…複雑ですよ、ママは……。
私は思わずため息をついた。
「おい、」
「はい?」
突然社長に呼ばれて、私は反射的に返事を返す。
……、何で呼び捨てされてんの私。
社長、私よりも年下じゃなかった?
どうしてそんなに馴れ馴れしいのかしら……。
わかんないなぁ…。
色々思案を巡らせている私に社長は言う。
「俺の事は名前で呼べよ」
俺の名前くらい解ってるよなぁと、更に言葉を重ねる社長。
………はいぃ?
なんで、そんな事いうの?
私は思わずきょとんとする。
「おい、聞いてんのかよ?」
社長にそういわれ、「は…はい!」と私は返事を返す。
「ママ、どうちたにょ?」
私の表情を察したのだろう。
がそんな言葉を私にかける。
「ん、なんでもないよ。これから何処に行くのかなぁ、楽しみだねぇ」
私はを不安にさせないようそう言葉をつむいで誤魔化す。
は「たのちみねぇ〜」と先ほどと同じ様子に戻り、車窓の向こう側を眺めた。
下手に考え事するの止めよう。
が不安になっちゃうかもしれないし。
社長が何を考えてるのか、解んないけど……。
今は何も考えないようにしよう。
そう心に決めて、私はご機嫌になったの頭を撫でた。
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