随分と過去ではあるが、跡部には女性関係が派手だった時期があった。
隣に立つ女性を、取っ替え引っ替えとしていた。
それは、変えようのない事実。
けれど……。
今は違う。
と言う、誰よりも愛しい存在を見つけた今は………。

その事を父に伝えなければならない。
どんなに反対されようと、跡部はもう、諦める事など出来ないのだから…。
 

「親父……」
跡部は、父の目を見つめながら言葉を紡ぎ始める。
「確かに、昔の俺はろくでもなかった。それは認める。 でも、今は違う。俺はを裏切らない。俺はを誰よりも愛してる……。だから、そんなを裏切るなんてしない。絶対にしないと、誓って言える」
そんな跡部の言葉を跡部の父を始め、その場に居たも、皆が黙って聞いていた。
「親父、俺は絶対にを幸せにする。悲しませたりしない。苦しませたりしない。絶対に、絶対にしない。……だから、頼む、を俺に任せてくれ…」
そして跡部は椅子に座ったまま「このとおりだ…」と頭を深々と下げた。
けれど、跡部の父の反応は冷ややかで。
「駄目だ!」という一言で跡部の言葉を一蹴した。
そしてさらに言葉を重ねる。
「何が幸せにする、悲しませない…だ! お前はちゃんを悲しませたではないか! お前がちゃんにやった事を、私は知っているんだぞ!」
語気を荒げ、跡部を睨みながら跡部の父は言う。
そう、跡部の父は知っていた。
跡部がに何をしたのかを。
あの夜の事を……。
だから、跡部の父が屋敷に到着した時、あれ程の怒りの様子を見せていたのだ。
父のその言葉に、驚いた跡部であったが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
跡部は、怒りに目をたぎらせている父に、静かに語る。
どんなに反対されようと、想いを語り、父に認めてもらう他に方法は何もないのだから……。
「俺がにした事は、簡単に許される事じゃない罪だとちゃんとわかってる…。 でも……だからこそ、俺はを幸せにする事で償いたい。を苦しませた分、悲しませた分、もう二度と、そんな事はさせないと俺は、誓う。 俺のこの手で、必ずを幸せに、絶対にしてみせる。 どんな事をしても、必ず……」
跡部は己の心にある想いを言葉に込めて、言葉を紡ぐ。
父から目を反らす事もなく……。
しかし、父に心変わりはないようで。
「何をどう言おうと、ちゃんを心も体も傷つけたお前を、私は絶対に許さん!」
跡部の父はそう言って、跡部をきつく睨んだ。
「お前が息子でなければ、私はとっくにお前をこの社会から追放していただろう。 そうならなかっただけでも、有難いと思って、ちゃんの事は諦めろ」
しかし、父にそう言い放たれても、跡部が諦めるなど出来はしない。
諦めたくない。
だけは、諦められない。
かつてテニスを諦めた時のようにはいかないのだ。
誰よりも愛しいだけは……。更に、父に食い下がろうと、跡部が口を開きかけた時だ。
「伯父様……」と言うの小さな声がした。
は隣に座る跡部の父の腕にすがりつくように、その両手を置いている。
跡部の視線が…、跡部の父の視線も、に向けられた。
「私も…景吾を傷つけました……。さんの振りをして、騙して、景吾の気持ちを踏みにじって……」
は跡部の父をじっと見つめて言葉を紡ぐ。
「でも、それはそうするしかなかったからだ…。 ちゃんの為に……」
そのの言葉に、跡部の父は慌てて言う。
しかし、は頭を振った。
「いいえ、どんな理由があったって、罪は…罪……。 私にだって罪はあるんです…」
跡部の父から目を反らさず、は言葉を紡ぐ。
「だから、私も償いたい……」
そんなの言葉に、跡部の父は困惑を隠せない。
「私…ずっと、景吾の側に居たいんです……」
そう言ったの両目には涙が溢れていた。
溢れてくる涙は、跡部への想い。

「景吾の事が好きです…。 ただ罪を償うだけに側に居たいんじゃなくて…、景吾の事が好きだから…、だから景吾の側に居たい…」
涙をポロポロと流しながら、は言葉を紡ぐ。
どうか、この気持ちが跡部の父に届くようにと………。
そんなの想いを聞いた跡部の父は、もう何も言えなかった。
ただ黙って、と跡部の二人を交互にみやるだけ。
と、そこで、沈黙を保っていた跡部の母が口を開く。
「私からも、お願いします、貴方…。二人を一緒に居させてあげて下さい。 確かに間違いもありました…。けれどそれを二人で乗り越えようとしてるじゃないですか……。 それなのに、引き離すなんて…、それこそ、悲しみを呼びます。苦しみを呼びます……。本当の意味での幸せにはなれません…」
跡部の母の言葉を聞いて、跡部の父は悩んでしまったようで、ウム…と喉を唸らせた。
「ねぇ、貴方。二人は結ばれる運命にあるんです。だからこんな風に離れ離れになっても再会できた…」
そして、跡部の母は更に言う。
ちゃんが4歳の時、犬に襲われていた所を助けたのだって…景吾だった。 これほど深く繋がりあう二人を、引き離すなんて……、それこそ罪ですわ。 だから…お願い、貴方……」
跡部の母からの言葉に、跡部の父は更に考え込んでしまう。
「お願いします…、伯父様……」
「父さん、お願いします……」
も跡部も、口々にそう跡部の父に願い乞う。

3人の言葉を聞いた跡部の父は、がっくりと肩を落として下を向いた。
そして。そのまま何も言わなくなってしまう。

それは、長い長い沈黙。
その間、部屋の皆も黙ったまま跡部の父の言葉を待った。

そして不意に、跡部の父は顔を上げて跡部を見つめ、口を開く。
「お前の言った言葉に偽りはないな、景吾?」
父のその言葉に、跡部はゆっくりと、しかし力強く頷いた。
父の視線を真っ直ぐ見つめ返しながら…。
「俺はを絶対に幸せにする」
跡部の誓いの宣言のようなその言葉。
それを聞いた跡部の父は言う。
「解った…」と……。

その瞬間、その場にいた跡部の父以外のみなの表情が明るく輝いた。

 

 

 

 

 

「だい…丈夫?」
は恐る恐る、跡部に問う。
父に殴られたお陰で、跡部の左の頬は痛々しく腫れあがり口端は切れてしまっていた。
は知らないが、跡部の奥歯が一つぐらついている。

全ての話は終わり、跡部の父母が弁護士の山岡を引き連れて帰っていった。
そしてそれは、二人して跡部の私室に戻ってすぐの事。
二人はプライベートルームのソファーに並んで座っていた。
「ああ…、大丈夫だ」
跡部はそう言って隣に座るに笑いかける。
が、口端が切れてしまっているせいで、上手く笑えない。
なので跡部はの頭を撫でてやる事で、を安心させようとした。
けれどはしゅんとしてしまっていて。
「ごめんなさい…」と、跡部に謝罪の言葉を紡ぐ。
「お前が謝る必要はないだろ。殴られて、当然だったんだし…」
跡部は相変わらず、の頭を優しく撫でながら、そう答えた。
けれど、は申し訳ない気分で一杯という表情。
そんなの額に、跡部は一つキスを落として再び言葉を紡ぐ。
切れた口端に痛みを感じたが、に気付かれぬよう、笑顔のままで。
「気にすんな、
そう言って跡部は、今度はの頬にキス。
そして跡部は、の頬を撫でた。
「お前と引き離される事と比べたら、何発殴られたって痛くもなんとも感じねぇよ」
例え、手足をもがれても、を失う事以上に苦しい事などない。

「それに、俺が親父と同じ立場だったら親父と同じ事をしただろうな」
跡部は、父の行動を思い出しながら言葉を紡ぐ。
苦労に苦労を重ねてきた姪を、二度と苦労させたくないって、考えるのは当然の事。
ただでさえ、と跡部では力に違いがある。
精神的ではなく、物質的な力が…。
跡部に比べて、は立場も財力も持たない存在だ。
力のある者に力のない者が傷つけられても、泣き寝入りで終わるだけ。
二人の持つ力の差と、跡部の過去が跡部の父を不安にさせた要因で。
そう考えれば、跡部の父の行動を理解できない筈がないのだ。
更に、追い討ちのようにあの夜の一件や今回のの妊娠と流産。
跡部の父が跡部に対して不信になってしまったのも、頷ける事なのだ。
「親父には親父なりの考えがあって、その考えの下に行動をしてる…」
思えば、テニスのプロになりたいと跡部が父に言った時も、反対しながらもそちらへ進む道は残していてくれた。
最後の試合の日、ライバルに勝っていたならば、跡部はプロの道へ進んでいたかもしれない。
それに、悔いのない試合をし、納得してテニスを辞められた事は、父の配慮だったのではないだろうか……。
無理やり強行されようとしていたとの結婚も、跡部の父には利益のほかに何か理由があったのかもしれない。
跡部と父とは、長い時間を共有した事がない。
だからお互い理解が出来ていなかった部分があった。
今回の一件の父親の姿を見て、跡部はなんとなく父の人となりを理解できたような気がした。

 

その会話の後、跡部はを寝室で休ませる事にした。

寝間着に着替えたは、大人しくベッドに入って体を横にする。
「いろいろとあって疲れただろうから、ゆっくりと休めよ」
ベッドサイドに座っていた跡部は、そう言うとの頭を撫でた。
「景吾の手ってパパと同じ手の感じ……。 前からずっと思ってた……」
嬉しそうに微笑みながら、が言葉を紡ぐ。
「伯父さんの手も、同じ感じだった…。 血が繋がってたから、同じ感じだったんだ……」
もう二度と、感じる事など出来ないと思っていた、その温もり。
それが今、こうやって感じられるようになった事が、はとても嬉しかった。
「俺達には、沢山の繋がりがあったな……。 血の繋がりだけじゃない、宍戸を通しても繋がりがあった。 それにお前が犬に襲われていた時も……」
跡部はそう言葉を紡ぎながら、の頭に添えていた手を、今度は頬に移動させる。
「景吾が…私を助けてくれた人だった……。 本当に、運命だね……」
の言葉に、跡部はそうだなと頷きながらの頬をそっと撫でる。
「そうだな…」と、そう言いながら……。

今まで起きた全ての出来事が、二人を結びつける道だったと、跡部ももそう思った。
 

 

 

そして間もなく、疲れもあったのだろう、は眠りの園へと旅立った。
それを見届けた跡部は、プライベートルームへと戻る事に。

そこには、清音がいつの間にか控えていた。
跡部はソファーに腰を落ち着ける。
そしてそのままの状態で清音に向けて言った。
「清音、お前 の伯父が親父だった事をわざと黙っていたな? それに、あの夜の事を親父に全てを話したのも……」
すると、清音はしれっとした様子で「ええ」と答える。
に変わって、弁護士の山岡に連絡を取った際、清音は全てを知った。
しかし、その事を跡部には伝えなかったのだ。
「あの夜の事を旦那様には、私の知る全てをお伝えしましたわ。 ……旦那様は、様の妊娠が、お互いの思いがあって結ばれた結果であるならば、すぐにでも認めるつもりでいらっしゃったようです。私が黙っていれば、簡単に二人の関係を認めてもらえたでしょう。 ……けれど私には、黙っている事は出来ませんでした。 嘘を吐く事は、出来ませんでした…。 その理由は、お解りですわよね?」
清音の言葉に、跡部は頷く。
彼女の考えた事が、跡部にも解ったからだ。
嘘を突き通してまで、簡単な道を選ばなかったの事を。
途中で間違いに気付き、全てを止めた
間違いに気付いても止められない人間が多い中、彼女はその道を選ばなかった。
そんな彼女の勇気ある行動を思い出し、清音は嘘を吐く事が出来なかった……。
しかし、清音の言葉が一理あるのは解るのだが、黙っている理由には乏しい。
そう考えていた跡部の思考に気付いたのだろう。
清音は言った。
「景吾様にちょっとくらいは驚いて欲しかったんですの。 驚きは、人生のスパイスに丁度いいでしょう?」

清音の理解できそうで出来ない物言いに、「やるなら、もっと別の時にやれよ…」と跡部は大きなため息をついて肩をがっくりと落とした。









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<あとがき>
あぃ、次でやっと終わりです!
長かった連載も次で最後ですよー!

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