「お引越し…するの?」
「ああ」

それは、と跡部が再会して2週間後、跡部が休日のある日、新居を立てると、跡部が言い出した事がきっかけだった。
二人きりのプライベートルームで、ソファーに二人、くっつくように並んで座ってティータイムを楽しんでいた時の事。

二人はもう婚姻届を提出し、夫婦となっていた。
 

跡部は、新居を建てると言いだした。
二人で住む為の新しい家を…と……。
それは跡部が前々から考えていた事だった。
「お前が帰ってきた時、ここは仮住まいだって、言っただろ? 忘れたのか?」
跡部にそう言われて、はそういえば…と思い出す。
しかし、新居を建てて引っ越す理由がには解らない。
今住むこの屋敷も、建てられたばかりの真新しい家だったからだ。
「この家じゃ駄目なの?」
は跡部を見上げて小首を傾げた。
そんなの仕種を可愛らしいと思いながらも、跡部は言葉を紡ぐ。
「ここは、親父が建てた家だからな。 俺は、自分が建てた家で、お前との夫婦生活を送っていきたいって思ってんだよ」
けれど、にはそんな跡部の主張が理解できないらしい。
「伯父…お父様から譲ってもらうとか…出来ないの?」
そうは跡部に問いかける。
「…いや、根本が違うんだ、
跡部が返したその言葉に、「根本…?」とはまた小首を傾げた。

跡部としては、一生を暮らす家なのだから夫婦二人で考えた家に住みたいと、そう考えているのだ。
そんな説明を跡部から聞いても、はあまり納得がいかないという顔をした。
「勿体無いよ…。 このお屋敷でも十分住めるのに……」
激貧生活をおくっていたの感覚では、そう思えてしまう…。

どうやら、と跡部では感覚の違いというものがあるようだ。
けれど、生まれも育ちも全く違う環境なのだから、そうあるのは当然の事。
感覚の違いを埋めるには、お互いの考えを理解しあわなければならない。
そう考えた跡部は、に自分がどう考えているのかを語り始めた。
「俺とお前とが暮らす家は、お前と一緒に作り上げたものがいいんだ。 どんな間取りで、どんな外観で、庭にはどんなものを置いて…。 この家は、親父が勝手に建てちまったモンだから、俺の希望もお前の希望も、全く組み入れられてない。 そんな家に住むよりも、自分達の理想で作り上げた家に住みたいんだ……」
に理解してもらえるよう、一つ一つ言葉を紡いでゆく跡部。
「家ってのは、大切な場所だ。 これから、俺達の思い出を刻んでゆく大切なアルバムだ。 そんな大切なものだから、自分達の手で作り上げたいんだ。 お前には贅沢だと感じるかもしれないが、俺は家ってのにこだわってみたいんだよ。 お前と一生暮らす場所だから、こだわりたいんだ……」
跡部のその言葉を黙って聞いていたは、彼の気持ちを理解し始めていた。
にとって家というものは、雨風を防ぐ為に存在するもの。
どんな場所であろうと、住めればそれで良かった。
母方の叔母夫婦に、物置に住まわされていた時も、半分地下埋まったアパートに住んでいた時も……。

けれど、これから家という場所はただの雨風を防ぐ場所ではなくなる。
愛する人と、これからの人生を歩んでゆく場所となるのだ。
そんな大切な場所だからこそ、跡部はこだわりたいと、そう言うのだ。
「そうだね…。 二人で暮らす家だものね…」
納得し、頷くを見て、跡部はにこりと笑みを浮かべる。
「だろ?」と、そう言って跡部はの頬にキスを一つ落とした。
するとその時、ドアをノックする音がプライベートルームに響き渡る。
跡部が入室を許可すると、清音が部屋へ入ってきた。
そして清音は言う。
「不動産会社の方がおみえになってます。応接間にお通ししても宜しいですか?」
すると、跡部は「ああ」と清音の言葉に頷いた。
そしてソファーから立ち上がる。
「ほら行くぞ、。 先ずは、新居を立てる土地選びだ」
跡部はに向けて言う。
どうやら、跡部はもうとっくに新居を建てる為に動いていたらしい。
彼の行動の早さには唖然としてしまった。

 

その日から、数日後。
時間は、夕刻に近い昼下がり。

「体調、もう良さそうだな」
の顔色をみて、ほっとしたように、宍戸が言った。

宍戸はその日、の見舞いに跡部邸へやって来ていた。
リビングにあるソファーで向かい合いながら会話を交わす二人。
跡部は、仕事中なので屋敷には居ない。
「はい、おかげさまで…。 宍戸さんには色々とご迷惑をお掛けして…」
が申し訳なさそうに言うと宍戸は微笑んで「いやいや、気にしてねぇから」と言葉を返した。
「でも、宍戸さんには幾らお礼を言っても足りないぐらいで……。 本当にありがとうございました」
はそう言うと、宍戸に向かって深々と頭を下げた。
「そんな、大した事 俺はしてねぇって」
ただ、たまたま偶然が重なって今の結果に繋がっただけ…。
宍戸はそう言うと、に頭を上げるように促した。
それでもにとっては大きな事。
が妊娠に気付いた時、色々と宍戸は世話をしてくれた。
彼の優しい思いやりには支えられた……。
結局、妊娠は悲しい結果に終わってしまったけれど、その代わりに、跡部に再会できた。
これ以上ない程、は宍戸に感謝していた。
は顔を上げ、「それでも、ありがとうございます」と宍戸に向けて微笑む。
すると宍戸は気恥ずかしそうな顔をして、に微笑みを返すのだった。

それから二人は、話題を変えて会話を始めた。
「宍戸さんて、小学生の頃から景吾と仲が良かったんですよね」
、ふと思い出したように言う。
「おう、アイツの学生時代の武勇伝を幾らでも知ってるぜ」
宍戸がニカッと笑ってそう言葉を返した。
するとは、その武勇伝というものに、興味を惹かれ「武勇伝って?」と、宍戸に問いかける。
「色々あるぜ」
宍戸はそう言うと、昔の思い出の幾らかをに語って聞かせるのだった。

 

そして時間は過ぎ……。
「そろそろ、帰ねぇとな…」
かわしていた話題が途切れた時、部屋に飾られていた時計を見て宍戸が言った。
「え、帰っちゃうんですか? 景吾がもうすぐ帰って来ますから、会っていったらいいのに…」
が帰り仕度を始めた宍戸を引き留めるように言う。
けれど、宍戸は「今日のところは、帰らせて貰うわ」と言って頭をふる。
「新婚夫婦の甘い生活を邪魔したら悪いだろ?」
宍戸のそんな揶揄を少し含ませた言葉に、は気恥ずかしくなって、思わず顔を朱らめた。
 

 

そして、宍戸は跡部邸を後に帰宅した。
その宍戸と入れ違いに、跡部が屋敷へと帰ってくる。

はそんな彼を出迎え、宍戸が見舞いに来た事と、帰ってしまった事を伝えた。
「まぁ、宍戸は宍戸なりに気を利かせてくれたんだろ。 また今度、俺が休みの日に食事にでも誘うさ。 アイツには俺からも礼をしなきゃなんねぇしな」
の話を聞いて、跡部は言う。「そうだね。今日お礼を言ったけど、私はそれでも足りないぐらい宍戸さんにお世話になってるし……」
跡部の言葉にそう言いながらも頷く
「宍戸は、昔から人が良い奴でよ。 困ってる人間みるとほっとけねぇって、首をつっこんじまうんだ」
過去を思い出しながら、跡部は宍戸の事を語る。
「うん、宍戸さんの人の良さはよく解るよ。 一人で赤ちゃんを産んで育てるって言ってた私を見かねて、結婚しようって言ってくれた位だもん」
も、自分の為に宍戸のしてくれた事を思い出しながら言葉を紡いだ。
すると、途端に跡部の表情が厳めしいものに変わる。
そんな跡部の様子を見て、ははっとなる。
宍戸に求婚された事は言わない方が良かったかもと、そう思っても後の祭で。
「お前っ、宍戸にプロポーズされたのか!?」
跡部は動揺しているようで、の両肩を掴んで詰め寄ってくる。
「あっ、あの、それは宍戸さんが困ってる私を見るに見かねて言ってくれた事で、感情云々より、同情で言ってくれた事だから……」
は慌てて、跡部をなだめるように言葉を紡ぐ。
「私も、言われたその場ですぐ断ったし。 だから、景吾が心配する様な事は一つもないから、安心して?」
そんなの言葉を聞いて、跡部は動揺から回復したようで。
そして、元の調子に戻って言う。
「まぁ、仮にお前が宍戸と結婚するって話になったとしても、『卒業』よろしく、宍戸の前からお前をかっさらっただろうな」
するとは何故か小首を傾げた。
「『卒業』って、何?」
不思議そうに問うてくるとのジェネレーションギャップに、少しだけ寂しいものを感じた跡部だった。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、幾つもの季節が巡り、沢山の日々が過ぎた。

 

とても暖かな春のある日の事。

青々としげる芝でおおわれた広い広い庭を、2歳程度の女の子が走り回っていた。
そして、その後ろを若い女性が一定の距離を保って追い掛けている。
どうやら二人は追い掛けっこをしているらしい。
女の子はキャッキャと笑い、女性は「まてまてー」とそう声を掛けていた。

そんな二人に、視線を向けている人物が二人。
レンガ作りのテラスに据え付けられている、白いテーブルセットの椅子に腰掛けている美貌の男性と、テーブルに手慣れた手つきでお茶の用意をする、やはり美貌の女性。
庭にいる女性とはそれ程年の差はなさそうだが、似通った顔つきから、二人が姉妹であることは、容易に想像がついた。

お茶の準備が終ると、女性は庭に向かって大きな声で言う。
ー、お茶の準備が出来たわよー。 その子連れてきてー」
テラスの女性のその声に、庭の女性、は反応し、「うん、お姉ちゃん、すぐ行く!」と言うと、まだ追い掛けっこに夢中な女の子に追いついて、彼女を捕まえ抱き上げた。
「おやつだよー、ママとパパの所に戻ろうね」
がそう言うと、女の子はニコニコと笑って、大きく頷く。

そして、は女の子を抱いたまま庭から戻ってゆく。
姉と義兄の…と跡部の居るテラスへと……。
 

 

 

それはとある幸せな日の一幕。









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<あとがき>
これにて、連載終了です。
少し、間を置いて、冷静な頭で加筆修正出来ればと思っています。
とりあえず、<両手>の執筆が先ですけど……;

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